第二十四話 希望の泉
「私のお願いしたもの、見つかったみたいね」
「ああ、これだろ?」
ゆういちは星空の首飾りを見せた。
「それはあの人が私にくれた大切な首飾り……」
その時、星空の首飾りが大きな光を放った。
「! 天使が近くにいると光を放つってあの人が言ってた……。まさかとは思うけど、あなたもあの人と同じ天使なのね……」
「ああ、実は……」
相手が幽霊なら別にいだろうと思い、ゆういちはこれまでのいきさつをラテーナに話した。
「そうなの。でも、私にとって天使はあの人だけ。その首飾りをくれたあの人だけ。さあ、私に返して……」
「ああ」
ゆういちは星空の首飾りをラテーナに渡した。
「ああ……。見える……あの人が……」
それはかつての物語。一人の少女と天使が出会った物語。
「あの……大丈夫ですか……?」
その日ラテーナは、散歩の途中で村の泉に誰かが倒れているのを見つけた。
「えっ? これって翼? この人は一体……」
背中に翼をもつその人は、まるでおとぎ話に出てくる天使のようだった。後で意識を取り戻したその人は、自分が天使だといった。確かにあれだけの大怪我をしても治ってしまうところや、その容貌からも疑いはないと思われた。おそらくは光輪を失ってしまった事により、姿が見えるようになってしまったのだろう。
ラテーナの暮らすナザム村は、昔からエルギオスという名前の守護天使に守られていると伝承がある。その天使が本当にいて、しかもこうして会えるなんて言う事は、ラテーナにとっては夢のような出来事だった。
だが、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。ある日突然ナザム村に、完全武装の兵が大挙して押し寄せてきたのだ。
「なんじゃ、お前さんがたは。この村にめぼしいものなどない。すぐに出て行ってくれ」
歓迎せぬ来訪者の登場に、村の村長は毅然とした態度で言い放つ。
「そうはいかぬ。この世の全ては、我がガナン帝国のもの。たとえこんなちっぽけで、ごみためのような村でもなっ!」
部隊を指揮する隊長は、冷ややかな視線を村長に投げかける。これは話し合いで物事を解決する意思のない事の現れだ。
「我々には、差し出せるようなものなどなにもないわい」
「フン……そうかな?」
そこで隊長は、すぐそばで事の成り行きを見ていたラテーナに視線を向ける。
「なにもモノとは限らぬ。あの娘はなかなか器量がよさそうではないか」
「娘を差し出せというのか?」
それには答えずに、隊長はただ下品な笑いを浮かべるのみだ。
「さあ、こいっ!」
「いやですっ! はなしてっ!」
隊長はラテーナの手をつかみ、力ずくで引き寄せようとする。ラテーナは必死に抗うが、まるで万力のような力で掴まれていては、無駄な抵抗だった。
「おとなしく来るのだ。さもなくばこの村がどうなるかわからんぞ?」
耳元でそっと囁かれた声に、ラテーナははっと息をのむ。
「や、やめるんじゃ。ラテーナを返せっ!」
兵士に取り押さえられながらも、村長は必死に叫ぶ。しかし、隊長はそのやり取りを楽しんでいるかのようだった。
「じいさんは引っ込んでなっ!」
「がふっ!」
兵士の拳が、村長の鳩尾に深々と食い込む。
「へへっ、おねんねしなっ!」
続けて兵士が拳を振り上げた時、一筋の雷光がその体を貫いた。
「なにっ?」
「うぎゃああああっ!」
エルギオスの放った雷光は次々に兵士達を打ち倒していく。
「このチカラ……? 貴様はまさか……」
背中に翼をもつその姿。怒りの表情で睨みつけてくるエルギオスを見て、隊長の目は驚愕に見開かれた。
「ガナン帝国に逆らうなど! それがどれだけ愚かなことか、後で思い知らせてくれる……」
