第十八話 カルバド大草原

 

「なんじゃ? 外が騒がしいのお」

「ぎゃーっ! 魔物が出たーっ!」

 パオの外は大騒ぎになっているようだ。

「なんだと! おのれ!  また来たか! 猪口才な魔物め! ナムジンよ、準備はいいか? 魔物を打ち倒してこい!」

「こ、こんなに早く来るなんて……ボボボ、ぼくが魔物を……?」

 見るとナムジンの顔はかわいそうなくらい真っ青になっており、膝はがくがくふるえている。きっと今までも魔物討伐を命じられたのだが、そのたびにいろいろ理由をつけて先延ばしにしていたのだろう。

「ひぃーっ! ダメだーっ! ぼくには無理だーっ!」

 ついにナムジンは頭を抱えてしまった。そして、ナムジンは部屋の隅で膝をかかえ、ぶるぶる震えてしまっている。

「なんとふがいない息子だ。こうなったらオレが魔物をぶったぎってくれるわ」

「お待ちを、ラボルチュ様」

 立ち上がったラボルチュを、シャルマナが呼び止める。

「あなたにもしもの事があれば、誰が集落を導くのじゃ?」

 頼りの息子はあんな有様であるし、このままではとても後を任せる気にはなれない。かといって、この戦いでラボルチュに万一の事があれば、集落の導き手がいなくなる。なかなかに頭の痛い問題であった。

「ゆういちよ。おぬしはなかなか腕が立つと見える。おぬしならあの魔物を打倒せよう」

 そこでシャルマナは、ゆういちに魔物討伐を依頼した。

「どうじゃ? 族長の代わりにこの集落を救ってくれぬか?」

「別にやってもいいけど、その代わり黄金の果実についてお前の知っている事を話してもらうぜ」

「それはかまわぬ。では任せたぞ、ゆういち。さあ、行ってくるのじゃ」

 ここでゆういちが勇気を見せれば、よそ者嫌いの族長も考えを改めてくれるだろう。そうしてゆういちは勢いよくパオを飛び出した。

 

「おいっ! そっちへ行ったべ!」

「道を塞ぐだーっ!」

 外では集落の民となゆき達が力を合わせ、魔物を族長のパオに近づけまいと応戦していた。しかし、魔物が集落の民に危害を加えようとしないせいか、あちこちで道をふさがれて進退きわまってしまっているようだ。なゆき達も魔物が攻撃してこないせいか、攻めあぐねている。

