第一話 ウォルロ村の守護天使

 

 この日、ゆういちは師匠である上級天使イザヤールとともにウォルロ村の守護についていた。ゆういち達守護天使の役割は村人達を守る事にある。そうした村人達が天使に感謝する気持ちが星のオーラとなり、それを集めて世界中に捧げる事が守護天使の務めなのだ。

 ゆういち達天使の姿を、人間達は見る事が出来ない。しかし、その存在を感じる事は出来る。そうした人間達の想いに、守護天使達は支えられている。眼下で平和な暮らしを営む人間達の姿に、ゆういちは心の底からそう思うのだった。

「天使ゆういちよ、今までよく頑張ったな」

 普段は厳しいイザヤール師が、そう祐一を労ってくれる。

「私に代わりこの村の守護天使を任せた時は少々不安ではあったが……。お前の働きにより、村人達も安心して暮らしているようだ。立派に役目を引き継いでくれて、このイザヤール師としてこれ以上の喜びはない。これからはウォルロ村の守護天使ゆういちと呼ばせてもらうぞ」

 師匠にそう言われるとゆういちの中に、徐々にだが喜びがわいてくる。これでやっと一人前と認めてもらったからだ。

「む?」

 その時、イザヤールがなにかを発見する。それはウォルロ村を目指す二人の人物だった。

「……年はとりたくないもんじゃ。苦労かけるのう、リッカよ」

「おじいちゃん頑張って! 村まであとちょっとだよ」

 それは老人と若い娘の二人連れだった。村までの道中で息を切らせてしまった老人に対し、リッカと呼ばれた少女は元気よく声をかける。

 だが、そんな二人の前に、魔物が姿を現す。それはキュウリのような野菜によく似たズッキーニャと、二匹のスライムだった。

「これはいかん! このままでは、あの二人が魔物に襲われてしまう」

 いずれ起こりうるであろう惨劇にイザヤールは息をのむ。この世界には魔物が存在するため、戦う術を持たない人間達にとって脅威となっているのだ。

「さあ! ウォルロ村の守護天使ゆういちよ。我らの使命を果たす時がきた」

 そうした魔物達の脅威から人間達を守るのが、ゆういち達守護天使の役目だ。いち早く翼を広げて魔物達に向かうイザヤールを追い、ゆういちも翼を広げて魔物に立ち向かっていく。

 祐一の力ではまだまだ脅威の相手であるが、イザヤールは流石だった。あっという間に三匹の魔物を倒してしまう。

「ほら、ウォルロ村が見えてきたよ。お爺ちゃん」

「……おお、もう無理かと思ったが、なんとか帰ってこられたのう」

「もう、お爺ちゃんったら大げさなんだから」

 そんなゆういち達の戦いに気がつく様子もなく、リッカ達は無事に村に帰りついた喜びを分かち合っている。

「でも、これも守護天使様のおかげだよね」

 そう言うと、リッカは祈りを捧げる。

「道中お守りくださってありがとうございます。守護天使ゆういち様……」

 そして、リッカの体から不思議なオーラが溢れ、ゆういちの手の中で一つの形を取る。

「それは星のオーラ。人間達の我らへの感謝の心が結晶となったものだ」

 イザヤールが優しく教えてくれる。

「そして、その星のオーラを天使界にある世界樹に捧げるのもまた、我らの使命。ウォルロ村の守護天使ゆういちよ、ここはひとまず天使界に戻るとしよう」

 天使界を目指し、二人は雲を突き抜けさらなる高みを目指す。人間達の住む世界のはるかな高みに、ゆういち達の住む天使界があるのだ。

 

「さて……。地上から戻ったら、長老オムイさまに報告するのが守護天使の習わし。オムイさまは長老の間にいらっしゃるはずだ」

 オムイは人間達よりも長い寿命を持つ天使達の中でも、特に長命で知られている。そのため、オムイは天使界の最高責任者となっているのだ。別の用事があるイザヤールと別れ、ゆういちはオムイのところを目指すのだった。

