第十九話 カズチャ村

 

 パルの生まれ故郷であるカズチャ村は、ダダマルタ山の反対側に位置するカズチィチィ山の山腹を切り開いて作られた村だ。しかし、以前魔物によって滅ぼされてしまい、今は誰も住んでいない廃村となっている。

「くそっ! 毒の沼知は歩きにくい」

「さゆりにお任せですよ〜。トラマナ!」

 聖なる光がゆういち達を包み込み、毒のダメージを無効化した。

 カズチャの扉は固く閉ざされていたが、そこに現れたパルの霊が扉を解放した。ここに眠るアバキ草を使えば、黄金の果実を食べたシャルマナの正体を暴く事が出来る。

「やっぱり、シャルマナのほうが悪者だったんですね」

「あはは〜、さゆりは最初からそうじゃないかって思ってました」

「それにしても、一体なんなんでしょうね、アバキ草って」

「おそらくだが、ラーの鏡と同じ効果があるんじゃないか?」

「そうなると、あの族長さんはボストロルを相手に夜な夜な……」

 あまり想像したくない光景だ。自分の発想に身震いしてしまったのか、さゆりは肩を抱えてしまう。

 すでに廃村となったカズチャの村はあちこちに死霊系の魔物がすみついており、気分はほとんど廃墟探訪のようだった。

「見事に死霊系の魔物ばかりですね……」

「ああ、かおりを連れてこなくて正解だったな」

 村の惨状を見たしおりの率直な感想に、ゆういちは短く応じる。

「ふえ? かおりさんがどうかしましたか?」

「実はお姉ちゃん……。死霊系の魔物がダメなんです……」

「以前とある場所で死霊系の魔物が出るところに行った事があるんだが……。あの時は大変だった……」

 その時の事を思い出したのか、ゆういちは重苦しく息を吐いた。

「なにしろ、魔物が出てくるたびにかおりが雄叫びをあげてな、魔物の方が逆に驚いてとまどっちゃったんだ……」

「それは雄叫びじゃないです……」

 しおりの口調は、呆れてものが言えないという感じだった。

「まあ、そのおかげで戦闘は楽だったんだけどな……」

「なるほど、雄叫びですか……」

 そこでさゆりはなにかを思いついたようだ。

「さゆりとしては、夜のなゆきさんの雄叫びのほうが……」

「だーっ!」

 そんな会話を交わしつつ、ゆういち達はアバキ草を求めて村中を探し回った。すると村の奥の方にある洞窟の、さらにその奥でひっそりと咲いているのを見つけた。

 こうしてアバキ草を見つけたゆういち達は、ナムジンが戻っていると思しき狩人のパオへ戻ってみる事にした。

 

 狩人のパオの中では、ナムジンとポギーが何事かを話しているところだった。

「二人で会うときは、ぼくがお前に会いに行くと言っただろ? もう二度とここには来るなよ?」

「グギギ……」

 とはいえ、ポギーもナムジンの身が心配でならないのだろう。

「おい、ナムジン」

「おっと! ゆういちさんか。驚かさないでくださいよ!」

 ゆういちが小声で声をかけると、ナムジンは驚いたように振り向いた。なにしろ集落は今魔物騒ぎで持ちきりだ。その魔物とナムジンがこうして会っていると、いらない誤解を招きかねない。

