第十四話 カラコタ橋

 

 一夜明けたツォの浜は、往時のにぎわいを取り戻しつつあった。オリガが持っていた主さまを呼ぶ力が消えてしまった事は村中に伝わり、相応の騒動をもたらしたが、それはすぐに収まってしまうだろう。

 なにしろここは大昔から大海原と共に生きていた漁師達の村だ。少し時間はかかるかもしれないが、元通りになるのも時間の問題だ。

 そう、働かざる者食うべからずだ。

 今日はこの村から久しぶりに東の大陸へ渡る船が出るという。名残は惜しいが世界で起きている異変の原因を突き止め、女神の果実を探し出すためには一つの場所に留まっているわけにもいかない。

 そして、ゆういち達は東の大陸へ渡った。

 

 船着き場では早速女神の果実に関する情報を得た。なんでもカラコタ橋に流れ星が落ちたのを見たという人がいるようで、すぐさまゆういち達はそこへむかう。

 カラコタ橋はならずものが多く集まる場所。

「ここにもいない……」

 その橋の上でゆういち達は、かつて峠道で会った少女と出会った。フードを目深にかぶり、俯いた少女。少女はゆういち達の視線に気がつくと、怪訝そうな表情をしながらゆういちの顔を覗きこんだ。

「……違う、違うわ。どうかしてる、旅人を天使と見間違えるなんて」

 そう言い残して少女は去っていった。

「……誰なんですか?」

 問いかける口調は静かだが、みしおの視線が痛い。そこでゆういちはかいつまんで事情を説明した。

「そうでしたか……」

 一応口ではそう言うが、みしおの視線は相変わらずだった。

「それよりもゆういち、これからどうするの?」

「そうだな……とりあえず、女神の果実の行方を追おう」

 町で仕入れた情報によると、ビタリ山の麓に住むラボオという人が持って行ったらしい。ラボオさんは彫刻家らしく、自分で掘った彫刻を売って、生活をしているそうだ。

 この町にキャプテンメダルがいる事を確認し、ゆういち達はビタリ山を目指した。

 

 ビタリ山はカラコタ橋から南に下り、途中から北東方向へ向かった先にある。なんとか麓の山小屋にたどり着いたゆういち達であったが、そこには誰もいなかった。

「留守のようだな」

「なにか手掛かりがないか、探してみましょう」

 机の上に広げられた日記帳によると、ラボオさんは山に登っているようだ。そこでゆういち達は後を追って山に登って行った。

 山頂に辿り着いたゆういちは、そこで奇妙な光景を目にする。

「見覚えがあるぞ、この光景」

「はい。ここはエラフィタ村ですね……」

「あう〜、でもみんな石で出来てるのよぅ〜……」

 確かにここはエラフィタ村を再現した彫刻のようだ。村に立つ女性から、井戸を覗きこむ人までリアルに作られている。

「一体どういう事だ……?」

 村中を見て回ったゆういち達は、その中で一軒だけ中に入れそうな家を見つけた。

「ぶるぶる、きみ誰?」

 ふと足元を見ると、一匹のスライムがプルプル震えている。

「ああ、俺はゆういちだ。そういうお前は誰だ? ラボオさんを知っているのか?」

「うん。ラボオ爺さんはずっとここで、一人で彫刻を彫ってたんだ。何年も何十年もかけてこの町を完成させて、じいさんは死んじゃった」

「なんだって……?」

 それではここへ来た意味がない。ゆういちはラボオさんから、女神の果実について聞かなくてはけないからだ。

「ラボオ爺さんはね、最後にカラコタで買ったとても綺麗な果実を食べたんだ。たった一度のぜいたくさ、そうじいさんは言ってた……」

「そうか……」

「この町は自分のすべて……。だからどうやったら、いつまでも残せるだろうかって……。でも、あれから……」

 その時、外から凄まじい震動が襲いかかってきた。

「きっ、来たっ! あれからなんだか怖い音が外から聞こえるんだ!」

「こいつは……」

「間違いありませんね……」

「あう〜」

 女神の果実を人間が食べた場合、あふれるパワーを抑えきれずに魔物化してしまう。ダーマ神殿の大神官と同じ状況ではないかと推測された。

「ぶるぶる、君はここへ来ちゃいけなかったんだよ……」

 スライムは部屋の隅に隠れ、ぶるぶる震えている。

 勢いよく飛び出したゆういち達が見たのは、巨大な魔物の姿だった。

「誰だ?」

 不気味な唸り声のような声音で魔物はゆういち達を見る。

「ラボオではない……。われは番人、この地を荒らすお前を許しはせぬ……」

「来るぞっ!」

 石の番人との戦闘がはじまった。相手が石なだけに防御力もかなりのものであったため、ゆういち達は苦戦を強いられたものの、なんとかやっつける事に成功した。

「オ……オオオ……」

 石の番人から黒いオーラが溢れだし、それと同時にその体が霧散するように消えていった。

「あう〜、なに〜いまの。びっくりしたわよぅ!」

「ゆういちさんあれを……」

 まことはビックリしている様子だったが、みしおは冷静に周囲を見ていたようだ。みしおの促す先には輪郭が淡くぼやけた老人の姿がある。

「今のおじいさんは、もしかすると……」

「追うぞ」

 家の脇にある階段を下って行ったのを見て、ゆういち達はその後を追った。

 

