第十話 封印の祠

 

 一足先に封印の祠へ向かったルーフィンを追い、ゆういち達も後から辿り着いた。

「遅かったじゃないですか。え〜と、ゆういちさん……? ほら、僕の言った通り、地震のせいで祠の壁が崩れて入口がむき出しになっています」

 見ると、封印の祠の壁が大きく崩れている。これなら中に入れそうだ。

「こうなると、遺跡の中にあるはずの病魔の封印もどうなっているかわかりませんね」

 遺跡の奥の病魔の封印と祠の封印。二重の不運で呪いを鎮めていたのだろう。しかし、それも先日の大地震で崩れてしまい、百年の歳月を超えて呪いが降りかかったのだ。

「それじゃあ、入ってみますよ。あなたもお義父さんに雇われたのなら、しっかり働いてくださいね」

「おい、ちょっと待った」

 ゆういちが止める間もなく、ルーフィンは遺跡の奥に足を踏み入れていった。

 

 遺跡に入ってすぐの石碑には、このような一文が刻まれていた。

『二人の賢者の目覚めしとき、赤き光と青き光がよみがえる。導きの光照らしだすとき、閉ざされし扉は開かれん』

「どういう意味だ?」

「はえ〜よくわかりませんね。とにかく、先に進んでみましょうか」

 そこから少し奥へ行った先には、固く閉ざされた扉がある。よく調べてみると、左の扉には赤い宝玉が、右の扉には青い宝玉がそれぞれ埋め込まれている。

 また、遺跡の奥に置かれた石像を調べると、青い光を放つ石像と赤い光を放つ石像がある事がわかる。それぞれの光が遺跡の内部に設置された鏡に反射され、入口の扉の封印を解いた。

「なるほど、さっきの碑文はこういう意味だったのか……」

 無事に祠の奥についたゆういち達は、病魔を封じていたという封印のつぼが転がっているのを見た。しかし、つぼは地震の衝撃で倒れてしまったのか、壊れてしまっている。

「やっぱり、地震で壊れてしまったようですね」

 それを見たルーフィンは重々しく呟く。

「しかし、封印の紋章が描かれた部分は壊れてないな。これなら楽勝だ」

 一流の考古学者なら、これくらいのワレモノを直すのは朝飯前なのだ。そう言うとルーフィンは、辺りに散らばっている破片を集め出す。そして、ルーフィンが特製の接着剤を取り出した時だった。

「オロカナル、シンニュウシャヨ。ワレヲフタタビフウインセントヤッテキタカ……」

 突如として不気味な声が響き渡った。

「ソウハサセヌ……サセヌゾォ! ナンジニビョウマノワザワイ、アレ! アレ! アレェッ!」

「こいつが病魔かっ? くそっ! まだ封印のつぼが直ってないのに……」

「待ていっ!」

 その間に立ちふさがったのはゆういち達だった。

「こいつは俺達がひきつけておく。その間にあんたは封印のつぼを直してくれ!」

「オーケー、しっかり時間を稼いでくださいよ」

「ワレノジャマヲスルモノ、スベテヒトシクシアルノミ! ノミ! ノミ!」

 病魔パンデルムとの戦いがはじまった。

 素早さを下げるボミオス、守備力を下げるルカナンという具合に、パンデルムの攻撃は間接攻撃を主体としたものだった。そこでゆういちはさゆりのピオリムで素早さをあげ、栞のスカラで守備力をあげ、まいと一緒に攻撃に専念する事で辛くも撃退した。

