第二十話 エルシオン学院

 

 ゆういちの働きにより、穏やかな草原が戻った。見事魔物の正体を暴いたナムジンの活躍はもとより、魔物を打ち倒したゆういちの功績をたたえた草原の民達は眠るのも忘れて宴を楽しみ、そして夜が明けた。

「よく眠れただか? 昨日はすごかったな、あんたはカルバドの英雄さ。そういや、族長から話があるらしいだ。みんな広場に集まっているだよ」

 広場に集めた民の前で、ラボルチュは高らかに宣言した。

「よく聞け! カルバドの民よ。オレは族長の座を降りる! 未熟だと思っていた息子は、いつの間にかこの父を超えていたようだ……」

 魔物と心を通わし、ただ一人シャルマナのたくらみを看破した。そしてなにより、殺すよりも活かす裁決。いずれもラボルチュには出来なかった事だ。

「今のお前になら、安心してカルバドの民を託す事ができる。今日からお前が族長だっ!」

「私が、族長のナムジンであるっ! よく聞け! カルバドの民よ! 私達は誇り高き遊牧民族、なにものにも縛られず、道を切り拓くのが私達の生き方だっ!」

 新族長となったナムジンの声が、高らかに響き渡る。

「自分達のものではない力に頼り切るなど、誇りを捨てたも同じ事! いいか、みんな! 遊牧民の誇りを忘れなければ、自分を見失う事はないっ! 強くなるのだ! カルバドの民よっ!」

 その宣言は、カルバドの民の歓呼を持って迎え入れられた。後日ゆういち達は、ラボルチュとナムジンの墓参りに同行する事となる。

 

「思えば、墓参りなどここ最近はなかったな」

 亡き妻パルの墓前で、ラボルチュはそうぽつりと口にした。

「それにしては手入れがしっかりしている。全部お前がやったのか?」

「ええ……。母上は綺麗好きですし、手入れを怠ったら怒るに決まっています」

「そうだな……。オレはなにひとつあいつにしてやれなかった……面倒ばかり掛けちまった。あいつは強い女だった、族長の妻として立派に生きていた」

 そこでラボルチュはナムジンに向き直った。

「今のお前の姿を一度でいいから見せたかったよ。族長になった息子の姿をな」

 そして、ナムジンは母の墓前でしっかり報告する。

「母上……。どうかご安心を、ナムジンはカルバドの族長として、集落を導いていきます……」

 そこでナムジンはゆういちに訊く。

「どうですか? ゆういちさん。母はここにいますか?」

「ああ。しっかりとナムジンの成長を見届けているさ」

「そうですか。では、ナムジンの事で心配しなくていいので、安らかにお眠りくださいと……。どうか母上にお伝えください……」

「わかった」

 ゆういちが淡い輪郭の持つパルを見た時、その瞳からは大粒の涙があふれ出していた。

「見てます……。見ていますよ、ナムジン。こんなに立派になって……あなたを誇りに思います……」

 そして、パルはゆういちを見た。

「ありがとうございます、ゆういちさん……。もう思い残す事はありません……これで安心して眠れますわ……」

 パルの体からまばゆい光があふれだし、一際大きく輝いたあと、パルの魂は天に召されていった。

 

 カルバドの大草原を後にしたゆういち達は一度船に戻り、まい、しおり、さゆりに代わってまこととみしおを仲間にした。女神の果実の情報を求めてゆういち達は、どこかに町や村がないか探しているうちに、ヤハーン湿地を抜けてアシュバル地方に出て、そのまま道なりに進んでエルマニオン海岸へと到達した。