「おや? その手に持っているのは……。うーん、昔どこかで見たような……」

「ああ、こいつはアバキ草だ」

「そうだ! それはアバキ草だ。昔母上に見せてもらった事がある。なぜ、あなたがそれを?」

「ああ、実はな……」

 ゆういちはこれまでの事情を手短に説明した。

「……なんだって? 母上の幽霊に会ったんですか?」

 ナムジンの目は驚愕に見開いている。幽霊と話ができるなんて、そんなバカな話があるわけがない。

「信じられないのも無理だと思うが、旅芸人なんてものを長くやってると、こういう芸の一つや二つ、身につくもんさ」

 もちろん口から出まかせだが、ナムジンは感心している様子だ。

「グギギ、グギギ」

「そうだね、ポギー。ゆういちさんはぼく達の話を信じてくれたんだ。ぼく達もゆういちさんの話を信じよう」

 ゆういちの話はにわかには信じがたいが、アバキ草がその手の中にある理由を説明できない。そこでナムジンは考えるのをやめ、シャルマナ対策について考えはじめた。

「母上がアバキ草を手に入れろという事は、シャルマナの正体はやはり魔物だったという事か……」

 ある日ふらりと現れ、あやしげな術で草原の民を虜にする。目的がなにかはわからないが、このまま放置しておくわけにもいかない。この事実に気がついているのはナムジンの他に魔物のポギーのみ。どうにも八方ふさがりだったのが、ゆういちのおかげで一筋の光明が見えてきたような気がした。

「アバキ草を煎じた汁をかければ、必ずや奴の化けの皮をはがせます。カルバドの民の目を覚ますため、草原を悪の手から守るため、アバキ草を渡してくれませんか?」

「ああ、いいとも」

 ゆういちはナムジンにアバキ草を手渡した。

「ありがとう、ゆういちさん。あなたに全てをお話ししてよかった。後はこれをすりつぶしてアバキ汁にするだけだ……」

「グギ……グギギ……」

「よし、カルバドに帰るぞポギー」

「グギギ……」

「外の連中を帰らせるから、お前はその後に来るんだ」

「グギギギー!」

「うん、頼んだぞ!」

 最後にポギーの体を優しく撫でで、ナムジンはパオを出ていった。

「ナムジン様が出発するぞー!」

「我々も後に続けーっ! 急げーっ!」

 パオから人気がなくなったのを確認して、ポギーもパオから出ていく。それを見てゆういち達も後を追うのだった。

 

 カルバドの集落に戻ると、ナムジンとポギーが死闘を演じているところだった。集落の人間は広場で行われているこの戦い見るために集まっており、そこには族長ラボルチュとシャルマナの姿もある。そして、ついにポギーは倒れ、ナムジンは見事勝利をおさめた。