「あ、お帰り、ゆういちくん」

「あゆあゆか……」

「うぐぅ、あゆあゆじゃないよ」

 幼馴染みの天使、あゆが口をとがらせる。年はゆういちとそう変わらないのに、幼さの残る顔だちが印象的だった。

「もう、ゆういち。あゆちゃんのことからかっちゃだめだよ?」

「おう、ただいまなゆき」

 そこに通りかかったのが、もう一人の幼馴染みであるなゆきだ。こちらも年はゆういちと同じであるが、落ち着いた雰囲気は年上であるように感じる。

「あ、星のオーラを手に入れたんだね。早くオムイさまに報告しないと」

「わかってるって。じゃあ、急いでいるからまた後でな」

 かつて神はなにもない星空に世界中を守るための天使界を創造した。そうして天使達に天使界を任せ、神は自分達の住む神の国へ帰って行った。世界樹が育ってその実をつけた時、天使は神の国へ帰れるようになる。世界樹の成長には星のオーラが不可欠である。その日のためにゆういち達は人間達を守り、感謝の気持ちが結晶となった星のオーラを集めるのだ。

 しかし、天使達の中にはいくら人間達を守っても感謝されない事に不満を持つ者や、か弱くすぐ死んでしまう人間達を軽蔑している者もいる。おまけに人間達の身勝手さに辟易している天使もいるくらいだ。

「え〜と、オムイさまの居場所は……」

 このあたりは、どうにも方向音痴の癖があるゆういち。オムイのところを目指しているはずが、なにやらよくわからないところに迷い込んでしまう。たくさんの本が並んでいるところからすると、司書室のようでもあるが。

「ん?」

 そんなときゆういちは、聞き覚えのある声を耳にする。師であるイザヤールが、誰かと話しているようだった。

「驚いたわよ。ゆういちがもう守護天使になるなんて……。あなたよく許したものね?」

「違うのだ、ラフェット。私はまだ早いと反対したのだ。それをオムイさまが……」

 どうやら話相手はイザヤールと仲がいいラフェットのようだ。ラフェットはイザヤールのような守護天使と違い、天使界の記録を専門に行う天使だ。

「そんな事だろうと思ったわ」

 明るく笑いながら、ラフェットは口を開く。

「笑いごとではない、ゆういちはまだ未熟者だ。人間界でなにかあったらどうする? 君はエルギオスの悲劇の事を忘れたのか?」

「エルギオス?」

 立ち聞きするつもりはなかったのだが、イザヤールの声が大きいせいか丸聞こえであった。それはともかくとして、厳しいながらも心配してくれるイザヤールの姿に、なぜだか祐一は嬉しくなってしまう気持ちを感じていた。

「エルギオスの悲劇ね。もちろん忘れてはいないけど……その話をするのは天使界じゃタブーになったのじゃなかったかしら?」

 ラフェットの言葉に、ゆういちは納得する。タブーになった話をゆういちが知るはずもないからだ。おそらくはイザヤールやラフェットをはじめとした上級の天使でなければ、知りえない事なのだろう。

「ウォルロ村の守護天使ゆういちよ、いつからそこにいた?」

「あ……いや……」

 厳しい表情だった。それは今までゆういちが見た事もないような険しい表情で、イザヤールは睨みつけている。

「なにをしているのだ、ウォルロ村の守護天使ゆういちよ。お前はまだオムイさまに報告を終えていないだろう。早くオムイさまにお会いするのだ。オムイさまはこの部屋の隣にある長老の間でお待ちになられている」

 

「よくぞ参った。イザヤールの弟子ゆういちよ。守護天使として地上での初めての役目、御苦労じゃったな。お前は地上で人間達の感謝の結晶、星のオーラを手に入れたな? お前はそれを天使界の頂にある世界樹に捧げるのじゃ」

 オムイより、ゆういちに次の使命が下される。

「やがて世界樹は大きく育ち、その実を結ぶであろう……。さあ、世界中のもとへ向かうが良い」

 星のオーラを捧げるとき、守護天使は初めて間近に世界樹を見る事となる。これは守護天使にとって、大変に名誉な事なのだ。はやる気持ちを抑えつつ、ゆういちは天使界の頂にある世界樹を目指す。

