♯10 ガンダム鹵獲作戦

 

 西暦二三〇七年。永続的なエネルギーを手に入れる事が出来るようになった現在でも、人類は争いをやめる事が出来なかった。

 そんな世界に対して、戦争根絶を目的とする私設武装組織『kanon』が行動を開始する。だが、それに反発する世界は、ONE軍特務部隊『頂武』による特秘作戦を敢行。司令官、渡辺茂雄の戦術に四機のガンダムは翻弄され、反撃の糸口すらつかめずにいた。

 その戦火の中、月宮あゆの前にティエレンタオツーを操る超兵一号、折原浩平が現れる。

 二人の出会いは、宇宙になにをもたらすのか。

 

 ラオホゥ三隻分、計三六機の宇宙用ティエレンの波状攻撃を受け、プトレマイオスの護衛についているエクシアとデュナメスは苦戦していた。

 地上戦において通常型のモビルスーツは大気による空気抵抗や重力による行動の制限を受けてしまうが、ガンダムはGN粒子の持つ大気の整流効果や重量軽減などの特殊効果により、空中飛行や地表付近での高速疾走などを可能にしており、通常型のモビルスーツを凌駕する戦闘力を保持している。

 しかし、宇宙空間ではモビルスーツが行動する上での障害となる空気抵抗が無く、基本的に無重量状態となるために、それほど大きな性能差とはならないからだ。

『間違いない、こいつら時間稼ぎしてやがる』

 祐一のエクシアが一機を切り裂いても、残るティエレンは即座に距離をとり、容易にエクシアの間合いに入ってこない。いくらガンダムのGNドライヴが機体の推進装置と、簡易的な慣性中和システムを兼用したユニットであるとはいえ、それは単に可減速性能に優れるという程度でしかない。

 対するティエレンは機体各部に設けられた姿勢制御用のスラスターを用いた急激な方向転換を可能としており、その意味では機動性能に優れていると言える。

 しかもティエレンは攻撃よりも回避を重視した巴戦を展開しているため、結果として両者の戦力差はほぼ互角と言えた。

『うう〜……持久戦になるのかな』

 口ではそう言いつつも、名雪はデュナメスのコックピットでのんびりとした様子だ。整備中だったデュナメスのGNスナイパーライフルの命中率はほとんど〇の状況であったが、それでも牽制の弾幕は張らなくてはいけない。

『いいえ、敵の目的はあたし達じゃないわ。ガンダムを鹵獲する気なのよ』

 プトレマイオスのブリッジでは、最悪の状況に片足を突っ込んでいる事を自覚する香里が唇を噛む。

 

 そのころ、プトレマイオスに向かっていたあゆは、そこに現れたティエレンタオツーを見た途端に頭の中に入り込んでこようとするなにかに苦しんでいた。

 しかもあゆは、今自分の目の前にいるモビルスーツを知っている。なぜならそれは、あゆにとって忌まわしき思い出となるあの機体だったからだ。

『中佐、ハネツキ(ONEにおけるキュリオスのコードネーム)の動きが妙です。特殊粒子も出ていません』

『機体の変調か? それとも、罠なのか?』

 部下の報告に茂雄は眉をひそめる。

『俺が見てきてやろうか? 中佐』

『カーボンネットの使用が先だ』

 すぐにでも飛びだしていきそうな浩平を制し、茂雄は部下に指示を出す。キュリオスを半包囲するように展開したティエレンの左腰に装備されたランチャーからEカーボン製のネットが射出され、キュリオスの機体にからみついて動きを封じ込める。

『うぐぅっ!』

 その間にキュリオスの背後に回り込んだティエレンタオツーが徐々に接近していく。

『こないで……』

 接近していくるティエレンタオツーに、あゆの記憶が呼び起こされていく。あゆはかつてONEの超人機関に所属していたため、その体には様々な実験が施されていたのだ。そのため、あのモビルスーツはあゆにとっては恐怖の対象でしかない。

