第二十三話 ナザム村
かつてこの村は滅びかけた事があった。
なんでもそのとき村の娘が、よそ者の男を連れてきたことが発端だったという。しかもその男は背中に翼があったとか言う話もある。その話を一体どこまで信じていいのか、ゆういちには判断がつかなかった。
夜の教会では、村の主だったメンバーがそろって対策会議を行っていた。おそらく話題は飛来したという黒いドラゴンについてだろう。そのすぐ後にゆういちが村の和泉に落ちてきた事から、事情聴取を行って判断の参考にするつもりなのだろう。
村人に混じってティルの姿もある事から、彼も彼なりにゆういちの身を心配してくれているのだ。
村人達にとって黒いドラゴンというのは、伝説の中にしか存在しないものだった。かつて悪の帝国が黒いドラゴンを利用して、相当な悪さをしたという話が村には伝わっている。当の村人ですら半信半疑だったのだが、先日の一件で現実のものだという事が判明したのだ。
伝承によるとナザム村はかつて黒いドラゴンを打ち倒したと言われる英雄グレイナルを守るための村だったという。しかし、その時に倒されたはずの黒いドラゴンが今も飛んでいるとなると、話は穏やかではなくなる。
また、グレイナルにこの話を伝えようにも、ここからドミール火山に行くには龍の門を超えていかなくてはならない。外界と隔絶するかのようなこの深い谷は、それこそドラゴンにでも乗らないと越える事は出来ないだろう。
そんなわけで寄りあいに参加した村人達は、揃って頭を抱えてしまうのだった。
「来たか……よそ者め」
ゆういちの姿を見つけた村長は、開口一声そう言った。
「お主に聞きたい事というのは他でもない。あの黒いドラゴンの事だ」
村の伝承にある黒いドラゴンが再び現れ、ゆういちがこの村に落ちてきた。これが意味するところが、村人達の不安をあおるのだった。
「さあ、答えてもらおうっ! お主とあの黒いドラゴンには、なにか関係があるのではないか?」
「いや、それを聞かれても……」
実際あの時のゆういちはイザヤールの攻撃を受け、致命傷とまではいかないまでもかなりの深手を負っており、ほとんど意識がもうろうとしていた状態だった。後でサンディから事情を聞いたが、なんであの黒いドラゴンがいきなり攻撃をしてきたのか、全くわからないというのが現状だった。
「う〜ん、関係があるようでないような……」
ゆういちは手短に事情を説明した。
「……ほう。お主はあの黒いドラゴンに襲われて、この村に流れ着いた、と。そういうのだな?」
村長の表情は、見る見るうちにこわばっていく。それを聞いた村人達もやいのやいのと騒ぎはじめた。
「そんな事信じらんねえっ! ドラゴンにやられて生きてるなんざ、ありえねえべよっ!」
「大体よそ者の言う事だよっ? ウソをついてるに決まってるさっ!」
「お主があの黒いドラゴンの仲間であるという可能性も、わしらは考えねばならんのだよっ!」
もしゆういちがあの黒いドラゴンの仲間であるのなら、いずれこの村は滅ぼされてしまう。そうした村人達の不安がわからないでもないゆういちであるが、ゆういちには黒いドラゴンと仲間ではないという事を証明する術がなく、ゆういちがなにを言っても今の村人達では聞く耳持たないだろう。
さて、どうするかとゆういちが考えはじめた時だった。
「ちょっと! ちょっと待ってよ!」
意外なところから声がかかった。
「ティル……」
「ゆういちさんの言う事を、なんでみんな信じてあげないのさっ!」
「……こいつがよそ者だからだ。それはわかっているだろう、ティル」
「よそ者、よそ者ってそればかり! もういいっ、もういいよっ!」
祖父である村長の冷たい態度に、ティルは我慢の限界に達したようだ。思い余ったティルは教会から飛び出していってしまう。
「あの黒いドラゴンはドミールの方角に向かったように見えたが……」
ティルを追う事もなく、村長はただ力なく呟く。