「すまなかったね、旅の人よ……」

 家の地下室の安置された棺の上には、先程の老人の姿がある。

「どうやらあの番人は、私が不思議な果実にこの地の平穏を願ったばかりに生まれたようだ……」

 その時ゆういちは、だからこその番人だったのかと納得した。逆に番人として融通がきかないせいか、ラボオ以外の者を排除しようとしたのだろう。

「だが、あれは私の本意ではなかった。これでようやく私の小さき友人も安心できるだろう」

 そして、ラボオの体が淡い光に包まれる。これはこの世に未練のなくなった魂が、天へ召される前兆だ。

「私は帰れぬ故郷の地を……手に入らなかった大切なものをここに作り上げたのだ。この地は所詮幻影、老いぼれの見た最後の夢。だが、それでも……」

 そして、ラボオは天を見上げた。

「クロエ……私はこれで愛する君のもとへ……故郷エラフィタに帰ったのだ……」

 ひときわまばゆい光があたりを照らしだし、老人の姿を消えた後には女神の果実が残されていた。

 こうしてゆういちは、女神の果実を手に入れた。

 

「エラフィタ村が、ラボオさんの故郷だったんですね……」

「クロエさんが、昔の恋人だったのね」

「何十年もかけて、エラフィタ村をここに作って……満足だったのか?」

 すべてが石で造られた村の風景は、どこか寂しげに見える。

「クロエさんがこの事を知ったら。一体どう思うのでしょうね……」

 やはり、人間のやる事はよくわかりません。と、美汐は小さく呟くのだった。

 

 石の町を後にしたゆういち達は、そのまま花の町サンマロウへ向かった。サンマロウにはマキナというお嬢さんがいて、大変な大金持ちらしい。

 お友達になると、なんでも好きなものをくれるというので、結構な人気者のようだ。

「あう〜、どうしてこんなところに来るのよぅ……」

「船着き場にでかい船があったろ? あれを使わせてもらえれば、俺達の活動範囲はかなり広くなる」

「女神の果実の探索をしなくてはいけないのですから、仕方ありません」

「あう〜」

 屋敷内にある一室では、大勢の人達が一人の少女を取り囲んでいた。

「マキナお嬢さん、ケーキを作ってきました」

「ケーキ? ケキーね。花瓶にいれて飾らせていただくわ」

「花瓶にいれて飾るもんじゃないんだけど……気に入ってくれたみたいだからいいや」

「マキナお嬢さん。私はリボンを持ってきたわ。可愛いでしょ?」

「触らないで!」

「え? でも、カラフルで可愛い……」

「これは約束のリボンなの! あなたなんて嫌い! 絶交よっ!」

「そんなぁ……」

 喜ぶ男性と悲しむ女性。対照的な光景がゆういち達の目の前で繰り広げられている。

「あなたはだあれ? 新しいお友達?」

 入口付近にいたゆういち達に気がついたのか、マキナがにこやかに話しかけてきた。

「まあごきげんよう。あなた、はじめて会う方ね」

「はじめまして、俺はゆういち。見ての通りの旅芸人さ。実はマキナお嬢さんにお願いがあってまいりました」

 ゆういちはこれまでの事情をかいつまんで説明した。

「……え? 船? 船が欲しいの? いいわ、あげる。どこへでも持って行って。その代わり、私のお友達に……」

 そこまで話してマキナは、突然言葉を詰まらせた。

「あなた……あなたは……。町の人達とは違う……」

 マキナの瞳は、驚愕で見開かれていた。

「あなた……マキナを迎えに来たのね?」

「は?」

 これにはゆういちの方も驚いてしまう。確かにゆういちは天使だが、死神というわけではない。お迎えはまた、別の仕事だからだ。

「いや、違う。俺はただ船を……」

「嘘! わたし知ってるわ。あなたはマキナを迎えにきた! でも、絶対にダメ! わたしあなた嫌い! あなたなんかお友達じゃないわ。やっぱり船もあげない! 帰って!」

 まわりにいた人達がなだめる間もなくマキナは叫ぶ。

「みんな出てってーっ!」

 

「あう〜、なにあいつ。なにいきなりキレてんのよぅっ!」

 わけわかんないわよぅ。とまことはぶつぶつ呟いている。

「一体どうしたんでしょうか?」

「さぁな。今日のところは出なおした方がよさそうだ」

 とにかく、マキナの機嫌を直してもらわないと船がもらえない。とりあえずゆういちは。他の方法を考える事にした。

 町の人達から話を聞いてみると、マキナの異変は光る果実を食べてからだという。それ以来マキナは屋敷から使用人を追い出して、一人で住んでいるのだそうだ。

 へそを曲げて部屋に閉じこもってしまったマキナを外に出すため、ゆういちは船番、乳母、と渡り歩き、ついにはからくり職人のところへ辿り着いた。話を聞いてみると、マキナが屋敷から使用人をい出した後もからくり職人だけはちょくちょく招かれたという。そこでゆういちはからくり職人と一緒に再び屋敷を訪れた。

「おおーい! マキナお嬢さん! お邪魔いたしますぞ」

 そう言ってからくり職人は、マキナの閉じこもっている部屋に向かう。

「マキナお嬢さん? 今度はどうなさいました。もしや、お体の具合でも……」

 先程はしっかり鍵がかかっていたが、今度は開いている。どこかへ出かけたというのだろうか。

「ちょっと失礼しますぞ」

 中に入ると、部屋はもぬけの殻だった。

「変だな……マキナお嬢さんだけでなく、ワシの作った人形もないとは……。む? ベッドの上に手紙がある。どれどれ……」

『娘は預かった。返してほしくば、金を北の洞窟まで持ってこい』

「その内容は……」

「もしかして……誘拐?」

 そう言えば、宿屋の地下でそんな事を話していた二人組がいた事をゆういちは思い出した。

「大変だっ! すぐにみんなに知らせなくてはっ!」

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