第五話 セントシュタイン

 

「はあ……」

 宿屋を前にして、一人の少女が重苦しく息を吐いていた。

「どうしたの、緊張しちゃった?」

「はい。田舎から出てきたばかりで新人の私が宿屋をやるなんて、そんなの誰も納得してくれないんじゃないでしょうか?」

「……それはそうかもしれませんね。でも、私は人の才能を見抜く自分の眼力を信じています」

 緊張している様子のリッカに、あきこは優しく微笑みかけた。

「だから、大丈夫」

「はい……ありがとうございます、あきこさん」

 母親というものは、もしかするとこんな感じなのかもしれない。その笑顔にリッカはそう思うのだった。

「それじゃ、一緒に働く仲間を紹介するわね」

 あきこは勢いよく扉を開けた。

「ただいま。みんなの希望の星を連れてきましたよー」

 リッカが中にはいると、そこでは大勢の人が出迎えてくれる。

「ちょっと、あきこ。なに考えてんのよ」

 その中の一人が、リッカを見るなりあきこに毒づく。

「この子に宿を任せるって? ただでさえ今危ないってのに、あんたここをつぶす気?」

 つぶれかけた宿屋をたてなおすため、最初は伝説の宿王を連れてくると言って出かけて行ったあきこだったが、帰って来たときには少女を連れてきていた。これでは宿屋の従業員が呆れてしまうのも無理はない。

「まあまあ、落ち着いてくださいな、レナ。私がただの女の子を連れてくると思いますか?」

「え?」

「こう見えてもリッカちゃんは、すごい才能の持ち主なのですよ。きっとこの宿を救ってくれます」

「あのねぇ、あきこ。あんたあたしをスカウトした時もそんな事言ってなかったっけ? 私に金庫番の才能があるとか言って……」

 レナは呆れたようにあきこを見ているが、当のあきこは全く意に介さずいつもの微笑みを浮かべている。

「自信たっぷりにこの宿の救い主を連れてくるって言うから期待してたのに……」

 そこでレナはリッカを一瞥する。

「それがこんな小娘……。アテにしたのが間違いだったわ」

「ちょっと待ってください!」

 そこで大きな声を出したのが、リッカ本人だった。

「私、頑張りますから。宿屋の事なら、父からいろいろ教わっていますから」

「ふ〜ん、あなたのお父さんも宿屋人だったの? 父親の夢を娘が継ごうってワケね。その心意気は買うけど、宿屋をやるって事はそんなの甘いものじゃないのよ?」

 言い方はちょっと荒っぽいが、レナはリッカの事を心配してくれているようだった。もっとも、それがわかっているので、あきこはただ成り行きを見守っているだけだ。

「大体、あなたに教えたって言うお父さんが、どれほどの人だったか……」

「では、教えてあげましょう。リッカちゃん、例のものを」

「あ、はい」

 あきこに促され、リッカは宿王のトロフィーを取り出した。

「そ……そのトロフィーは……」

 その至高の輝きに、レナは床にへたり込んでしまった。

「そうです。これこそがセントシュタイン王から伝説の宿王に贈られた、記念のトロフィーです」

 微笑みながらあきこはリッカの背後にまわり、その両肩に手をおいた。

「リッカがこれを持っているという事は、彼女が宿王の実力と、その血をひくものである事のまごうこと無き証です」

「で……伝説の宿王の娘……。ははぁーっ!」

 レナを筆頭に、一斉にひれ伏す従業員の姿に困惑するリッカ。

「あの……そんなみんなひれ伏さなくっても……」

 

「なんだかとんでもないところに来てしまったようだ……」

 トロフィーを手にしたリッカを前に、一斉にひれ伏す従業員達。セントシュタインに来る事があったら寄ってね、とは言われていたゆういちであったが、なぜだかとんでもないところに居合わせてしまったようだった。

