第三十話 ガナン帝国城
「ここか……」
女神セレシアの導きにより、ゆういち達はガナン帝国城の前に降り立った。しかし、帝国城の周囲は邪悪なオーラによって閉ざされ、中に入る事が出来ない。
「守護天使ゆういちよ。それが帝国城を守る邪悪なオーラです。今こそわたくしの祈りによって道を開きましょう」
セレシアの祈りの力によって、僅かにだが邪悪なオーラに亀裂が入る。それは人一人がやっと通れるくらいの小さな隙間だった。
「……今のわたくしには、これが限界のようです。ゆういち、あなたのチカラで邪悪なオーラの根源を絶ってください……」
「よぉーしっ! 行くぞっ!」
ガナン帝国城に足を踏み入れたゆういち達を待ち受けていたのは、因縁深いゲルニック将軍だった。
「ホーッホッホッホ、またお会いしましたねゆういちさん」
「俺としては、出来れば会いたくなかったな」
「ホホッ、まさかあなたごときがカデスの牢獄を解放するとは、思いもよりませんでしたよ」
それはゆういちが、光輪と翼の両方を失ってしまった天使だからだろう。どう見てもゆういちが天使に見えないので、誰もが油断していたのだ。
「それにしてもゴレオン将軍も迂闊な……。おかげで私まで皇帝陛下に大目玉でしたよ」
ゆういちから視線を外し、ゲルニックはなにやらぶつぶつと呟きはじめる。
「……ホッホ、こう見えても私、相当頭にきているんですよ……。全身の血が煮えたぎるほどにね……」
おかしな仮面をかぶり、口調も大して変わっているように見えないが、その言葉に偽りはないのだろう。そうでなければ、どちらかと言えば狡猾そうなゲルニックがゆういち達の前に出てくるはずがない。
「この憤りを収めるため、精魂込めて念入りにブチ殺して差し上げましょうっ!」
二体の鉄鋼魔神を引き連れたゲルニックが襲いかかってきた。
「ホ……ホッホ。ど、どうやらあなたに関わると、私の計算は狂わされるようですね……。」
ゲルニックは強かったのだが、魔法に頼り過ぎたのが敗因だったろう。ゆういちとなゆきが装備していたミラーアーマーが的確にゲルニックの呪文を弾き返し、自滅してしまったのだ。
「……しかし、私が倒れたところで、まだ帝国三将最後の一人、ギュメイ将軍がいます。彼さえいれば、帝国城の守りは万全。……実に腹立たしい事ですがね……ホッホ……ホッ」
そして、ゲルニックの体はゴレオンと同じく、闇に消えていった。
帝国城の内部は荒れ果てており、とても人が住んでいるような気配がなかった。まるで廃墟のような帝国城を探索しているうちに、ゆういち達は最上階の一室に辿り着いた。
「ゴレオンもゲルニックもいったか。……わが名はギュメイ、帝国三将最後の一人だ」
そこで待ち受けていたのはギュメイだった。力自慢のゴレオン、狡猾そうなゲルニックとは違い、知性あふれる勇将という感じだ。
「この先は主君、ガナサダイ皇帝陛下の玉座の間」
そして、ギュメイは腰から長剣を引き抜き、ゆういち達の前に立ちふさがる。
「我が忠義にかけて、招かれざるものはアリ一匹たりとも通しはせぬっ!」
ギュメイが襲いかかってきた。
「……み、見事だ。あの方の他に、我が剣を打ち破る者がいようとは……」
ギュメイをやっつけた。良くも悪くもギュメイの攻撃は一本調子であるので、呪文の併用などをしてこない事が勝因だったろう。
「最後に、お前のような敵と戦えたこと、誇りに思う……ぞ……」
「俺もだ。お前のような敵と戦えたこと、誇りに思う」
ゆういちの言葉に、ギュメイは軽く笑う。
「皇帝陛下……最後までお仕え出来ぬ不忠。どうかお許しください……」
そして、ギュメイの体も闇に消えていった。
玉座にいるのが、魔帝国ガナンの皇帝ガナサダイなのだろう。だが、その玉座の前に立つ人物に、ゆういちは見覚えがあった。
「さあ、イザヤールよ。その女神の果実を早くよこすのだ」
