第十五話 北の洞窟

 

 マキナお嬢さんが誘拐されたという知らせは、瞬く間にサンマロウの町中に広まった。

 そんな中、ゆういちはマキナの部屋でマキナそっくりの淡い輪郭の少女を見た。おそらくこの少女はこの世のものではないのだろう。だとするなら、あのマキナは何者なのだろうか。

 少女はゆういちをじっと見つめると、奥の部屋にスーッと消えていく。そして、鍵の外れる音が響いた。

 扉を開けると、そこは中庭になっていた。大商人とその妻、そして大切なお友達と書かれた墓が並んでいる。

「あう〜、なんなんのよ。あのゆーれい、マキナって子にそっくり」

「なにか関係があるのでしょうか……」

 

あの子は、私のたった一人の大切なお友達……

 

 その時、ゆういち達の脳裏に声が響いた。

「私はマキナ。この墓の下で眠るものです」

 優雅に一礼しながら、マキナの霊はゆういち達に挨拶した。

「そして、あの子……さらわれてしまったあの子は、私のお人形のマウリヤ。不思議な光る果実の力で命を宿した、私の大切なお人形……」

 

 病弱で普通の子のように遊ぶ事の出来ないマキナにとって、マウリヤはたった一人の大切なお友達だった。マキナは大好きな大切なお友達、マウリヤと毎日遊んだ。

 とても幸せな日々。しかし、マキナの病気はどんどんひどくなり、じきに天使様がお迎えに来るだろうという事がわかっていた。

 そんなある日の事。召し使いが万病に効くという珍しい果物を取り寄せた。

 黄金色に輝く美しい果実。ところが、マキナはすでにあきらめていたのだ。黄金の果実を食べたところで、自分の病気が治るはずがない。もう自分の命は尽きるのだと。

「綺麗ね、マウリヤ。あなたと一緒に食べられたらいいのに……」

 果実を手に、マキナはマウリヤに話しかけた。

「ねえ、マウリヤ……。あなたがもし……人間の様に動いて、しゃべってくれたなら……。あなたに命が宿って、私だけのお友達になってくれたらどんなに……」

 その時、激しくせき込んだマキナの手から女神の果実が転がり落ち、マウリヤに宿る。

「……あなた、マキナ? わたしのお友達ね?」

 そう言ってマウリヤは、すっくと立ち上がる。

「こんにちわ、マキナ。やっとあなたと話が出来て、とっても嬉しい!」

「マウリヤ……? あなた、本当に……」

 奇跡が起きた。しかし、それを喜ぶ間もないほど、マキナの体は病魔にむしばまれていた。

「せっかく……願い……叶ったのに……」

 マキナは、弱々しくマウリヤの手を握る。

「なぁに?」

「ごめんね、マウリヤ。私はもう……」

 力尽きるその寸前、マキナは最後の力を振り絞った。

「マウリヤ……あなたに私に持っているもの全部あげる。あなたがマキナになるの……。お人形だと知られたら、あなたはこの町にいられなかもしれない。だから、私のふりをして……」

 

 マキナが誘拐されたというのに、町の人達の反応は冷たいものだった。身代金を払おうにも、マキナの家には最早財産と呼べるものは残っていなかったのだ。なぜなら、全てマキナとなったマウリヤが全てお友達にあげてしまったからだ。

 当然の事ながら、町の人達に犯人が要求する金額が払えるはずもない。結局、マウリヤ救出のためにゆういち達が動くしかなったのだ。

 誘拐犯がアジトにしている北の洞窟に入ると、なにやら物騒な話声が聞こえてきた。

「どういう事だ? 話が違うぞ」

「アニキィ〜、あの娘親なんかいないって言ってますぜ。しかも屋敷の使用人達はみんなクビにしちまったから、誘拐に気づく奴はいないって……」

 あれだけの金持ちだから、娘可愛さに親がいくらでも金を出すだろう。そう誘拐犯は考えていたのだが、どうやら当てが外れたようだ。よくよく考えてみれば、あの屋敷にはまったく人の気配がしなかったのだから、誘拐するのが楽だったわけだ。

