第六話 黒騎士

 

「おはよう、ゆういち。昨夜はお楽しみみたいだったね」

「いや、ははは……」

 朝一番に、リッカがにこやかに声をかけてくる。確かに昨夜はこの予期せぬ再会に、みんなで持りあがってしまったのであるが。

「それで、ゆういちくん。まずはなにをすればいいの?」

「そうだな、とりあえずは黒騎士の討伐かな?」

 あゆの問いに、簡潔に答えるゆういち。

「黒騎士の討伐?」

 ゆういちがそう言うと、なゆきが怪訝そうな顔で訊き返した。

「ああ、町の中央にある立札は見たろ? なんでもセントシュタインの国王が、謎の黒騎士を討伐してくれる勇敢な者を求めているらしい」

「その黒騎士っての何者なのよ?」

 そう訊いたのは、、どうにも疑わしそうな眼をしているかおりだ。

「それがわかれば苦労はないさ。とりあえずは城に行って王様の話を聞いてみようぜ」

 

 ゆういち達が立札を見てきた事を告げると、門番の兵は快くお城に入れてくれた。ここからは手分けして情報収集だ。

「どうだった? あゆ」

「う〜ん、ボクが訊いた話だと、このお城には珍しい首飾りがあるらしいよ。なんでも、この国の王妃様が嫁いでくるときに持ってきたんだって」

「だとすると、黒騎士の狙いはそれか? まあ、いい。なゆきはどうだった?」

「わたしが訊いた話だと、その黒騎士って人はそれほど悪い人じゃないみたい。確かに体とか大きくて怖かったけど、無暗にその力をふるう人じゃないみたいに見えたって」

「だけど、実際に被害にあっている人もいるぞ。町じゃせっかく手に入れた馬を取られたって人もいたし」

「確かにお城の兵隊さんの中には怪我をした人もいるよ。でも、先に手を出したのは、黒騎士さんを追い払おうとした兵隊さんの方だって」

「だとすると、なにか理由があるのか? かおりはどうだった?」

「有力な情報かもしれないのをいくつか入手してきたわ」

「流石かおりだな」

「あたしが訊いた話じゃ、黒騎士の狙いはこの国のお姫様らしいのよ」

「お姫様? ああ、フィオーネ姫様か。なんでもえらい美人さんらしいじゃないか」

「そう言うお姫様だったら、まさしく国の至宝ともいえる存在じゃない?」

 どうやらかおりの入手した情報で、黒騎士の狙いは絞り込めた。ここは国王の話を聞いてみようと、ゆういち達は玉座の間に向かった。

 

「フィオーネよ、何度言えばわかる! あの者に会いに行こうなどと、このワシが許せるわけなかろうっ!」

「いいえ、お父様。黒騎士の狙いはこのフィオーネです! 私が赴けば、国のものはみな安心して暮らせることでしょう」

 玉座の間では、なにやら激しい争いが続いていた。

「なんだなんだ?」

「激しく言い争っているみたいね」

 一歩も引かない両者の言い争い、ゆういち達ははいる事も出来ず、入口のところで立ち尽くしていた。

「バカを申せ! 自分の娘をあんな不気味な男に差し出す親がどこにいるのだ!」

「ですが……」

 話の内容から察するに、国王とフィオーネ姫が言い争っているようだ。民の安全のために、我が身を犠牲にしようとするフィオーネ姫。国家の対面と親の責務を背負った国王。両者の主張が平行線をたどるのは、必定と言えた。

「む……?」

 そこで国王は、入り口付近で入るに入れないゆういち達に気がついたようだ。

「……ウォッホン! 客人か。すまなかったな、さあこちらへ参られよ」

 国王の招きに応じ、ゆういち達は玉座の前へ進み出る。

「ワシがこの城の主、セントシュタイン国王じゃ。おぬしは城下町にある立札を見てこちらに参ったのかな?」

「はい」

「ややっ! と、いう事は、おぬしあの黒騎士を倒すのに手を貸してくれるというのだな?」

「はい」

「おおっそうか! 黒騎士退治を引き受けてくれるのか。おぬし……名はなんと申す?」

「ゆういち、でございます」

「そうか、ゆういちと申すか。それではゆういちよ、ワシの話を聞いてくれ」

 一つ大きく息を吐くと、国王は静かに語りはじめた。

「ゆきずりの旅人であるおぬしに黒騎士退治を頼むのは、もちろん訳がある。実はな、黒騎士の奴はワシの娘フィオーネを狙い、この城にやって来たんじゃよ」

 国王の隣に控えるフィオーネ姫は、ゆういちの目にも美しい女性であるように見える。国王自慢の一粒種というのも、わかるような気がする。ある意味父親としても、得体のしれない奴に大事な娘を渡すわけにはいかないのだろう。