捨て台詞を残し、ガナン帝国の兵達は退却していく。そして、後にナザム村は帝国によって滅亡寸前にまで追い込まれてしまうのだった。
「私のせいであの人は……」
ラテーナの声音は悲痛そのものだった。あの時我が身を犠牲にしていれば、後の悲劇は防げたはずだったのだ。
「だから私は、あの人を探し続けなければならない……」
それだけが唯一の罪滅ぼし。だからこそラテーナは、もうかなり長い事地上をさまよっているのだった。
「首飾りを見つけてくれたお礼に、あなたの願いを聞くわ。私に出来る事ならなんでも」
「ああ、それなら聞きたい事がある」
ゆういちはこれまでの事情をかいつまんで説明した。
「……で、ドミールに行くには魔獣の洞窟に行かなくちゃいけないんだが、その入口の封印の解き方がわからなくてな」
「魔獣の洞窟の、入り口の封印を解く方法なら知っているわ」
今となっては村の人すら知らない事でも、長い事幽霊をやっているとそういう事も覚えているのだろう。
「それじゃ、私は先に魔獣の洞窟に向かっているから……」
そう言ってラテーナはさっさと歩いていく。ゆういちも慌ててその後を追うのだった。
「あなた達が言っていたのは、ここの事でしょう?」
入口の封印の前で、ラテーナがそう訊いてくる。なんでも彼女は、ここの封印を解く呪文を知っているそうだ。
「……われはナザムに生れし者。ドミールを目指す者に代わりて、光の道を求める……我の祈りに応えよっ!」
ラテーナが呪文を唱えると、入口にあった不思議なカベが消えさった。
「私に出来るのはここまでよ」
「いや、これだけできれば十分だ。後は俺達でなんとかする」
エルギオスを見つけるため、旅立たねばならないラテーナとはここで別れ、ゆういち達は魔獣の洞窟の奥を目指した。
ゆういち達が最奥の石像前に辿り着くと、どこからともなく重々しい声が響いてくる。
「我は光の道を守る者。汝、龍の門を開く事を望むのならば……汝の勇気を我に示せっ!」
その時、突如として石像が動きはじめた。ひび割れた石像が光を放ち、その中から異形の魔物が姿を現した。
「ガァァァァァァッ!」
「いくぞっ! みんなっ!」
大怪像ガドンゴとの戦いがはじまった。
「その勇気、しかと見た。光の道を汝に示す、空の英雄グレイナルのもとへと旅立て……」
死闘の末、ガドンゴを打ち倒したゆういち達は、光の道を示す矢を受け取った。これで龍の門を超え、ドミールへ行く事が出来る。
早速ゆういち達は龍の門へと向かい、光の矢を空に向けて放つ事にした。
「よし、行くぞっ!」
ゆういちの懐にある光の矢が、ひときわ大きな輝きを放つ。そして、どこからともなく重々しい声が聞こえてくる。
『光をかかげ、空を射抜け。さすれば、光は汝を導く』
ゆういちは弓に光の矢をつがえ、空に向けて構えた。一瞬ギャグに走りたい衝動にかられるが、なゆき達も見ているのここはぐっとこらえて、光の矢を空の彼方まで飛ばす。
すると、光の矢の軌道に沿って大きな光の橋がかかり、龍の門の向こう側に渡れるようになった。
「やったぁっ!」
思わず喜びの声をあげるあゆ。
「よかったね、ゆういち」
「お? おお」
抱きついてくるなゆきの柔らかい感触に鼻の下をのばしつつ、ゆういちは鼻の下をポリポリとかく。
「さあ、いくわよっ!」
かおりの号令で、ゆういち達は谷の向こうを目指そうとした、その時。
「おおーい!」
異変に気がついたナザム村の人達が大挙して押し寄せてきた。
「なんだ、ゆういちではないか。ここでなにをしておるのだ?」
村人を代表して、村長が訊く。
「見ての通りだ。これからこの橋を渡ってドミールに行き、グレイナルとやらに黒いドラゴンが現れた事を知らせるところだ」
