第二十七話 大脱出

 

「ゆういち! お前は早く見張り塔にある結界発生装置をなんとかしてくれっ!」

「わかった」

 アギロ達が看守を押さえている間に、ゆういちは見張り塔を目指す。狙いはこの中にある結界発生装置だ。

「なに? お前一体どうやってここに?」

 見張り塔の二階では、結界を超えていきなり飛び込んできたゆういちを見て、警護に当たっていたキラーアーマーが驚いている。

「まあ、いい。どの道ここがお前の墓場だ。処刑台送りにする前に、この剣の錆にしてくれるわっ!」

 キラーアーマーが襲いかかってきた。

「こいつが結界の発生装置か……。これを止めればいいんだな?」

 キラーアーマーを瞬殺したゆういち(実は武闘家に転職していたので、素手でも強い)は、早速結界の解除に取り掛かる。とはいえ、どう操作したら全くわからなかったので、適当に操作するしかなかった。

「え〜と、こいつか?」

 ゆういちが適当にボタンを押すと、軽くくぐもった音を出して機械が停止する。どうやらビンゴだったようだ。

「おお、ゆういち。お前ならやってくれると信じてたぜ」

 外に出ると、アギロが出迎えてくれた。

「他の囚人達も帝国兵を押しているみたいだし、もう大丈夫だろう」

 この牢獄は看守の帝国兵よりも、収容されている囚人の数のほうが多い。だからこそ恐怖で縛りつけ、人間としての尊厳を踏みにじる必要があったのだが、一度たがが外れた囚人達の勢いは凄まじく、まるで津波のように帝国兵達をのみこんでいった。

「だけどな、このカデスの牢獄にはまだ助けてやらないといけない奴らが残ってるんだ」

「どういう事だ?」

「地下牢に捕まっている特別な囚人達だ」

 そういえばゴレオンと謁見した時に、地下牢にはそういう連中がいると聞いた記憶がある。

「俺一人じゃきついからな。ゆういちにも協力してほしいんだ」

「……はじめからそのつもりだったんじゃないのか?」

「まあ、それはともかく、オレは一足先に行ってるぜ! ゆういちは後からついてきてくれ」

 

 アギロが向かったのは、見張り塔の下にある小部屋。確かここに来た時ゆういちは、カデスの牢獄を統括しているゴレオンとここで会っている。

「……まさか、アギロの奴……」

 ゴレオンの部屋に飛び込んだゆういちは、ゴレオンと対峙しているアギロを見る。

「来てくれたか、ゆういち。流石はオレの見込んだ男だ」

 地下の囚人達を解放するには、まずゴレオンを倒さないといけないらしい。

「さあ! 俺達でいっちょやってやろうぜっ!」

「気楽に言ってくれるぜ……」

「虫けらがもう一匹迷い込んだか。だが、何匹こようとも、虫けらは所詮虫けら」

 ゆういちの姿を目ざとく見つけ、ゴレオンは狂ったような笑い声をあげる。

「……それよりも、貴様らごときがどうやって我が帝国の結界を超えられたのだ?」

「ああ、こいつのおかげかな?」

 ゆういちの胸元には、魔帝国ガナンの紋章が輝いている。

「それは……? なぜ貴様がそれを持っている?」

 だが、この紋章を見たゴレオンの顔色が変わる。

「それは……このオレが皇帝陛下より賜ったガナンの紋章だ! それをなぜ貴様がっ!」

「さあて、なぜかな?」

 この紋章は龍の装具とならんで、グレイナルの形見となる一品だ。これを貰った時にはどうなる事かと思ったが、今となっては重宝するアイテムとなっている。もうグレイナルにお礼を言う事も出来なくなってしまったのは悲しいが、その想いに応えるためにも、まずはこのゴレオンを打ち倒す必要がある。

「……まあ、いい。虫けらどものくだらぬ反乱をひねりつぶしてから調べれば済む事だ」

「ゆういち、ザコども相手はオレが片付けておくから。ゴレオンの相手は頼んだぞ!」

「わかった! ……って、おいっ!」

 そう言い残して、アギロはさっさとザコ兵の方へ向かう。一人残されるゆういちの前に、ゴレオンの巨体が迫る。

「我がチカラをっ! パワーをっ!魂に刻みつけるがいいっ!」

 ゴレオンと戦いがはじまった。

 