「奴は約束の時間までに、フィオーネをシュタイン湖という場所に届けるよう、言い残して去って行ったのじゃ」

「なるほど」

「……しかし、ワシはその言葉を黒騎士の罠だと思っておる。ワシがシュタイン湖に兵を送り、城の間森が薄くなったところで、奴は城にやってくるに違いない!」

 なんでもこの城には、貴重な宝がたくさん眠っているらしい。それはセントシュタインが建国したときまでさかのぼる事が出来るという、由緒正しいものだ。それゆえに国王は、ゆういちのように自由に動ける戦力を欲していたのだった。

「お父様、見ず知らずの旅の方を巻き込んではなりませぬ!」

 しかし、フィオーネは国王の方針に反対する立場にあった。なぜなら、国王の依頼で動いていると言っても、所詮は往きずりの旅人。黒騎士に返り討ちにあったとしても、セントシュタインとしては痛くもかゆくもないからだ。むしろ兵を派遣し、損害を受けたとしたら大問題となる。

 そうした旅人の安全を心配してくれるフィオーネ姫を、本当に心優しい女性なのだなとゆういちは思った。

「お前は黙っていなさい。断じてあ奴の好きなようにはさせん」

「あんまりですわ……。わたくしの気持ちを少しもおわかりになろうとしないで……」

 そう言い残して、フィオーネ姫は玉座の間を後にする。去り際にこぼれた真珠は、彼女の優しさの表れだろう。

「……コホン、すまんな。フィオーネは正義感の強い娘。この件に責任を感じているのだろう……」

 自分が犠牲になれば、誰も傷つかずにすむ。それは確かに高潔な魂の持主ならばそうする事だが、なまじ一国の姫という立場が、それを出来なくしているのだ。

「それではゆういちよ。これからシュタイン湖に赴き、黒騎士の所在を確かめて来てくれ。シュタイン湖に行くには、この城の裏手にある北の橋を渡ってさらに北を目指せば良い」

 ゆういちは頭の中に地図を思い描くと、大体の場所に見当をつける。

「もし、奴がそこで待っておったら、おぬしの腕の見せどころじゃ。そのまま叩きのめしてまいれ! これがうまくいけば褒美を取らせるからな。しっかり頼んだぞ、ゆういちよ!」

 

「う〜ん……」

「どうしたの? ゆういち」

 城を出るなり首を傾げるゆういちを、なゆきは心配そうに見た。

「なんとなくわかるわ。あの黒騎士について、でしょ?」

 こういう事に関しては考えるのが早いかおりであった。

「国王が、見つけ次第倒せ。それが出来たら褒美は望むがままじゃ、なんて言ったけど、ちょっと胡散臭いわよね」

「でも、お城の人達はみんな困ってたよ?」

 そう可愛らしく小首を傾げたのはあゆだった。

「まあ、なんにせよ、まずは黒騎士とやらに会ってからだな」

 戦うかどうかは、その時考えればいい。

 シュタイン湖はセントシュタイン城の北にある大きな湖だ。湖の中央付近には祠のある小島があるだけの、わりと寂しい場所だ。

 ここで黒騎士がフィオーネ姫を待っているというが、まだ黒騎士の姿は見えない。ある意味本当に黒騎士が現れるかどうかも怪しいのだが、しばらく待ってみるゆういちであった。

