第二十一話 地下校舎

 

 この日の深夜。ゆういち達は早速夜の校舎に忍び込む事にした。

 実のところゆういち達の場合は探偵として認知されているので、警備員に見つかってもどうという事はないが、モザイオ達はそういうわけにもいかない。あまり大人数で動くと目立つから、先に行っててくれというモザイオの意見にはゆういちも賛成だった。

「あんな事言って、本当は怖いんじゃないの?」

「あまりそういう事を言うものでありませんよ、まこと」

 モザイオ達の態度に頬を膨らませるまことを、みしおが宥める。夜の校舎の事とはいえ、いつもの風景だ。

 事前に入手した情報によると、最近屋上にある守護天使像に悪戯をする生徒が増えているそうだ。おそらくは幽霊が出るという噂のため、夜中に度胸試しをする生徒がいるものと思われた。

 しかし、警備員がそれを見つけて駆けつけても、生徒は忽然と姿を消してしまっているので、捕まえる事が出来ないのだそうだ。

「これか、守護天使像は……」

 大きな歯車がゴリゴリと動き、巨大な振り子を動かしている校舎の時計台から外に出たゆういちは、そこにある守護天使像にモリケンヌという名前が刻まれているのをみた。

「……で、こいつの額に触ればいんだよな……」

 ゆういちがモリケンヌ像の額に手を触れた時だった。

「コラ! ゆういち! 先にやっちまいやがって。俺が先にやろうと思ってたのによ!」

 そこへモザイオ達が現れた。

「……まあ、今回は許してやる。俺様は優しいからな、次からは気をつけろよ」

 そう言ってモザイオは守護天使像の反対側に移動する。

「ヘヘン! よしよし、後は俺様に任せときな!」

 そして、モザイオは高らかに宣言した。

「さあ! 幽霊さんよ。いるなら出て来てみろや! 俺様の必殺メガトンパンチであの世に送ってやるぜ! ビビってんのか? オラッ!」

 モザイオは威勢よく叫ぶのだが、なにが起こるという事もなくその声は虚空へ消えていく。

「……あれ、おかしいな。全然出てこねえや」

「やはり単なる怪談話ですから。本当に出るはずもありませんね……」

 みしおの呆れたような声が響く中、モザイオは落ち着きを取り戻したようだ。

「ほれ見ろ。言った通りだろ? 幽霊なんか、いるわけねえよ。……って、あれ?」

「おのれ……。夜中に抜け出して、くだらん悪さをしおって……。なんというふざけた生徒だ……」

 モザイオの背後に、淡い輪郭を持った人影が姿を現す。それは以前ゆういち達がみた幽霊だった。途端にゾクリとした空気が辺りを包む。

「う、うわ! な、な、な、なんだこの声!」

「まさか本当に幽霊がしゃべっているのか?」

 モザイオの取り巻き達が、ただならぬ雰囲気に驚愕の声をあげる。

「落ち着け! お前ら、そんなわけあるかっての!」

 しかし、当の幽霊はモザイオの背後にいる。おそらくモザイオ達には、姿が見えないのだろう。

「このろくでなしが……。エルシオンの恥さらしが……。貴様には教育が必要だ……。私の教室に連れて行ってやる。貴様の不抜けた精神を、鍛えなおしてやるわ……」

「あれ?」

 背後からすっとした感覚がモザイオの体に入ってくる。

「うわー! やめろー! 入ってくんなーっ!」

 モザイオはひとしきり大暴れした後、顔から表情が消えた状態ですっと立ち上がった。

「……ぼくはろくでなし。……ろくでなしはエルシオンの恥。……ろくでなしには厳しい教育を」

「おい、モザイオ?」

 ゆういち達が見守る中、モザイオは異様に俊敏な動きで屋上の手すりから守護天使像の頭の上へ跳ぶ。そして、そのまま一気に校庭へ飛び下りると、いずこかへ姿を消した。

「追いかけるぞ!」

 モザイオの奇行を目の当たりにし、腰を抜かしてしまった取り巻き達を屋上に残してゆういち達は後を追う。しばらくしてゆういち達は、モザイオが初代学院長の墓の前に立っているのをみた。

