第二十八話 神の国

 

 天使達を救出したゆういち達は、カデスの牢獄を脱出して天の方舟で天使界へ向かった。天使界についた天使達は、久方ぶりの故郷に感慨深げな様子だった。魔帝国ガナンによって衰弱した体も、天使界にいればやがて回復するだろう。

 まずは一安心というところではあるが、ゆういちの心は重い。この地上で起きた出来事をオムイ様にどう報告するべきか。

 魔帝国ガナンが復活し、カデスの牢獄やそのほかの帝国領内には多くの天使が捕らわれている事。闇竜バルボロスが復活し、空の英雄グレイナルが倒された事。そして、裏切ったイザヤール。いろいろな事がありすぎて、ゆういちの頭はパニック状態だ。

 しかし、天使界で話を聞いてみると、イザヤールはちゃんと女神の果実を七つ届けてくれたのだそうだ。そうなると、ゆういちにはますます不可解だ。

「とにかく、オムイ様に話を聞いてみるか……」

 

「ようやく帰ったか、ゆういちよ。捕らわれた天使達の救出、まことに御苦労。地上ではなにが起きておるのだ? 詳しく話してみよ」

「はい、実は……」

 ゆういちは地上で起きた出来事を手短に話した。

「なんと……。あの魔帝国ガナンが、人間界によみがえったのか……」

「御存じなのですか? オムイ様」

「年若いお前は知らぬだろう。魔帝国ガナンとは、数百年前に滅びた邪悪なる帝国。人間界を征服するためチカラを追い求めた挙句、自ら滅びたはずなのじゃ」

 それが300年前の出来事。魔帝国ガナンは闇竜バルボロスのチカラを利用し、世界征服にのりだしたのだ。これに対しセントシュタインでは隣国のルディアノや周辺格国と協力して対抗していたのだが、ある日突然帝国は滅んでしまったのだ。

「……ゆういちよ。先程お前はこう言ったな、師であるイザヤールが裏切り、女神の果実を奪われてしまった、と。しかし、女神の果実は、この通り天使界へと戻っておる。……そして、この女神の果実を届けたのは、他でもないイザヤールなのじゃ」

「しかし、それではなぜ……」

 イザヤールはゆういちに代わり、女神の果実を天使界へ届けたという。他の者ならいざ知らず、イザヤールほどの者が手柄を一人占めしたいと考えるとは思えなかったし、なにより弟子の手柄を奪うようにも思えなかった。

 しかし、イザヤールがゆういちに剣を向けたのも事実であるし、魔帝国の将軍と共に行動していたのも確かだ。

 だとするなら、イザヤールの意図はどのようなものであるのか。

 詳しく話を聞いてみると、イザヤールはゆういちと人間界で再会し、共に女神の果実を捜索していた。手分けしてあちこちを探し、七つの果実を全部集める事が出来た。しかし、天使界に帰る途中で、イザヤールはゆういちとはぐれてしまったのだと言う。

 オムイと謁見したイザヤールは、足早に天使界を去っていった。

「わしは確かに、イザヤールから女神の果実を受け取った。あいつが裏切り者だとはどうしても考えられぬのだ」

「それは自分も同じです。イザヤール殿が自分に剣を向けるというのは、なにかよほどの事情があるはず」

「わかっておる。ゆういちよ、お前がウソをつくはずもない。まったく……一体どうなっておるのだ」

 イザヤールの言葉とゆういちの言葉。一体どちらを信じれば良いものか。

「……今は考えても埒があかんな。守護天使ゆういちよ、天使界にはこう伝えられておる。女神の果実が実る時神の道は開かれ、我ら天使は永遠の救いを得る。そして、その道を開き、我らを誘うは天の方舟、とな」

 その時、オムイの目は彼方を向いた。

「女神の果実は天使界へ戻った。わしは言い伝えを信じ、神の国へ行ってみようと思う。言い伝えはどこまで本当かはわからぬが……もし、神がいらっしゃるなら、必ずや世界を救ってくださるはずじゃ!」

