第八話 滅びの森

 

 エラフィタ村の北部。あのわらべ唄のフレーズにもある北ゆく鳥のように、北を目指して進んだゆういち達は、あちこちに毒の沼地が点在する不気味な森についた。

 そして、その最果てにあったもの。それは滅び去った町の姿だった。

「……これが……ルディアノ城だというのか……」

 レオコーンの呟きが重苦しく響く。彼が探し求めていた故郷が、すでに廃墟となっているのだから、無理もないだろう。

「私は、城がこのようになるまで一体なにを……」

 おそらくは気の遠くなるほど、途方もない年月が経過したに違いない。面頬をあげたレオコーンの素顔がすでにガイコツなのだから、それは容易に想像できた。

「メリア姫は……?」

 姫を求め、レオコーンは廃墟の奥へ走っていく。ゆういち達もすぐさまその後を追うのだった。

 

 ルディアノ城の廃墟は不気味な魔物達が巣食っており、先を進むのはかなりの困難を極めた。その途中でゆういち達は、在りし日のレオコーンとメリア姫の愛のメモリーを知るのだった。

「なるほどな……レオコーンは魔女討伐のために旅立って……」

「そのまま帰ってこなかったんだね」

「そうなると、森で木こりが会った魔女っていうのが」

「その魔女さんだったりするのかな?」

 瓦解した城の構造物は行く手をふさぎ、あちこちに点在する巨大な地割れが容赦なく立ちふさがる。魔物との戦闘を潜り抜け、ゆういち達はルディアノ城の玉座の間と思しき所へ辿り着いた。

 

「ククク……お帰りなさいレオコーン。ずいぶん探したけど、やはりここに来たのね」

 中に入ると、玉座に座る赤い魔女とレオコーンが静かに対峙しているところだった。

「やはりキサマか、イシュダル!」

 赤き魔女を見て、レオコーンは納得したように何度もうなずく。

「そう言う事か……今、全てを思い出した……。私は貴様を討つべくルディアノ城を飛び出した……」

「そして、お前は私に敗れ、永遠の口づけを交わした……。アナタと私は闇の世界で数百年もの間二人きり……。アナタは私のしもべ、そうでしょ? レオコーン……」

「だまれっ!」

 レオコーんはすらりと剣を引き抜くと、その切っ先をイシュダルに向ける。

「キサマのせいで……メリア姫は……」

 そのまま最上段から斬りかかったレオコーンを、イシュダルの両目から放たれた赤い光線が射抜く。

「ぅぐわあぁぁぁぁぁーっ!」

「ククク、バカな男。あの大地震のせいで、私の呪いは解けてしまったけど……。いいわ、もう一度アナタにかけてあげる。二人きりの闇の世界にいざなうあの呪いをね……」

「そうはさせるかっ!」

 イシュダルの呪いにもがき苦しむレオコーンを助けるため、ゆういち達はその前に躍り出た。

「あら? な〜に、アンタ達。まさか……レオコーンを助けようってんじゃないだろうね?」

「当たり前だっ!」

「二人の幸せを邪魔した魔女めっ!」

「あたし達がここで成敗してあげるわっ!」

「もうこれ以上、レオコーンさんを苦しめないよっ!」

「ククク……バカねぇ、アンタ達」

 ゆういち達を一瞥し、イシュダルはせせら笑う。

「この男にかけられた呪いの威力を見ていなかったの?」

 おそらくこの呪いは相手の動きを封じてしまう類のものだろう。だからこそレオコーンほどの使い手が、成す術もなくイシュダルの術中にはまってしまったのだ。

 しかし、だからと言ってここで引くわけにはいかない。

「いいわ、それならアンタ達にもかけてあげる。私のとびっきりの呪いをねっ!」

 イシュダルの両目から放たれた赤い光線がゆういち達を襲う。しかし、なぜかゆういち達にはさしたる効果がなかった。

「なっ……なぜ? なぜ私の呪いが効かない……?」

 呆然とするイシュダルであったが、ゆういち達にはなんとなくその理由がわかるような気がした。おそらくイシュダルの呪いは人間に対して効果があるものなのだろう。光輪と翼を失った天使であるゆういち達には効果がないものと思われた。