「あーっはっはっはっは! うんうん、でかした! ナムジンよ!」

 ついこの間まで魔物に怯えていたとは思えないほどの成長ぶりに、ラボルチュは満足している様子だ。

「よくぞ魔物を倒した。それでこそ俺の息子! 気高き遊牧民の子よっ!」

「うううう……怖くて怖くてどうしようかと思いました。でも、父上とシャルマナが見守ってくれたおかげで、ぼくは勝てました……」

 ウルウルと随喜の涙を流しながら、ナムジンは言葉を続ける。

「ありがとうございます……。死ぬまでずっと、ぼくは父上とシャルマナについていきますとも」

「ホホホ、なんと可愛らしい。わらわがお守りするでな、もう泣かなくてもいいぞえ」

「ううううう……ありがとう、シャルマナ……」

 その時、ポギーがぴくりと動いた。

「うわっ! 父上、魔物はまだ生きています。一体どうすれば……」

「お前の手でとどめを刺すのだ! そいつは俺の命を狙った不届きな魔物だからなっ!」

「は……はい! わかりました。それでは早速……」

 ナムジンは剣を構えてポギーに向き直る。

「よし! 今だポギー! シャルマナに飛びかかれっ!」

 まったく予期せぬこの展開に、シャルマナも油断していたようだ。襲いかかってくるポギーをなんとか受け止めはするものの、それ以上のアクションが取れない。

「これまでだ、シャルマナ! 正体を見せてみろっ!」

 ナムジンはアバキ草を煎じたアバキ汁をシャルマナにかけた。

「なにをする、ナムジン! 貴様正気か?」

 ラボルチュがそう言ったのはじめに、草原の民の間に動揺が広がっていく。

「落ち着くのだ! カルバドの民よ。この女は人間ではないっ!」

 アバキ汁をかけられたシャルマナから、不気味な色の煙が立ち上っていく。

「さあっ! よく見るのだ。お前達が信じていたこの女の正体をっ!」

「カアアアアアアア……。体が崩れるぅぅ……。な……なんじゃこれは……」

 そして、ついにシャルマナがその正体を現した。それは呪幻師シャルマナとなった、異形の姿だった。

「グオオオオオオオー!」

「この魔物は、今まで私達をだましていたのだ。こいつは我ら草原の民を意のままに操り、我が物にせんとたくらむ悪魔なのだっ!」

 そこでナムジンは草原の民に対して向き直る。

「さあっ! 今こそみんなで力を合わせ、この魔物を倒そうっ!」

 しかし、そこにあったのが絶望と動揺だった。今まで敵対していた魔物はナムジンの配下で、信頼を寄せていたシャルマナが怪物に変じたのだから無理もない。

「くそ……情けない……。こうなればぼく達だけでも……」

 ナムジンはポギーと一緒にシャルマナに戦いを挑むが、腕の一閃だけで弾き飛ばされてしまった。

「フウフウ! フウフウ! 人間ごときがここまでわらわを怒らせるとは……。もう少しで族長をたらしこみ、のんきな遊牧民どもを利用し、草原を我が手中に出来たものを……」

 正体を現したシャルマナは、倒れ伏すナムジンに向かい最後の宣告をした。

「わらわの計画を邪魔しおって! もう我慢できん。残らず食い殺してくれるわっ!」

「くっ……」

 ポギーと一緒に大地に倒れたまま、ナムジンは歯噛みする。シャルマナの正体を暴こうと必死になっていたが、肝心のシャルマナとの間にこうまでどうする事も出来ない実力の開きがあったとは。

 もはや成す術がない。そうナムジンが思ったその時だった。

「よくやった、ナムジン。後は任せろ」

「ゆういちさん……」

 その時ナムジンは、ゆういちの背中に光る翼のようなものを見た。

 

 呪幻師と銘打つだけあって、シャルマナの攻撃は幻惑と魔法防御が中心だった。しかし、実際の攻撃力は大した事がないので、ゆういち達のチームワークの前では無力に等しい。

 そして、ゆういち達は呪幻師シャルマナをやっつけるのに成功するのだった。

「カアアアアアアア……まさか人間ごときに、わらわが敗れるなんて……。おのれ……折角の魔力が……」

 シャルマナの体から不気味な煙があふれ、それがすべて消えさった後に残ったのは、びくびくとおびえるテンツクのような魔物と、黄金色に輝く女神の果実だった。

 こうしてゆういちは、女神の果実を手に入れた。

「あれが……シャルマナの正体だべ……」

「なんてこったい……オラ達は、いままであんな魔物を信じていただか……」

 びくびくとおびえるシャルマナに、ナムジンはゆっくりと近づいていった。

「ヒ……ヒィー! 頼む、許してくれ。わらわはなんの力もないんじゃ! 一人ぼっちで遊牧民に、おびえる自分が嫌だったんじゃ!」

 ぶるぶる震えながら、命乞いをするシャルマナ。

「だから草原で手に入れた果実を食べ、願ったのじゃっ! わらわを強くしてくれ、と。絶大な魔力を手に入れ、自分を抑えられなかったんじゃ。うう……頼む、見逃しておくれ……」

「お前のやろうとした事、それは決して許される事ではない。だが、力を失ったお前を倒したところで、もはやなんの意味もない。どこへなりとも行くがいいが、一つだけ条件がある」

 そこでナムジンはポギーを見る。

「ポギーは、ぼくの大事な友達だ。このポギーとお前も、今日から友達になってもらおう。もう一人でおびえなくていい、これからはポギーが一緒だ」

 ナムジンの柔和な微笑みに、シャルマナの両目からとめどなく涙があふれる。

「ポギーもそれでいいかい?」

「グギギー!」

 ポギーは大きく頷いた。

「ありがとう、ポギー。さあ、シャルマナも早く行けっ!」

「なんと、心の広いお方じゃ。もう悪さはせぬ……すまぬ……すまぬ……」

 地べたに這いつくばり、シャルマナは何度も頭を下げる。そして、ポギーとシャルマナは、夕闇の迫る草原の彼方へ消えていった。

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