第十三話 ツォの浜辺

 

 村長の屋敷につくと、中でなにやら話しをしている。

「……オリガ、お前の父が行方知れずになったあの嵐から、もうずいぶんになる」

 村長の家では、村長がオリガに何事かを話している。

「厳しい事を言うが、お前の父は死んだのだ……。もうあの浜に戻る事はあるまい」

 そこで村長は本題に入る。

「だからな……オリガ。うちの子にならないか? 私はお前を本当の娘のように思っているんだ」

 村長の息子、トトとオリガは仲がいい。それを思っての言葉だった。思いもかけない養女の話であったが、オリガは俯いたまま何事かを考えているようだ。

「ありがとうございます。少し……考えてみます」

 そこでオリガは、なにかを決意したような目で村長を見た。

「あの。実はあたしもお話したい事があったんです」

「なにかね?」

「村長様。あたし、もうこれ以上主さまをお呼びしたくないんです」

「オリガ……」

「あたし、こんな暮らしなにか間違っている気がするんです。だから……」

「バカな事を言うでないぞ! 今更そんな話、村のみんなが納得するわけないであろう? それにお前はどうするつもりだ? 村のために他になにが出来る?」

「それは……」

 確かに、まだ小さくなんの力もないオリガは村のお荷物だ。

「まあ、良い。今日は一度帰りなさい、お前も疲れているのだろう? な?」

 オリガはなにも言わず、静かに踵を返した。

「あ、旅人さん」

 その先にゆういちがいるのを見て、こわばったオリガの表情にわずかだが安堵の色が戻る。ゆういちはなにも言わず、オリガの小さな背中を守るようにしてその場を後にした。

 

「海の神様に甘えきってしまうなんて、いけない事だわ」

 小屋に戻った後、オリガは静かにそう切り出した。

「それなのに、誰も耳を貸してくれない。村長様だって……」

 そうなると、オリガを養女にする話も主さまの恵みを優先的に受けるためなのでは、とすら思えてくる。その意味で、この村にはオリガが信頼できる人物はいないのだった。

「だから、俺ってわけか」

「はい。村の事に関係ないあなたになら、きっと話を聞いてもらえると思ったんです」

 そして、オリガは真剣な目でゆういちを見る。

「教えてください。あたし達のこんな暮らし、間違っていますよね?」

「ああ、そうだな」

 ゆういちは力強く頷いた。

「努力や苦労をしないで結果を得ようなんて、間違っている。このままじゃきっと取り返しのつかない事になるぞ」

 今はまだ、主さまとやらも気前よく魚をくれるだろう。しかし、いつまでもそれに甘え続けていれば、いずれ主さまに愛想をつかされた時が来るはずだ。そうなれば村人達はオリガを血祭りにしかねないし、なによりこの村が存続できるかすらも怪しい。

「そう……。そうですよね! あなたならそう言ってくれるんじゃないかって思ってました」

 祐一という援軍を得て、オリガの目は輝きだした。

「あたし、もう一度村長様に主さまを呼ばないって言ってみます!」

 話に夢中になってしまったせいか、すっかり夜も更けてしまった。そこでゆういち達は、今夜はオリガの小屋に止まる事にした。

 

