第二十六話 カデスの牢獄

 

 ウイングデビルを倒した。

「よくやったのう、ゆういちよ。さあ、今こそこの龍戦士の装具を受け取るがいい」

 ゆういちは龍戦士の装具を受け取った。

「これを着て我が背に乗れば、その魔力によりわしは再び空飛ぶ力を取り戻せるはずじゃ。とにかく、まず飛べない事にはバルボロスと戦えんからのう、悪いが付き合ってもらうぞ」

「しょうがないな。だけど大丈夫なのか?」

 グレイナルは龍の火酒で、いい様子で出来上がっている様子だ。

「なーに、心配せずともわしは少し酒が入っているくらいが調子いいんじゃ。楽勝、楽勝っ!」

 やたら不安ではあるが、今はそんな事を言っている場合ではない。一刻も早くバルボロスをなんとかしなくては、里の人達の被害が増える一方だ。とりあえずゆういちは龍の装具をすべて身に纏う。

「おうおう、それこそまさに龍の戦士たるものの姿。さあ、わしの背に乗るがよいぞ」

 そうはさせまいと、さらなる魔物が襲いかかってくる。それを振り払うようにして、ゆういちはグレイナルの背中に飛び乗った。

「……うむ、かつてのチカラが戻ってくるのを感じるわい。これならバルボロスなど余裕で蹴散らしてくれようっ! 行くぞ、ゆういちっ!」

「おうっ!」

 ひときわ高い咆哮をあげ、グレイナルは300年ぶりに空の高みを目指す。目指すはただ一つ、闇竜バルボロスだ。

 

 グレイナルとバルボロス。両者の戦いは熾烈を極め、まさに互角ともいえる勝負をくり広げた。しかし、さらなる力を得て復活したバルボロスと、300年の長きを生きてきたグレイナルとでは、次第に状況がグレイナルに不利になっていく。

 そして、バルボロスはついに極大の魔力光を放つ。狙いはいまだに多くの人達が逃げ惑っているドミールの里だ。

「いかん!」

 それを見たグレイナルは、ゆういちを振りおとしてその魔力弾の前に立ちふさがる。

「わしはわしの里を守る。お前は生きるのじゃ、ウォルロ村の守護天使ゆういちよ……」

「グレイナルー!」

 ゆういちの叫びも虚しく、グレイナルの体は巨大な魔力弾の爆発にのみ込まれていく。そしてゆういちは、地上へと落下していくのだった。

 

「こいつがゲルニック将軍の部隊から送られてきた、新しい囚人です」

 意識を取り戻したゆういちは、捕虜として帝国軍に捕まっていた。それにしてもあの高さから落下して生きているのだから、自分の事ながらゆういちはこのむちゃくちゃぶりに感心してしまうのだった。

「オラッ! こちらはガナン三将が一人、ゴレオン将軍であるぞっ! 皇帝陛下よりこのカデスの牢獄を預かる将軍様が面会なさるんだ、シャキっとしねぇかっ!」

「……で? わざわざオレ様に会わせるだけの価値が、このチンケな奴にあるのか?」

「ハッ! なんでもこ奴、例のイザヤールの仲間だとの事です。おまけに、かのドラゴンの背中に乗って我らに戦いを挑んでくるなど、とにかく只者とは思えません」

 こうして改めて聞いてみると、なかなかにすごい戦歴の持ち主である。それが今は帝国の捕虜になっているのだから、運命の女神様とやらはよほど悪戯がお好きなのだろう。

 ゆういちがそういう人物なだけに、ゲルニックはわざわざこのカデスの牢獄に送り込むように命じたのだ。

「……そうか、ついにあのにっくきグレイナルを倒したのだったな。これでまた、帝国に逆らう者には、破滅の運命しかない事が証明されたわけだ。ブハハハハハ……」

 巨大な体を大きくふるわせて、ゴレオンは豪快に笑う。

「おっしゃる通りですな。ハハハハハ……」

 それにつられてゆういちを連れてきた看守も大きな声で笑う。帝国にとっての脅威が失われたのだから、笑いが止まらないのだろう。

「このバカ者がっ!」

 しかし、突然ゴレオンが大声をあげたため、看守の体は冗談抜きに二メートルほど飛びあがった。

「オレ様が必要としているのは天使だ。こいつのどこが天使に見える? どう見てもただの人間ではないかっ!」

 確かにゆういちには天使の特徴である頭上の光輪も、背中の翼もない。誰の目にもはっきりと見える人間の姿だ。

「……全くゲルニックめ、なにを考えているのだ?」

「も、申し訳ありません! そ、それではこの者の処分はいかように……?」

「牢にでも突っ込んでおけっ! この牢獄にとって人手は、いくらあっても足りないのだからな」

「ハッ! さあ、ついて来い」

 