「かの地にいる空の英雄グレイナルならいざ知らず、ただの人間になにが出来る。グレイナルの助けを借りれば望みもあるかも知れんが、それもかなわぬことなのだ」
そして、村長は静かにゆういちを見る。
「とにかく、何事も起こらぬうちに、この村から出ていってくれ」
「ああ、それは構わん」
ゆういちがいなくなった後、あの黒いドラゴンがこの村を襲いに来るかもしれない。ゆういちとしては、そうなる前になんとか対策を講じておきたいところであった。
村を出る前に、世話になったティルに挨拶していこうと思ったゆういちであったが、教会から出ていったきり姿が見えない。そこで門のところにいた村人に話を聞いてみると。
「ティルの奴が泣きながら村の外に出ていったぞ。大方希望の泉に行ったんだろう」
「希望の泉?」
「ああ、村の北にある橋を渡って、さらに北に行った先だ」
村の外には危険な魔物がうようよといるので、ゆういち達は取るものもとりあえずティルのところへ行く事にした。このときのメンバーは、僧侶のなゆき、武闘家のかおり、盗賊のあゆという編成だ。
「ん〜、どうしてティルくんはわたし達に優しくしてくれるのかな……」
希望の泉に向かう途中の道で、不意になゆきがそんな事を口にする。
「ああ。これは俺も聞いた話なんだが、なんでもティルは最近になってあの村に来たらしい。いわばあいつもよそ者だったわけだ」
「だから、あんなにゆういちに優しくしてくれてたのね」
納得がいったようにかおりが何度もうなずく。おそらくティルにとっては、ゆういちが他人のように思えなかったのだろうと思われた。
「とにかく、急ごうよ」
そうして、ゆういち達は夕闇せまる中を急ぐのだった。
「あっゆういちさん?」
「こんなところにいたのか、ティル」
ティルがいたのは、崖に開いた小さな洞穴の中だった。ゆういち達ではかがんではいるのがやっとの小さな洞穴だが、子供のティルにはちょうど良い大きさなのだろう。いわばここはティルの隠れ場所なのだ。
「ぼくを……探しに来てくれたんだね。ごめんね、村を飛び出したりして」
「まったくだ、心配したんだぞ?」
そう言ってゆういちはティルの頭を軽く小突いた。
「……ナザムの人は、よそ者が嫌いなんだ。ずっと昔に村の女の人がよそ者を連れ込んで、ひどい目にあったから」
「ああ。その話なら俺も聞いた」
なんでも聞いた話では、そのよそ者の背中には羽が生えていたそうだが。
「ぼくも……よそ者なんだよ。遠い町から親戚のおじさんに引き取られたの……」
「そうなのか……」
よそ者嫌いのあの村での生活は、きっとティルにとってはつらいものがあったに違いない。
「ゆういちさんも村から出て行けって言われたんでしょ? これからどうするつもりなのかな?」
「う〜ん、どうするかな……」
あの黒いドラゴンを追いかけても、なんの対策も講じていないのでは返り討ちにあうのがオチだ。その意味でゆういちは、あの黒いドラゴンを打ち倒すための方法を見つけなくてはいけなかった。
「そうだ! ドミールにいるって言うグレイナルに会えば、力を貸してもらえるかもしれないよ!」
名案、という感じでティルは明るい声を出す。
「それには、ドミールに行かなくちゃいけないんだろ?」
しかし、ゆういちの声は暗い。ドミールに行くには、龍の門という深い谷を越えていかなくてはいけないからだ。
「大丈夫だよ。ぼく、いい方法を知ってるから」
ティルが話してくれたのは、古くからナザムに伝わる言い伝えだった。
「ドミールへの道を目指すもの現れしとき、像の見守りし地に封じられた光で、龍の門を開くべし……っていうの。像の見守りし地って言うのは、ここからずっと西の地にある、魔獣の洞窟って呼ばれてるところらしいんだ」
ずっと興奮していた様子のティルだったが、ここへきて少しだけ消沈した様子に変わる。
「でも、その洞窟の入口は封じられていて、それを解く方法は誰も知らないんだって……」
「まあ、それだけ分かれば十分だ」
とりあえず行くだけ行ってみて、その時に考えればいい。こういうときのゆういちは、非常に気楽であった。