 そして、魔物がゆういちの前に立った時、なぜかその動きを止めた。

「グギギ……」

 魔物はなぜかゆういちを見ると、そのまま去って行った。

「おお! 海から来た人が追っ払ってくれただ!」

「いんやあ、すっげえなあ! まるでシャルマナ様みてえだ!」

「んだんだ、まったくだべ! ほれ見ろ! 魔物が逃げていっただ!」

 集落の民が口々に賞賛する中、ゆういちは再び族長のパオへと戻る。

「……ふむ、なかなかやりおるわ。それに比べて我が息子は……」

 魔物脅威は去ったというのに、ナムジンはいまだに部屋の隅で膝を抱えてぶるぶる震えていた。

「ナムジン様、もう安心じゃ。ホホほ、こっちへきなされ」

 シャルマナのそう言われ、ナムジンは再び毅然とした態度で父親の前に立った。

「みっともない態度を見せてしまい、申し訳ありません、父上」

「ナムジンよ。お前はいずれこの集落を導かねばならんのだ。魔物一匹におびえてどうする?」

「はい……面目ないです。刺し違える覚悟でしたが、いざとなったら足が震えて……」

 息子のそうした態度に呆れたような溜息をつきつつ、ラボルチュは言葉を続ける。

「……良いか、ナムジンよ。もう一度チャンスをやろう。次こそ魔物をしとめるのだ」

「そんな! 父上! ぼくには無理です!」

 そこでラボルチュは配下のものを呼ぶ。

「ええい! お前達! 縛ってでもこのバカ息子を魔物退治に連れて行け!」

 屈強な男達に左右から腕を取られ、たちまちのうちにナムジンは身動きが取れなくなってしまう。

「うわーっ! やめろーっ!助けてくれーっ! シャルマナーっ!」

 ナムジンは恥も外聞もなくみっともなく叫び続けながら、パオから連れ出された。

「あいつが次の族長になるかと思うと、オレは不安で不安で夜もおちおち寝る事も出来んよ……」

 父親としては、頭の痛いところだ。

「わらわに懐いてくれて、可愛いではありませぬか。ホホホ。愛しい子じゃ」

 母親を早くに亡くしたナムジンは、亡き母パルの面影をシャルマナに見ているのだろう。

「ゆういちよ。見苦しいところを見せてしまった。あれがオレの息子のナムジンだ、あいつが今のまま族長になったら集落は大変な事になる」

 必要なのは、ナムジンに自覚と自信を持たせる事。それでラボルチュはナムジンに魔物退治をさせて自信をつけさせようとしたのだが、どうにもうまくいっていない様子だ。

「ホホホ、そうじゃそうじゃ。わらわは良い事を思いついたぞ」

 そう言ってシャルマナはゆういちの方へ向き直る。

「確かおぬしはこの草原に、光る果実を探しに来たと言っておったな?」

「ああ」

「ホホホ。ではナムジン様の魔物退治に協力いたせ。そして、魔物のとどめをナムジン様にささせるのじゃ。おぬしが役目を果たせば、果実探しに協力いたそう。ま、無事に見つかるとよいがな」

「うむ、シャルマナがそう言うなら、それで良い事にしよう。ナムジンは集落の北にある狩人のパオで身支度をさせている。ゆういちよ、助けてやってくれ」

 

「どう思う?」

 北にある狩人のパオを目指す道中で、ゆういちは仲間達に話を聞いてみた。

「う〜ん、そうですね。あのナムジンって言う人もそうですけど。族長のラボルチュさんもシャルマナさんにメロメロのようですね」

「それにさゆりが気になるのは、あのシャルマナさんは遊牧民の力を利用して世界征服を企んでいるとか……」

「……怪しい」

 しおり、さゆり、まいの意見は、大筋でゆういちと共通のものだった。

 どうにもあのシャルマナの存在が怪しい。しかし、とりあえず狩人のパオについたので、そこで話は打ち切りとなった。

「なんで魔物退治に行かないだか? 若様はラボルチュ様の後を継がれる方なんだべ!」

 パオの中からは、なにやら話声が聞こえる。

「そんな事言われても無理だっ! ぼくは魔物を見ただけで、膝ががくがくするんだから!」

 あまりいばれた話ではないが、その気持ちもわからないでもない。

「おい、貴様! 一体何者だ! ここでなにをしている?」

 突然ゆういち達に鋭い声がかけられた。

「いや、俺達は……」

「あやしい奴め、こっちに来るだっ!」

 問答無用でゆういち達は、パオに中に連れ込まれた。

「君はこの前の……一体ぼくになんの用だい?」

「いや、実はお前の魔物退治を手伝ってやってくれと頼まれてな」

「……なんと、族長に頼まれて魔物退治に協力してくれるだか?」

「カルバドの集落から魔物を追い払ってくれた方が協力してくれるなら、これほど頼もしい事はないべ!」

 本音を言えば、みんな魔物が怖くて怖くて仕方がない。かといって、手ぶらで帰るわけにもいかない。そうでなければ、無理やりナムジンを魔物退治に連れて行っているはずだ。

「ささ、ナムジン様。早いとこ出発するだ!」

「ええーい! しつこいな。何度言ったらわかるんだ! ぼくは絶対に行かないぞ!」

 そう言って、ナムジンはパオから出ていった。

「はあ……ナムジン様はどうしてああなんだべか……」

 聞くとナムジンは、母親のパルがなくなって以来、ずっとああなのだそうだ。魔物を退治しなくては、ナムジンはいつまでたっても族長の信頼を得られない。ナムジンは馬の扱いや他の面に関しては他の人よりもかなり優秀であり、やればできる人だという事が広く知られている。

 これはなにか理由があるに違いない。そう思ったゆういちはナムジンに事情を聞く事にした。

 

