第九話 ベクセリア

 

 サンディの話によると、ゆういち達の頑張りによって黒騎士の脅威が去り、セントシュタインの人達はみな感謝していた。しかし、相変わらず祐一はそうした人達の感謝の気持ちの結晶である星のオーラを見る事が出来ないのであったが。

 とはいえ、これだけ星のオーラがあればきっと神様も見つけてくれるだろう。そこでゆういち達はとりあえず星の方舟のところまで戻ってみる事にした。

 このときゆういちは、なゆき達に別のクエストを任せ、新しい仲間と旅立つ事にする。

 そのパーティは、かつての天使仲間である戦士まい、僧侶しおり、魔法使いさゆりである。

「あ、ゆういち。ちょっといいかな?」

 あきこの酒場で仲間と歓談しているところに、リッカが話しかけてきた。

「やあ、リッカ」

「すごいじゃない、ゆういち。もう町中ゆういちの噂でもちきりよ。旅芸人ゆういちがこの国を危機から救ったって!」

 リッカの瞳には、まるで英雄を見るかのような憧憬の色が浮かんでいる。

「なんだかすっかり有名人ね。私も友達として鼻が高いよ!」

「そんな事よりリッカ。なにか用があるんじゃないのか?」

「あ、そうだ。聞いてよ、ゆういち。地下室を掃除していたらこんなの見つけちゃったのよ……」

 そう言ってリッカは大きな釜のようなものを取り出した。

「はえ〜、これは錬金釜ですね」

 そういうものに詳しいさゆりが目を光らせる。

「そうなのよ。昔まずしい錬金術師のお客様が泊まった時に、宿代の代わりに置いていったんだそうよ」

 どうやって使うのかはわからないが、とりあえず見た目がきれいなので、カウンターに飾っておくのだそうだ。

「ふ〜ん……」

 特に興味があるようなものではなかったが、ゆういちが近づいてみるとなにやら声のようなものが聞こえる。

「ふご〜ズガガ……」

「どうやら寝ているみたいですね……」

 やたら能天気なさゆりの声に、思わず脱力するものを感じてしまうゆういち。

「……っと、おや? どうやらあなた方にはわたくしの声が聞こえているようですな」

 どうやら普通の人間に錬金釜の声は聞こえないが、ゆういち達のような存在には聞こえるようだ。

「お初にお目にかかります。わたくし、錬金術を行う魔法の釜、錬金釜のカマエルと申します」

 自己紹介する釜というのも、いい得て妙である。

「錬金術とはアイテムとアイテムをかけあわせて、より優れたアイテムを生み出す奇跡のみ業でございます」

 そうしてゆういちは、錬金レシピブックを手に入れるのだった。

 

 北東の町を目指す前に天の方舟に行ってみるゆういち達であったが、外も中身もなにも変わっていなかった。

 しかし、ゆういち達が足を踏み入れると、わずかではあるが星の方舟が揺れた。

「そうか!」

 サンディがなにかを思いついたようだ。

「黒騎士事件を解決した時に出た星のオーラのチカラで、あんた達に天使のチカラが戻ったのよ!」

 天使が乗れば方舟が動くというサンディの予想も、あながち的外れではなかったみたいである。つまり、ゆういち達がもっとたくさんの人助けをして、天使の力を完全に取り戻せば、星の方舟は動くようになるはずだ。

 そこでゆういち達は、セントシュタインの北東にある関所の先を目指して旅立つのだった。

 

 ベクセリアの町は、全体的に重苦しい雰囲気に包まれていた。なんでも西の方から悪い風が吹いて来て、町の住人が流行病にかかってしまったのだそうだ。最初は風邪のような症状で大した事はないと思われたのだが、気がつくと重症化しているのだ。

「これは見逃せませんね」

 ものが流行病であるせいか、途端にしおりの目が輝きだす。天使界にいたころはこうした病気に治療などに従事する役割だったせいか、見過ごすわけにはいかない。

 今のところ、この流行病で死んだ人はいないそうだが、人々の恐怖はすでに限界に達しており、もうこの町はおしまいだと騒ぎだす人もいる始末だ。

 町長をはじめとして、学者のルーフィンという人が対策に乗り出しているという。

 そこでゆういちは詳しい事情を聞くため、とりあえず町長のところへ行く事にした。

 現在ベクセリアを襲う流行病は、百年ほど前にも一度大流行したものらしい。それが先日の大地震を境に、再び町に災いをもたらしたのだ。ベクセリア町長の家にはそのころからの古文書があるのだが、解読は非常に困難であった。

 そこで古文書の解読をしているのが学者のルーフィンなのだが、ここで困った問題が起きていた。それは町長とルーフィンの折り合いが悪いという事だ。

 元々ルーフィンは古い文献を求めてベクセリアを訪れ、町長と親しくなって古文書を解読も行うようになったのだが、その時に町長の娘に見初められたのである。

 町長にしてみれば、ルーフィンは娘を奪った不届き者だ。とても許せるような相手ではない。二人の関係がそうしたものであるせいか、治療法を探すための古文書の解読も遅々として進まなかったのだ。