「あう〜……」

 エルマニオン海岸の周辺は小雪がぱらついており、それまで温暖な草原や湿地帯を歩いてきたゆういち達にとっては、かなり困難な道のりとなっていた。

「さむいよ〜、ゆういち〜」

「言うな、まこと。俺だって寒いんだから……」

 真新しい新雪の上にザクザクと足跡をつけて進んでいく。

「あれは……」

 不意にみしおが遠くを指差す。よく見ると雪煙の向こうになにやら大きな建物が見えた。

「よし、とりあえず行ってみるぞ」

 女神の果実の情報を得るためには、どんな小さな村にも立ち寄ってみなければならない。

「おお、お待ちしておりました。あなたが私の依頼した探偵さんですな?」

「は?」

 門の前に立っていた人に話しかけると、なぜか突然こう言われた。

「立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」

 状況が全く飲み込めないが、とりあえずゆういち達は黙って言われたとおりにするしかない。話を聞いてみると、最近学院内で生徒が行方不明になるという事件が起きており、その対策のために探偵を要請したのだそうだ。

 学院内は多くの子女を預かる関係上警備員を配置しているが、それでも行方不明者が出るのではどうにも対処しきれない。このままでは学院の秩序を保つ事が出来ず、生徒の間にいらない不安が広がっていくばかりだ。

 エルシオン学院は次代の人材育成を担う全寮制の学院で、多くの生徒達がここで生活を共にしていた。そのせいか生徒間の仲間意識は強く、問題も生徒間で解決してしまうせいか教師の入り込む余地がない。

 その意味で転校生というゆういち達の立場は、問題の解決にうってつけと思われたのだ。

 

「それにしても、ゆういちが探偵なんてねぇ〜」

「どうするんですか? ゆういちさん」

 とりあえずゆういち達は転校生という事で学生寮の一室が与えられた。夜も遅いという事で、ゆういち達は真っ暗な中広い校舎の敷地内を歩いていく。

「どうするって言われても……頼まれちゃったことはしょうがない……」

 面倒事には首を突っ込まずにはいられないゆういちの性格は、今に始まった事ではない。それがわかっていながらも、みしおは重苦しく息を吐いてしまう。

「わかっていますか? 私達の使命は……」

「女神の果実を七つ集める事、だろ?」

 現在までに女神の果実は無事六個集めている。残るは後一つなのだが、ここへきて情報は全く入らなくなっていた。結局のところゆういち達に出来るのは、今まで行った事のないところを、しらみつぶしに探す事だけだった。

「この事件に女神の果実が関わっているかどうかはわからないが、ここで少し情報を集めていた方がいいと思うんだ。幸い拠点も用意してくれたしな」

 どうやらゆういちは、しばらくここに腰を落ちつけるつもりのようだ。

「とにかく今日はもう遅い。早いところ部屋に行って寝るぞ」

 学生寮の外にいた人に話を聞いてみると、ゆういち達の部屋は二回に上がった突き当たりの部屋だそうだ。しかし、部屋からは誰かの声がする。

「なんだ、てめえは。勝負すんのか、おらっ! 俺達の邪魔すんなよ」

 部屋では威勢のいい少年が、ゆういちに向かって何事かを叫んでいる。どうやらこの少年はモザイオというらしく、学院内ではよく知られた不良だそうだ。

「邪魔するもなにも、俺はこの部屋を使えと学院長に言われてきたんだがな」

「あん? ここがてめえの部屋だと? おう、そうか。てめえが噂の転校生だな」

 そういうとモザイオは仲間の少年達に合図を送る。

「占領しちまって悪かったな。おい、お前ら。そろそろ場所を変えるぞ」

 素直に部屋を明け渡すあたり、まわりが言うほど悪い人物ではないのだろう。ただ口調が荒っぽいせいか、誤解を招きやすいのではないかと思われた。

「ゆ……ゆういち〜……」

「ご覧になりましたか? 今の……」

「あ? ああ……」

 ゆういち達が部屋に入る直前まで、部屋にはモザイオ以外にもう一人の人物がいた。ただ、その輪郭は淡くぼやけており、この世のものではない事が明白だったが。

「もしかしたら、あの子達の誰かが狙われているのかもしれませんね……」

 みしおはそう言うが、どうにももう追いかけようという気力すらわかない。とりあえず、ゆういち達は寝る事にした。

 