 世界樹に女神の果実が実る時、神の国への道は開かれ、我ら天使は永遠の救いを得る。ゆういちが手に入れた星のオーラを世界樹に捧げると、今までにない輝きが辺りに満ちた。

 その美しさは、言葉では言い表せないくらいだ。

「どうだ? ウォルロ村の守護天使ゆういちよ。星のオーラを捧げられた世界樹は実に美しいだろう」

 その一部始終を、陰ながら見守っていたイザヤールが祐一に声をかける。

「人間達からオーラを受け取り、世界樹に捧げる。これこそが我らの務めなのだ。ウォルロ村の守護天使ゆういちよ、お前の今後に期待しているぞ」

 ゆういちの使命は人間達を守り、感謝の気持ちが結晶となった星のオーラを集めて世界樹に捧げる事にある。師であるイザヤールはもうゆういちにはついてこない。たった一人になってしまったが、ゆういちの戦いはこれからなのだ。

「ゆういち、頑張ってね」

 なゆきの笑顔に見送られ、ゆういちは再び守護地であるウォルロ村へ舞い降りるのだった。

 

「しかし、不思議だよなぁ……」

「なにがですか、ニードさん」

「いや、あの守護天使像なんだが……前は確かイザなんとかって名前だったような気がするのに、今はゆういちって名前になってるんだ」

 ゆういちの見ている前で、二人の少年がなにやら話をしている。どうやらウォルロ村の守護天使についての話題のようだ。この守護天使像が、どう見てもゆういちに似ていないのは御愛嬌というものだろう。

「そうっすか? 前からゆういちでしたよ」

「前からっていつだよ? ちゃんと覚えているのか?」

「え〜と……あれ? 思い出せないっす」

「だろう! 村のみんなが変なんだよ。最近の事なのに、みんなが前からそうだと思っているんだ」

「それが天使様の力ってやつですか?」

「バーカ! 天使なんているかよ」

 そう言ってニードは大げさなしぐさで否定した。

「天使がいるとか信じてるのは、リッカぐらいなもんだって」

 結構な言われようだが、ゆういち的にはこんな連中でも守らざるを得ないのが現状だ。なにしろ人間達にこちらの姿は見えない。見えないものを信じるというのが無理な話なのだ。

 星のオーラを集めるべく、再びウォルロ村に降り立った祐一は、当てもなくふらふらとさまよい漂っていた。ニードのように守護天使を信じない者や、リッカのように守護天使を信じる者。いろいろな人達が暮らしている様子を、ゆういちはつぶさに見て回る。

 その間に形見の指輪を探してくれとか、いばりんぼのニードに天罰を与えてくれとか願われてしまうのは困ったものであったが。

 それでも馬小屋を片付け、形見の指輪を探してあげると、ゆういちは首尾よく星のオーラを手に入れる事が出来た。

 そして、日が暮れる。

 村を回って話を聞いてみると、最近夜になると幽霊が現れるらしい。なんだかよくわからないが、村人達に危険が迫っている事は間違いないだろう。生きているものを守るのもそうだが、迷える魂を救うのも天使の使命。早速ゆういちは夜の村を見回ってみる事にした。

 件の幽霊は、すぐに見つける事が出来た。迷える魂を救った事で、ゆういちは更に星のオーラを手に入れる事が出来た。

 

 たまたまそこに居合わせたイザヤールと共に天使界へ戻った祐一は、長老オムイが見守る中、世界樹へ集めた星のオーラを捧げる。すると世界樹はひときわ大きな輝きを放ち、次々に実がなっていく。

 そう、これこそが天使達を神の国へと誘う女神の果実なのだ。この輝きに導かれるように、天使界に天の方舟が舞い降りる。今こそ、予言が成就する時だ。

「女神の果実が実る時、天の方舟が我らを迎えに来ると言い伝えられておる。いざ、天翔ける方舟に乗り、神の国に帰る時が来たのじゃ」

「これが終わりなのか、それともはじまりなのか、今こそ明かされる時が来たのだ」

 たが、その時地上より放たれた光が方舟を破壊する。その光は天使界に襲いかかり、そのはずみで女神の果実もいずこかへ飛び去ってしまった。

「なんと、我らは騙されていたのか……」

 オムイがそう呟く中、謎の光に弾き飛ばされたゆういちの体は大きく舞い上がり、その意識は闇に閉ざされた。

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