「あいつ、なにしてんのよぅ……」

 どう見ても墓参りという雰囲気ではない。だが、ゆういち達の見ている前で学院長の墓がスライドし、そこに階段が現れた。

 

「なるほど。ここが地下校舎への入口か……」

 モザイオが階段を下りて行ったのを見て、ゆういち達もすぐにその後を追う。そこは生徒達の間で噂になっている、旧校舎だった。見るも無残に荒れ果てた校舎内には魔物が巣食い、ゆういち達の行く手を阻んでいる。

「おい! そこのおまえ!」

 ゆういちが旧校舎の奥に辿り着くと、そこではなにやら授業らしきものが行われていた。幽霊らしき教師は入口付近にいたゆういちを目ざとく発見し、鋭く声をかける。

「遅刻とは見上げた根性だ! わがエルシオン学院の生徒に、ここまでふざけた生徒が増えていたとはな!」

 生徒ではない、と言おうとした祐一ではあったが、それより先に教師の声が飛ぶ。

「なにをぼさっとしているっ! お前のことだよウジ虫! とっとと席につかんかっ!」

「ウジ虫だと?」

 どうやらここにいる生徒達はこの教師の幽霊のあやしげな術で身動きが取れなくなっているらしい。教育熱心なのもいいが、行き過ぎるとそれも虐待になりかねない。ゆういちは静かに教師の幽霊の前に立った。

「座れと言っただろうがっ! なんだ? その目は。貴様、私に歯向かうのかっ?」

「うるせぇっ! ごちゃごちゃ抜かすな。とっとと生徒達を解放しろっ!」

「愚か者! 教師に口答えをするとはなめられたものだっ! 英雄にでもなったつもりか? 貴様のような生徒はいらんっ! その反抗的な態度、貴様は学院のウジ虫だっ!」

 その時、黒いオーラが教師の幽霊のまわりを取り巻き、それがはれた時に教師の幽霊の姿は異形な怪物に変貌していた。

「やはり、こいつも女神の果実を食っていたのか」

 女神の果実には、なんでも願いを叶える能力があるようだが、その叶え方が野心に忠実というのは困りものだ。

「私の名はエルシオン! このエルシオン学院の創立者にして、真の教育者だっ! 覚悟しろ、このたわけ者が。ウジ虫に説教など不要っ! 貴様にはお仕置きを与えてやるわっ!」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよっ! 貴様のその歪んだ妄執、俺が断ち切るっ!」

 魔教師エルシオンとの戦いがはじまった。

 

 魔教師エルシオンの攻撃は教師らしく、本を使った往復ビンタが主流だった。この強力な二回攻撃の前にゆういち達は苦戦を強いられたが、これまで培ってきた戦いの経験と、なによりも重要なチームワークによって勝利をおさめた。

