第三十三話 最後の戦い

 

「……人間になったって割には、あんま変わっていないような感じがするんですケド?」

「いや、オレにはわかる。ゆういちのオーラは間違いなく人間のそれだ」

 女神の果実をかじった後、天の方舟に乗ったゆういち達は手短に事情を説明した。

「え? でもあたしらの姿が見えてんじゃ……?」

「多分、人間になりきるには少し時間がかるんだろう。人間になったら、おそらくオレ達の姿は見えなくなるはずだ」

 つまりは、その間の時間だけが、エルギオスに対抗しうる唯一の時間という事だ。

「ゆういち、お前達の決意はしかと見届けたぜ。こうなりゃ神の国でも地上でも好きなところに飛んでってやるよ!」

 そして、ゆういち達は神の国を目指し、飛び立っていった。

 

「な、なんだありゃあ……?」

 神の国を貫くように巨大な暗黒の大樹が生え、神殿をはじめとした神の国はすべてその幹に絡め取られた。

「なんちゅー不気味な……」

 それを見たサンディが、率直な感想を漏らす。エルギオスに支配された神の国は絶望と憎悪の魔宮へと変じ、今まで見た事もないような危険な魔物が跋扈していた。

「ブハハハハ、久しぶりだな」

「お前は、ゴレオン?」

 絶望と憎悪の魔宮に挑んだゆういち達は、下層階の途中で見知った相手と出会う。

「その通り、エルギオス様のお力により、我らはよみがえったのだ! 我が主、エルギオス様の邪魔をするものは皆殺しじゃあーっ!」

 ゴレオン将軍との戦いがはじまった。

 

 ゴレオン将軍をやっつけた。

「……再生怪人が強い道理はなかったな……」

 一度戦っている相手の手の内は知り尽くしているし、なによりあれからゆういち達も成長している。今やゴレオン将軍ほどの実力者でも、ゆういち達の進行を食い止める事は出来なかったのだ。

「ホーッホッホッホ、またお会いできてうれしいですよ。ゆういちさん」

「できれば俺は会いたくなかったけどな……」

 中層階を守護していたのは、ゲルニック将軍だった。おかしな仮面と耳に障る笑い声には、辟易しているところだ。

「生憎でしたね、ゆういちさん。この私もあの堕天使のチカラによって復活したというわけです。エルギオスの奴は、どうやらこの私を手駒として使うつもりのようですが……」

 この言葉を聞く限りでは、ゲルニックの復活そのものがエルギオスのチカラによるものとは思っていないようだ。

「ホッホッホ……。そうはいきません。いずれ寝首をかいて差し上げましょう」

「……無理だと思うけどな……」

 ここまで自意識過剰であると、かえって清々しさすら感じる。

「……ですが、ゆういちさん。今はあなたが優先です。さあ、今度こそ殺して差し上げます!」

 ゲルニック将軍との戦いがはじまった。

 

 ゲルニック将軍をやっつけた。

「……なにしに出て来たんだ……?」

 少なくとも、ゲルニックは足止めにすらなっていない。とにかくゆういち達は先を急いだ。すると、その途中に立ち塞がる、見覚えのある人物と出会う。

「やっぱりギュメイ将軍が出てきたか……」

「我が主君はガナサダイ皇帝陛下ただ一人。二君に仕えるつもりはない」

 エルギオスに使えるつもりはない事を明言するギュメイ。それなら、なぜ彼はここに立ち塞がっているのか。

「じゃあ、どうして俺達の前に立ち塞がる?」

「知れた事。陛下亡き今、我が喜びは強敵との命をかけた戦いのみ。さあ、ゆういちよ。今一度我が剣力とお前のチカラ、いずれが上か競い合おうぞっ!」

 ギュメイ将軍との戦いがはじまった。

 

 ギュメイ将軍をやっつけた。これで復活した帝国三将を全てやっつけ、後はエルギオスの元へ辿り着くだけだ。

 エルギオスは絶望と憎悪の魔宮の最上部、かつて女神セレシアが語りかけてきた聖なる場所に置いた玉座に座っていた。

「……罪。存在そのものが……罪なのだ」

「エルギオス……」

 自らが守護する村の民に裏切られ、帝国によって非人道的な実験の被検体とされた天使。ゆういちも似たような状況であったせいか、エルギオスの立場には同情の念を禁じえないが、だからと言って全てをぶち壊しにするような事をさせるわけにもいかない。

