第十七話 地下水道
グビアナ王国の地下には多くの水道が張り巡らされており、それは歴代の国王によって整備されたものだ。ゆういちはここに入る前、騒ぎを聞きつけてやってきた仲間から精鋭メンバーを選抜して挑む事にした。
パーティの内訳は戦士のまい、僧侶のしおり、魔法使いのさゆりである。
地下水道には多くの魔物がすみついており、進行は困難を極めた。その地下にある一室で、ゆういちは先代王ガレイウスの霊に会う。
ガレイウスによると、自分が王としての名声を求めたために、娘のユリシスをないがしろにしていたのだ。
「人の温もりを知らぬまま、孤独に生きる娘を見守るのはあまりにも悲しすぎる……。旅の者よ、どうかユリシスを助けてやってくれ。愚かな父の願いを……どうか……」
「よくよく考えてみると、ユリシス女王もかわいそうな人ですね……」
その話を聞いたしおりが、ぽつりと呟いた。
「そうですね、さゆりが城で聞いた話でも、ユリシス女王はある意味かわいそうな人だと聞きました」
しかし、城の侍女達の反応は薄い。魔物化したアノンにさらわれても、いい気味だとか、自業自得だとかいう意見しか耳にしない。その意味でユリシス女王の身を案じているのは、クビを言い渡されたジーラぐらいのものだった。
「誰か……助けて……」
さらに地下水道の奥へ足を踏み入れたゆういち達が耳にしたのは、助けを求めるユリシス女王の声だった。
「助けて……アノンがものすごい勢いで言い寄ってくる」
「はあ?」
あまりにも意外なユリシス女王の言葉に、一瞬ゆういちの目が点になる。
「……なあ、ユリシスはん。わてとこれからスウィートな人生を……」
「はえ〜、意外と真剣に口説いているようですね……」
「結構真面目な方みたいだし、意外とお似合いかもしれませんね」
それを見たさゆりとしおりが口々に好き勝手な事を言い出す。
「いや、あのなお前達。相手は魔物なんだが」
「ゆういちさん、魔物だからって差別はよくありませんよ」
「そうですよ。人は見た目ではありません」
「だからな……」
恋愛に関しては、女の子の右に出るものはなく、この手の話で盛り上がるのはさゆりとしおりだという事をゆういちは失念していた。人選間違えたかな、とゆういちが思ったその時だった。
「あっ! お前はわてを草むらから連れ戻した、けったいな旅人やないか!」
ユリシス女王を口説くの夢中だったアノンが、ようやくゆういち達の存在に気がついたようだ。
「お前のせいで、あの木の実を使ってわての夢をかなえようっちゅう計画が、台無しになるとこやったんやぞっ!」
「その計画ってのは、こうして女王様をさらって口説こうってのか……?」
「せや。 動物的本能が訴えかけたんや! あの木の実を食べたら人間になれる、っちゅうてな!」
「人間……?」
どう見ても異形の怪物でしかないが。
「そんで、わては人間になったんや。どや! イケメンやで〜っ!」
確かにトカゲの世界の常識であれば、最上級種であるドラゴンはイケメンなのだろう。しかし、人間の常識からすると単なる魔物だ。
「ま、ちょっとかっこよくなりすぎて、ユリシスはんもたじたじやけどな」
「ひょっとして、彼は自分が人間とでも思ってるんでしょうか?」
「は〜ん? なんか言うたか? そんな事よりもな、お前らなにしに来たんや?」
「なにしにって……お前にさらわれたユリシス女王を助けに来たんだ」
「わかったで、お前ら長年思い続けたユリシスはんと一緒になろうっちゅう、わての夢を邪魔しに来たんか?」
ユリシス女王にとってアノンは、幼いころから唯一心を許せる存在だった。それは政務に没頭するあまり、娘を顧みなかった父への反抗心がそうさせたのだろう。そんなユリシスの想いを、歪んだ形で受けてしまったのがアノンなのだ。
「ようやく人間になれて、そのチャンスが巡って来たんや! わての邪魔をする奴は許さへん。許さへんそーっ!」
「くるぞっ!」