『こないでよぉっ!』

『相対速度同調、接触するぜ』

 あゆの悲痛な叫びもむなしく、浩平のタオツーはあゆのキュリオスに接触する。

『うぐぅぅっ!』

 それと同時に接触回線が開き、あゆの悲鳴が響き渡る。それは浩平の機体を通じ、茂雄にも聞こえてきた。

『この声は……あの時の……』

 かつて脱落した軌道ステーションを救った時のあの声、その時と同じ若い乙女の声だ。しかし、茂雄にはまったく理解できない。なぜ、彼女はああも苦しんでいるのだろうか。

 あのパイロットが折原少尉を拒んでいるにしては、様子がおかしすぎる。

『もしや……』

 その時、茂雄の脳裏に浮かんだのは、かつて浩平が暴走した時の技官の台詞だった。

 浩平が暴走したのは、外部からの脳量子波の影響によるものだという。その影響を受けてしまうのは、浩平と同じく脳神経系のグリア細胞を強化されたものに限られている。そのため、あのパイロットは浩平と同類とみて間違いないだろう。

『中佐、パイロットの意識が途絶えちまったようだぜ』

『了解した。各機、ハネツキを四番艦に収容後、安全領域まで離脱。清水なつき軍曹は本隊に合流し、撤退信号を送れ』

 

『ハネツキの収納完了』

『作業兵はパイロットを機体から離し、拘束せよ』

『了解』

 ラオホゥ四番艦にキュリオスを収容し、即座に茂雄の指示が飛ぶ。ラオホゥの艦内では、作業兵がキュリオスの機体に取り付き、調査をはじめた。

『班長、どの方式の断層撮影でもエラーが出ます』

『なんだと? 例の特殊粒子の影響か?』

 ガンダムの内部を調査しようと作業員は機器を接続するが、機体はその干渉を全く受け付けない。ガンダムの機体から放出されるGN粒子は電子機器に悪影響を与えるため、それが原因ではないかと推測された。

 そうこうしているうちに、ラオホゥ四番艦は発進準備を整えていく。浩平の初陣にしては、少々物足りない結果になってしまったようではあるが。

 その時、ティエレンタオツーのセンサーが異常を感知する。

『中佐! 熱源が……来るぞっ!』

 その声に浩平と茂雄のティエレンはあわてて散開するが、直後に飛来した高出力ビームによって回避が遅れたティエレン二機が宇宙の塵となる。

『全機散開っ! ラオホゥ四番艦は現宙域より緊急離脱せよ』

 指示を出す一方で、茂雄はこの攻撃を行った機体にあたりをつける。

『この攻撃は、デカブツ(ONEによるヴァーチェのコードネーム)か』

『ガンダムか』

 とたんに浩平の顔は喜々とした表情に包まれる。どうもキュリオスが戦わずして戦線離脱したせいか、相当にストレスがたまっているようだ。

『別動隊がいましたか』

 無人のラオホゥを囮に使って時間稼ぎをしているようだったが、その目的まで美汐は見えていなかった。そのとき、ヴァーチェのコックピットに、ラオホゥの艦内からキュリオスの反応がある事が告げられる。

『敵に鹵獲されてしまったのですか? なんという失態を』

 万死に値します。美汐はヴァーチェの機体各部からGN粒子を放出し、機体の周囲にバリアの役割を果たすGNフィールドを形成する。そのまま機体正面にGNバズーカを構え、四番艦に狙いをつける。

『中佐、敵が射撃態勢に入った。四番艦を狙っているぞ』

『あそこには味方がいるのがわかっているはずだ。それでも撃つというのか?』

『月宮あゆ。あなたもガンダムマイスターにふさわしい存在ではなかったようですね』

 だが、トリガーにかかる美汐の指には、わずかにためらいがあった。その間隙を縫うようにして、浩平のティエレンタオツーがヴァーチェに迫る。

『速い? この機体は、ティエレンとは違います。新型ですか?』

 攻撃力はそれほど脅威ではないにしても、浩平の射撃は的確であった。そこで美汐は両肩部のGNキャノンで砲撃をするが、ティエレンタオツーの高機動性能の前にはまったく命中しない。