「人間だけではない……。神の創りしこの世界は、ありとあらゆる罪にまみれている。すべての罪に裁きを下さんとするならば、もはや世界を滅ぼす他ない……」

 エルギオスはそう言うが、ゆういちにとって人間界は第二の故郷だ。なにしろそこには心優しきリッカが、頼りになるルイーダが、この冒険を始めてから出会った多くの人間達が住むところなのだから。

「……翼無き天使よ。お前は我が目的を阻むため、ここまできたのか?」

「その通りだ」

 それが守護天使たるゆういちの務めなのだから。

「……愚かな事だ」

 そう言ってエルギオスは、自嘲気味に口元を歪める。エルギオスをこのようにしたのは他でもなく、ゆういち達が命がけで守ろうとする人間達だ。

「天使の理に縛られている以上、お前は我が敵にはなりえぬ。身の程を知るがいいっ!」

 エルギオスとの戦いがはじまった。

 

 エルギオスをやっつけた。

「……な、なぜだ? なぜ天使であるお前が、この私と戦う事が出来る?」

「女神のチカラだ。と、言いたいところだが、俺達は女神の果実のチカラによって、限りなく人間に近づいているのさ」

「なに……? 貴様、天使のチカラを捨てて人間になり果てただと?」

 それはある意味、エルギオスにとって皮肉な事だった。エルギオスがなによりも忌み嫌う人間のチカラで、ここまで追い詰められているのだ。

「……くっくっくっく。愉快、実に愉快だ。人間への憎悪によって堕天使となった者の前に立ち塞がるのが、天使を捨てて人間になった者だとはな……」

 エルギオスの背中の翼から純白の羽毛が落ち、完全に皮膜の翼となる。そして、その全身から邪悪なオーラが吹き出し、あたりを漆黒の闇へ変える。

「ならば私も天使の姿を捨て、完全なる破壊の化身と化そうではないかっ!」

 闇の中で、真紅の瞳が怪しく輝く。やがて晴れた闇の中から姿を現したエルギオスの、翼や全身に隈なく奇妙なタトゥーが走る。

「人に堕ちたる者よ。私の後を追ってくるがいいっ!」

 高らかな笑い声をあげて、エルギオスは飛び去っていった。その後を追ったゆういちは、謎の地震によって下層階へ落ちてしまう。そこには、不気味に脈打つ赤い球体があるのみだ。

「……来たれっ! 闇竜バルボロスよっ!」

 どうやらその中にはエルギオスがいるらしい。バルボロスを召喚し、変化までの時間稼ぎをするつもりのようだ。そして、彼方より飛来したバルボロスとの戦いがはじまった。

 

 バルボロスをやっつけた。しかし、この戦いは前座でしかない。その証拠に、エルギオスを包む赤い球体の脈動が速まり、今にも破裂しそうだったからだ。

「バルボロスをも倒したか……人に堕ちたる者よ」

 ひび割れた赤い球体の中から、異形の怪物に変貌したエルギオスが姿を現した。

「だが、貴様ら人間への憎悪と絶望こそが、このエルギオスのチカラの源なのだ。その憎悪の激しさを……絶望の深さを……今こそ思い知らせてくれるわっ!」

「いくぞっ! みんな。これが最後の戦いだっ!」

「……さあ、はじめよう。世界の滅亡を!」

 堕天使エルギオスとの戦いがはじまった。

 

「ばか……な……」

 堕天使エルギオスをやっつけた。

「神をも超えるチカラを手に入れた、この私が……。貴様に……人間ごときに敗れるというのか……?」

「天使である事に溺れたお前に、勝ち目はなかったのさ」

 お互い傷だらけになりながら、なんとかゆういち達は勝利をつかむ事が出来た。

「しかし、一つの物事に対し、みんなでチカラを合わせて協力する事で、とんでもない奇跡を成し遂げる。そいつが、人間ってもんなのさ」

 これはゆういちが天使だったころには、思いもつかない事だった。なぜなら、天使の中には、か弱い人間を見下していた者もいたからだ。

 しかし、ゆういちは光輪と翼を失い、普通の人間と混じって生活する事で、人間の持つ素晴らしさを知った。それはおそらく、エルギオスの生きた時代が平和であったなら、おそらく彼もそれを実感していたはずだからだ。