「オムイ様……」

「守護天使ゆういちよ。お前はわしと共に天の方舟で神の国へ向かうのじゃ。天使界は邪悪な光に襲われ、人間界には魔帝国ガナンが復活した。神の国とはいえなにが起きるかわからんからな、いざというときはよろしく頼むぞ」

 つまりゆういちは体のいいボディガードというわけだ。確かに地上であまたの戦場を駆け抜けてきたゆういちは、おそらく天使界にいる誰よりも優れた戦歴の持ち主だ。

 一足先にオムイは天の方舟に向かい、準備が整い次第ゆういちも後を追う事にした。

 

「ゆういちよ、最後に一つだけ確認しておく」

「なんですか? オムイ様」

「イザヤールがお前を襲い、女神の果実を奪ったというのはまことなのか?」

「はい」

「とはいえ、あ奴は確かに女神の果実を天使界へ届けた。魔帝国のしもべであるはずがない」

 そう言ってオムイは深く頷いた。

「わしはイザヤールを信じておる。もちろんゆういち、お前の事もな」

「はあ……」

 そう言われると、確かにあのイザヤールがなんの理由もなくゆういちに剣を向けるはずがない。きっとなにか深い事情があるのだとゆういちは思った。少なくとも、あの時点のゆういちに知られてはいけないなにかが。

「さて! ともあれ女神の果実は揃った。言い伝えが真実であるならば、いよいよ神の国へ行けるはずじゃ!」

 暗くなってしまった雰囲気を明るくするかのように、オムイは元気な声を出した。

「そして、神にお会いできたなら、世界をお救いくださるようわしからお願いしよう」

 そうはいうものの、どうやらオムイは相当緊張しているようだ。よく見るとその膝はがくがくと震えている。異様に元気良く見えるのは、裏を返せば心中の不安をなんとかしようとしているだけにすぎないのかもしれない。

 

「どうした? ゆういち。長老さんとやらとは話をしてきたのかい?」

「ああ。それで神の国へ行こうって話になった」

「なんだと? 神の国に行くってのか? するってぇと女神の果実が……。ちょっと待ってろよ……」

 アギロは慌てて天の方舟の操作パネルをいじりはじめた。

「ほっほー、天の方舟の中はこうなっておったのか。どれ、失礼いたしますぞ」

 そんな最中、オムイが天の方舟に入ってきた。オムイは天の方舟の中を見渡すと、その細い目を大きく広げた。

「なんと! 女神の果実と同じ黄金の光に包まれておる。流石神の創りたもうた舟じゃ!」

「ね、ねえ、ゆういちー。このおじいちゃん誰?」

 そっとサンディが小声で訊いてきた。

「ああ、オムイ様だよ」

 その時、サンディに気がついたオムイが素早く駆け寄ってくる。その動きは、とても老人とは思えないほどだった。

「おお、あなたは天の方舟のキャンペーンガールの方ですな? わしは天使界の長老オムイ、お見知りおき下され。それで、そちらの方は……?」

「天の方舟の運転士、アギロと申します。そこのゆういちとは同じ臭い飯を食った仲でしてね」

「それはそれはご丁寧に……。さて、運転士どの。あなたにお願いがあります。そこのゆういちの活躍により、女神の果実は無事天使界に戻りました」

 アギロを見るオムイの目は真剣だ。

「言い伝えに従い、我らをこの天の方舟で神の国へと連れて行って下され」

「……かつて神はこのように命じられました。女神の果実が実ったならば、この天の方舟に天使をのせ、神の国まで連れて来いと……」

 アギロはなにかを考える様子で口を開いた。

「つまり、今こそ神の国へと向かうときなのでしょう。わかりました、オレにお任せください」

 こうなれば神の国までひとっ走りだ。アギロは早速天の方舟を発進させる。途端にまばゆい光に包まれた天の方舟に、オムイは驚きっぱなしだった。

 

 天の方舟は神の国を目指し、虚空をひた走る。天使界はもはや、豆粒程度にしか見えない。神が天の方舟を作った時から運転士として乗務しているアギロにとっては、このぐらいは朝飯前だった。