「そんなことしている場合じゃない、って言うのがわかっているんでしょうか? あの二人は」

「まあまあ、しおり。とりあえずルーフィンさんのところへ行ってみようじゃないか」

 ルーフィンの家は町長の家の西にある一軒家なので、場所はすぐにわかった。中に入ると、一人の女性が寝ている。

「あ……ごめんなさい。ついうたたねしちゃって……」

 どうにも天然気質のあるこの娘さんが、町長の娘でルーフィンの妻なのだろう。

「……えっと、もしかしてルー君に御用かしら?」

「はい。なんとか取り次いでもらえないでしょうか?」

 とにかく今は、詳しい事情を聞くのが先決だ。古文書の解読が出来るというルーフィンに聞けば、なにか手掛かりが得られるかもしれない。

「あ、ルー君って言うのは、うちの主人のルーフィンの事ね……。きゃっ! 主人だって。照れるぅ〜」

 そう言って、ルーフィンの妻はくねくねと身を躍らせる。

「ああっ! すみません。ルー君なら今お仕事で、研究室にこもっているんですよ」

「じつは。俺達は町長に頼まれて様子を見に来たんだ。進捗状況はどんなもんかってね」

「えっ? パ……いえ、町長に頼まれて様子を見に?」

 それなら一緒に行って、研究室の扉を開けてくれるという。

「あ、申し遅れましたけど、私ルー君の妻でエリザっていいます」

 そう言ってエリザは駆け出して行った。

 

 ルーフィンの研究室は、階段の下の奥まったところにあるようだ。

「パパったら、ルー君に会うのが気まずいからって、旅の人に頼まなくても……ケホッ! ケホンッ!」

 扉を開ける直前、エリザは軽くせき込んだ。エリザは軽やかなリズムを取って扉をノックする。

「……エリザかい? こんな時間に珍しいな」

「パパのお客さんよ。ルー君がどんな様子か見てきて欲しいんだって」

「……中に入ってもらってくれ」

 研究室の中はかなり乱雑に散らかっているのだが、これを片付けようとすると怒りだしてしまう。エリザにはなんとも頭の痛いところだった。

「今忙しいんだけどな。でも、お義父さんの使いじゃ無視も出来ないか」

「で? どういう状況で、どこまでわかっているんだ?」

「知りたいのは古文書の解読結果だろ?」

「ルー君、その前に自己紹介、自己紹介」

 エリザにそう言われ、ルーフィンは面倒臭そうに自己紹介をはじめた。

「はじめまして……ですよね? 僕はルーフィン。考古学などをやっています」

「俺はゆういち。見ての通りの旅芸人だ。ここにいる仲間と一緒に旅をしている」

「ゆういちさん、ですね? まあ、出来るだけ覚えておきますよ。……多分すぐに忘れちゃうけど」

 おそらくこのルーフィンという人は、自分の興味のある事は覚えているが、興味のない事はすぐに忘れてしまう人なのだろう。

「そんな事よりも、古文書を解読した結果、流行病の原因が一応判明しましたよ」

「本当ですかっ!」

「……事の起こりは百年ほど昔、この街の西でとある遺跡が発見された事です」

 しおりの剣幕に少し気おされてしまったようだが、ルーフィンはかけていた眼鏡をクイと持ち上げて説明を続ける。

「当時、遺跡を発見したベクセリアの民は、軽はずみにも遺跡の扉を開いてしまったそうです。その中に病魔と呼ばれる恐るべき災いが眠っているとも知らずに……」

「はえ〜やっぱり病魔だったんですか……」

 納得したようにさゆりが頷く。病気に似ているが病気ではない。おそらくこれは、なんらかの呪いによるものだとさゆりは考えたのだ。つまり、今広がっている流行病の元凶こそが、その病魔なのだ。

「古文書によると、病気というよりは呪いの一種だったようですね」

「それで? どうやったら治るんだ?」

「当時の人々は病魔を再び封印し、遺跡の入口を祠で塞ぐ事で呪いから逃れたといいます」

 これは推測だが、あの大地震の影響で祠になんらかの被害が及んだのだろう。百年の歳月を経て、再び病魔がベクセリアを襲いはじめたのだ。

「それじゃあ。ルー君。この流行病を鎮めるには、祠に行って病魔って言うのを封印しなおせばいいって事?」

「その通りさ。まあ、素人には無理だろうけど……この町で出来るのは僕ぐらいだろうね」

「じゃあじゃあ、ルー君がこの町のために祠の封印を直しに行ってくれるの?」

「そりゃあ、もしうまくいったらお義父さんだって僕の事を認めてくれるだろうし……なによりあの遺跡を調べられるまたとない機会なんだから、行きたいのはやまやまだよ」

 そこでルーフィンは一息つく。

「でも、遺跡には魔物が出るらしいし、わざわざ出かけて行って怪我するのも馬鹿らしいよな」

 確かに、ルーフィンは戦闘向きではない。

 とりあえず、ここで訊いた事を町長へ報告しに行くゆういち達であった。

 

「……あの人」

「ん? どうした、まい」

 町長のところへ向かう途中の道で、不意にまいがぽつりと口を開いた。

「……様子がおかしかった」

「エリザさんの事か? そうだな、確かにやたらと咳きこんでいたような」

 もしかすると、エリザにも呪いが降りかかったのかも知れないが、今は町長に会うのが先だ。

「おお、待ちわびていましたぞ。それでなにかわかりましたか」

「はい、実は……」

 ゆういちはルーフィンが古文書を解読した結果を伝えた。

「なんと! 流行病の原因は、病魔の呪いですと? で、その呪いを解くには、この町に西にある祠の封印を直す必要があるというわけですか」

「それが出来るのは、ルーフィンさんだそうです」

「なるほど、事情はわかりました」

 町長は深く頷いた後、じっくりとゆういち達を見回した。

「ふむ……そう言えば、見たところあなた方はなかなか腕が立ちそうですな。どうでしょう? あなた方にルーフィンの護衛を頼めませんかな?」

「俺達に、ですか?」

「ルーフィンは祠へ行くのが危険だと言っているのでしょう? それなら、護衛をつけてやれば問題ないでしょう」

 町長からもお礼が出るようであるし、ゆういち達はその依頼を引き受ける事にした。そして、善は急げとばかりに祠のカギを手渡される祐一達であった。

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