「……手こずったぜ」

 ゴレオン将軍をやっつけた。

「帝国の将軍ともあろう者が、虫けらごときに倒されるとは……これは夢か? 悪夢か?」

 しかもゆういちは文字通りの徒手空拳である。ゴレオンの攻撃を避け、会心の一撃を繰り返した末の勝利だった。

「……い、いや、違う! オレは以前にもこうして戦いに敗れ、地面に這いつくばっていた……」

 がっくりと膝をついたまま、ゴレオンは何事かを思い返している様子だ。

「……そうだ。はるか昔オレはグレイナルに挑み、奴の炎に焼かれて死んだはず……。では、オレは死者なのか? ……そんなバカな。オレは……帝国は……」

「……まさかこいつ……」

 ゴレオンの様子に、ゆういちは思い当たる事があった。それは以前セントシュタインの黒騎士事件の事だ。あの時復活した黒騎士レオコーンは、生前の記憶を頼りにフィオーネ姫をメリア姫と勘違いしていた。そして、次第に記憶を取り戻していき、自分がすでにこの世のものではない事に気がついたのだ。

 おそらくゴレオンもそれと同じで、なんらかの力を得て復活し、生前の記憶を頼りに行動していたのだろう。

「う……うおぉぉぉっ!」

 断末魔の叫びをあげ、ゴレオンの体は闇に消えていった。

「そっちも片付いたようだな、ゆういち」

 ザコを片付けたアギロが駆け寄ってくる。

「どうやら奴ら、ただの魔物じゃないようだな。魔帝国ガナンとはいったい……?」

 そう言ってしばし考え込む様子を見せたアギロだったが、突然なにかをひらめいたように行動を開始した。

「おっと! そんな事よりも、今はあれを取り戻さなくては」

 アギロは右側にある宝箱を開けた。

「やはりここに会ったか、俺のホイッスル……、これさえあれば……」

 ちなみに、その反対側には最後のカギが入っていた。これがあれば、牢屋を開けて中に入っている囚人達を助ける事が出来る。

 

「やはり、帝国が捕らえていたのはこいつだったか……」

 先に地下牢へ行ったアギロは、ある牢の前で足を止めていた。

「そいつがどうかしたのか?」

「ああ、見てくれゆういち。牢の中にいるのが、帝国が探している特別な連中さ」

 牢の中には不思議なマユのような結界の中で、膝を抱えているような人影が見える。なぜだかゆういちは、その人影になにやら親近感があるように思う。

「……まさか、こいつらは……」

「そのまさかさ……。そのマユの中に天使達が捕らわれているんだ」

 とにかく、ゆういちとアギロは天使達を助けていく。いつまでもこんなところに閉じ込めていくわけにもいかない。

「……地上に降りた天使達が行方不明になっていたのは、こういう事だったのか……」

 バルボロスを操るには天使のチカラを必要とする。そこで魔帝国ガナンの暗黒皇帝ガナサダイは天使を捕らえ、その力をバルボロスに送っているのである。そして、捕らえられた天使達は、死ぬ事も出来ずにただバルボロスにエネルギーを供給し続けているのだ。

 魔帝国ガナンの兵達は、どういうわけか普通の人間には見えないはずの天使の姿が見えるらしい。ここに収容されている天使達は、そうして油断したところを捕まってしまったらしいのだ。

 全員を解放したゆういちは、アギロと協力して外へ連れ出した。

 

「おっ! アギロの大将とゆういちのお帰りじゃねぇーか。姿が見えないから心配してたんだぜ」

 外では、数で勝る囚人達が帝国兵達を圧倒したらしい。それでもみんなが逃げずに残っていたのは、リーダーであるアギロと新入りであるゆういちを見捨てるわけにはいかないと思ったからだ。

「だらしない奴らだな。ここまで来てまだオレに頼ろうってのか?」

 奏は言うが、アギロの口調はどこか嬉しそうだ。

「なあ、ゆういち。こいつらときたら、本当にどうしようもない連中だろ?」

「ああ、まったくだ」

 だけど不思議と温かいような感じもする。このときゆういちは、早く仲間達と会いたいと思っていた。

「クックック……貴様ら、浮かれていていいのか……?」

 その時、足元に倒れ伏していた帝国兵が、不気味な声を出した。

「聞こえてくる……聞こえてくるぞ、破滅の羽音が……」

 彼方から聞こえる風切り音と、聞きおぼえのある魔竜の咆哮。ゆういちの脳裏に、恐怖と共にあの時の光景がよみがえる。

「闇竜バルボロス……」

「ケケケケケッ! これで貴様達はおしまいだ。帝国に逆らう者に災いあれっ!」

 バルボロスの攻撃がはじまった。ここにはまだ多くの味方がいるというのに、それごとこの牢獄を灰塵に帰るつもりだ。はるか彼方から一方的に攻撃してくるバルボロスが相手では、文字通り完璧に手も足も出ない。