「オノレ、ノレ……。ワガノロイヨ、コノオロカナルモノドモニシノヤマイヲ……」

「残念だが、いいタイミングだ。丁度封印のつぼが直りましたよ」

「ギュババババババ……!」

 こうして悪しき呪い、病魔パンデルムは再び封じ込められた。

「見てましたか、ゆういちさん? 見事病魔の奴を封印してやりましたよ。この僕が!」

 そうして、ルーフィンはかけていた眼鏡を、クイと持ち上げた。

「フッフッフ……これでお義父さんも僕の事を認めざるを得ないでしょうね」

 これさえなければいい人なんだろうな、とゆういちは思う。

「さぁーて、やる事はやったし。これでやっと遺跡の調査に手がつけられるってもんです」

「どういう事だ?」

「もともと僕はこの遺跡の調査に来たんですよ。そこでお義父さんの持っている古文書を調べていたんです。エリザとああなったのは成り行きに等しいんですよ」

 しかし、町長にしてみれば、この遺跡の調査は禁忌にも等しい事。だからルーフィンに対していい顔が出来なかったのだ。

「ああ、ゆういちさんはもう帰っても結構ですよ。いても気が散るだけだし。それじゃ、僕はこの奥を調べてきますんで、報告の方は頼みます」

「ああ、おい! ルーフィン」

 祐一もその後を追って遺跡の奥に進んだ。

 ルーフィンの話によると、この遺跡は歴史の闇に葬られた王の墓らしい。調査に夢中なルーフィンを残し、ゆういち達はとりあえず報告のためにベクセリアに帰るのだった。

 

「どうしますか? ゆういちさん」

「そうだな、とりあえずエリザさんを安心させてやるか」

 町に戻ると、病気にかかっていた人達が一斉に回復していた。これもみなルーフィンのおかげだと、町中がにぎわっていた。そんな喧騒を抜けてゆういち達がルーフィンの家に行ってみると、そこで信じられない光景を目にした。

「エリザ……さん?」

 返事がない。そればかりか息もしていない。そこへ丁度帰ってきたルーフィンは変わり果てた妻の様子に、ただ泣き崩れるばかりだった。

 

「ベクセリアの民は、大いなる試練を乗り越えました」

 鎮魂の鐘が鳴り響く中、厳かな神父の声が朗々と響く。

「しかし、その結果。我々はかけがえのないもの……エリザさんを失いました」

 これまで、この呪いによる死者は出ていなかった。だからこそ、というわけでもないが、ルーフィンが事態を軽んじていたのも事実だった。

「この犠牲はあまりにも重く、我々の心にのしかかってきます。ですが、彼女は私達に、人がいかに強くあれるかを教えてくれました。残された私達は彼女の強さに学び、悲しみを乗り越えていかなくてはいけません」

 そこで神父は一度言葉を切り、葬儀に参列した人達を見渡した。

「さあ、彼女が憂いなく天に召される事が出来るよう、共に祈りましょう」

「エリザ……エリザぁぁ……ううっ……」

 またらしい墓前で泣き崩れる母親。娘の幸せがまさにこれからという矢先の出来事に、ただ涙していた。

「……しっかりしなさい」

 その肩に優しく手を置いたのは、町長だった。

「……しかし、ルーフィンの奴め。この場に現れないで、なにをやっておるのだ?」

 エリザの死後、ルーフィンは全く姿を現さない。自分の妻の葬式だというのに。

 だが、ゆういちにはなんとなくわかるような気がした。あまりに深すぎる悲しみが、ルーフィンをがんじがらめにしているのだ。彼は今研究室にこもり、一人で悲しみに沈んでいるのだ。

「……ぐじゅぐじゅ、ゆういち」

「ああ、わかってるさ、まい」

 町中が暗い雰囲気に包まれているせいか、これでは星のオーラどころではない。葬儀のすぐ後に行くのもなんなので、ゆういち達は夜になるのを待って町長のところへ行く事にした。

 