「お前達はなにものだ? 人ならば私の呪いにかかるはず……もしやお前達は……」

 呆然と呟くイシュダルであったが、勢いよく腰から短剣を引き抜く。

「こうなったら、ズタズタに斬り刻んであの世に葬ってやるっ! 死ねぇぇぇぇぃっ!」

「来るぞっ! 戦闘開始だっ!」

 

 妖女イシュダルは強かった。目から放たれる怪光線は体の自由を奪ってくるので、まんげつそうが役に立った。しかし、今まで幾多の死闘をくぐり向けてきたゆういち達のチームワークは、ついには妖女イシュダルを打ち倒すのだった。

「おのれ……まさかこの私が倒されるとは……」

 イシュダルはがっくりと膝をついた。

「でもね、レオコーン……。流れ去った数百年の時は、もう戻す事が出来ない……。アンタが愛するメリアはどこにもいない……。ク……クク……絶望にまみれ、永遠にさまよい歩くがいいわ……」

 そう言い残して。イシュダルは闇に消える。それと同じくして、レオコーンもがっくりと膝をつくのだった。

「……メリア姫……そんな、まさか……」

 目覚めた時には数百年の時が流れ去り、その間に守るべき国も、愛する女性も失ってしまった。

「そなたの手を借り、ようやくルディアノに辿り着いたというのに……」

 レオコーンに残されたのは永遠に続く絶望。これでレオコーンは全てを失ってしまったのだ。

「時の流れと共に王国は滅び、私の帰りを待っていたはずのメリア姫ももういない……。私は……戻ってくるのが遅すぎた……」

 おそらくイシュダルもレオコーンを愛していたのだろう。あの呪いはある意味、永遠に二人きりで闇の世界にいる呪いなのだから。

「遅くなどありません……」

 その時、不意にどこからともなく声が響いた。レオコーンが振り向くと、そこには一人の女性が静かに歩み寄ってくるところだった

「その首飾りは……」

 レオコーンには見覚えがある。しかし、それは常識的に考えられない事だ。

「メリア姫? そんな……あなたはもう……」

「約束したではありませんか。ずっとずっと、あなたの事を待っている、と……」

 レオコーンが必ず帰ってくるという約束をまもったように、メリア姫もまたずっと待っているという約束を守っていたのだ。

「さあ、黒バラの騎士よ。私の手を取り、踊ってくださいますよね? かつて果たせなかった約束の踊りを……」

 そう言って、メリア姫は自分の手をレオコーンへ差し出す。婚礼の時の踊りはルディアノ王家に代々伝わってきた、由緒正しい儀式なのだ。

「メリア姫……この私を許してくださるのですか……?」

 レオコーンは忌々しい魔女の姦計にはまり、今までずっと約束を果たせずにいた。しかし、メリア姫は優しく微笑むだけだった。

 やがて二人はお互いの手を取り、踊りはじめる。荒れ果てた玉座の間で、ゆういち達だけが見守る中、黒バラの騎士とメリア姫は踊り続ける。

 そして、その踊りの最中、レオコーンの体が優しく柔らかい光に包まれた。

「ありがとう、異国の姫よ……あなたがメリア姫ではない事はもうわかっていた……」

 果たせずにいた約束を果たした。これでレオコーンが、この世に留まっている理由はなくなった。

「しかし、あなたがいなければ、私はあの魔物の意のまま……。絶望を抱え永遠にさまよっていたでしょう……」

「あなたは、やはり黒バラの騎士様だったのですね……」

 フィオーネ姫が幼いころから、繰り返し聞いてきたわらべ唄。いつしかフィオーネは自分としらゆりの姫を重ね合わせ、いつかきっと黒バラの騎士が来てくれると思うようになったのだ。