 全員の心が絶望に閉ざされそうになった時、再びアギロが叫んだ。

「お前らここまで来て簡単にあきらめてんじゃねぇっ! そんなのは、このオレがゆるさねぇぞっ!」

「そうは言うけどな、空を飛んでいる奴相手にどうしろって言うんだ?」

 ゆういちの疑問ももっともだ。ドミールにいるときはグレイナルのおかげで空が飛べたが、翼を失っている今のゆういちでは無理な相談だ。天使達にはそもそも戦う能力がないし、なにより疲弊しきった彼らでは満足に動く事も出来ない。

「ここはオレがなんとかする。だからお前達は振り返らず、まっすぐにあそこから逃げやがれっ!」

「わかった! みんな行くぞっ!」

 どうやらアギロにはなにか秘策があるらしい。その意図を了解した囚人達は、アギロの言葉に従って走りだした。

「よぉーし、やるかゆういち!」

 アギロがホイッスルを吹くと、どこからともなく飛来した天の方舟がバルボロスに突撃した。この予期せぬ攻撃にダメージを負ったバルボロスは退却していく。これで一先ずの危機は脱した。

 普通の人間に天の方舟は見えないので、おそらくは謎の流星がバルボロスを撃退したというくらいにしか思っていないだろう。

 

「もうっ! なになに? なにが起きたのようっ!」

 突然暴走をはじめた天の方舟を制御しようとサンディが必死になっているところへ、ゆういちが現れた。

「うはっ! 誰かと思ったらゆういちじゃん。あんたさぁ、なに勝手にさらわれてくれちゃってんの?」

「いやぁ、悪い悪い」

 プイとそっぽを向いてご機嫌斜めの態度をとっているが、サンディの口調はどこか嬉しそうだった。

「こっちはこっちであんたが消えてから、一人ぼっちで天の方舟を探し出して修理して……。その間ずっと心配してて……。と、とにかく、すっごいメーワクしたんですケド!」

 その影にはなゆき達の努力もあるのだが、あえてそれは口には出さないサンディ。

「おまけに、勝手にこんな見知らぬ土地に呼び出すしさー。そーゆーのありえなくない?」

 そこでサンディは、はたと気がつく。

「……って、そーいやどうやってこの天の方舟を呼びだしたのよ? いつの間にそんなテクを……?」

「いや、それをやったのは俺じゃない。このおっさんだ」

「お取り込み中のところ失礼」

 その時、ゆういちの後ろからアギロが姿を現した。

「誰よ、そのおっさん。アタシに断りなく、あんたなに勝手に乗り込んでんのさ?」

 ぶつくさ文句を言うサンディでったが、アギロの顔をまじまじと見た後で、見る見るうちにその表情がひきつっていく。

「……って、あ、あ、あ、あなたはっ!」

 着ている服が違うのでまさかは思ったが、それはサンディが探し求めていた人だった。

「テンチョー? テンチョーじゃないッスかぁっ!」

「誰がテンチョーだっ! アギロさんと呼べといつも言ってるだろうっ!」

 感動の再会もこれでは大無しだ。

「……ともあれ、久しぶりだサンディ。オレがいない間も、とにかく元気にだけはしていたようだな」

 そこでアギロはゆういちとサンディを見る。

「しかし、驚いたな。お前とゆういちが、まさか知り合いだったとは……」

「へ? そーゆーテンチョーこそ、この羽根無し天使と?」

「羽根無しね……」

 そのおかげで天使に見えず、普通の人間の囚人として扱われていたわけだが、そうはっきり言われると少しだけ傷つくゆういちだった。

 実のところアギロは囚人達のリーダーをやってはいたが、その正体は天の方舟の運転士だったのである。天の方舟を呼べるのも、中に入れるのも道理であった。

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