「ゆういちさん、あれは……」

「エリザさんだな」

 真新しい墓の前に、一人の女性が立っているのをしおりが見た。それはだれあろうエリザその人だった。

「アハハ。私、死んじゃいました。……って、もしかしなくても、私の事が見えるんですね?」

「ああ、まあな」

 エリザは驚いているようだが、ゆういちにしてみればいつもの事だ。

「すご〜い! 普通の人とどこか違うと思っていたけど、ゆういちさんってれ〜のう者だったんだ」

 それにしても、相変わらずのこのテンションはなんなのだろうか。

「はぁ、よかったぁ。ゆういちさんがいてくれればなんとかなるかも……」

 自分の死がルーフィンを悲しませてしまっている事に、エリザは心を痛めているようだ。そこでゆういちはルーフィンを立ち直らせるため、エリザに協力する事にした。

「わっ、ありがとうございます。それじゃ、まずはルー君に出てきてもらわないとですね」

 そこでゆういちは、ルーフィンがこもっている研究室の扉を開けようとするが、内側からカギがかかっているので開かない。

「ゆういちさん。それじゃ、ダメですよ。ルー君に出てきてもらうには、ノックのしかたにコツがあるんです」

 そう言えば、以前エリザはリズミカルなノックをしていた事を思い出す。そこでゆういちは、エリザの言う通りにノックしてみた。

「……エリザ、エリザなのかい?」

 勢いよく扉を開けて飛び出してきたルーフィンは、慌てて左右を見回してエリザの姿を探すのだが、そこに立っていたのはゆういちだったのでがっくりと肩を落とした。

「今のは……。ゆういちさん、あなたの仕業か? わざわざエリザのノックのし方を真似するなんて、性質の悪い冗談だっ!」

「それはすまない。しかし、俺としてはどうしてもあんたに会いたかったからな」

「こんな事はもう二度とやめてください!」

 そう言って、再び研究室に戻ろうとしたルーフィンを、一人の男が呼び止めた。

「おっ! ルーフィン先生。丁度いい、俺あんたに言いたい事があるんだよ」

 続けて男はこう言った。

「流行病を止めてくれてありがとよ。町の連中に代わって礼を言うぜ。後よ、早く立ち直ってくれよな! みんなあんたを心配してんだぜ」

「な、なんなのだ、一体?」

 突然の出来事に、ルーフィンは面喰っているようだ。

「みんな感謝してるんだよ。あんたが流行病を止めてくれたってな」

(ゆういちさん、私の最期の言葉として、ルー君に伝えてください)

「俺達がこの町に帰って来たとき、もうエリザさんは手遅れだったんだ。だけどな、お前に最期の言葉を残していたんだ」

 実際にはもうすでに事切れていたのだが、ここは嘘も方便だ。

「ルー君が病魔を封印した事で、救われた人達に会って欲しい。そう彼女は言い残していたんだ」

「エリザがそんな事を……。でも、僕は誰が病気になってたかも知らない」

 実際ルーフィンは、エリザが病魔にむしばまれていた事も知らない。あの時のルーフィンは、義理の父親を見返す事にばかり気を取られ、ずっと研究室にこもっていたからだ。

「ゆういちさん。今から僕を病気に苦しんでいた人達のところに連れていってください」

 眼鏡の奥の瞳に宿る、ルーフィンの強い決意をゆういちは感じた。

「今更ですが、どんな人達が流行病にかかって、どんな思いを抱えていたか知りたいんです」

 それを知れば、病気になったエリザがどんな気持ちでいたかがわかるかもしれない。そんなルーフィンの強い想いを、断る術を持たないゆういちであった。

 

 ルーフィンはゆういちと一緒に町中を走り回った。その間に知る真実。病魔は子供や老人にまでその災いを振りまいていたのだ。

「僕は一体、今までなにをしてきたんだ……」

 真実を知って打ちのめされるルーフィンであったが、町の人達はみな感謝の言葉を述べていた。そして、エリザを失ったルーフィンに、慰めの言葉をかけてくれる。

「ありがとうございました。ゆういちさんのおかげでエリザの言いたかった事がわかったような気がします」

 今までのルーフィンは自分の事しか考えておらず、まわりの事が見えていなかったのだ。だから誰が苦しんでいるのか、病魔の被害がどのようなものか考えるに至らなかったのだ。

「だから、僕はエリザの体調がおかしい事すら気付かないで……。まったく情けない話です……」

 今日町中を回ってみて、ルーフィンは自分がいかに多くの人達に関わってきたのか、はじめて気がついた。

「これからはその事を忘れず、ベクセリアの人達と共に生きていこうと思います」

 そこで初めてルーフィンは、照れたような表情を見せた。

「……みんなに感謝されるのも、悪くない気分ですしね」

 

「ルー君を助けてくれて、ありがとうございます」

 研究室から出た後、エリザの幽霊はそう言ってぺこりと頭を下げた。

「ゆういちさんのおかげで、私死んでるのに自分の夢をかなえる事が出来ちゃいました」

「夢?」

「ルー君のすごいところを町のみんなに知ってもらう事。そして、ルー君にこの町を好きになってもらう事。それが私の夢でしたから」

 すると、エリザの体が淡い光に包まれる。それはかつての黒騎士、レオコーンと同じくこの世に留まっていられるタイムリミットが近づいた証拠だ。

「あわわっ! もう時間みたい。それじゃあ、これでお別れです。どうかお元気で……」

 最後にルーフィンをじっと見つめた後、エリザの魂は天に召されていった。

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