第十二話 ダーマ神殿

 

 人間界に散らばった女神の果実の探索のため、再び地上に降り立ったゆういち達は、アユルダーマ島のダーマ神殿に到着した。

「ここが転職をつかさどるダーマの神殿か」

「ゆういちはなにかに転職するの?」

 まい達と別れ、新たに仲間になった武闘家のまことが訊いてくる。

「いや、今の段階で慌てて転職してもしょうがない。レベル30くらいになるまではお預けだな」

「ふ〜ん」

 するとそこへ、様子を見に行っていた、旅芸人のみしおが戻ってくる。

「たいへんですよ、ゆういちさん」

「どうかしたのか?」

「はい。なんでも転職を取り仕切るダーマ神殿の大神官様が行方不明とかで、転職ができないそうです」

「なんだって?」

 この世界にはいろいろな職業がある。戦闘に向いた戦士、癒しの魔法を操る僧侶、素早さに優れた武闘家、強力な攻撃魔法を操る魔法使い、宝を見つける盗賊、そして、ゆういちのような旅芸人の六種類だ。

 職業を選択すると能力や装備できる武器防具、使用可能な呪文などに制限が加わってしまうため、転職をして必要なスキルを身につけるのが、冒険する上で欠かせないのだ。

「なるほど、それでこの騒ぎか……」

 転職のためにはるばる遠方からやってきた旅人もいる。ここへきて転職できないとなると、暴動も起きかねない状況だ。

「どうする? ゆういち」

「まあ、時間がたてばなにか進展があるだろう。その間に俺達は周辺の探索だ」

 ゆういち達の目的は、人間界に散らばった七つの女神の果実を探し出す事にある。ゆういちはとりあえずダーマ神殿を後にして、アユルダーマ島の探索に向かった。

 

 島の東側には、巨大な塔がそびえ立っている。これが有名なダーマの塔だ。女神の果実を求めてやってきたゆういちは、大神官が光る果実を食べた途端に力がみなぎり、いずこかへ走り去ったという事を聞いた。

 その事を神官に伝えると、大神官の行く先はダーマ神殿に違いなので、連れ戻してほしいという事を依頼された。ゆういちとしても光る果実が女神の果実であるなら取り戻さなくてはいけない。

 こうして両者の利害は一致したのだった。

「それにしても、おじぎで開く扉って言うのもあれだな……」

「きちんとしたおじぎが出来ないと開かないのですから、セキュリティとしては万全なのではないですか?」

「あう〜、でも中には危険な魔物がい〜っぱいいるんでしょ?」

 その辺は、深く突っ込まないほうがいいだろう。むしろ不用意に中に入って危険な目に遭うよりましだろう。

「まあ、とにかく先に進むぞ」

 この世界にある職業とは、人間が持つ知られざる可能性を引き出すための手段。いうなれば、すべての人間に与えられた人生の選択なのだ。そして、その職業選択を司るのが、ダーマ神殿の役割である。

 そして、転職とは人間の未来を決める手段。己で考え、決断しなくてはいけないものだ。

 

 ダーマの塔の最上階と思しき場所では、大神官が一心に祈りをささげていた。

「すべての職業を知り、全ての職業を司る、大いなる力よ! 今こそ我に……むっ?」

 そこで大神官は、ゆういちの存在に気がついたようだ。

「何者だ? ここへ入り込むなど、ただの迷い人ではないと見える」

「俺の名はゆういち、ただの旅芸人さ。ここへ来たのはダーマ神殿で、あんたの捜索を頼まれたからだ」

「そうか……じゃが、ワシの邪魔をする事は許さぬぞ」

 強い態度で、大神官は祈りを再開した。

「ワシは力を手に入れたのじゃ。この力があれば、ワシは人々をより良き道へ導く事が出来る……。ワシはダーマの大神官として、人々のためここで祈り、さらなる力を手に入れるのじゃっ!」

