第十六話 グビアナ王国
「おお、待っておったぞ。マキナお嬢さんもあんたに感謝しておったじゃろう」
「いや、一足違いだった。マキナはもう旅に出てしまった後だった」
「なんとお嬢さまも水臭い。命の恩人のあんたに別れの挨拶もせず旅立ちとはなあ」
「いいんですよ。もう別れはすませてありますから。何度も会っても湿っぽくなるだけです」
「そうじゃのう。さて、約束通りこのマキナお嬢様の船はあんたが自由に使っていい。世界中どこまでも自由に船を走らせてくれ。その方が、船も喜ぶじゃろう」
こんなところに繋がれたままでは、せっかくの船が台無しだ。今日の風は船旅にはもってこいのいい風なのだから
「お〜い、お若いの! あんたの旅の無事を祈ってるよ!」
サンマロウの町に見送られ、ゆういち達を乗せた船は滑り出すように海原を走りはじめた。
目指す先は、近場の砂漠の王国グビアナ。なんでもそこの女王さまが、黄金に輝く果実を手に入れたというのだ。その前にゆういちは一度セントシュタインに立ち寄り、なゆき達天使仲間と合流していた。
これからは、ここが拠点となるのだから。
「いいのかな……ゲームの設定無視しているような気がするけど……」
「その辺はちょっと融通きかさないとな。まあ、あきこさんがルイーダさんに酒場任せてこっちに来てるから、問題ないだろ」
「う〜ん……」
ゆういちは軽いが、なゆきの表情は暗い。
「そんな事気にするなよ。ほら、なゆき。タイタニックだタイタニック」
「わ、ちょっとゆういち」
船の舳先に陣取って、二人でタイタニックごっこをするゆういちとなゆきであった。
「……随分楽しそうですね」
「ほっときなさいよ」
それを物影で見ながら、かおりとしおりが呆れたような表情を浮かべる。それ以外のメンバーもおおむね似たような感じだった。
グビアナ王国は砂漠に建国された国で、代々の賢王の統治によって平和な治世を送っていた。しかし、最近即位したユリシスという女王は、民からの評判がすこぶる悪かった。
男性陣からは美人だし、多少のわがままには目をつぶろうというものが多かったが、女性陣からは美人ならなにをしても許されるとでも思ってるんじゃないの、という意見が多勢を占めていた。
なにより、女王が自分の沐浴場を造るためだけに、貴重な地下水脈を使ってしまったため、他に水が行かなくなってしまったのである。いくらなんでも、これはやりすぎであるようにも思えた。
「う〜ん、その女王様って人はなに考えているんだろうね……」
王宮へ行く道で、なゆきはそう言って小首をかしげた。
「まあ、人には人の事情ってもんがあるんだろうさ。それよりも、着いたぜ」
砂漠の中にそびえる白亜の宮殿は、おとぎ話にでも出てきそうなくらい荘厳華麗なつくりをしていた。
城内に入ると、なにやら騒然としていた。そこでゆういちは、血相を変えて走り回っている人から事情を聞く事にした。
「なんじゃ? ワシは今急がしいのじゃ」
「それはわかる。それよりも女王様にお会いしたいのだが……」
「諦めろ。女王様はお前のような旅の者など相手にせぬわ」
そう言って走り去ろうとした男だったが、なにかを思いついたのか再びゆういちに向き直った。
「おぬし、悪いがちと頼まれごとをしてくれぬか? うまくいったら女王様に取り次いでやるぞ」
「なにかありましたか?」
「実はな、女王様のペットである金色のトカゲを、ジーラという侍女が逃がしてしまったんじゃ。そこでおぬしにはそのトカゲを探す手伝いをして欲しいんじゃよ」
「はあ、それは構いませんが」
もの探しはクエストで結構やったので、とりあえずゆういちは二つ返事で引き受けた。なにより黄金の果実について女王から話を聞かなくてはいけないし、取り次いでくれるというなら願ったりかなったりだ。
「ジーラなら下の階の廊下でまだトカゲを探しているはず。言って詳しい話を聞いてみるがよい」
なんでも金色のトカゲは女王が唯一心の友と言えるくらい、大切な存在なのだそうだ。早速ゆういちは下の階の廊下で金色のトカゲを探す侍女を探した。
「アノンちゃ〜ん、アノンちゃんどこなの〜?」
ジーラと思しき侍女はすぐに見つかった。
「あ、すいません。ジーラさんですか?」
「あら? なにか御用ですか? 私は今トカゲのアノンちゃんを探すので忙しいのですけど」
「そのトカゲのアノンちゃんについて聞きたいんだ」
ゆういちは事情をざっと説明した。
「まあ! アノンちゃんを探すのを、あなたも手伝ってくれるんですか? ありがとうございます!」
なんでもトカゲのアノンは人気のないところが好きで、そういうところで拍手をすると驚いて出てくるかもしれないという。城の中侍女達が草の根を分けて探し回ったらしく、城から出る事が出来ない自分達に変わって外を探してきてほしいそうだ。
「……しかし、探すとなると外は広いぜ」
「とはいえ、相手はトカゲですし、暑いところが苦手なのでは?」
「そうなると、涼しいところを探せばいいのかな?」
ゆういちと一緒に城についてきたみしおとなゆきが小首を傾げる。そこでゆういち達は城の裏手の方へ回った。
「ここで試してみるか……」
人気はないし、日陰だし、条件はそろっている。ゆういちが拍手をすると、それに驚いたのか足元から一匹のトカゲが姿を現した。トカゲはゆういち達を見て逃げ出したのだが、日向の熱気にやられて身動きが取れなくなってしまった。
こうしてゆういち達は、大した苦労もせずに金色をトカゲを捕まえる事が出来た。
「おお! そのトカゲは、まさしく女王様のペットのアノンちゃん!」
