第二十二話 イザヤール

 

 女神の果実を無事に七つ集めたゆういち達は、サンディの提案もあって一度天使界へ帰る事にした。ゆういち達を乗せた天の方舟は、一路天使界を目指して飛び立っていく。

「残った女神の果実がどれぐらいあるのか知らないケド、ゆういちも頑張ってるって事アピールしておかないとね……って、んん?」

 そう言ってサンディが振り向いた時、ゆういちの背後になにやら大きな輝きがある。

「な、なによこの光?」

 ゆういち達が見守る中、光はやがて天使の姿を取る。

「久しいな、ウォルロの村の守護天使ゆういちよ」

 それは、ゆういちの師匠、天使イザヤールだった。

「ちょ……。誰よこの人。天使みたいだけどゆういちの知り合い?」

「ああ……」

 ゆういちの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。

「お久しぶりです。我が師イザヤール」

「え? ゆういちのお師匠さん……? あ、アタシ、サンディっていいます。この天の方舟で、運転士のバイトやってます!」

 アルバイトだったのか、という突っ込みを思いつく間もなく、ゆういちは思いもかけないこの再会に感動していた。ゆういちはこれまでの出来事を手短に話していく。

 あの異変の後ウォルロ村に落ち、光輪と翼を失ってしまった事。同じく人間界に落ちてしまった仲間達の事。そして、地上に落ちた女神の果実の捜索を行っていた事。

「そうか、落ちた女神の果実を探していたのは、お前だったのだな。ゆういち」

 天使の間だけで話が盛り上がってしまっているせいか、その話に乗る事が出来ずにサンディは不貞腐れてしまう。

「わかった。女神の果実は私が天使界へとどけよう。さあ、ゆういち。女神の果実を私に……」

「あ、いえ……。これは……」

 できれば自分でオムイさまに届けたいと思う。なぜなら、これはオムイさまから直々に依頼されたのだから。

「ゆういちよ。天使は自分よりも上級の天使には逆らえぬ。それが習わしと教えたはずだ。さあ、果実を私に渡すのだ」

 しぶしぶながらゆういちは、集めた七つの果実をイザヤールに差し出した。

「流石だな、ゆういち。地上に落ちた女神の果実は七つ。それをすべて集めていたとは……」

 ゆういちの働きに、イザヤールは満足そうな笑みを浮かべる。

「確かに女神の果実は受け取ったぞ。これで……」

 

……イザヤールよ、御苦労であった

約束通り、女神の果実を我が帝国へ送り届けるがよい……

 

「はっ……」

 突如として響いた不気味な声に、膝を折ってかしこまるイザヤール。

「ちょっと、今の変な声なに? 一体なにが起こってるのよ?」

 サンディはゆういちの体を揺さぶって話を聞くが、それはゆういち自身が一番知りたい事だった。尊敬する師は、一体なにをしているのか。

「ゆういち、この人なんかやばくね? 果実渡して、ほんとによかったの?」

「イザヤール殿……?」

 知らず知らずのうちに、ゆういちの手は背中の剣に伸びていた。もし仮にイザヤールが女神の果実を悪用するつもりであれば、なんとしてもそれを阻止しなくてはならない。

 しかし、当のイザヤールはあくまでも悠然と構えていた。

「ゆういちよ……私に歯向かう気だな」

 そして、イザヤールは背中の剣をすらりと抜き放つ。

「邪魔をするというなら、容赦はしないぞゆういち!」

 イザヤールは切りかかってくるが、ゆういちの体は全く動こうとしない。それは仲間の天使達も動揺だった。

「無駄だ。今のお前達は、私に剣をふるう事が出来ない。下級天使が上級天使に逆らう事は許されない。それが天使の理だ」

 振り下ろした剣をゆういちの目の前で寸止めにしながら、イザヤールはそういう。

「さらばだ、ゆういち」

 今度は真っ直ぐ剣を突きだすイザヤール。受ける事もよける事も出来ず、ゆういちの体に深々と鋼の刃が突き刺さる。

「ゆういち……」

 力が抜け、ゆっくりと倒れ伏すゆういち。

「ひいい、このままじゃゆういちがやられちゃうよ〜っ!」

 サンディは慌てふためいているが、今更彼女になにが出来るというわけでもない。さらにゆういちの仲間達も、上級天使であるイザヤールを前にしては、身動き一つ取る事が出来ないでいるのだ。