「オラッ! はいれ」

 ゆういちは牢の一室に入れられた。

「明日からは地獄の仲間入りだ。せいぜい今のうちに休んでおけ!」

「さて、どうするかな……」

 看守が去ったの見計らい、ゆういちはそう一人ごちる。仲間と連絡をとる手段もなく、装備はすべて奪われた。どうにも八方ふさがりな状態だ。

 しかし、どんな状況であっても希望だけは捨てないのがゆういちの持つ最大の特徴だ。ただし、それは裏を返せば単なる楽天的と言えるものであるのだが。

 とりあえず、どこかに抜け道がないかどうかゆういちは独房内をあちこち探ってみる。当たり前の事ではあるが、世の中そうそう甘くは出来ていないようだ。

「おい、ドタバタうるせぇぞ!」

 そんなとき、隣の房から声が響いた。

「ここは無駄な体力を使ってる奴からおっちんじまうところだからな。今日のところはもう寝とけ、明日の朝は早いぜ」

「ああ、そうさせてもらう」

 どうやら相手はここでの生活が長いらしい。そういうやつの生き方を参考にできれば、ここで生き延びる事も出来るだろう。この日はいろいろ出来事も重なったので、ゆういちの意識は容易に闇に引き込まれていった。

 

「オラッ! いつまで寝てる。さっさと出ろっ!」

 翌朝。といっても、光のささないくらい牢獄では実際に朝になったかもわからないが、ゆういちは勢いよく開いた扉と看守の怒声で起こされた。

「他の囚人はとっくに作業場に行ってるぞ。お前も急いで向かうのだ」

 そう言われても、ここへ来たばかりのゆういちに作業場の場所などわからない。

「よう、遅かったな新入り。オレの名はアギロ、お前の隣の牢の住人だ」

「俺はゆういち。あんたが隣の奴だったのか」

「しかし、これは驚いたな……。いや、なんでもねぇんだ。よろしくな、ゆういち」

 なにやら気になるが、今はそういう事を気にしている場合ではないだろう。

「こう見えても、オレは囚人達のまとめ役みたいな事をやっててな、お前みたいな新入りにこのカデスの牢獄の案内やらルールを教えてやんのも俺の仕事ってわけだ」

 とりあえずゆういちの好きに歩いていって、後からアギロが説明するという形で落ち着いた。

 カデスの牢獄は、魔帝国ガナンに逆らった者達が送りこまれる牢獄だ。一度ここに入ると、生きて再び出る事は出来ないとまで言われている。カデスの牢獄の主であるゴレオン将軍はゲルニック将軍やギュメイ将軍に並ぶ帝国三将の一人で、そういう人物がここの管理を任されているという事は、ここが帝国にとって重要な施設であるかという事がわかる。

「そういや、天使がどうとか言っていたな、あいつ……」

 ゴレオンに会った時の事を思い返し、ゆういちはそう呟く。その意味でゆういちが天使だとバレなかったのは、ある意味僥倖と言えるだろう。

 牢獄の周囲には結界が張られており、特別な鎧を着た帝国兵でないと出入りができないらしい。なんでもアギロ達ではこの結界に触れると、ビリッと痺れて弾かれてしまうのだそうだ。

「そいつは面白そうだな」

「おい、やめとけ!」

 そう言われて引きさがるようなゆういちではない。興味も手伝って、ゆういちはゆっくりと結界に近づいていく。

「え?」

 しかし、ゆういちの体はあっさりと結界をすり抜けてしまう。

「なっ? どうして結界に弾かれないんだ?」

 いずれにしてもこんなところを帝国兵に見つかるとまずい。ゆういちは慌てて引き返した。

「しかし、どういう事だ? あの結界をすり抜けちまうなんて?」

「もしかすると、こいつのおかげか?」

 ゆういちの胸元には、グレイナルから貰ったガナンの紋章があった。装備を剥がされる時に、せめてこれだけはと持っていたのが功を奏したようだ。幸いにしてアギロはこの事を自分の胸にしまっておいてくれるようだ。確かにこんな事が広まりでもしたら、いらない騒動に発展しかねない。

 そういう意味でアギロは、恐ろしく用心深く周到に事を運ぶ性格らしい。

 そして、ゆういちはその日一日くたくたになるまで働いた。

 

 その夜の事である。

「ゆういち……俺だ、アギロだ」

「なんだ?」

 隣の房から、ひそひそ声がする。まだ看守の目が光っているので、あまり派手な行動をとる事が出来ない。寝たふりをして小声で話すのが精一杯だ。

「今日は御苦労だったな。はじめての事ばかりで疲れたろ? 実はお前に話があるんだ。ちょいと長くなるんだが、まあ我慢して聞いてくれ」

 確かに今日一日の労働で、ゆういちはここがどれだけひどいところか身を持って知った。なんの意味があるのかわからない作業を延々と繰り返し、身も心も擦り切れるまでボロボロになる。そんな人間の尊厳を根底から否定するような作業を続けた結果、ここにいる者の末路は処刑による死か、発狂による自殺だという。