「よかろう、暗黒皇帝ガナサダイ。これが欲しければくれてやる」
イザヤールの手には、確かに黄金に輝く女神の果実がある。
「うぐぅ、どういう事だろう……?」
「女神の果実って、イザヤールさんが天使界に届けてくれたんじゃなかったっけ?」
それを見たあゆとなゆきが小声で囁きあう。女神セレシアが暫定的にとはいえ復活したのだから、天使界にある方が本物なのだろう。だとするなら、イザヤールの手にある女神の果実は果たしてなんなのだろうか。
「だが、その代わりに……お前の命をもらいうけるっ!」
イザヤールはすらりと剣を抜き放ち、その切っ先をまっすぐガナサダイに向けた。
「それがキサマの本心か。……なるほど、さしずめその果実もニセモノといったところか……」
「知れたことだ! 女神の果実は天使界の宝だ。帝国などに売り渡すものかっ! こうしてお前と直接会うために、天使界を……仲間を……弟子を……裏切ったふりをしていただけだ……」
「イザヤール……」
今ここに明かされた真実に、ゆういちはイザヤールの苦悩がわかったような気がした。あの時イザヤールは、ゆういちを殺そうとすればできたはずだった。だが、それをしなかったのには、なにか理由があるのだと思っていた。
イザヤールは全ての現況を断ち切るため、暗黒皇帝と対峙する機会をうかがっていたのだ。
「よくもこのガナサダイをたばかってくれものよ……。その罪、万死に値するものと知れ」
「ここでお前を倒し、あの方を救いださせてもらうっ!」
「あの方……?」
かおりは思わず呟いていしまう。イザヤールにとって救いださなくてはならないあの方とはいったい。そうこうしているうちにイザヤールはガナサダイに斬りかかるが、その切っ先はガナサダイの直前で止まり、まったくかすりもしない。
「キサマの力はこの程度か……。失望させてくれる」
イザヤールの実力は誰よりもゆういちが知っているが、それすらも通用しないガナサダイのチカラに戦慄のようなものを感じた。
「これではバルボロスのえさにしたところで大した足しにもならんな」
小指の先で軽くはじく程度でイザヤールを押し返したガナサダイは、なんともつまらなそうに呟く。
「……役立たずめ。無用者には死をくれてやろう」
ガナサダイの指先から放たれた赤い光がイザヤールを拘束し、間髪入れずに巨大な火の玉が襲う。
「ぐわぁぁぁーっ!」
全身からくすぶったような煙をあげ、イザヤールは倒れた。
「師匠っ!」
慌てて駆け寄ったゆういちに抱きかかえられ、イザヤールはうっすらと目を開ける。
「しっかりしてください! 師匠っ! イザヤール!」
「これは……幻か? ゆういち……どうしてお前がこんなところに……」
イザヤールにしてみれば、あの時確かに自分の手によりゆういちは深手を負い、その後のバルボロスの攻撃によって死んだはずだった。だからイザヤールはゆういちに代わって女神の果実を天使界へ届け、単身ガナン帝国城に乗り込んだのだ。
「後は自分に任せてください」
「面白い事を言うな。まさかそこの死にぞこない以外にもネズミが入りこんでこようとは。ギュメイもゲルニックも倒されたというわけか……ならば読も本気を出さねばな」
あれでまだ本気でなかったとするなら、ガナサダイの実力はどのくらいのものなのだろうか。とはいえ、相手の実力がどれだけ未知数であろうとも、ゆういち達としてはとにかく全力を尽くす以外に方法はないのだが。
「かかってくるがよい、ネズミ。魔帝国ガナンが威光、その身に刻んでくれようぞ」
「いくぞっ! みんな。こいつが最終決戦だ!」
ガナサダイとの戦いがはじまった。
「余を……魔帝国ガナンが皇帝をここまで愚弄するとは……。どれほどの大罪かわかっているか?」
ガナサダイをやっつけたが、今までの将軍達とは違い、まだ立ち続けてる。流石は皇帝を名乗るだけの事はある。