「あ、ゆういち。早速来てくれたんだ」

「あ? ああ。近くまで来たからな……」

「でも、ごめんなさい。私達も今着いたばかりで、まだ準備ができていないの」

「ああ、いいさ。その間に町を見物してくるからさ」

「あら? ゆういちさんは別に泊まりたくてここに来たわけではないでしょう?」

 そう言ってあきこは意味ありげな視線をゆういちに向けた。

「リッカちゃんが心配で、様子を見に来たんですよね?」

 別にそう言うつもりはないのだが、面と向かってそう言われてしまうと少々気恥かしい。

「だけど、宿屋の事には自分は口出しできなくてはがゆい。そんなところでしょうか?」

「あ……あきこさん」

「ですが、ゆういちさんでもリッカちゃんの力になれる事があります。そう言ったらどうでしょうか?」

「その方法とは?」

「私の見る限りでは、ゆういちさんにはすれ違う多くの旅人を引き寄せる才能があります。あなたが呼び込みに立ってくれるなら、きっと宿屋は繁盛間違いなしです」

「あ……あきこさん、それは宿屋とは関係ないです。そんなのゆういちには頼めないよ」

「この人のために何かしてあげたい。他人にそう思わせるのも、立派な才能の一つです。ゆういちさんが暇なときに、自分からやりたいと言った時に頼めばいいんです」

「そういうことなら……。ねえ、ゆういち。お願いしてもいいかな?」

「……まあ、それぐらいだったら」

 どうにも女の子のお願いに弱いゆういちであった。

「それじゃ、これからもお願いね。ゆういち」

「おう」

 

「そう言えばゆういちさんは、一人で旅をしてるんでしたね」

「ああ、そうだが」

「それってすごく危険ですよ? 待っててくださいね、今さっと酒場の準備をしてしまいますから」

「酒場?」

「ああ、あきこはここで酒場をやってるのよ。もうしばらくしたら準備が整うから、その時には頼りになる仲間を紹介できると思うわ。だからそれまではゆっくり城下町の見物でしてらっしゃいよ」

 そう言って従業員の一人が、ゆういちを送り出してくれた。

 

 セントシュタインはウォルロの村の近くにある大きな町で、堅固な城門で囲まれた城下町では大勢の人達が暮らしていた。温厚で誠実な人柄で知られる国王と、その娘であるフィオーネ姫の美しさは近隣でもよく知られていた。

 町には大勢の人が行きかっているのだが、どの人を見てもその表情は暗い。気になったゆういちが話を聞いてみると、どうやらセントシュタインは黒騎士を名乗る謎の人物の脅威にさらされているらしい。

「なになに? 『我が国に黒き鎧を身につけた、正体不明の騎士現る。騎士を討たんとする勇敢なもの、我が城に来たれ。素性は問わぬ。セントシュタイン国王』……」

 町の中央に設置された立札にはそう書いてある。なんでもあの大地震の後、セントシュタインに黒騎士が現れ、厄介な問題となっていた。

「道理で町の活気がないわけだな……」

 どうやら天使界を襲ったあの災厄以降、人間の世界でも色々と問題が起こっているらしい。ゆういちが天使界へ帰るためには、そうした人達から感謝の気持ちの結晶となる星のオーラを集めなくてはならない。

 とりあえず、当面はこの黒騎士問題を片付ける必要があるようだ。

「そろそろ準備が出来たころかな?」

 ふと気がつくと、もう日が西の空で赤く染まっている。そこで祐一は宿屋に向かった。

「いらっしゃい。準備はできていますよ」

 カウンターではあきこが仲間の紹介を行っていた。誰を仲間にしようか、ゆういちが考えはじめたその時だった。

「ゆういちくんっ!」

「うおっ!」

 不意に小柄な影が、ゆういちにタックルをしてきた。

「よかったぁ、ゆういちくん無事だったんだね……」

「あゆ? あゆなのか?」

「ゆういち?」

「ゆういちなの?」

 続けてよく見知った少女が姿を現す。

「なゆき、それにかおりじゃないか」

 この懐かしい顔ぶれに、思わず祐一の目に涙がにじむ。天使界ではみんなでよく一緒に修行を受けたものだ。

「もしかして、お前達も……?」

 この予期せぬ再会に、ゆういちが小声で訊いてみると、皆一様に頷く。

「あの災厄の後、気がついたら光輪と翼を失っていたんだよ……」

「それで、とりあえずこの酒場に冒険者として登録して……」

「魔物と戦って日々の糧を得てたってわけ……」

 聞くところによると、あゆは盗賊、なゆきは僧侶、かおりは武闘家として登録しているのだという。

「じゃあ、決まりだな」

 ゆういち達四人は顔を見合わせると、不敵に微笑んだ。

「パーティはこれで決まりだ」

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