 やがてあたりは真っ暗になり、綺麗な満月が夜空を彩る。なんというか、愛の告白をするには最高のロケーションであると言えた。

「……うぐぅ、来ないね……」

「女の子呼びだしといて、その約束ぶっちぎるなんて、なに考えてんのよ」

 結構長い事待っているせいか、あゆと香里はなにやらぶつぶつ言いはじめる。

「振り向いたらそこにいたりして……」

「もうなに言ってんのよ、なゆ……」

 なゆきの声に振り向いたかおりは、そこで固まってしまった。

「……うっそ〜っ!」

 月明かりをバックに、黒い馬に乗った黒騎士が崖を駆け降りてくる。そのまま黒騎士はゆういち達の前に来ると、静かに相対した。

「誰だ……キサマ……?」

 顔面まですっぽりとを覆う兜のせいか、くぐもった声が響く。

「キサマに用はない。姫君はどこだ?」

 そう言って黒騎士はすらりと引き抜いた剣をゆういちに向ける。

「姫君を出せっ! わが麗しの姫君をっ!」

 そして、面頬をあげた黒騎士の素顔は、骸骨だった。

 黒騎士の激しい攻撃が祐一達を襲う。しかし、素早い動きが身上のかおりとあゆが黒騎士をかく乱し、なゆきが呪文でアシストする。このチームワークが功を奏したのか、ゆういち達は黒騎士を打ち倒す事に成功したのだった。

 

「……なにゆえ……」

 がっくりと膝をついた黒騎士が、か細い声を上げる。

「なにゆえ姫君は、キサマのようなものを私のもとへ使わしたのか……」

「姫君は関係ない。これは国王の依頼だ」

 祐一は簡潔に事情を説明した。思えば、最初から話し合えばわかりあえたかもしれない相手だった。

「くっ……メリア姫は、もう私の事を……あの時交わした約束は偽りだったというのか……」

「誰だ? メリア姫って……」

 祐一の記憶が正しければ、セントシュタインの姫君の名前はフィオーネだ。

「お城のお姫様って、フィオーネ姫様だよね」

「そ……それはまことか……?」

 あゆの呟きに、黒騎士は即座に反応した。

「教えてくれ。あの城にいたのは、メリア姫ではなく、別の者だったというのは本当か?」

「ああ、本当の事だ」

「なんて事だ……。あの姫君はメリア姫ではなかったのか……」

 再び、黒騎士はがっくりと落ち込んでしまったようだ。

「言われてみれば……彼女はルディアノ王家に代々伝わるあの首飾りをしていなかった……」

 なにか思うところがあるにか、黒騎士はすっくと立ち上がると、ゆういち達に背を向けた。

「……私は……深い眠りについていた……」

 過去を懐かしむように、黒騎士は静かに語りはじめた。

「そして、あの大地震と共に、なにかから解き放たれるようにこの見知らぬ地で目覚めたのだ……」

 その時、ゆういちは思い出した。セントシュタインの城下町で、大地震の後に黒騎士がやってきた事を。

「その時の私は、自分が何者かわからないほど記憶を失っていた。そんな折、あの異国の姫を見かけ、自分とメリア姫の事を思い出したのだ……」

 そして、黒騎士は静かにゆういち達の方を向いた。

「私の名はレオコーン。メリア姫というのは、我が祖国ルディアノ王国の姫。私とメリア姫は永遠の愛を誓い、祖国で婚礼を控えていた仲だった……」

「なるほどな……」

 そこまでラブラブなら、フィオーネ姫を見てメリア姫と勘違いしてしまうのもわかる気がする。

「つまりは、元カノとフィオーネ姫を間違えていたってわけね」

「どれだけ似てたのかな、フィオーネ姫とメリア姫って……」

 話題が恋愛話に突入すると、もうそこは女の子の独壇場だ。なゆき達三人は、ああでもないこうでもないと、恋愛談議に夢中になってしまっている。

「いずれにせよ私は自らの過ちを正すため、今一度あの城に行かねばなるまいな……」

「それはやめといた方がいいんじゃないか? 話がややこしくなるだけだ」

「うーむ……それもそうだな」

 このレオコーンという人は、真面目で思いこんだら一直線という環いだが、意外と話はわかる人物のようだ。その意味でフィオーネ姫の目は確かだったと言える。

「では、そなたらのほうから城の者へ伝えておいてくれないか? もう城には近づかないと。ルディアノ城では、きっと本当のメリア姫が私の帰りを待っているはず……。私はルディアノを探すとしよう」

 そう言って黒騎士レオコーンは、静かに去って行った。

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