『二度も避けるなんて……?』

『中佐、ここは俺に任せて早いとこハネツキを』

『四番艦は指定宙域で待機。ハネツキからパイロットを引きずりだすのを忘れるな。場合によっては、カッターの使用も許可する』

『了解』

 なるべくガンダムを傷つけたくはないが、これもやむを得ない。

『輸送艦が……』

 浩平のティエレンタオツーが急接近してくるため、美汐もそれ以上輸送艦に近づけない。

『たかが一機で、ヴァーチェに対抗するつもりですか?』

『邪魔はさせねぇよ!』

 GNキャノンの一撃をなんなく回避した浩平は、一気にヴァーチェの背後に回り込む。

『なんですって?』

『ここまで近づけば、弾をいくらはじけるからってな』

 正確無比な浩平の射撃が、ヴァーチェの装甲の一点に集中する。これを続ければ、いかにガンダムの装甲が強固といえども必ず撃ち抜けるはずだ。

『調子に乗らないでくださいっ!』

 GNキャノンの一撃を回避し損ね、ティエレンタオツーの右脚がスネから撃ち抜かれてしまう。

『やりやがったな。よくも俺様のタオツーを』

 浩平は右脚を股間から切り離すと、片脚でヴァーチェに立ち向かう。

『中佐、折原少尉の機体が』

『わかっている。モビルスーツ隊は折原少尉を援護しつつ、デカブツの鹵獲作戦に入る』

 茂雄の指示のもと、ティエレンは一斉に動き出した。

 

『ブリッジ、機体外部にスイッチ類が見当たらん。カッターを使用する』

 ガンダムは声紋や網膜パターンなどが登録されたパイロット以外には扱えないように、搭載されているコンピューターによって高いレベルのセキュリティが施されており、外部からの操作を可能にするスイッチ類はつけられていない。これは通常のモビルスーツが緊急時にパイロットを保護するため、外部にコックピットハッチの開閉用スイッチを設けているのと比較しても対照的であると言える。

 いうなればガンダムは、その秘密をあの世まで持っていく事を念頭に入れているのかもしれない。

 作業員がカッターを用意し、ガンダムの装甲を切り裂いているころ、コックピット内部であゆは誰かの呼び声を聞いた。

 そう、あれはあのモビルスーツに乗っていた少年の声だ。

『うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!』

 あゆの叫びに呼応するように、突如として稼働を開始するキュリオス。飛行形態から強引にモビルスーツ形態に変形し、機体を固定していた拘束具を引きちぎると、右腕に装備したシールドを構える。

 それは作業員の見ている前で、先端部分がクロー状に変形するのだった。

『コンテナ部分で異常発生っ!』

 ラオホゥの船体に六〇度の角度で三基装着されたコンテナの上部からブレードが突出し、ゆっくりと船体を一周していく。

『中佐! 船体が内部から破壊され……うわぁっ!』

『四番艦、なにがあった? 状況を報告しろっ!』

 次の瞬間、ラオホゥ四番艦は大爆発を起こした。

『四番艦の反応が消えた……。なんという事だ……』

 すべては指揮官である自分の責任。どうやら茂雄はガンダムを相当甘く見ていたようだ。だが、茂雄もこのまま手ぶらで帰るわけにもいかない。そのためにも茂雄は、なんとしてもガンダムを鹵獲する必要があった。

『是が非でもあのデカブツを鹵獲する』

 茂雄に続き、残ったティエレン全機がヴァーチェの周囲に展開した。

『あの機体からは特別なものを感じます。ヴェーダ、これは……』

 先程からヴァーチェの砲撃をかわし続けているティエレンからは、特別なエネルギーのようなものを感じる。そちらに美汐が少しだけ気を取られた時、その間隙を縫うようにして茂雄の部隊がヴァーチェに迫る。