首にまかれたリボンが目印らしい。
「でかしたぞ、旅の者! それでは約束通り、おぬしを女王様にあわせてやろう!」
「……いよいよか」
ゆういちは内心ほくそ笑む。
先程女王が沐浴しているという扉の向こうからは、なにやら楽しげな声が聞こえてきたばかりだ。どんな女王様なのか、ゆういちは興味があった。
「ユリシス女王様。この者がアノンちゃんを見つけた旅人のゆういちでございます」
「お黙り、大臣。そんな旅人のことなんて後でいいわ」
玉座に腰かけたユリシス女王は、興味なさそうにゆういちを一瞥しただけだった。
「ねえ、ジーラ? アノンが逃げ出すなんて、これまでにあったかしら?」
ユリシス女王の鋭い視線がジーラに突き刺さる。
「お前は……一体アノンになにをしたのっ!」
「も……申し訳ありません! いつも通りお世話をしてたら、急にいなくなってしまって……」
「言い訳をしても、ムダ……。お前は今日限りでクビよ。荷物をまとめて出ていきなさい」
「そ、そんな……」
ジーラの目が、驚愕で大きく見開かれる。
「で? あなたはこの私にどんな御用かしら?」
「はい、実は……」
クビを言い渡した侍女には興味がなくなったのか、ユリシス女王はゆういちに向き直る。そこでゆういちはこれまでの事情をかいつまんで説明した。
「そう……。私に黄金の果実を譲れとおっしゃるのね?」
「はい」
「それは無理な話だわ。なぜって……? 今、私の手元に黄金の果実がないんですもの」
「はあ?」
「お風呂から出たら、黄金の果実がなくなっていたの。どうせどこかのドロボーネコが盗んで食べたんでしょうけど……」
そういうユリシス女王の視線は、ジーラに向いたままだ。
「そんな、私は……」
「女王様、大変ですっ!」
そこへ一人の侍女が血相を変えて飛び込んできた。
「アノンちゃんが見つかった草むらを調べていたら、こんなものが……」
「それは、黄金の果実? どうしてアノンちゃんが……?」
少々疑問に思うが、ユリシス女王はゆういちに向き直る。
「ま、果実が見つかりさえすれば、些細な事は気にしないわ。どう? この果実あなたにさしあげてもよろしくてよ?」
「はい、お願いします」
「アハハハハ! 本気になさったの? あなたにあげるわけないじゃない!」
途端にユリシス女王は大きな声で笑いはじめた。
「私、この果実をスライスして、一切れ残らず沐浴場に浮かべようと計画しておりましたの。黄金果実のお風呂に入れば、お肌がもっとスベスベになるに違いありませんもの」
そうしてユリシス女王は、勝ち誇ったような笑みをゆういちに向ける。
「嬉しいでしょう? あなたの探している果実は、こんな名誉な使い方をされるのよ」
そんな無駄な使い方を、とゆういちは言ってやりたいが、ここでそんな事をいわけにはいかない。
「それでは、アノンちゃん。ばっちぃ旅人に触られたから、早速お風呂に行きましょうねー」
そう言ってユリシス女王は玉座の間を後にした。
「ちょっとゆういちさん、聞きましたか今の」
「女神の果実をスライスするだって……そんなことしたらなにが起こるか……」
途端になゆきとみしおがこそこそと話しだす。流石にこの話を他の人に聞かれるわけにいかない。女王が向かった沐浴場へ、ダッシュで向かうゆういちだった。
しかし、一歩遅かったのか、沐浴場ではユリシス女王が果実風呂の用意をしているところだった。こういう時に男である我が身が恨めしい。もしもゆういちが女であるのなら、中に入ってもなんの問題もなかったというのに。
「ど、どうしようゆういち〜」
とはいえ、仮に女であっても扉をしっかりガードされていてはどうする事も出来ない。こうなったら、なんとかして沐浴場にはいる方法を考えなくてはいけなかった。
沐浴場に入るにはなんでも屋上の水路から飛び降りなくてはいけないらしい。大怪我をするかもしれないが、ゆういちははるか彼方の天使界から滝つぼに飛び込んだ実績がある。ゆういちは迷わず飛び込んだ。
「キャー!」
大量の水しぶきをあげて沐浴場に飛び込んだゆういちを待っていたのは、大勢の侍女の悲鳴だった。流石に素っ裸というわけではないが、いうなれば女性だけの聖域に突然男が飛び込んできたのだから、どうなるかは火を見るより明らかだった。
あちこちでハチの巣をつついたような大騒ぎになる。
「ちょっとあなた? ここがどういう場所かご存じ? 一体なにをしに……」
「つつつ……そんな事よりあの黄金の果実だ。まだなにもしていないだろうな?」
「アハハハハ! それならもう手遅れよ。見ての通り、みんなスライスにしてしまったわ」
見ると水面には、スライスされた果実らしきものが浮かんでいる。
「アノンちゃーん、ごめんなさいねー。びっくりしたわねー。もう大丈夫ですよー」
ゆういちとはうって変わった優しい口調で、ユリシス女王はアノンに話しかける。だが、その目の前で、アノンは黄金の果実を一切れ食べてしまった。
「……アノンちゃん……?」
ユリシス女王の見ている前でアノンは眩い光に包まれ、次の瞬間には巨大な異形の怪物へと変化していた。
「キャー!」
ゆういちの時よりも大きな悲鳴を上げて、侍女達はただ呆然となりゆきを見守っていた。
「アノンちゃんが……アノンちゃんがぁーっ!」
驚愕に目を見開くユリシス女王を優しく両手でつかむと、そのままアノンは近場の井戸へ飛び込んだ。
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