第四話 宿王の未練

 

「大変な事になってしまいましたね」

「ああ。しかし、あんたの未練ってなんなんだ?」

「そうですね……もしかすると、滝壺に張り出した崖に埋めたものかも知れません」

「崖ね……」

 祐一がその場所を調べると、なにかのトロフィーが埋まっているのを見つけた。見ると表面にはセントシュタインの王の名前が刻まれており、これは宿王を称えて送った記念のトロフィーだという事がわかる。

 気になったゆういちがこれをあきこに見せてみると、まぎれもなく本物だと言われた。これを見ればリッカも、自分の父親が本当に伝説の宿王だった事をわかってくれるはずだ。

 このトロフィーはリベルトがこの村に戻って来たとき、自ら封印したものだった。リッカのため、セントシュタインへの想いを断ち切るために。

 幼いころのリッカはとても病弱で、リベルトはリッカのためを思ってこの村へ帰ってきたのだった。それがリベルトの死んだ妻、リッカの母親の願いでもあったからだ。

 このトロフィーをリッカが見た時、なんと思うのか。それを考えたリベルトは、このトロフィーを封印する事にしたのだった。

 

「あれ? どうしたの、ゆういち」

「リッカが落ち込んでいるって聞いたからな。まあ、俺じゃ頼りにならないかもしれないが」

「その手に持っているトロフィーは……?」

「ああ、リッカの親父さんが、伝説の宿王だった証のトロフィーだ」

 そう言ってゆういちは、宿王のトロフィーをリッカに手渡した。

「これ……宿王と認めるって……セントシュタインの王様から、うちの父さんに……?」

 リッカの手にかかるトロフィーの重さは、なにより真実を伝えるものだった。

「あきこさんの話は……本当だったんだ」

 リベルトはリッカにとって、本当にどこにでもいる普通の父親だった。だからこそあきこに伝説の宿王だった聞かされても、なかなか信じる事が出来なかった。しかし、こうして確かな証拠を目にすると、やはりその話が本当だった事がわかる。

「でも、だったらどうして父さんは、宿王の地位を捨ててまでウォルロ村に帰ってきたの?」

「それは、リッカのためだ」

「私の……?」

「ああ、リッカは幼いころ病弱だったって言うじゃないか」

「うむ、その続きはわしから話そう……」

「おじいちゃん……」

 そこへ入ってきたのは、リッカの祖父だった。

「リベルトからは口止めされていたんじゃが、もういいじゃろう。リッカや、お前は幼いころ病気がちじゃった事は覚えているな」

「うん」

「その体質は母親譲りのものじゃ。本来なら成長するに従って弱っていき、やがて死に至ってしまう。実際、お前の母親も若くして亡くなっておるな?」

「でも、私は元気になったよ。体が弱かったことなんて忘れてたくらい」

「それはこの村の滝の水、ウォルロの名水をのんで育ったおかげじゃろう。ウォルロの名水は体を丈夫にし、病気をとおざけるというからのう」

「じゃあ、父さんがセントシュタインの宿屋を捨ててこの村に戻ってきたのって……」

「リッカのためだったのか……」

 そこで祐一はため息交じりに口を開いた。リベルトは自分の夢よりも、娘を助ける道を選んだのだ。

「私が……父さんの夢を奪ったんだ……」

 リッカの瞳から、大粒の涙があふれだした。

「そう思わせたくなくて、あいつは口止めしていたんじゃよ……」

 見ると、祖父の目からも涙があふれていた。

「じゃが、今のお前なら、この事実を受け止める事が出来ると、わしは信じておるぞ」

 リッカは父親が時々見せる、遠くを見るような表情がずっと気になっていた。娘のために、自分の夢を犠牲にした父。

「ねえ、ゆういち。私、セントシュタインに行く事にするわ。私になにが出来るかわからないけど、あきこさんの申し出を受けてみるよ!」

 その瞳には強い決意が漲っていた。それは父の夢を、自分が引き継ぐという確かな気持ちだった。

 

