第二話 人として
「うん? 誰かと思ったら、この前の大地震の時のどさくさで村に転がり込んできたゆういちじゃねぇか」
ウォルロ村の守護天使像の前にいたゆういちに声をかけてきたのは、村長の息子ニードだった。
「お前、こんなところでなにぼーっとしてやがんだ?」
いつものように子分を連れ、ニードは妙に偉そうな目つきで祐一を睨みつけている。
「は〜、リッカってば、なんでこんな得体の知れないヤツの面倒なんか見てるんだ?」
天使界を襲ったあの騒動の後、ゆういちはウォルロ村に落ちていた。大怪我をして滝壺にいたゆういちの介抱をしたのが、リッカだったのである。
「どこから来たのかも言わねぇし、着てる服もヘンテコだ。どう考えても怪しいだろ?」
「ははぁ、わかりましたよ。リッカはこいつの名前が、守護天使と同じだから気にいってるんすよ」
「その名前だって本当かどうだか? 売れない旅芸人が天使の名前を騙って、飯にありつこうって魂胆なんだろ?」
だからこそニードは、村長の息子としてはっきり言っておかなくてはならない。
「いいか、よく覚えとけ! この村で妙な真似しやがったら、このオレがただじゃおかねぇからな」
「ニードさんはなぁ。リッカがあんまりお前ばっかり構うから、面白くなくていらっしゃるのさ!」
格好つけているニードとは対照的に、子分の方は面白そうにはやし立てている。
「ば、バカ野郎! 余計な事言うなっ!」
真っ赤な顔して怒鳴るニードの姿は、言葉以上にわかりやすかった。
「ちょっと二人とも、うちのゆういちになんの用なの?」
「よ、よぉリッカ。ちょっとこいつにこの村のルールを教えてやってただけさ……」
形の良い眉を吊り上げて怒っている様子のリッカを前にすると、ニードもかなわないようだ。結局、子分を引き連れて退散するニードであった。
「どうしてニードはあんなに威張っているのかな? 昔はもっと素直だったのね……」
その後ろ姿を眺めつつ、リッカはぽつりと呟く。幼馴染という奴は、昔から気心が知れた間柄であるせいか、異性を見る目も辛らつなのだ。
「ところで、ゆういち。出歩くなんて、怪我の方はもうすっかりいいみたいね」
大地震の後、滝壺で気絶しているゆういちを見つけてくれたのは、仕事の帰りにここを通りかかったリッカだった。本当に危ないところだったのを、リッカの献身的な看病のおかげでなんとか一命を取り留める事が出来たのだ。
その意味で、ゆういちにとってはいくら感謝してもし足りない相手であった。
天使界を襲った謎の光によって地上のウォルロ村に落ちてしまったゆういちは、頭上の光輪と背中の翼を失ってしまっていた。そのため、ゆういちは天使の力を使う事が出来なくなってしまい、普通の人間と変わるところのない存在になってしまっていた。流石にこんな事情を話すわけにもいかず、ゆういちは記憶を失った旅芸人としてこの村に留まっているのだ。
目を覚ましてから村十の話を聞いて回ると、どうやらあの事件の後から魔物の数が急に増えたらしい。そのせいかウォルロ村を訪れるような旅人も姿を見せなくなり、リッカが働いている宿屋も開店休業状態なのだそうだ。
ウォルロの村は名水の産地としてしられており、立派な滝を見に来る旅人がいた。そうした客のおかげでこんな小さな村の宿屋でもなんとかやってこれたのだが、この間の大地震の影響で村と外をつなぐ峠道が埋まってしまったため、外からの客がこれないでいるのだった。
このままではリッカの父親が残した宿屋も、風前のともしびとなってしまう。
ゆういちとしても世話になっているリッカのためになんとかしてやりたいところであるが、現状ではどうするべきかを思いつかずにいた。
とりあえず、この日はリッカの作った夕食を食べて寝る事にしたゆういちであった。
翌朝祐一は、リッカに起こされた。なんでもニードが訪ねて来ているらしい。その時リッカは、ニードになにか言われたら言い返してもいい。その時にはチョップ三回までなら許すわ、と微笑んでいた。