 そのせいで神殿には転職を求める人達が困っているというのに、どうらや大神官は目先の事しか見えなくなっているらしい。

「今こそ我に力をっ! 我に人々を導く力を与えたまえっ!」

 すると、あたりをまばゆい光が満たした。

「……これは」

 途端に美汐が眉をひそめる。どうにもこれは正しき力というよりは、なんらかの邪悪な意思すら感じる。

「おおお、力が……。力が満ちてくるぞ……」

 やがてその光は、大神官の全てを包み込んだ。

「な、何事じゃ……体が……」

 大神官の体が、異形な姿に変貌していく。

「この体はなんじゃ……これではまるでバケモノ……ぐぅっ」

 なにやら黒い力があふれだし、大神官を変えていく。ただ呆然とその状況を見ながら、バケモノに転職もありなのかとすら思えてくる。

「ちがう……ワシはこんな力を求めていたのではないっ!」

 しかし、黒い光が消し飛んだ時、大神官は不気味な笑い声をあげていた。

「ク……ククク。そうか、この力で人間どもを支配し、導けばよいという事か……」

 大神官はゆらりと立ち上がり、高らかに宣言する。

「われはこれより魔神ジャダーマと名乗り、人間どもを絶対の恐怖で支配すると、ここに誓おうっ!」

「そうはさせるかっ! いくぞ、まこと、みしお!」

「よかろう。まずは貴様相手にこの力を試してくれよう。さあ……恐怖におびえる姿を我に見せるがよいっ!」

 

 魔神ジャダーマの攻撃は凄まじかった。守備力をあげるスカラ。グループ全体を攻撃するバギ。そして、MPを吸い取るマホトラ。多彩な攻撃でゆういち達を苦しめてくる。

 しかし、これまで幾多の戦場を駆け抜けてきたゆういち達のチームワークにより、魔時ジャダーマをやっつけるのに成功した。

「オオオオオ……我のチカラが! チカラが抜けていく……」

 ジャダーマの体から、黒いオーラが抜け出ていく。そして、後には大神官の姿が残されるのだった。

「うう……」

「しっかり! みしお、なにかアイテムをっ!」

「はい」

 みしおの使ったアイテムにより、大神官はなんとか意識を取り戻した。

「ワシはここでなにを……? そなたは何者だ? なぜここにいる?」

「はい、実は……」

 ゆういちはこれまでの状況を手短に説明した。

「むぅ……光る果実を求めて?」

「大神官がそれを食べてここに来たと聞いて、後を追ってきたんです」

「そうじゃ! 確かにワシは光る果実を食べた。だが、その後の事はよく覚えておらん……」

 そこで大神官はうなだれた。

「憶えておるのは……自分が自分でなくなっていく恐怖だけじゃ……」

「まさかあのような異形の怪物に変貌するとは、全く予想していませんでしたが」

「なんと……ワシは魔物の姿となり、世界を支配しようとしていたじゃと? そなたがわしを救ってくれたのか。そうか……」

 そういうと、大神官は表情を引き締め、静かに去っていく。

「ああ、ダーマ神殿に帰らなくては。転職を待つ人々が、呼んでいるのがわしに聞こえるのじゃ……」

 そして、大神官が去った後には、女神の果実が残されていた。こうしてゆういちは、最初の果実を手に入れる事に成功した。

 

 大神官の戻った神殿では、早速転職を行っていた。

「おお、そなたはゆういち殿。ダーマの塔では世話になったな。しかし、一体あの果実はなんだったのじゃろうな」

 大神官の様子から、本当の事は言わないでおいた方がよさそうだと祐一は思った。

「ワシは確かに人々をよりよい道へ導く力を求めていた。あの果実はその力を与えてくれたのかもしれないが、ワシはその力に溺れてしまった……」

 どうやらあの果実は人が食べてはいけないものらしい。過ぎたるは及ばざるが如し、というわけだ。ゆういちが止めなければ、今ごろどうなっていた事か。

「とにかく、そなたには礼のしようもないな。せめて我が転職の力をそなたの旅に役立ててほしい」

 