「やれやれ、あわただしい事じゃな。いつかはこんな日が来るとは思っていたが、あの子が行ってしまうとさびしくなるのう……」

 一度こうと決めたら梃子でも動かない。リッカに会ってまだ日は浅いものの、ゆういちはそう感じた。

 リッカの後を追って部屋から出ると、そこにはリベルトが立っていた。

「あれ? おっさん来てたんだ」

 ひょい、と現れたサンディが、いつもの調子で話しかける。

「……ええ、話は全て聞いていました。まさか、リッカが私の夢を継いでくれるなんて……あの子も大きくなったものです」

 一人残された娘の心配。実はこれこそが、リベルトの未練の正体だったのだ。

「もう、思い残すことはありません……」

 あきこの人となりは、リベルトはよくわかっている。後の事はあきこの任せておけば大丈夫だろう。

「私が見ていなくても、あの子は立派にやっていけるでしょう……。どうやらお別れの様ですね、本当にありがとうございました。守護天使ゆういち様……」

 リベルトの体が、眩い光に包まれていく。そして、ひときわ大きな輝きを放った後、リベルトの魂は天へ召されていった。

「……行っちゃったわね」

「ああ……」

 サンディの呟きに合わせ、ゆういちも小さく頷く。

「あんた、なかなかやるじゃん! こりゃもう天使と認めないわけにはいかないか」

 納得したように、サンディは何度も首を縦に振る。

「約束通り、あんたを天の方舟に乗せて天使界まで送っていってあげるわ、カンシャしなさいよ〜」

 その時、サンディはなにかを見つけたようだ。

「ところでさ、あんた天使だったら星のオーラを回収しなくてもいいの? そこに転がってるんですケド……」

「え?」

 そう言われても、ゆういちには星のオーラがどこにあるか全くわからない。

「もしかしてあんた、星のオーラが見えてないの? 見えなくなっちゃったの?」

 どうやら今の中途半端な状態では、星のオーラを見る事が出来ないようだ。

「う〜ん、こんな奴信用していいのかな……?」

 途端に胡散臭そうな眼で見るサンディに、ゆういちはただ乾いた笑いを浮かべるしか出来なかった。

 

 数日後、峠道の土砂は取り除かれた。そして、それはリッカがセントシュタインに向けて旅立つ日でもあった。

「離れ離れになっちゃうけど、元気でねおじいちゃん」

「お前も慣れない都会暮らしで苦労も多かろうが、くれぐれも体を壊さぬようにな」

 あきこに付き添われ、リッカはそう別れを告げる。

「お孫さんの事心配でしょうけど、私も出来るだけサポートをしますので、どうかご安心くださいな」

 そう言って微笑むあきこは、慈愛に満ちた人柄を感じさせた。この人に任せておけば、大丈夫なのではないかと思わせるくらい。

「よろしくお願いしますぞ、あきこさん」

「あ、そうだニード。ちょっといいかな?」

「な……なんだよ。村を出ていく奴が、オレになんの用だってんだ?」

「この村の宿屋、ニードが引き継いでくれるんでしょ? 勝手な話だけど、私この村の宿屋を閉じたくなかったから……ありがとう、感謝してる」

「おやじが働けって言うから仕方なくだ、別にお前のためじゃねーよ!」

 顔じゅう真っ赤にしながら、そう憎まれ口を叩くニード。

「……まあ、オレがやるからには、セントシュタインのなんかよりビッグな宿屋にしてやるけどな」

「うん、期待してる。私だって負けないんだから!」

「おうよ! 受けて立ってやんぜ」

 次にリッカは、ゆういちの方を向く。

「ゆういち、あなたにはすっごくお世話になっちゃったね。本当にありがとう」

「気にするな。俺だってリッカには世話になってるんだ。だから、これでおあいこだ」

「だって父さんが隠していたトロフィーを見つけてきちゃうんだもん。すごいね」

「いや、それは……」

 あなたの親父さんに訊きました、とは口が裂けても言えないゆういち。

「ゆういちって不思議な人。もしかして、本当に天使様だったりして……」

「はは、まさか。そんなことあるわけないじゃないか」

 今のゆういちは、人としても天使としても中途半端な存在だ。なにしろ人間には見えないものが見えて、天使には見えるものが見えないのだから。

「うん、あなたもこの村を出て自分の故郷に帰るんだよね? もし途中でセントシュタインに立ち寄る事があったら、絶対宿屋に泊って行ってね!」

「ああ、約束するよ」

 そうはいうが、ゆういちがこれから帰るところは天使界だ。だからもう、人間界にかかわる事はないだろう。もし関わったとしても、その時リッカにはゆういちの姿が見えていないのだから。