アノンとの戦闘がはじまった。アノンの放つ燃えさかる火炎と直接攻撃の威力は凄まじく、ゆういち達は何度も窮地に陥った。しかし、今まで多くの戦場を潜り抜けてきた経験とチームワークにより、なんとかアノンをやっつける事に成功するのだった。
「あ……あんたと戦って。わては気づいてもうた……」
息も絶え絶えになりながら、アノンはなんとか話をする。
「わて、人間とちゃうわ。人間は口から火ぃ吹いたりせんもんな……」
曲芸で火を噴く事はあるが、少なくとも普通の人間にはあんな勢いよく火は吹けない。
「……せやけど、ここでくたばるわけにはイカンのや。ユリシスはんをあの城に……あの敵だらけの城にかえすわけにはイカンのや。わては死ぬまでやるで……」
「お待ちください!」
そこへ、凛とした声が響き渡った。
「ジ、ジーラ……?」
ユリシス女王の乾いた声が響く。なぜなら、先程クビにしたはずのジーラが、このような危険な場所に単身訪れているのだから。
「ハア……ハア……。お待ちください、ゆういち様!」
ここへ来るまでによほど危険な目に会ったのだろう。息を整えながらジーラは必死に言葉を紡ぐ。
「もうこれ以上アノンを傷つけるのはやめてください。アノンにもしもの事があったら……女王様はもう誰にも心を開かなくなってしまいます」
それは幼児期からずっとユリシス女王の身の回りのお世話をしてきた、ジーラだからこそ知る事実だった。そして、彼女はアノンの世話も任されるほど、ユリシス女王に信頼されている人物でもある。
「ジーラ……なぜ? あんなにひどい事を言ったのに、なぜそこまでわたしの事を……?」
「私は見てしまったのです。女王様がアノンの前で涙を見せながら話しているのを……。ワガママな自分が嫌い、両親がいなくてさみしい……。女王様はそうおっしゃっていました」
だからこそアノンは人間に変じてまでユリシス女王を守ろうとしジーラはなにがあってもユリシス女王にお仕えしようと思ったのだ。
「私はそのお気持ちを。アノンだけではなく私達にも打ち明けてほしいのです! つらい気持ちを分け合えば、女王様も変われるはずだから……」
「ジーラ……」
そのまま、黙って見つめあう二人。その瞳の中には確かな信頼の色が見て取れた。
「……あの城にはジーラはんみたいな優しいお人もいたんやなあ……。これじゃあわてはピエロやで……」
よくよく考えてみれば、ジーラはアノンの世話をしていた。そうして長く接しているうちに、アノンはジーラの優しさを思い出していた。
「わては力ずくであの城からユリシスはんを引き離そうとした。トカゲの浅知恵やったわ……」
アノンは納得するように深く頷いた。
「……なあ、旅人はん」
「なんだ?」
「わてにはわかる。あんたも人間とちゃうやろ? しかも木の実に詳しいとみたで」
「まあ、俺はそれを探してここに来たからな」
「わて、もうこんなチカラいらん。トカゲに戻ってユリシスはんと一緒に暮らす事にするわ」
「そうか」
「この木の実、あんたに託すで。ジーラはんのようなお人がいれば、もうユリシスはんは大丈夫や……」
そして、アノンの巨大な体がまばゆい光に包まれる。
「おおきに……天使のような旅人はん……」
ひときわ大きな光が駆け抜けた後、そこにはトカゲに戻ったアノンと、女神の果実が残されていた。こうして、ゆういち達は女神の果実を手に入れる事に成功した。
「あなたも、私の事をずっと思ってくれてたのね……。ありがとう、アノン……」
形は違えど、それの一つの愛の形だった。ユリシス女王は優しくアノンを抱き上げると、地下水道から出ていくのだった。
「ゆういちと言ったかしら? ありがとう、命がけで私を助けにきてくださって」
後日ゆういち達は、玉座の間に招かれた。
「……私はこれまで、自分の事を見てくれる人なんて、誰もいないと思っていた」
ユリシス女王は静かにそう言った後、ジーラとアノンを順繰りに見回した。
「けれど今回の件で思い知ったの。ジーラやアノン、私の事を大事に思ってくれてる人がいるという事を……」