「……くっくっくっくっく。あーっはっはっはっはっは!」

 ゆういちの言葉に、エルギオスは大声で笑い出した。

「よかろう……今は一時の勝利に酔いしれるがよい。だが……この世界は消滅するのだっ! 私の憎悪のチカラで、愚かなる貴様もろともなっ!」

「くそっ!」

 エルギオスの体から、凄まじいまでのエネルギーが迸る。

「グオオオオオオオオオッ!」

「あの野郎……この世界もろとも自爆するつもりだ……」

「どうするの? ゆういちくん……」

「どうするもこうするも……」

「このエネルギーじゃ、奴に近づけないわ……」

「こうしているだけで精一杯だよ……」

 ゆういち達は、凄まじいエネルギーの奔流に弾き飛ばされないようにするだけで手いっぱいだ。

 

やっと見つけたわ

 

 その時、ゆういち達にも、エルギオスにも聞き覚えのある声が響いた。遙か彼方の下界から、神の国を目指して一つの光が飛んでくる。

「あの光……もしかして、ラテーナさん?」

 突如として目の前に現れたラテーナの姿に、エルギオスは動揺しているようだ。

「ラ……テーナ……なのか……?」

 幽霊になってしまってはいるが、それはまぎれもなくあの日エルギオスがナザム村でであった少女だった。

「……私を裏切った人間の娘が、今更なんの用だ?」

 信じていた相手に裏切られた。守るべき村の民に裏切られた。その憎悪と絶望が、エルギオスを堕天使に変貌させたのだ。

「エルギオス……。私はずっと……ずっとあなたを探していた……」

 ラテーナの首にかけられた星空の首飾りが、二人の間にあの日の真実を映し出す。今となってはもう、取り戻す事の出来ないあの日の出来事を。

「あの日、私はあなたを守れなかった」

 ラテーナはただ、村を守るために傷つくエルギオスを見ていたくなかった。村人達はこの村にエルギオスがいる限り、帝国が攻めてくると考えた。

「だからずっと探し続けたの。今度こそあなたを……。あなたを救いたい……。絶望の闇の中でさまようあなたを……」

 その想いが強かったからこそ、ラテーナは今までずっと幽霊となって地上をさまよい続けたのだ。エルギオスに会いたい。ただその一心で。

「……ラテーナ……」

 少女の想いが、奇跡を呼んだ。

 星空の首飾りが一際大きな輝きを放った後、堕天使と化したエルギオスはあの日の姿に。ラテーナと出会ったばかりのあの頃の姿に戻っていた。

「君は……私を裏切るはずなどなかったのだ。それに気づかなかった己の未熟さが恥ずかしい」

 純白の翼を広げたエルギオスとラテーナは、しばしの間見つめあう。

「なんだ? この疎外感は……」

「完全に二人の世界に入っちゃってるわね……」

 先程まで世界が滅亡するかどうかという瀬戸際だったのに、いきなりラブコメになってしまったので、ゆういちとかおりはついていくので精一杯だった。

「でもよかったよね、エルギオスとラテーナさん」

「300年ぶりの再会だもんね」

 誰かさんはたった七年なんだから、という具合にあゆとなゆきは二人を祝福しているようだ。

「……ラテーナ、つらかっただろう。こんなにも長い年月を、愚かな私のためにさまよい……」

 そんなゆういち達の思いも知らず、エルギオスはラテーナに語りかける。

「それなのにあの頃と変わらず、こんな私のために微笑みを返してくれるというのか……」

 すべては、ラテーナを信じきれなかったエルギオスの罪。それを憎悪や絶望という言葉で覆い隠していただけだったのだ。

「君が裏切るはずなどなかったんだ……。それなのに、私はなんという愚かな事を……」

 そこでエルギオスは、ゆういち達に視線を向ける。

「もし、お前達が止めてくれなければ、私は怒りと憎しみに我を忘れ、全世界を滅ぼしていただろう。我が愚かなる行いの数々、償っても償いきれぬが……せめて罪を重ねずに済んでよかった」

 結果論だが、全人類にとって脅威となっていたガナン帝国は、エルギオスが滅ぼしたも同然なのだ。その意味でエルギオスは、地上の救世主と言って言えなくもない。

「……天使ゆういち。お前は我が弟子イザヤールを師と仰ぐ天使だそうだな」

「はい、イザヤールは最も尊敬する師匠です」

「……あいつは良き弟子を育てた。ふがいなき師である私を許せと、そうイザヤールに伝えてくれ」

「はい……」

 イザヤールは捕らわれのエルギオスを助けるため、単身帝国皇帝に戦いを挑んだ。しかし、その暗黒皇帝は、エルギオスによって操られていたものだった。

「行きましょう、エルギオス」

「……ああ、ラテーナ」

 そして、二人の体を天空高く舞い上がり、一際大きな輝きを放ったあと、黄金色の流星となった。

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