「よ、よぉゆういち。そんな意外そうな顔すんなよ。ちょっとお前に話があってさ……」
ここじゃなんだから、とニードはゆういちを外に連れ出す。どうやらリッカには効かれたくない話のようだ。
「さて……話ってのは他でもねぇ。土砂崩れで峠道がふさがれてるってのは聞いてるだろ?」
「ああ」
確か昨日、村ではそんな話をしていた事を祐一は思い出す。なんでもあの道はウォルロ村と外をつなぐ、大事な道なのだそうだ。
「そのせいでリッカが……いや、村のみんなが迷惑してるんだよ」
そこでニードはその土砂崩れをなんとかしようと思いついた。だが、問題なのは大地震の後村の外にはやたらと魔物が出るようになってしまい、危なくて仕方がない。
「……で、まあ。そう言うわけで峠道までお前に一緒に来てほしいんだ」
「なるほど」
すべてはリッカにいいところを見せたいという気持ちか、と祐一は即座に思いつく。ニードとしては旅芸人をして村から村に回っているのなら、腕のほうも立つと考えたのだ。
当然のことながら、ゆういちはその申し出をオーケーした。こうして、ゆういちの仲間にニードが加わった。
峠道は村から出て、道なりに東へ行った先にある。その意味ではわかりやすいところだ。一応この事は村の人達には秘密にしてある。下手に知られると、余計な騒ぎになる事は容易に想像できたからだ。
道中数々の魔物と遭遇し、全てを打倒した先でゆういちは、問題の峠道へとたどり着く。大地震の影響か周囲の木々はなぎ倒され、破壊の爪痕がそこかしこに残されていた。
「あれは……?」
そんな中で祐一は、奇妙な物体を目にする。それはなにかの乗り物が衝突し、木々をなぎたおしていた。おそらくは、これが村の子供が言っていた流れ星の正体なのだろう。
「おい、どうしたんだよ。ただ木が倒れておるだけだろ?」
だが、ニードにはこの光景が見えていない。つまり、この天の方舟が見えているのはゆういちだけという事になる。
「土砂崩れがあるのはこの先だ。オレは先に行ってるぜ」
「あ、おい、待てよ」
先に歩いていくニードを追い、ゆういちが奥へ進んだ時、不思議な光が舞い降りた。
「なによ、アイツ。この天の方舟が見えるわけ?」
この峠道はウォルロ村からセントシュタイン城を結ぶ重要な街道で、かつてウォルロ村の住人が総力をあげて山を切り崩して作った道なのだ。それ以前はキサゴナ遺跡という古い遺跡を通って山向こうと行き来していたのだが、この遺跡が古くて崩れやすいうえ、魔物が棲みついていて危険であるため、山を切り開いて新しく道を作ったのである。
「なんてこった……」
現場を見た途端、ニードは落胆の色に包まれる。
「土砂崩れってこれかよ? 正直なめてたぜ」
少なくともこの規模は、ゆういちとニードの二人だけでどうにかなるようなものではない。村の大人達が頭を抱えてしまうのも無理はないと思われた。うまいことこの土砂崩れをなんとかすれば、一躍村のヒーローになれると思ったニードの計画は、ご破算になってしまったのだった。
おまけに地震で地盤が緩んでいるせいか、まだ崩れてきそうな雰囲気だ。ゆういち達が途方にくれたちょうどその時。
「おーい、そっちに誰かいるのかー?」
崩れた土砂の向こうから、誰かの声がした。
「おーい、いるなら返事をしてくれー!」
それはセントシュタイン城から派遣されてきた兵士の一団だった。
「向こうに誰かいるみたいだな。おーい、ウォルロ村一のイケメン、ニード様はここだぞー!」
自分で言っちゃうかな、とゆういちは思うが、今はそんな突っ込みを入れている場合ではない。
「やはりウォルロ村の者か、我らはセントシュタイン城に使える兵士達だ。国王陛下より峠道の土砂を取り除くよう命じられてやってきた」
この惨状にセントシュタイン城の国王が動いてくれたらしい。どうやらここでゆういち達ができる事はなさそうだ。