「これは一体……? 光る橋がかかっておるぞっ!」
なにやら強い光が見えたので駆けつけてみたが、まさか谷の向こう側まで光の橋がかかっているとは思いもよらなかったようだ。
「すごいやっ! これ、ゆういちさんがやったんだね?」
「ああ」
「ドミールへの道を目指す者現れしとき、像の見守りし地に封じられた光で、龍の門を開くべし……」
その時、村長はナザム村に古くから伝わる伝承を口にする。
「……それはこういう事だったのか。ただの言い伝えではなかったと……そういう事なのか……?」
「ゆういちさんは、黒いドラゴンを追っかけるつもりなんだよっ!」
元気よくティルが叫ぶ。
「う〜む、なるほど……」
不意に村長はゆういちに向き直る。その瞳にはよそ者を見る色はなく、勇者を称える色を秘めていた。
「ゆういち殿があの黒いドラゴンに襲われ、生き残ったというのも本当の事だというわけですな。我々はあなたを信じようともせずに過去の災いにおびえ、よそ者を近づけまいとしていたのか……」
やがて、ぞろぞろと村人達がゆういち達のまわりに集まってくる。
「先程までの無礼を謝りたい。どうかお許しくだされ」
「いや、ちょっと頭をあげてください」
村長が頭を下げるのに合わせ、集まった村人達からも謝罪の声が上がる。
「この橋の先にあるドミールの里には、空の英雄グレイナルがいるという言い伝えも残されております。グレイナルと会う事が出来れば、なにか黒いドラゴンに対する手立てがあるかもしれませんぞ」
「そうですか」
「村長さん! ゆういちさんならきっとグレイナルに会えるよ。きっと黒いドラゴンもやっつけてくれるんだ。ぼくは信じてるから、頑張ってね、ゆういちさんっ!」
「どうかお気をつけて、ご武運を祈っておりますぞ!」
ティルの元気な声に見送られ、ゆういち達は谷の向こうを目指す。別れを惜しむかのように手を振るティルに、大きく手を振り返しつつ。
龍の谷の向こう側は急峻な山岳地帯と深い渓谷の間を通る様な形で歩かねばならず、かなりの回り道となってしまった。しかし、それでもなんとかゆういち達は空の英雄グレイナルを慕う人達が集まるドミールの里に辿り着く事が出来た。
ドミールの里は空の英雄の伝説が残る地で、それによると魔帝国ガナンの闇竜バルボロスと空の英雄グレイナルの戦いは、300年も前に終わっているそうだ。
かつて魔帝国ガナンは世界征服の野望をかかげ、全世界に戦をしかけた。巨大な闇竜バルボロスを操り、大空を支配した帝国軍の前にあまたの国が滅ぼされてしまう。降伏か死か、誰もが絶望しかけた時、この恐るべき悪に敢然と立ち向かう者が現れた。その勇者、彼こそがグレイナル。世に並ぶもの無き空の英雄だ。グレイナルは帝国軍に挑み、見事この戦いに勝利したという。
そして、彼の勝利に勇気をもらった人達が集い、こうして300年たった今も今もドミールの民はグレイナルをあがめているのだそうだ。
「なるほどね……」
町の人達からグレイナルに関する話を聞き、かおりは納得したように頷いた。
「ここの人達にしてみれば、帝国は300年も昔に滅んでいるんだもの。今になってそんな話を聞いても笑われるのがオチだわ」
「でも、村長さんはグレイナルさんに会って行けって言ってたよ?」
それになゆきが可愛らしく小首をかしげて答える。
「うぐぅ、それにしてもグレイナルさんって、どうしてこの山の山頂なんかに住んでいるんだろう……?」
「まあ、とにかく。会いに行ってみようぜ」
そんなわけでゆういち達はグレイナルに会うため、山頂を目指した。
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