『新手ですか?』

『おいおい、中佐』

 せっかくのガンダムとの戦闘を邪魔されてしまったが、浩平の目的はガンダムの破壊ではなく、あくまでも鹵獲にある。茂雄の行動はある意味無謀ともいえるものであったが、浩平は素直に命令に従うのだった。

『敵の砲撃後、作戦を開始する。死ぬなよ』

『……なめられたものですね』

 敵はただのティエレン。少なくとも浩平の操縦するタオツーと比較しても雑魚にも等しい敵だ。だが、そのティエレン部隊は美汐のGNバズーカによる砲撃を交わし、急接近してくる。

『なんですって?』

『発射までのタイムラグは承知しているっ!』

 ヴァーチェの攻撃能力は全ガンダム中随一である反面、どの武器も発射後にGN粒子を再チャージするのに時間がかかってしまう。普段なら一掃した後なのでそれほど気にする事もないのだが、それだけに回避されてしまうと後が続かないのだ。

 ヴァーチェの周囲に展開したティエレン部隊は、右胸から先端にフックのついたワイヤーを射出し、機体に絡みつかせていく。たちまちヴァーチェは両手両脚を拘束されてしまい、身動きが取れなくなってしまう。

『ジェルを撃てっ!』

 続いて、残りのティエレンから射出されたジェルが、ヴァーチェの関節部分に付着して硬化する。これでほぼヴァーチェの動きは封じ込められてしまったのも同然だった。

『これしきの事で……』

 それでも美汐は右手のGNバズーカで、右側にいる一機を攻撃しようとする。そのティエレンはなんとか回避を試みようと機体各部のスラスターを吹かすが、ヴァーチェを拘束している今の状況では難しそうだった。

『お〜っと、そうはさせないぜ』

 だが、それは浩平のティエレンタオツーによって蹴り飛ばされてしまう。

『それでも……』

 両肩部に装備したGNキャノンで狙いをつけようとするが、それは背部から回り込んだ二機のティエレンによって押さえこまれてしまう。

『だとしてもっ!』

 美汐はGNドライヴを全開にし、ティエレンを振り切ろうとする。

『あのデカブツは、ティエレン六機の推進力を上回るというのか? 折原少尉、奴の首でも腕でもいいから奪い取れっ!』

『了解っ!』

 ライフルに装備されたブレードを振りかざし、急接近してくるティエレンタオツー。

『GNフィールド!』

 しかし、ワイヤーで手足を絡めとられてしまっているせいか、GN粒子放出口が展開しない。

『来る……』

 このままではやられる。そう美汐が思ったその刹那、ヴァーチェのシークレットパワーが起動した。

 両肩部のGNキャノンがパージされると同時に、二機のティエレンを振りほどく。バックパックが外れ、それに続けて肩部、腕部、脚部、腰部、腹部、胸部の装甲がパージされていき、その一部は浩平のティエレンタオツーに激突した。

 最後に頭部の装甲が解除されると、後頭部ともみあげの部分に真紅の放熱ケーブルが展開される。そして、無骨なシルエットを持つヴァーチェから、細身のシルエットを持つナドレへと変貌を遂げるのだった。

『なにぃ? 装甲をパージしただと?』

 ナドレは、ゆっくりと両手にGNキャノンを構えた。

『ガンダムナドレ、目標を消滅させますっ!』

 一瞬のうちに、六機のティエレンがその砲火の犠牲となる。

『作戦中止っ! 現宙域より離脱っ!』

 ラオホゥ四番艦の反応は消失。そして、残存するモビルスーツは損壊した浩平のタオツーを含めてもわずかに三機。これ以上の作戦続行は不可能だった。

『なんという失態ですか……。こんな早期にナドレの機体をさらしてしまうなんて……』

 逃げるティエレンも追わず、美汐はただ一人コックピットで苦悩していた。

『ヴェーダの計画を歪めてしまうなんて……。私は……』

 