「あんたがこの地上で行っている罪に比べたら、微罪だろ?」
「減らず口を……。よかろう、ならば我が全力を持って、その罪購わせてやるっ!」
見る間にガナサダイの体が変貌を遂げていく。
「ガァァァァ……ゴォォォォォォッ!」
異形の怪物に変わったガナサダイが、ゆういち達に襲いかかってきた。
「ぐぬおぉーっ!」
再び、ガナサダイをやっつけた。
「強くなったな、ゆういち。……くっ」
振り向くと、ようやく気がついたイザヤールがなんとか立ち上がろうとしているところだった。
「大丈夫ですか? 師匠」
「ああ、捕らえられた天使達を救うため、ガナサダイに従うふりをしてきたが、チカラ及ばずこのザマだ」
このときゆういちは、イザヤールが帝国に協力していた本当の理由を知った。
「俺が強いんじゃありませんよ。俺にはこうして共に死線を潜り抜けてくれる仲間がいます。仲間がいなくちゃ、俺なんて……」
「謙遜するな。それだけ仲間が従ってくれるというのも、お前の強さだ」
そこでイザヤールはゆういちから視線を外す。
「だがな、ゆういち。私は自分の行いが間違っていたとは思わない。思わないが……お前を欺き、傷つけてしまった事だけが心残りだった」
「いえ、あの時師匠は自分を殺そうと思えばできたはず。なのに、それをしなかったのを不思議に思っていました」
「そうか……。ゆういちよ、お前は私の想像をはるかに超えて強くなっていたのだな……」
このとき、イザヤールはゆういちになら自分のすべてを託す事が出来ると確信した。そして、立ち上がったイザヤールが、ゆういちに一歩踏み出したとき。
「ゴォォォ……。このガナサダイがぁ、魔帝国ガナンがぁ、敗れるなどあってはならぬぅっ!」
なんという執念だろう。倒されたはずのガナサダイが、再び立ち上がった。
「危ないっ!」
イザヤールはゆういちを突き飛ばし、背後からゆういちを狙っていたガナサダイの槍を弾くと同時に剣を一閃させる。
「お……のれ……のれ……れ……」
そして、今度こそガナサダイの体は闇へ消えていった。
「無事か? ゆういち」
「はい。師匠のおかげです」
「そうか、よ……かった。どう……やら、私は……こ……こまでの……ようだ……」
最初のガナサダイの一撃と、今の執念の一撃を受けたイザヤールの体は、とうに限界を迎えていたようだ。イザヤールのからだから、まばゆい光があふれはじめる。それは、魂が天に召される前兆。
「後の事は、た……のむ。天使達を……。そして、あの方を……我が師匠を救い……だし……」
「師匠っ!」
イザヤールの魂は、天に召されていった。
「師匠……」
イザヤールの消えていった先を見つめつつ、ゆういちは力なく呟いた。時には優しく、時には厳しく、いつでもゆういちを見守り、色々な事を教えてくれた。ゆういちにとってイザヤールは父であり、兄でもあった存在だ。
ガナサダイを倒し、これで世界に平和が訪れると思った矢先の出来事に、ゆういちはしばし放心状態だった。
「ゆういちくん……」
そんなゆういちの苦悩は、共に地上に落ちた天使となって以来、苦楽を共にしてきたあゆやなゆきには痛いほどよくわかる。しかし、今のゆういちになんといって声をかけ、励ましてあげる事の出来ない自分達が情けなかった。
「ほら、いつまでもめそめそしてるんじゃないわよ!」
そこで大きく声を出したのがかおりだった。
「まだこの城には、捕らわれている天使がいっぱいいるんでしょ? 早くみんなを解放してあげないと」
「そうだな……」
それが師であるイザヤールの目的だったはず。ゆういちは沈む気持ちを奮い立たせるかのように、仲間の天使が捕らわれているであろう場所を目指すのだった。
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