「……ゆういちさん、起きてますか?」

「ああ……」

 まことはゆういちにくっついてぐっすりと寝ているようだが、みしおはまだ起きているようだった。

「ゆういちさんは、これでオリガが村八分にされたら、どうなさるおつもりなのですか?」

「とはいえ、あの主さまとやらが良い奴とは限らない」

「それは……そうですけど……」

 この魚を食べた人の中には、体の異常を訴える人もいる。まだそれほど被害が広がっていないので、ベクセリアのような状態になっていないのが救いだ。

 ゆういちとしては、手遅れになる前になんとかしたい。そのためには、オリガの主さまを呼ばないという勇気が必要なのだった。

「それに、もうもうして村の事情に足を突っ込んじまったんだ。今更後戻りはできないさ」

「……しかたがありませんね」

 ゆういちがこういう人だという事を、改めて認識するみしおであった。

 一夜明けたツォの浜辺は、騒然となっていた。それは時間になってもオリガが現れず、主さまを呼べずにいたからだ。

「まさか、オリガの奴……」

「一人で村長のところに行ったのでは……」

 とにかく、急いで村長のところへ向かってみると、家の裏手にある門のところにトトが立っていた。

「大変だよ。さっきオリガが来て主さまを呼びたくなっていったら、パパがオリガをこの先の岩場に連れて行っちゃったんだ」

 それを聞いてゆういちは、思わず美汐と顔を見合わせてしまう。嫌な予感が的中してしまった。

「ねえ……! 僕、なんだかすごく嫌な予感がするんだ。早くオリガとパパを追いかけて!」

 

 ツォの浜辺から西に行った先はかなり入り組んだ洞窟があった。まさかとは思うが、村長はオリガを連れてここを通っていったというのだろうか。とはいえ、他に行けそうな場所もないため、ゆういち達も洞窟の攻略に入った。

 洞窟を抜けた先には、ツォ村村長が所有するプライベートビーチがある。村人達にしてみれば、ここはよく魚のとれる漁場であるだけに、村長がいいところを一人占めしているようにも感じているのだ。

 少し進んだ先では護衛に守られた村長と、海に向かったオリガが見える。

「どうだ、綺麗な場所だろう? ここならお前も落ち着いて話が出来ると思ってな」

「…………」

「お前はこのところ、祈ってばかりで疲れてしまったんだな。うん……うん……」

 なにもかもわかっています、という表情で村長は優しくオリガの肩を叩く。

「仕方がない。浜でお祈りするのはもうやめよう。村人にはワシから言っておいてやろう。主さまをお呼びするお前の力は消えた、と」

「村長様……」

「それでだな、オリガよ。お祈りはこれからこっそりとしようではないか」

 その時、村長の顔は醜く歪んでいた。

「海の底にはサンゴや真珠、沈んだ船の財宝もあるだろう……? お前ならば主さまにお願いして、それを持ってきてもらう事も出来るのではないか?」

「財宝……? 村長様、いったいなにをおっしゃっているんですか?」

「おお、オリガ……。慌てるでない、たまにでいいのだ。お前が気の向いた時でいい。そうしてくれればワシらは豊かで幸せに暮らす事が出来る」

「豊かで、幸せ……?」

「やっぱりか、あいつ……」

 村長の発言にゆういちは頭を抱える。村のためとかなんとか言っておいて、あの村長はこの綺麗な砂浜を一人占めしているのだ。仮にオリガが主さまに海に沈んだ財宝を持ってきてもらったとしても、一人占めするのがオチだ。

 オリガを養女にしようというのだって、所詮はオリガの能力を一人占めしたいだけなのだ。

「ゆういちさん……」

「あう〜、ゆういち〜」

 まこととみしおがゆういちにすがりついてくる。こんな私利私欲にまみれた願いを主さまが聞いたら、きっと天罰が襲いかかるだろう。あたりに立ちこめる気配に、ゆういちはそう感じた。

「そうだ、約束しよう。だから、もう帰ってこない父親を待ち続けるのはやめなさい。これからは、ワシがお前の父親になろう」

「ちがうっ! やめてっ! あなたはあたしのお父さんなんかじゃないっ! あたしのお父さんはっ!」

 その時、海中から不気味は黒い影が浮かび上がってくる。凄まじい地響きを引き連れて姿を現したのは、主さまそのものだった。

「おお、主さま! よくぞいらっしゃいました」

 村長は平伏し、何度も頭を下げる。

「ほら、早く祈りなさい。主さまに海に沈んだ財宝を持ってきていただくんだ!」

 だが、主さまはそんな村長を一喝する。

「ヒーッ!」

 そして、主さまはオリガを口の中に入れると、いきなり襲いかかってきた。

「いくぞっ!」

「はいっ!」

「あう〜」

 