「初めてお会いした時から、ずっと運命のようなものを感じておりました……」

 だからこそフィオーネ姫は、必要以上にレオコーンの事を気にかけていた。おそらくここへ来るのも、父の反対を押し切ってきたのだろう。

「メリア姫の記憶を受け継ぐあなたならば、その様に思われたのも不思議な事ではありません」

 そればかりか、フィオーネ姫はレオコーンの呪縛すら打ち砕いてくれたのだ。

「私が……メリア姫の……?」

「ゆういち、そなたのおかげですべての真実を知る事が出来た。もう、思い残す事はない……ありがとう……」

 そして、まばゆい光があたりを包み込み、呪縛から解き放たれたレオコーンの魂は天へ昇って行った。

「行っちゃったわね……」

「ああ」

 その姿を見つつ、かおりはため息交じりに呟く。その隣では、エグエグとべそをかいているあゆを、名雪がなだめているところだった。

 

「すみません。あなたにお任せしたはずなのに、あの方の事を考えていたら、ここまで来てしまいました」

 フィオーネ姫はそう言って、深々と頭を下げた。

「いえ、いいんですよ。姫様のお陰で、レオコーンは呪縛から解き放たれたのですから」

「不思議な事があるものですね。あの方と踊ってる間、どこからか声が聞こえてきたのです。優しい女の人の声で『よく来てくれましたね、フィオーネ。ありがとう……』って……」

 それはきっと、メリア姫の声だろう。誰よりも強くレオコーンを思い続けたメリア姫が起こした、愛の奇跡だったのではないだろうか。

「それでは、わたくし一足先にお城に戻りますわ。この事を皆様にお伝えしないと」

 言うが早いか、フィオーネは踵を返す。

「ゆういち様。あなたへのお礼もお城で改めてさせていただきますわ。必ずお城まで来てくださいね」

 そう言い残して、フィオーネは立ち去った。

 

「……って、マジか?」

 ルディアノ城の廃墟も、滅びの森も危険な魔物が巣食っている場所だ。いくら護衛がついているとはいえ、お城の姫君がよくこんなところへ来たもんだと祐一は感心した。

 もっとも、なゆき達にしてみれば、恋する乙女のパワーはなにものにも負けないものなのであるが。

 

 ゆういち達がセントシュタインに戻ると、フィオーネ姫から伝えられたのか、黒騎士の脅威が去った事で町中が歓喜にあふれていた。特に武器屋の親父は黒騎士に取られた自慢の馬が戻ってきたせいか、妙に嬉しそうな様子だ。

 国王に報告に向かったゆういち達は、その途中で驚くべき事実を耳にした。なんと歴代のセントシュタイン王妃の中に、メリアという名前があるのを発見したのだ。道理でフィオーネ姫とメリア姫が似ているわけである。

「おお、ゆういちか。よくぞ戻った! 話は全てフィオーネから聞いておる。思えばあの黒騎士も哀れな奴だったよのう……ワシも少し反省しておるよ」

 魔女の呪いで数百年の時を過ごし、目覚めた時には帰るべき国を失っていた。しかし、フィオーネ姫の勇気がレオコーンの呪縛をうち砕いた。その意味でゆういちは、特になにもしていない。すべてはフィオーネ姫の勇気がもたらした奇跡なのだ。

「それにしてもおぬしは実にあっぱれな旅人じゃ。ワシはお前が気に入ったぞ。よし、それでは約束通り、おぬしに褒美を授けよう!」

 そう言って国王は古びたカギをゆういちに手渡した。

「それは城の宝物庫の鍵じゃ。中にあるものはすべてゆういち、おぬしにやろう」

「ありがとうございます、国王陛下」

「それと、黒騎士事件のせいで今まで閉鎖されていた北東の関所も開けておこう。その先には大きな町があるからな、覚えておくがいい」

 国王一家は、それぞれゆういちに感謝の意を示す。

「それでは、ゆういちよ。わしらはここでおぬしの無事を祈っておるぞ。またあおう! セントシュタインの救世主、ゆういちよっ!」

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