「バッキャロー! あきらめるな、家族がいなくても友達とか誰か一人くらいいるだろう! もうしばらく待つんだ。きっと誰かが俺達のために身代金を持ってきてくれるさ!」

 誘拐犯がなにを考えているのかよくわからないが、洞窟の奥に進んだゆういち達は、立札に書いてある通りに椅子に座って待つ。

「ようこそいらっしゃいませ! いやぁ〜、こんなむさくるしいところへよく来てくださいやがりました!」

 無理して丁寧語を喋ろうとして、思いっきり失敗してるいい例だった。

「わかってます、わかってます。あなたアレでしょう。マキナお嬢さんの……。いやぁ〜っ、あんた素晴らしい人だ! 誘拐した甲斐があった!」

 誘拐犯の男はそれこそ揉み手をするような勢いで話しかけてくる。

「大丈夫。お嬢さんは元気にしてやがりますよ。かすり傷一つつけてません」

「あいにく、身代金を持ってきたわけではないんだがな……」

 小声で呟いたせいもあるが、あまりの嬉しさに男にゆういちの声は届いていない様だった。

「お〜い、お嬢さんをお連れしろっ! 早くっ!」

「アニキ〜、大変だーっ!」

 しかし、男が一人、血相を変えて飛び出してくるだけだ。

「なんだ、どうした?」

「捕まえてたお嬢さんが逃げちまった」

「なんだとぉー!」

 男は慌てて走り出していく。それを見たゆういち達も即座に後を追った。

「お? あんたも来たのか。この先はとてつもなくヤバイ魔物が出るって噂なんだよ。おしとやかなお嬢さんなんて、簡単にやられちまうぜ。くっそ〜、まいったなあ……」

「とにかく、追いかけるぞ」

 マウリヤを負い、ゆういち達はさらに洞窟の奥に進んだ。

「マウリヤ! 無事か?」

「あら、ごきげんよう。……え? マウリヤ……? どうしてわたしの名前を知ってるの?」

「ああ、それならマキナから聞いた」

 ゆういちはこれまでの事情を手短に説明した。

「わたしは新しいお友達と遊びに来たのよ。ヒゲとマスクのお友達」

 どうやら誘拐犯もマウリヤにとってはお友達のようだ。おそらく牢屋に入れられていてつまらなくなったのだろう。

「ちっとも楽しくないから、お散歩してたのよ。あなたもお散歩?」

「いや、違う。ここは危険な魔物がいるから連れ戻しに来たんだ、早くしないと……」

 その時、なにやら大きな物音が響いた。

「だあれ?」

「ズオオオオオオオオオ!」

 マウリヤの背後に、巨大な魔物が姿を現した。

「ごきげんよう。あなたとってもユニークなのね。わたしのお友達にならない?」

 魔物に向かい、マウリヤは優雅な一礼をする。

「ズオオオオオオオオ!」

 だが、魔物は問答無用で襲いかかってきた。ズオーに弾き飛ばされたマウリヤは、ぴくりとも動かない。

「こいつが例のズオーってやつか。みんな、行くぞっ!」

 外見がクモのような姿をしているせいか、ズオーの攻撃は苛烈だった。しかし、これまで幾多の戦いを経験してきたゆういち達のチームワークを前に、ズオーは倒れた。

「おーいっ! お嬢さーん!」

 そこへ誘拐犯達がやってきた。マウリヤの姿を探し、あちこち見まわしている。

「お……お嬢さん……?」

 そして、力なく地面に倒れるマウリヤの姿を見てしまう。

「しっかりしろっ! おい、お嬢さんっ!」

 しかし、返事がない。

「……やべぇ、お嬢さん死んでる……」

「アニキー!」

 その背後で、マウリヤがゆっくりと立ち上がる。

「ああ、びっくりした」

「し……死んでたはず……なのに……」

 呼吸も脈もなく、体温すらなかったのだから、完全に死んでいたはずだ。それを見た誘拐犯達は、少しづつ後ずさった。

「こんな恐ろしいところはもうまっぴらだ! 身代金なんか関係ねぇっ! とっととずらかるぞ!」