 しかし、なぜかイザヤールは瀕死のゆういちにとどめを刺す事もなく、軽く剣を振って血のりを払うとそのまま背中の鞘に収めた。

「さらばだ……」

 イザヤールは天の方舟の扉を内側から破ると、女神の果実を持って彼方へと飛び去った。

 

「ゆういち! このままじゃ女神の果実を持って行かれちゃうよっ!」

 だが、深手を負ったゆういちは身動きが取れず、翼を失った仲間達では後を追う事も出来ない。

「こうなったらあたしが……って、ななな、なによあれっ?」

 それは、天の方舟と並走して飛ぶ巨大なドラゴンの姿だった。

「イザヤールさん、首尾はいかがですか?」

 ドラゴンの背に乗る仮面をかぶった小柄な人物が、それに並走して飛ぶイザヤールに話しかける。

「私のお目付け役か? 御苦労な事だな、ゲルニック将軍」

「ホーッホッホ、滅相もない。こちらに用があっただけです。たまたまですよ」

 奇怪な仮面をかぶっているせいで、表情はまったくうかがえない。

「とはいえ、我々が完全にはあなたを信用していないのも事実」

「心配せずとも、果実は手に入れた」

「ホホッ、それは素晴らしい。では、次はこちらに手を貸していただきましょうか」

 そう言ってゲルニックはまっすぐ前を向いた。

「ドミールの地を目指します。そして、空の英雄を亡き者に……。我が帝国が誇るこの闇竜バルボロスもチカラに満ちていますよ」

 そして、ゲルニックは並走する天の方舟をじっと見る。

「少しお見せしておきましょう。ホーッホッホッホ!」

 上空高く舞い上がったバルボロスの口から、巨大なブレスが放たれた。

 

「あいつら一体なによ? ドミール? 空の英雄?」

 わけのわからない事の連発で、サンディはパニック状態だ。そんな中、傷つき倒れるゆういちを、仲間達は必死に介抱しようとしていた。ゆういちに薬草を使う体力もないせいか、今となってはなゆきとしおりの回復魔法が頼りだった。

 その時、凄まじい衝撃が天の方舟を襲う。

「ドドド、ドラゴンの攻撃?」

 だが、その衝撃で力を失ったゆういちの体は、開いていた扉が落ちそうになってしまう。

「ゆ、ゆういちっ! うぐぐ、無理くさい……」

 なんとかゆういちを引き上げようとするサンディであったが、さらなる衝撃によって天の方舟から放り出されてしまう。

「お〜ち〜る〜っ!」

 そして、サンディの意識は闇に落ちた。

 

「え〜、なに? なに? ゆういち……!」

 まさか死んでしまったとか、サンディの脳裏に嫌な予感がよぎる。とはいえ、ゆういちは天使なのだから、このくらいで死んでしまうようには思えなかった。

 ゆういちが落ちたのは、どうやら村にある泉のようだった。なんとか引き揚げられ、桟橋に倒れ伏すゆういちに、村の少年が声をかける。

「ねえねえ……大丈夫?」

 だが、ゆういちの体はぴくりとも動かない。

「こうなったら!」

 サンディが体当たりすると、ゆういちの体がぴくりと動いた。天使の能力を持ったゆういち達にはサンディの姿は見えるが、人間達にサンディは単なる光の球にしか見えない。

「この人すごい怪我してるけど、生きてるよっ! 早く助けなきゃっ!」

 だが、村の大人達の反応は冷たい。ゆういちが死のうが生きようが、まるで関係ないという態度だ。

「……なんでみんな見てるだけなの? いいよっ! それなら僕が助けるよっ!」

 少年はゆういちの体を抱えあげると、そのまま自分の家へ連れていく。

「しっかりして、お兄ちゃんっ!」

 