 祐一のエクシアはGNソード基部のビームガンを撃つが、もともと射程が短いそのビームはティエレンの脇を掠めるだけで有効弾にはならない。

『うう〜、また死角にまわられちゃったよ……。あゆちゃんは無事かな? 美汐ちゃんは大丈夫なのかな……』

 プトレマイオスが、船体の周囲に展開しているGNフィールドによって致命弾にはならないものの、祐一と名雪はティエレンの動きに、完全に振り回されてしまっていた。

『なんて迂闊なのよ。あたしは……』

 そんな中で香里は、ただ唇を噛みしめているだけだ。

『ようやく、七機』

 それでも名雪は七機撃墜し。

『これで、九機』

 祐一も九機のティエレンを撃墜していた。

 そんなとき撤退信号が上がり、残存していた二〇機のティエレンが撤退していく。

『敵モビルスーツ隊、撤退を開始しました』

『助かったの……? 真琴達……』

 栞の報告に、真琴が安堵の息を漏らし。

『そのようだな』

『やれやれ』

『気を抜かないで、まだ作戦は続行中よ』

 緩みはじめたブリッジを、香里は再度引き締めた。

『急いでキュリオスとヴァーチェの回収に向かうわよ』

『了解』

(あゆちゃんに天野さん、二人とも無事でいて……)

 

『折原少尉、機体の状況はどうだ?』

『長距離加速に問題はあるが、航行に支障はない』

 脚部を失った事でプロペラントの残量に不安はあるが、宇宙空間では基本的に慣性で移動が可能なので、ある程度の節約は可能なのだ。

 それにしても、僅かに残ったのはこの三機のモビルスーツと、あとは敵母艦の牽制に投入したモビルスーツの残存兵力のみだろう。これだけの規模と人材を投入して、ガンダム一機鹵獲できないというのは流石に問題がある。

『中佐、前方より接近する物体があります』

『ハネツキか……』

『見つけたよ、ティエレンの高機動超兵仕様。うん、間違いないよ。だってさっきから、ボクの脳量子波に干渉してくるんだもんね』

 キュリオスのコックピット内であゆはただでさえ赤い瞳を一層紅くしてモニターのティエレンを睨みつける。その表情は普段の温厚な彼女とは似ても似つかない、激しい憎悪に包まれていた。

『それなら君もボクとおんなじなんだよね。そうだよ、ボクと一緒で体を強化されて、頭をいじくりまわされて作られた化け物』

『行くぜぇっ!』

 片脚という機体状況ながらも、浩平は様子がおかしいキュリオスに立ち向かう。

『いい度胸だね』

 あゆはキュリオスの左手に装備したGNビームマシンガンを連射。最初はその攻撃を回避する事に成功した浩平であるが、次には機体に集弾してしまう。

『なに?』

 なんとか回避しようとする浩平であるが、あゆはまるでその行動を先読みしているかのようにビームを集弾させている。しかも本来ならその攻撃で撃墜も可能なところを、わざとビームの出力を最弱にしているのだ。

『わかるんだよね、君と同じだから』

 どこへ逃げても、確実にビームが集弾する。このままでは、撃墜されてしまうのも時間の問題だろう。

 脳量子波は物理的な干渉波となるエネルギーを持ち、特に意志決定の際に強く放出される。あゆはそれを感知する事で、相手の動きを先読みする事が可能なのだ。

『中佐、少尉と共に離脱してください』

『なに?』

『中佐と折原少尉の能力は、尚武に必要なものです』

 敵討ちをお願いします、と言い残し、一機のティエレンがキュリオスとタオツーの間に割り込んでくる。

『折原少尉はやらせんっ!』

『普通の人は邪魔しないでよ。それ以上来ると、死んじゃうよ?』

 しかし、それでもティエレンは必死にキュリオスに食らいつく。だが、その時キュリオスの右腕のシールドが、クロー状に変形を開始した。あゆはティエレンを蹴り飛ばすと、クローの先端部分をティエレンの機体に食い込ませる。