そのまま背を向けて玉座に向かった後、振り向いたユリシス女王はとびきりの笑顔をゆういちに向けた。
「本当にありがとう、ゆういち。これからは、皆と力を合わせ、女王として国を盛り上げますわ。気が向いたらまたグビアナにもいらっしゃって。アノン共々お待ちしておりますわ」
グビアナ王国を後にしたゆういちはそのまま北上し、夜にはカルバドの集落についた。ここで女神の果実の情報が得られるかどうかはわからないが、とりあえず、しばらくはここで腰を落ちつける事にした。
カルバドの集落はカルバド大草原にパオと呼ばれる移動用の住居を構えて生活する遊牧民の集落で、家族単位で一つのグループを形成する。ある意味ここは都会の喧騒から離れた場所で、大自然の雄大さを感じさせるところでもあった。
早速ゆういちは黄金の果実に関する情報を集めてみた。するとこの集落の少女が、流れ星が落ちてくるのを見たと証言した。
「これは、当たりかもしれないな……」
そこでゆういちは、早速族長のパオへ向かった。
族長ラボルチュのところには、シャルマナというなんでもえらい美人の用心棒がついているらしい。シャルマナは摩訶不思議な術の使い手で、族長はもとより、その息子のナムジンまでが虜になっているのだそうだ。
「えらい美人か……」
どんな美人が出てくるのか、ゆういちは非常に興味がある。しかし、その道中で耳にする、最近集落を襲う魔物の事も耳にした。
「オレが族長のラボルチュだ。お前は海から来たよそ者だな?」
「これはこれは……なんとも珍しい客人よのぅ。ホホホ、わらわはシャルマナじゃ」
ゆういちがパオに入ると、二人がそう挨拶する。
「はじめまして、俺はゆういち。御覧の通り旅芸人さ」
「して、ゆういちよ。そなたはこの草原に一体なんの用じゃ?」
「はい、実は……」
ゆういちは手短に事情を説明した。
「……なに! 光る果実を探しておるとな? な、なんのことやら……ホホホ、そのようなモノ、聞いた事もないわ」
途端にシャルマナはゆういちから視線を外し、あからさまに不自然な態度を取る。
「どうしたのだ、シャルマナ? 慌てるなどお前らしくもないな。よそ者の言う事など放っておけ」
そう言ってラボルチュはゆういちに向き直る。
「話は終わりだ。光る果実など知らん。とっとと立ち去るがいい」
「ホホホ、客人よ。族長はお忙しいのじゃ、今日のところはこれで……」
ほとんど門前払いに近い状況で、ゆういちが踵を返そうとした時だった。
「父上! お呼びでしょうか!」
一人の少年が、勢いよくパオに入ってきた。
「遅いぞナムジンよ。なにをしていたのだ?」
「面目ありません……。ぼーっとしていたら、つい……」
父親が筋骨隆々たる体躯をしているというのに、息子はどう見ても線が細く、貧弱そうだった。
「ホホホ、かわいいのお。わらわはのんびりしているナムジン様のほうが好みじゃ」
「ハハハ、うれしいなあ。そう言ってくれるのはシャルマナだけだよ」
「早速だがナムジンよ。お前を呼んだのは他でもない。俺を狙っている魔物の事は知っているな? お前にその魔物を退治してもらう」
そこでラボルチュは、ナムジンに鋭い眼光を向ける。
「よいか、ナムジンよ。族長の息子として見事手柄を立てるのだ」
「お任せください、父上。父上の名にかけて、必ずや、魔物を退治してみせましょう」
その鋭い眼光を前にして、ナムジンはきっぱりと言ってのけた。
「ですが、いろいろと準備がありますので……もう少しだけお時間を……」
どうやらここで本音がちらりとのぞいたようだ。父親の手前、甘えた態度はとれない。かといって、魔物退治はこわい。なかなかに複雑な二律背反といったところか。
「おいっ! みんな、あれを見るだーっ!」
その時、パオの外から大きな声が響いた。
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