「ウォルロ村の者よ。一つ急いで確認したい事がある。地震の後、お前達の村にあきこという女性が来たという話は聞いていないか?」
あきこはセントシュタイン城の城下で酒場に勤めている妙齢の御婦人であるが、大地震の前にウォルロ村へ行くと言って町を出たきり、消息が知れないのだという。
無論、ゆういちもニードもそんな女性が村を訪れたという話は聞いていない。しかし、セントシュタイン城からウォルロ村へ行くためにこの街道を通ったのだとすれば、最悪この土砂崩れに巻き込まれてしまった可能性もあるのだ。
一説には、あきこはキサゴナ遺跡を抜ける旧道を通ったとも言われているのだが、こちらは途中で道がふさがれてしまっている個所があるので確認できずにいる。
魔物が出る遺跡を女一人で通るとは考えにくいが、万が一という事もある。とにかく、もう間もなく街道も開通するという事を村のみんなに伝えるため、その場を後にするゆういち達であった。
「なるほどな。もう間もなくセントシュタイン城の兵士達が土砂を取り除いてくれるわけか」
ゆういち達からの報告を受けた村長は、大きく頷いた。この事を知れば村の人達は、きっと安心してくれるだろう。ただ、二人だけで峠道に行くという危険な事をするなと怒られてしまったが。
「ところで、この村にあきこという女性が来ていませんか?」
セントシュタイン城の兵士から聞いた話を村長に訪ねてみるゆういち。
「ちょっと、その話本当なの?」
すると、そこへなんの脈絡もなく現れたリッカが、突然大きな声を出した。
「リッカ、なんでここに……?」
ニードの驚きも当然であるが、リッカにしてみれば怪我が回復したばかりのゆういちを村の外に連れ出しているニードに一言文句を言ってやりたかったのだ。
「そんな事より、セントシュタインのあきこさんが行方不明って本当なの?」
リッカはセントシュタインの生まれだ。結構昔から村に住んでいるせいかそんな気はしないが、れっきとした都会生まれなのである。
「そう言えばリッカはセントシュタインの生まれだったね。知っている人なのかい?」
村長の問いに、リッカは小さく頷く。
「父さんのセントシュタイン時代からの知り合いに、そんな名前の人がいたはずなんです。あきこさんは父さんが死んだ事を知らなくて、会いに来ようとしたのかもしれません」
リッカの父親であるリベルトが、セントシュタインからリッカを連れてウォルロ村に戻ってきたのは二年ほど前の話だ。娘と一緒にのんびり宿屋をやっていたというのに、流行病であっさりこの世を去ってしまったのである。
そう言って心配そうな表情を浮かべるリッカであったが、探そうにも手がかりがないのではどうしようもない。
「そういや、キサゴナ遺跡から来ようとしてたんじゃないかって、城の兵士が言ってたぜ」
ニードはそう言うが、それが本当だとしても行くには危険すぎる場所だ。とりあえず今日はもう遅いため、それぞれの家に帰る事にした。
「祐一が村の外に出たって聞いて、ホントに驚いたんだからね」
リッカは心配そうだったが、当のゆういちは平然としている。もしかすると、ゆういちはリッカが思っているよりずっと強いのかもしれない。
「……ねえ、ゆういち。もしよかったらでいいんだけど、頼めないかな?」
「なにをだ?」
「私ね、やっぱり行方不明になったあきこさんって人の事が気になるの。だからキサゴナ遺跡に……」
そこまで言ってリッカはぶんぶんと首を振る。
「……ううん。やっぱりいい。いくらなんでも危険すぎるもの。そんな事頼めない……」
リッカはそう言うものの、その表情には心配の色が濃い。このときゆういちは、世話になったリッカのためにキサゴナ遺跡へ行く事を決意していた。
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