「……く、ここは……」

「やっと起きてくれたわね。ちょーあせったけど、まあいいか……。とにかく良かったよ」

 柔らかい日差しに包まれるベッドの上で、ゆういちは目を覚ました。

「……って、安心してる場合じゃないんですケド!」

 サンディは早くでこれまでの経緯をまくしたてる。ゆういちの師匠のイザヤールが女神の果実を持ったまま、黒いドラゴンに乗ってどこかに行ってしまったのだ。

「それってやばくね? あの黒いドラゴンを早く追いかけなきゃだよ」

 確かに、そういう事情を聞いてしまうと、のんびり寝ているわけにもいかない。ゆういちが身を起こしたその時だった。

「あ、お兄ちゃん。よかったよかった、気がついたんだね」

 一人の少年が部屋に入ってきた。

「怪我がひどかったからもうダメかと思ったけど、本当に良かったよ」

 駆け寄ってきた少年の元気な様子に、ゆういちは気おされてしまいそうだった。

「僕はティルって言うんだ。お兄ちゃんの名前は?」

「ああ、俺はゆういち。見ての通りの旅芸人だ」

「そっかそっか、ゆういちさんって言うんだね。ついさっきの事だけど、おっかない黒いドラゴンが村の上を飛んで行ったんだ。その後ゆういちさんが村に落っこち来たのを、僕が見つけたんだ」

「……む。気がついたのか」

 その時、もう一人の人物が部屋に入ってきた。

「はい、おじ……いえ、村長さん。もう大丈夫みたいです」

「怪我が治ったのなら、夜に教会に来い。そこで寄り合いを開くが、おぬしにも話を聞かせてもらうぞ」

「えっ? なんでゆういちさんを寄り合いに呼ぶの?」

 ティルの目が驚きで丸くなる。

「ティル。お前も今はこの村の人間なのだ。文句は言わさん」

 事情は全く理解できないが、どうやらこの村は相当排他的な性格を持っているようだ。結局のところ、ゆういちのような外来者をどうするか、村で話し合って決めるのだろう。

「いいな? 夜に教会に来るのだ。それまではこの村に留まる事を許してやる」

 それだけ言うと、村長は部屋から出ていった。

「ごめんね、ゆういちさん、そういう事だから……」

 そういうティルの表情は、とても悲しそうだった。

「別にいいさ、気にしてない。俺みたいなよそ者を受け入れたくないという気持ちもわからなくはないからな」

「ところで、ゆういちさんはあの黒いドラゴンとなにか関係があるの?」

 ティルはそれが村の寄り合いに呼ばれる理由なのではないかと思っているようだ。とはいえ、それに関してはゆういちも全く身に覚えがないのだが。

 しかし、村長はゆういちがあの黒いドラゴンとなにか関わりがあるのではないかと思っているようだ。普段ならゆういちのようなよそ者はすぐにでも追い出すところだが、話を聞かない事には解放するわけにはいかないのだ。

 

「ナザム村ね……」

 よそ者であるゆういちが誰かに話しかけても全く相手にされなかったため、とりあえず村の入口にある看板を読んで現在位置を確認する。この村がよそ者に対して排他的になったのは、かつてこの村がドラゴンに滅ぼされかけたからだという。

 いままで暮らしてきた平和な日々が、ある日突然に消えてしまう。そういう意味で外部からの変化を促す旅人を、受け入れにくい体質になってしまったのだと思われた。

 しかし、この村に住むものは、かつては英雄を守る民と言われていたそうだ。この場合の英雄というのは西にあるドミール火山の空の英雄グレイナルと考えられた。

 なにしろグレイナルはドラゴンに乗り、悪の黒いドラゴンと壮絶な戦いを繰り広げたという。それはかつての英雄譚の出来事であるが、ドミール火山の麓には、今もなおグレイナルの勇気を慕って集まった人達の村があるという。

 夜までに時間あったのでゆういちは、とりあえずセントシュタインまでルーラで戻って事情を説明し、そこからあきこに連絡を取ってもらって仲間達と合流した。

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