 主さまとの戦闘の結果、ゆういち達は辛くも勝利をおさめた。力尽き、大地に横たわる主さま。その口の中から、オリガが無傷で姿を現した。

「あたし……なんともない……」

 そこでオリガはゆういち達の存在に気がついた。

「旅人さん、お怪我はありませんか?」

 そう言ってオリガがゆういち達に近づいた時、主さまは再び息を吹き返した。

「やめて、主さま! このひとにはてをださないでっ!」

 猛り狂う主さまとゆういちの間に立ちふさがり、オリガが叫ぶ。

「オリガ……そのもは村長の手下じゃないのか……?」

 その時、ゆういち達は初めて主さまの声を聞いた。

「いや、違う。俺達はあんたにオリガが食われたんで、助けようとしただけだ」

「そうだったか、済まない……」

「その声は……?」

 主さまの頭部付近に淡い人影が現れる。

「おとう……さん……? お父さん!」

「旅人よ、申し訳ない事をした。怒りで私はどうかしていたようだ……」

 すべては一人残された娘を想う、父親の愛のなせる技だった。

「オリガ……辛い思いをさせてすまなかった。あの嵐の晩……海に投げ出された私のもとへ、黄金の果実が降ってきたのだ……」

「あう〜、それって……」

「女神の果実ですね……」

「薄れゆく意識の中、それを手にした私は浜に残したお前を想った。まだ小さいお前が、これからどう生きていくのかと……」

 それは父親として、当然の想いだ。

「そして、あの時。確かに私は死んだ。だが、次に目が覚めた時、私はこうしてこの姿でよみがえったのだよ」

 おそらくは父親の愛と主さまの気持ち。そして、女神の果実がもたらした奇跡なのだろう。だからこそ主さまは、オリガの祈りに応えたのだ。

「そんな……」

 しかし、それでもオリガの父親がいなくなってしまった事に変わりはない。

「私はお前が生きていくために、浜に魚を届けていたのだ。だが、いつしかお前の元に、村人が群がるようになっていった。今まで黙って見ていたが、もうここまでだ。行こうオリガ、こんな村は捨てて二人で遠くへ行こう。これからもずっと私がお前の面倒を見てやる。なにも心配はいらない」

「お父さん……」

 しかし、オリガは大きく首を横に振る。

「ダメだよ、そんな。そんなの良くない。あたし……浜で漁を手伝うよ。自分でちゃんと働くの、お父さんの仕事ずっと見てきたもの。全部覚えてるもの」

 そうしてオリガは決意に満ちた瞳を父に向ける。

「あたしはお父さんの娘。村一番の漁師の娘。あたしは……一人でやってけるようにならなくちゃ」

「オリガ……」

 まだ小さいと思っていた娘の決意に、父親は驚いたようだった。

「オリガー!」

「トト、どうしてここに?」

「オリガが心配で、旅人さん達についてきてたんだ。それよりも、オリガのパパなんだよね? ぼく約束する! ぼくが大きくなって、オリガの事守るから!」

「トト……」

 オリガの目に、うっすらとだが涙がにじむ。

「お父さん、主さまになってこれまで助けてくれたんだね。ありがとう、でももう大丈夫だよ」

「オリガ……いつまでも子供と思っていたが、お前は私が思うよりずっと大人になっていたのだな……。私のしていた事は、すべて余計な事だったようだ……」

 すると、父親の体からまばゆい光があふれだしはじめる。これはこの世に未練を持った魂が、天へ召される合図。

「オリガ……私はお前の言葉を信じよう。自分の力で生きるお前を見守り続けよう。オリガ……私は……いつもお前のそばに……」

 父親の姿が消え、後には黄金の果実が残された。

「ゆういちさん、それが」

「ああ、これが女神の果実だ……」

 手の中に収まった黄金の輝きを見て、ゆういちはそう呟いた。

 こうして果実を取り戻したゆういち達は、オリガ達と一緒にツォの浜へと戻るのだった。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送