『離脱してくださいっ! 中佐っ!』

 その時茂雄は、確かにあのパイロットの覚悟を見た。

『離脱するぞ、少尉』

 その覚悟を無駄にはしない。そう心にきめて茂雄は離脱していった。

『仲間を見捨てて逃げちゃうんだ。これだからONEの人達は……』

『いつか……』

 接触回線が開き、相手のパイロットからの通信が入る。

『いつかお前達は、報いを受ける時が来る。我々が築き上げてきた国を、秩序を乱した罰を』

『それなら聞かせてよ。人を改造して兵士にするような社会に、どんな秩序があるのかをね』

 クローの中央部分より飛びだしたブレードが、徐々にティエレンに迫る。祐一のエクシアと同様に、刀身部分をGN粒子で包みこむ事で、ブレードは容易くティエレンの装甲を貫いていく。

『な……なにぃ? う……うわぁぁぁぁぁぁっ!』

『ねえ、どうしたの? 早く答えてよ。早くしないと、死んじゃうよ?』

 一方的な暴力によって、成す術もなく命をすり減らしていく。それはかつてあゆが味わった事だ。殺さなければ殺される。否応もなしに実験台にされる。それで適合しなければ、待っているのはやっぱり死。

『やめてくれっ! やめてくれぇっ!』

 相手兵士の命乞いが聞こえる。それと同じ事を何度あゆは口にした事か。それでも、誰もやめてくれはしなかった。あゆの心にわずかにためらいが生まれるが、それでもブレードの動きは止まらない。今頃は相手のパイロットスーツを、チリチリと焦がしているところだろうか。

 そして、ついにブレードはティエレンを突き抜けた。

『中佐』

『なにも言うな、折原少尉』

 ティエレンの反応が消失した事に、茂雄はガンダムに対する怒りを覚えると同時に、必ず復讐すると誓うのだった。

『……また、やっちゃった……』

 幼いころから繰り返しONEで人体改造を受けてきたあゆは、一度暴走状態になってしまうと目の前で誰かが死なない限り元には戻れない。そして、そうなったときのあゆは、平然と命が奪えるのだ。

『これが……ボクの本質なの……?』

 今回は敵だったからまだいい。しかし、それが祐一や名雪をはじめとした、あゆが大切に思っている人達だったら。

『だったらボクは、人でなしだね……』

 

『ヴァーチェを発見しました。モニターにだします』

 ガンダムの回収に向かったプトレマイオスは、まずヴァーチェを発見した。しかし、モニター上に投影された機体。その周囲にパーツを浮遊させたまま、静かにたたずむその機体は明らかにヴァーチェとはフォルムが異なっている。

『ナドレ……』

 栞の乾いた呟きが漏れる。

『そう……ナドレを使ってしまったのね……』

 香里の呻くような呟きが続き。

『あれがナドレ……』

 話には聞いていたが、名雪は見るのがはじめてだった。

『キュリオス発見。あゆ、聞こえる?』

 真琴の呼びかけにも、あゆの返事はない。ただ、すすり泣くような声が聞こえるばかりだ。

(あゆ、泣いてるの……?)

「たまらないわ、こういうの……」

 ブリッジから出た香里は通路でただ一人涙し、拳を壁に打ち付けた。

「……本当に、どうしようもないわ。あたし……。もう間違わないって、決めたのに……」

 

「なんという失態でしょう」

 この報は、地上にいる茜にも即座に伝えられた。

「水瀬秋子が求めた理想を、ガンダムは体現している。それなのに、どうしてマイスター達はこうも不完全なのでしょうか」

 それは、久瀬も知るところとなる。

「いいのか? このままで」

「あいにく僕は監視者であって、実行者ではないからね」

 執事の石橋の言葉に、久瀬は興味がなさそうに口を開く。

「僕に出来るのは、彼らを見守り続ける事さ。たとえそれが、滅びの道であったとしても」

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