「このままじゃいけねぇってんで、以前から俺達の間じゃ脱獄計画が練られていたんだ」

「脱獄?」

「話ってのはさ、お前さんにもこの計画に協力してほしいって事なんだよ」

「それは構わんが、具体的には?」

「なぁに、単純なもんよ。不意打ちで連中の武器を奪って蹴散らすって寸法さ」

 かなりずさんな気もするが、ここの看守はまさか囚人達が武装蜂起するとは考えていないだろう。そこに油断があるはずである。

「アバウトだな……」

「まあ、雑な作戦だが、頭数ではこっちのほうが連中よりずっと上なんだ。成功の目はあると思ってるぜ」

 しかし、アギロは自信たっぷりの様子だ。

「問題なのは例の結界だ。あれがある限り、オレ達はこの牢獄から出る事が出来ない。ところが結界を抜けられるお前さんがいるとなると、話は変わってくるんだよ」

 結界を抜けられるゆういちがメンバーに加われば、看守達の不意を突く事が出来る。そうして生まれた混乱に乗じて脱出する。作戦としては悪くないようだ。

「どうだい? オレ達の計画に協力しちゃくれないか?」

「ああ。いいぜ」

 いずれにしても、ゆういちも奪われた装備を取り戻さなくてはいけないし、早いところここを脱出して仲間を安心させてやらなくてはいけない。ある意味この脱出計画のお誘いは、渡りに船の状態だ。

「そうか、やってくれるか。礼を言うぜゆういち!」

「ああ、任せてくれ。で、決行はいつだ? 明日か?」

「そう慌てなさんな。今日明日すぐに決行ってわけじゃねぇ、今はチャンスを待ってるんだ。詳しい話はいずれまたって事で、今日のところはもう休んでくれ」

 

 翌朝看守に叩き起こされたゆういちは、なにやら処刑台のほうが異様に騒がしいのに気がついた。

「た……助けてくれぇっ!」

 見ると、昨日作業をさぼっていた囚人が処刑台にかけられようとしているところだった。屈強な帝国兵に両脇をがっちり固定され、その囚人の首に縄かかけられようとしている。

 しかし、それを見ているまわりの囚人達は、誰も助けようとしない。そんな事をしたら次は自分の首に縄がかかる番になってしまうし、なにより帝国兵に歯向かう手段を持ちあわせていない。こんな極限状況下では、誰だって我が身が一番可愛くなる。そして、この処刑を囚人達に見せる事で、帝国は無力さを味あわせる事が出来るのだ。

「ほらっ! さっさとしろっ!」

「い、嫌だっ! 俺はまだ死にたくねぇっ!」

「うるさい、だまらんかっ!」

「ぐぅっ……」

 帝国兵に突き飛ばされ、その囚人はみじめに転がる。

「手間をかけさせおって、もはや処刑台を使うまでもないな。仕事をさぼる不届きな奴め、この剣の錆にしてくれるわっ!」

 不気味に笑いながら、帝国兵は剣を抜き放って囚人に迫る。

「い、嫌だっ! 助けてくれぇっ!」

「……ダメだ、オレにはもう我慢できん!」

 この牢獄にアギロが捕らわれてから、もうすでに何人もの囚人がその命を落としている。チャンスを窺っているとアギロは言ったが、本当はその勇気がなかっただけなのかもしれない。

 だが、今ここでその勇気を振り絞らなければ、目の前の命が奪われてしまう。アギロはもう、そんな無力さを味わいたくなかった。

「やめろーっ!」

 ゆういちの叫びに呼応するように、アギロは帝国兵めがけて突進する。剛腕が一閃し、帝国兵を殴り飛ばした後、アギロは高らかに宣言する。

「みんな、聞いてくれっ! オレ達は今まで散々奴らに虐げられてきた。だが、それももう限界だっ! 今こそ立ち上がる時! オレ達の自由を勝ち取るために、立ち上がる時が来たんだっ!」

 アギロの叫びは、絶望に捕らわれていた囚人達に、希望という名の光を灯していく。

「だが、どうやって脱出するんだ? 看守どもを倒しても、結界がある限り外には出られないぜ?」

「それは任せろ。俺があの結界を打ち破ってやる」

 そうゆういちは胸を張った。

「あの塔には結界の発生装置があるそうじゃないか。今から俺が行って装置を止めて来てやる。あんたらはその間、帝国兵達を押さえててくれりゃいい。楽勝だろ?」

 途端に囚人達の間にざわめきが波のように広がる。その話が本当なら、なんとかなりそうだ。生きるも地獄、死ぬも地獄なら、生きて地獄を見るのがいい。ゆういちの言葉に囚人達の希望の火は、さらに明るく輝きだすのだった。

「よぉーし、行くぞっ!」

 囚人達は一斉に看守に躍りかかった。

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