「あ、ゆういちさん……」

 ナムジンのパオに入ると、苦渋に満ちた表情で頭を抱えているところだった。

「あなたは父上に言われてぼくを手伝いに来たといいましたね?」

「ああ。一応な」

「みんなは魔物が父上を狙っていると言ってますが、あなたも本当にそんなふうに見えたのですか?」

「そう言われるとな……」

 あの魔物は集落の人間に危害を加えないようにしていた。そのせいで名雪達も攻撃できないでいるようだった。もしあの魔物がそんな凶悪な相手であるのなら、あんな集落なんてひとたまりもないだろう。そうなると答えは一つだ。

「そうは見えなかったな。もう少しなにか別の目的があるように見えたが」

「そうですか……」

 そこでナムジンは固くこわばった表情を柔らかくした。

「……どうやらあなたは話のわかる方のようですね。まあ、どちらにせよ魔物退治をする気はないので、手伝いは必要ありません」

 そう言って、ナムジンはゆういちの脇をすっと通り抜ける。

「……さてと、ぼくはやる事がるので、これで失礼しますよ」

 パオの外に出たゆういちが聞いたのは、ナムジンが一人で外に出ていったという話だった。なんでも北の橋を渡って行ったという。

「ナムジンの奴、一人でか?」

「はえ〜、魔物退治はしないんじゃなかったんですか?」

「とにかく、追いましょう!」

 ゆういち達が慌てて後を追うと、北の橋を超えたあたりでナムジンが左の方へ行くのをみた。その方角にあるのはダダマルタ山という山岳地帯が広がっている。一体ナムジンはこの場所になんの用があるのだろうか。

 ナムジンを追ったゆういち達は、ナムジンが小山に開いた洞窟に入って行くところをみた。

「あのようなやり方では、シャルマナを倒すどころかお前が殺されてしまうぞ」

 中ではナムジンが、集落を襲った魔物と何事かを話しているところだった。

「お前が死んでは、母上もあの世で悲しむ……命を粗末にしてはダメだ」

「どういう事だ……」

 目の前で繰り広げられている光景に、ゆういちの思考が追い付かない。集落を襲った魔物の目的は族長で、その魔物を使役しているのが息子のナムジン。まったく状況が飲み込めない。

「今はおとなしく、ここで母上の墓を守っていてくれ。いいかい? わかったな?」

「グギギギ……」

 魔物は納得いかない様子だったが、それでもナムジンの言葉には最低限従っているようだった。

「あ……あなたは! まさかこんなところまで来るなんて……」

 そこでナムジンはゆういちに気がついたようだ。

「……やれやれ。今の話を聞かれたからには仕方ないですね。あなたにはお話ししておきましょう」

「そうしてくれると助かる。今は頭が混乱状態だ」

「この魔物はぼくの友達で、ポギーと言います。昔、草原で倒れていたところをぼくと母上で手当てをして以来、なつくようになったんですよ」

 そう言ってナムジンは、いとおしそうにぽギーをなでた。

「ポギーが集落を襲う本当の目的は、父上では無くシャルマナを狙っての事です」

「シャルマナを?」

「あの女はあやしげな術で草原の民をたぶらかし、良からぬ事を企んでいる……。ぼくはうつけのふりをしてあの女の正体を暴こきうとしていますが……一体どうすればいいのか……」

 要するに、今までの事は全てナムジンの芝居だったわけだ。ゆういちはすっかりそれに騙されていたのだ。

「なるほどね」

「これですべてお話ししました。今の話は誰にも話さないでください……。さて、そろそろ戻らないと」

 ナムジンが出ていった背後。パルの墓の前に淡い輪郭を持った人影が浮かび上がる。

「ああ……ナムジンよ。このままではお前は、シャルマナに殺されてしまう……」

「あの人影は……」

「わたしの姿が見えるのですね? なんという奇跡……」

「あんたは、ナムジンの母親だな?」

「はい。わたしの名はパル。勇敢なるカルバドの族長、ラボルチュの妻です……。旅の方……あなたを見込んでのお願いがあります」

「なんでしょうか?」

「遥か東の岩山の麓に、魔物に滅ぼされたカズチャという村があります」

「カズチャ?」

 確か、そこはパルの生まれ故郷だという話を聞いた事がある。

「そこに眠るアバキ草をナムジンに手渡していただけないでしょうか?」

「アバキ草?」

 聞いた事のない名前だ。

「あの子ならうまくアバキ草を使ってくれるはず。ナムジンを助けてやってください……」

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