 翌日ゆういち達は、授業開始を告げる鐘の音で目を覚ました。見ると生徒達は皆、学院の校舎に入ってしまっている。

「しまった、寝過したか?」

 久々にフカフカのベッドで寝たせいか、いつもより眠りが深かったようだ。なにやら準備に忙しいまこととみしおを置いて、ゆういちは一足先に学院へ向かった。

 一応警備の人達はゆういち達が探偵である事は知っているが、転校生である以上授業にも参加しなくてはいけない。初日から大遅刻をやらかすとは、なんとも間抜けな話である。

 しかし、逆にゆういち達は何人かの生徒が授業をさぼっているという話を聞き、その捜索を依頼されてしまった。警備員は持ち場を離れる事が出来ないため、自由に動けるゆういち達の方がなにかと有利なのだ。

「どうかしましたか? ゆういちさん」

 その途中でゆういちは、エリシオン学院の制服に身を包んだまこととみしおに会う。そこでゆういちは手短に事情を説明した。

「そうですか……。そうなると、授業をさぼる定番は屋上か校舎裏でしょうね」

 そこでゆういち達は講堂の裏手に行ってみる事にした。

「ビンゴだな」

 講堂の裏には、昨夜ゆういち達の部屋を占領していたモザイオ達がいる。

「なんだよ、お前達。ここまで追いかけてくるなんて……。もしかして、俺達の仲間になりたいのか?」

「ああ。なにしろ転校してきたばかりで授業についていけないからな。なにかいいサボりの口実を探してたんだ」

「おう、そうか。そういやまだ名前を聞いていなかったな。俺はモザイオだ」

「俺はゆういちだ。そして、こっちがまこととみしおだ」

 ゆういちに紹介されて、みしおは優雅に一礼するが、まことはモザイオを見て大きな声を出す。

「ああっ! 確か昨夜、こいつの後ろにゆーれーがいたのよぅっ!」

「なに? 俺様の後ろに幽霊が現れただって? バーカ、そんなわけあるかよ。幽霊なんかいるわけねぇ。けっ! いまどきそんなのガキんちょだって信じねぇっつーの」

 そういう割にはモザイオの声は必要以上に大きいし、心なしか震えているようにも聞こえる。

「……あん? なに、お前? ひょっとして俺様がビビってるとでも思ってんの?」

「あう〜……」

 逆に凄まれてしまったせいか、まことはみしおの背中に隠れてしまう。

「はん! なめんじゃねーっ! なんなら幽霊が出るか、俺達で試してみよーぜ」

「試す?」

 ここが学院なだけに、七不思議みたいなものがあるのかとゆういちは思う。

「ああ。深夜零時に天使像のデコを触ったら幽霊が出るって噂だしな。お前も後で屋上に来いよ」

 その時学院の鐘が鳴り、授業を終えた生徒達がぞろぞろと出てくる。それにまぎれるにはいい頃合いだ。

 

「どうだ? みしお。なにかわかったか?」

「はい」

 どうも話を聞くと、モザイオという少年達のグループから行方不明者が出ているという。しかもその生徒は、行方不明になる前に、教師の悪口を言っていたそうだ。現在までに行方不明者は二名。流石にもうこれ以上、行方不明者を出すわけにはいかない。

「どうするの? ゆういち〜」

 まことはゆういちの腕をとり、すがるような視線を向けてくる。ゆういちは安心させるようにまことの頭を撫でてやると、みしおに向き直る。

「行ってみるしかないだろう。鬼が出るか蛇が出るか、その時になってみないとわからないからな」

 その後もゆういち達は校舎で話を聞いて回ってみたが、モザイオ達が不良グループであるという事以外は大した情報を集まらなかった。とはいえ、それ以外の生徒達も勉強熱心というわけでもないようだ。

 なんでも聞くところによると、初代の学院長であったエリシオンのころはかなりハードな授業内容だったらしい。その内容はすでに伝説となっており、生徒達は誰もが皆一様に口をつぐんでしまうのだった。

 おまけにこの校舎内のどこかには、今もその当時の校舎が隠されているという。

 真偽のほどは定かではないが、とりあえずゆういち達はモザイオ達との約束の時刻である深夜零時まで、情報収集と休息に費やすのだった。

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