「シリンダー内圧正常、出力異常なし、現在補助エンジンの出力最大、メインエンジン点火十秒前……」

「エンジン出力……百、二百、三百、六百、千二百、二千……」

「補助エンジン出力三千、メイン接続、点火!」

 アギロがレバーを押すと、天の方舟がガクンと大きくふるえ、さらに加速していく。窓の外から見える星が一筋の線に代わり、青から赤へ虹色に変化する。そして、天の方舟は進行方向に見える大きな光に向かい、全力で驀進していった。

「さあ、着きましたぜ。ここが神の国です」

「おお……天使界代々の長老の悲願が、とうとう叶うのじゃな!」

 オムイは感極まっている様子だ。

「では、参りましょう」

 アギロの案内で、ゆういち達は神の国に足を踏み入れる。おそらく天使としては、はじめての一歩を印す事になるだろう。

 しかし、神の国への門は固く閉ざされている。けがれ無き心を持つ者にのみ、この門は開かれる。扉にはそう書いてあった。

 その時、ゆういちの体よりまばゆい光が放たれた。すると、神の国への扉がくぐもった音を立てて開いた。汝けがれ無き心を持つ者よ、神のもとへと進むがいい。どうやらゆういちは神の国の門に認められたようだ。

 神のおわす神殿は、道をまっすぐ登った先にあるという。

「この宮殿に神がいらっしゃるのか……。天使界数千年に及ぶ悲願、神にお会いする時がとうとう……」

 先程からオムイは驚きっぱなしだ。しかし、宮殿に一歩足を踏み入れた途端にその表情はこわばってしまう。

「こ……これは?」

 神の国に来たというのに、誰も姿が見えないのを疑問に思っていたが、宮殿の中は見る影もなく破壊されていた。

「どうなってんだよ、これは? 宮殿がめちゃくちゃじゃねぇかっ!」

「いったい……なにがあったのじゃ? 我らが神はいずこに……」

 宮殿の床には大きな穴が開いている。まさか、天使界を襲った邪悪な光が神の国にも影響を及ぼしていたというのだろうか。

「神よ……なぜわしの呼びかけに応えてくださらんのじゃ……」

 ゆういちは神の国に誰かいないか探してみたが、どこにも誰もいない。歩きまわっているうちにゆういちは、玉座の上の方にある場所に、不思議な光が輝いているのを見つけた。

 この下にある宮殿はめちゃくちゃに破壊されていたが、この場所は不思議なくらいに破壊されていなかった。

「……なんと神々しい光じゃ」

 するとそこに、オムイが入ってきた。

「おそらくこの上で女神の果実を捧げるのじゃろう」

 オムイに続いて、サンディとアギロも入ってくる。

「さあ、守護天使ゆういちよ。女神の果実を捧げるのじゃ」

 オムイに促され、ゆういちは受け取った七つの女神の果実を、光の中心に捧げた。オムイ達が見守る中、捧げられた女神の果実はゆっくりと浮かび上がり、やがてまばゆい光が神の国全体を満たした。

「神よ、女神の果実を捧げましたぞ!」

 ところが、なにも起こる様子がない。やはり神はなにも答えてくれないのかとオムイが落胆する中、どこからともなく不思議な声が聞こえてきた。

 

守護天使ゆういち

そして、長老オムイ

わたくしの声が聞こえますか

 

「その声は……あなたが神なのですか……?」

 

いいえ、わたくしはあなた方天使が神と呼ぶものではありません

人間の清き心から生まれた星のオーラは、世界樹に女神の果実を実らせ

天の方舟を神の国へと導きました

そうして、ゆういち

あなた方が神の国へと女神の果実を届けてくれたおかげで

わたくしは……何千年もの長き眠りから目覚める事が出来たのです

 

 声はすれども姿は見えず。しかし、その声は優しくゆういち達に語りかけてくる。

 

天使達よ

わたくしの元へとお帰りなさい

 

 そして、ゆういち達の体は、まばゆい光に包まれた。

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