「い……いかん。私がいなければ、エルシオン学院は不良の巣に……」

 しかし、エルシオンはなぜか頭を抱えて苦しみ出す。

「グオオオオオオオ! あ、頭が割れる……。グオオオオオオオ!」

 そして、一際眩い光が教室内に満ちた後、ゆういちの手の中には女神の果実がおさまっていた。

「私は……一体なにを……? ここは私の教室ではないか……」

 エルシオンの幽霊は、なにが起きたのかわからないという感じできょろきょろとあたりを見回した。

「君達はエルシオンの子か……。どうしたんだ? そんなにやつれた顔をして……」

 どうやらエルシオンの幽霊は、女神の果実にとり憑かれていた時の事を覚えていないようだ。

「なに言ってんだ、ふざけんなーっ! てめえが閉じ込めたからだろ?」

 呪縛から解放されたのか、モザイオが叫ぶ。他の二人は疲労が激しいのか、叫ぶ元気もないようだった。

「私が……君達を閉じ込めた……? そうか……思い出したぞ……」

 エルシオンの幽霊は、次第に記憶が鮮明になって行くのを感じた。

「すまない……エルシオンの子らよ。私は正気を失っていたようだ」

 そう言ってエルシオンの幽霊は、ゆっくりとモザイオ達に近寄ってくる。

「私はなんとしても、君達に更生してほしかったのだよ……。その理由がわかるかい?」

「知るかよ、そんな事……」

 いつもの調子で何事かを言おうとしたモザイオだったが、エルシオンの幽霊の真剣な様子に思わず口をつぐむ。

「君らが、才能あふれる若者だからだ。磨けば光る原石なんだ。なのに、君らは努力をしない……。だから、私は果実に願った。君らに教育を施すだけのチカラが欲しいと……」

 そこでエルシオンの幽霊は、やや自嘲気味の笑みを浮かべた。

「だが、まさか魔物になろうとは……。行き過ぎた教育への熱意が、果実の力で暴走したようだ。すまない……。私が間違っていたよ」

 モザイオ達に向かって深々と頭を下げた後、エルシオンの幽霊はゆういちに向き直る。

「まさか、学友のために命をかけてここまで助けに来るとは……。君の名前はなんというのかね?」

「ああ、俺はゆういち。見ての通りの旅芸人で、ここに転校してきた探偵さ」

「ゆういち……。ゆういちか、私は君を誇りに思うぞ。これほど素晴らしい生徒がいるなら私も安心して眠る事が出来る。心配する必要などなかったな……」

 エルシオンの幽霊が満足そうな笑みを浮かべた後、その体からひときわ大きな光が放たれた。エルシオンの魂は、天に召されていったのである。

「チェッ! それなら最初からそう言えってんだ。ったく、おせっかいな爺さんだな」

「まあ、そう言うなモザイオ。年寄りってのはいくつになっても、子供の世話が好きなもんさ」

「そういうもんか? まあ、いいや」

 そう言ってモザイオは、照れくさそうにゆういちを見た。

「おかげで助かったぜ、ゆういち。お前は命の恩人だぜ!」

「よし、ここから脱出するぞ」

 こうしてゆういちは、モザイオと協力して無事に他の生徒達を救出したのだった。

 

「わっはっは! お見事でしたな。生徒達も全員無事で、本当に安心しましたよ!」

 事件が無事解決し、エルシオン学院長は喜びを隠しきれない様子だ。

「エルシオン卿の幽霊が事件の犯人だったとは……。いやはや、恐れ入りました」

 そう言って学院長は、何度もうなずいた。

「教育の質の低下をご覧になり、お嘆きになったのでしょう。私の教育方針が甘かったようです。エルシオンに名に恥じぬよう、これからは生徒達をしっかりと指導していかねばなりませんな」

 そのときゆういちは、余計な事をしたかと思った。

「いずれにせよ、学院の信用を落とさずに済みました。いやあ、流石は名探偵ですな!」

「ああ、いや。実は……」

 ゆういちは手短に事情を説明した。

「えっ? 名探偵ではないですって? わはは、事件を解決してくれましたし、今となっては些細な事です」

「そりゃまあ、そうですが」

「感謝していますぞ、ゆういちさん。では、これを受け取ってください。これが残りの報酬になります」

 ゆういちは3000ゴールドを受け取った。思えば最初に前金をもらってしまった以上、途中で投げ出すわけにもいかなくなっていたのだが。

「私の目に狂いはありませんでしたな! あなたこそ真の名探偵ですよ!」

 なんでも武器スキルの研修に出ていた教師も戻ってきて、学院はいつもの落ち着きを取り戻しつつあるようだ。

 

 無事に女神の果実を七つ集めたゆういちが、エルシオン学院を去ろうとした時だった。

「放せ、なにをするんだっ! 私はここの学院長に呼ばれてやってきた名探偵だぞっ!」

「悪いが、事件は本物の名探偵さまがもう解決しちまったよ」

「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。とっとと帰った帰った」

 校門のところでは、本物の名探偵が警備員に門前払いをされていた。

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