「……ごめんね、肝心なところでゆういちさんの役に立ててないや……」
悔しさのせいか、唇をかみしめるティル。
「ぼくにも出来る事がないか、村に戻って調べてみるよっ!」
そう言って駆け出すティルの表情は、先程とはうって変わった生き生きとしたものだった。
「また、ここへ帰ってきてしまった……。あの人を見つける事も出来ずに」
「あいつは……」
洞穴から出たゆういちは、そこに見覚えのある幽霊を見つけた。以前ウォルロ村からセントシュタインに行く途中の峠道で出会い、カラコタ橋ですれ違ったあの幽霊だ。
「おい、そこの……」
「あなたは、どこかで……」
お互いに初対面というわけではないものの、こうして言葉を交わすのは初めてだった。
「あなたには私が見えるのね。これまで、誰も私に気がつく事はなかったのに……」
「いや、まあ……」
これはゆういちが天使だったころの名残ともいえるものだが、話がややこしくなりそうだったのでやめておいた。
「私の名前は、ラテーナ……」
「俺はゆういちだ」
「ゆういちさん……ですね? 一つお願いを聞いてほしいの。今の私には出来ない事だから……」
「それは構わないが、なんだ? 俺に出来る事だったらなんでもしてやるぞ?」
迷える魂を救済するのも天使の役目。もう天使ではないが、困っている人を助けるのはゆういちにとって使命みたいなものだ。
「ナザム村に置いてきてしまった大切なものを見つけてきてほしいの」
「大切なもの?」
それが未練で昇天できないのかとゆういちは思う。魂がさまよってしまう原因は、えてしてこうしたものが多い。
「守護天使像……足元を探して。そこに隠したはず。お願い……見つけてきて……」
たとえそれが幽霊であったとしても、女の子のお願いには弱いゆういちだった。
守護天使像は、ナザム村の片隅にひっそりと置かれていた。ながい事野ざらしにされていたせいか、守護天使像はすでにあちこちが崩れており、苔むしてもいた。
この足元に、あのラテーナという幽霊がなにかを隠したというのだが、それは一体いつの事なのかゆういちは急に不安になった。
「まあ、いいか。とりあえず探してみるとするか……」
ぼやきつつゆういちは守護天使像の足元を探してみるが、なにも見つからない。念のために像の四方全てを探してみるが、それでもなにも見つからなかった。
「もしかして……だまされた……?」
「あれあれっ? ゆういちさん、なにしてるの?」
すると、そこへティルが姿を現した。
「この守護天使様の像がどうかしたの? もしかして、この像になにかすっごい秘密が?」
呆然としたようなゆういちを前に、ティルは瞳を輝かせてぺらぺらとまくし立てる。
「いや、違う。そうじゃなくて、この像の足元になにかなかったかと思ってな……」
「この像の足元に……?」
しかし、全く見つからない。どうにも八方ふさがりな状態だ。
「でも、なにか変だよ……」
「なにがどう?」
「だって、前にぼくがいた町だと、守護天使様の像はとっても目立つところにあって、みんなに大事にされていたんだ」
そう言われるとゆういちも、思い当るところがある。今まで行ったどの町や村でも、守護天使の像は中心に近い場所に据えられていた。それがこんな目立たない片隅に置かれているという事は、もしかすると元あった場所から移動させられた可能性もある。
確かにここにない以上、他の場所を探してみるのもいいと思われた。
その後いろいろと村を回った結果、教会にある石碑のある場所には、前に別の像が置かれていたという話を聞いた。そこでゆういちが石碑を調べてみると、下にわずかな隙間があるのを見つけた。
「こいつか……?」
隙間に手を突っ込んで中を探ると、首飾りを見つけた。おそらくはこれが、ラテーナの探しものなのだろう。
こうしてゆういちは、星空の首飾りを手に入れた。
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