「それじゃ、行ってきます。みんな、今までありがとう!」

 元気よく別れを告げて、リッカは村を後にしていった。

 

「さあ、アタシ達も出発ね」

 その後ろ姿を見送って、ゆういち達も旅立つ事にした。目指す場所は峠道、あそこには落下した天の方舟があるからだ。

「よーし、それじゃ中に入るね」

 ゆういち達が天の方舟のところについた時には、すでに日は落ち、あたりはうす暗くなっていた。サンディが入口の近くに立つと、固く閉ざされていた扉が勢いよく開いた。

「これが天の方舟の中よ。どう? 意外とイケてんでしょ?」

「いや、なにがどうイケてるのかさっぱりなんだが……」

 サンディはそう言って鼻をぴくぴく震わせるが、ゆういちにはなにがイケてるのかさっぱりだ。確かに見た事もないような形の物体で構成されているのは、イケてるというべきものなのかもしれないが。

 猫に小判というのは、こういう事を言うのかもしれないな、とゆういちはしみじみ思うのだった。

「でも、出来る事ならもっとカワイクしたいのよね〜。まだちょっと地味じゃない?」

「そうか?」

 あちこち金色に輝いているのに地味と言われても、説得力というものが感じられない。ゆういちにはわからないが、サンディにとってはこれでも地味な部類なのだろう。

「ゴールドの中にキラキラピンクのライトストーンなんかも並べてさ、もっとアタシ色に染めたいわけ」

 金色とピンク、そのセンスにはどうもついていけそうにない祐一であった。

「なによー! とっとと出発しろって言うの?」

「できれば、そう願いたいのだが……」

「わかったわよ。ええ、やってやりマスよ! ぶっちゃけあなたも天使界がどうなったのか、知りたいっぽいしネ」

 実はそれが一番の気がかりだった。やっと女神の果実がなり、長年伝えられてきた伝説が成就しようとしたその時、突如として起きた大災厄。あの後天使界がどうなったのか、ゆういちはぜひとも知りたかった。

「それじゃいっくよ〜、スイッチオン!」

 サンディが気合いをこめてボタンを押すのだが、天の方舟はどうにも動かない。

「……あーあ、やっぱダメなんですケド」

「動かないのか?」

「アタシ的には天使を乗せれば動き出すって思ったんだけど……なんでかなぁ……」

 そこでサンディはある事実に思い当たる。

「そう言えばあんた、あの時天使のくせに星のオーラが見えなかったよネ? それってやばくネ?」

「おいおい、まさか……」

「きっと、そのせいなんですケド! だいたいさあ、天使のくせに翼も光輪も失うなんてありえなくネ?」

「確かに……」

 意外と素直な祐一の言葉に、サンディは大受けしている様子だった。

「……って、こんな事してる場合じゃなくネ? そうだ、神様。神様はなにしてる?」

 いくらサンディが天の方舟の運転士とはいえ、あまりのんびりしている神様に怒られてしまう。しかし、今までそうではなかったところからして、考えられるのはただ一つだ。

「……もしかして、見つけられない?」

 そうなると、ここに留まっている事は無意味だ。なんとかして神様に今の自分達の状況を伝えなくてはいけない。

「と、いうわけでゆういち。アタシらも道が通じたって言うセントシュタインに向かうわヨ」

「えらく唐突だな」

「いっぱい人助けをして星のオーラを出せば、それを目印にしてアタシ的には見つけてもらえると思うの」

「それはいいけど、俺には星のオーラは見えないんだぜ?」

「別に見えなくてもいいわよ。むしろ星のオーラが回収されないって事がわかれば好都合なのよ」

 サンディはそう言うが、ゆういちの目は不信感で一杯だ。

「んじゃ、方針も決まった事だし。さあ、いくよーっ!」

 そんな中で、ただ一人元気いっぱいのサンディだった。

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