 ダーマ神殿から出たゆういち達は、島の南方にあるツォの浜辺についた。ここはもともと貧しい漁村だったが、あの大地震の後ますます魚が取れなくなり、漁師達は大変困っているという。特にこの村に住んでいるオリガという少女は、村一番の良氏である父親を亡くしてしまったそうだ。

 そんなとき主さまとやらが現れ、魚を置いていくようになった。そこで浜辺の漁師達は、危険な漁に出る事もなくなったのだそうである。

「どう思う? みしお」

「胡散臭いですね」

 一見これは楽であるようだが、努力の伴わない報酬など堕落への一歩だ。ゆういち達はなにか裏があるように思う。それはともかくとして、この日はここで一泊するゆういち達であった。

 一夜明けると、浜辺に大勢の人達が集まっている。なんでも聞くところによると、これからオリガが主さまにお祈りを捧げるのだそうだ。

「あの子が……?」

「はじまりますよ」

 ゆういち達の見ている前で、オリガは波打ち際で片膝をつき、腰まで水につかって一心に祈りをささげた。

「……主さま。海の底よりおいでください。どうかあたし達にお力を、ツォの浜のため、海の恵みをお授けください」

 すると、突然地鳴りがしはじめた。

「あう〜っ!」

 あわててみしおの胸に飛び込むまこと。

「出たぞっ! 主さまだっ!」

 ゆういちの見ている前で海が盛り上がり、激しい水しぶきと同時に魚が浜に打ち上げられた。

「いやっほーっ! 来たぞ、魚だ」

 浜に集まった人達は大喜びだったが、ゆういちの表情は険しい。この主さまというのは、古くからツォの浜辺を守ってきた守り神らしい。それがオリガの祈りによって現れ、浜の人達に魚を恵んでくれるのだそうだ。

「あ、あのっ!」

 ゆういちは突然誰かに呼びとめられた。

「旅の方ですね? お聞きしたい事があるので、夜になったらあたしの家に来てください」

 誰かと思うとオリガだった。とりあえず夜にまた会う事を約束し、ゆういちは浜を後にした。

            

 確かに、オリガの祈りのおかげで漁に出なくても、魚が食べられるようになった。しかし、祈りをささげた後のオリガの体力は著しく消耗しており、とても普通の状態とは思えない。

 おまけに主が出現するようになったのが、あの大地震の後だというのがどうにも胡散臭い。おまけにその日は、村で流れ星を見たという人もいる。

「きたぞ。えっと……オリガさん……?」

「あっ! 旅人さん!」

 夜になるのを待ってゆういちは、オリガの元を訪れた。

「よかった。ずっと村の外から誰かが来るのを待っていたんです……」

「どういう事だ?」

 ゆういちが事情を聞こうとしたその時だった。

「オリガ、入るぞ」

 突然一人の男が小屋に入ってきた。

「ん? なんだ、お前は。みかけない顔だな」

 男はゆういちを一瞥すると、すぐに興味を無くしてオリガに向き直った。

「……まあ、いい。来なさい、オリガ。村長様がお前をお呼びだ」

「あっ、はい」

 男について小屋から出ようとしたオリガは、ゆういちに向き直る。

「ごめんなさい、旅人さん。せっかく来てもらったのに……。あたし、行ってきます」

「あ? ああ……」

 そこでゆういちは一つ気がかりな事を思い出した。それは浜辺に佇む幽霊の事だ。その幽霊の話によると、オリガはとんでもないなにかに取りつかれているのだという。

「あう〜、どうするの? ゆういち」

「とりあえず、オリガの後を追ってみるか」

「村長さんの家は、村の西にある大きな屋敷だそうです」

 ゆういち達はすぐにその後を追った。

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