 こいつ化け物だ、と叫びつつ、誘拐犯達は逃げていった。

「ばけもの……」

 それを聞いて、マウリヤはぽつりと呟いた。

「知ってるわ。ばけものって……絵本に出てくる悪い生き物の事……。みんなの嫌われ者……」

 そう言ってマウリヤは悲しげな瞳をゆういちに向ける。

「本当はわかってるの。上手く出来ないの。みんな本当のお友達じゃない。物をあげるときだけ来てくれるの。本当は、わたしいらないの」

 それはツォの浜でもそうだった。浜のみんながオリガを必要としたのは、彼女に主さまを呼ぶチカラがあったから。それがなければ、村一番の漁師である父親を失ったオリガなど、誰も必要としないだろう。

「わたし……マキナのためにたくさんの友達作りたかったけど。わたしが化け物だからダメなのね……」

「それは……」

 そんな事はない。とゆういちは言おうとしたが、なにを言っても慰めにもならない。もとよりマウリヤの存在そのものが異常なのだから。

 

あなたはバケモノなんかんじゃない……私の大切なお友達……

 

 その時、優しい声が響いた。

「大好きなお友達よ、マウリヤ」

「この声は……マキナ?」

 淡い輪郭を持ったマキナの姿が浮かび上がる。

「おかえりなさいマキナ! どこへ行ってたの? ねえ、今日はなにして遊びましょう?」

 しかし、マキナはなにも答えない。

「ごめんなさい……マウリヤ。もう、私は遊べないのよ。もう二度と遊べないの」

「わたしのこと嫌い? 嫌いになったから遊ばないの?」

 マキナは黙って首を横に振る。

「……ずっと一人ぼっちだった私をマウリヤ、あなたが支えてくれた。でも、今はあなたが一人ぼっち」

「なあに?」

 マウリヤは可愛らしく小首を傾げて聞き返す。

「私を幸せにしてくれたあなたを、私は……」

「ええ、マキナ。わたしもあなたと一緒なら、いつでも幸せ!」

「ごめんなさい。あなたはもう自由になって。私の願いに縛られないで……。私はマキナ。あなたはマウリヤ。……私は天使様と一緒に、遠い遠い国へ旅立ちます」

 マキナの体がまばゆい光に包まれる。

「だからあなたも……偽物のマキナじゃなくて、お人形のマウリヤに戻って……」

 

……マウリヤ……大好きなお友達……本当にありがとう……

……どうか、幸せに……

 

 一際眩い光を放った後、マキナの魂は天に召されていった。

「……マキナは遠い遠い国へ旅立つ。私は人形マウリヤに戻る……」

 マキナとの約束を、マウリヤは呟くように口にした。

「でも、そのまえに……マキナは遠い国へ旅にいくって町のみんなに教えてあげなくちゃ」

 決意を秘めた瞳で、マウリヤは洞窟から出ていった。

 

 ゆういち達がサンマロウの町に帰ると、マキナが旅に出るという話で持ちきりだった。随分急な話であるようにも思うが、これも仕方がない事だ。

 最後にマウリヤへ挨拶していこうと屋敷を訪れたゆういちは、中庭にあるマキナのお墓の前に、一体の人形が置いてあるのを見た。一瞬眩い光が走り抜けた後、ゆういちの手には黄金の果実がおさまっていた。こうしてゆういちは、女神の果実を手にいれたのだった。

「あらあら、どこへ行ったかと思ったら」

 するとそこへマキナの乳母が入ってきた。

「さ、マウリヤちゃん。お部屋でマキナ様の帰りを待ちましょうね」

 そう言って乳母は、大事そうにマウリヤを抱えて連れていく。

「あ、そうそうゆういちさん」

「なんですか?」

「マキナ様が約束通り、あなたに船を差し上げるとおっしゃっていましたよ。町はずれの桟橋にいる船番のおじいさんにも伝えてあるそうです」

 それでは、と一礼して乳母は去って行った。

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