♯11 月宮あゆ

 

 AIRの対ガンダム調査隊では、先日地球の衛星軌道上で行われたKanonとONE軍の戦いの結果が話し合われていた。

「ねえ、往人さん。ONEが宇宙でガンダムと戦ったのって本当?」

「ああ、観鈴。四散しているデブリの状況からすると、二〇機以上のティエレンが大破したようだ」

「うぬぬぅ、そいつはすごいのだぁ」

 その隣では佳乃が軽く腕組みをしたまま、感心したようにうなずいていた。

「まあ、モビルスーツの性能の違いが勝敗を分かつ絶対条件、ってわけでもないんだがな……」

 そこで往人は二人を見る。

「当てにしているぞ、観鈴、佳乃」

 そのころ晴子も、聖と研究室でガンダムの放つ特殊粒子の正体に行きついていた。

「やっぱこいつは、多様変異性フォトンやったか……」

「それだけでは無いようだな。どうもガンダムは、機関部でこの特殊粒子を生成できるようだ。そうでなければあの航続距離と、作戦行動時間の長さが説明できない」

「せやな。今んとこガンダムが四機しか現れないところに、なんか関係あるんかもな」

「それよりも恐ろしいのは、水瀬秋子のほうだ」

 なにしろ彼女は二世紀以上も前にこの特殊粒子を発見しており、基礎理論まで固めていたのである。もっとも、それゆえに彼女は学界から追放され、以後は歴史の表舞台から姿を消しているのだが。

「それにしてもわからんな、そんな偉いお人が、なんで今になって戦争根絶なんてはじめたんやろな。そんな夢みたいな事」

「紛争の火種を抱えたまま、宇宙に進出する人類への警告。そう、私は見ているが……」

 真相は誰にもわからない。そう呟く聖の表情は暗かった。

 そのころ棗恭介は、独自のルートで水瀬秋子の秘密に迫ろうとしていた。Kanonの声明発表以来、世界は望むと望まざるとにかかわらず、その脅威にさらされる事となった。そこで恭介は、なんとしてもKanonの真意を探ろうと、調査を行っていたのだった。

 しかし、水瀬秋子の血縁はすでに途絶えており、資金面から足取りを追おうとしても、二世紀以上の前のデータはすでに改竄されており、各国の諜報機関ですら容易に辿りつけずにいた。

「あれか……」

 恭介の目の前を、AIRの安全保障局の構成員が通り過ぎる。彼らは今月に入ってから三回もこのマンションを訪れていた。Kanonの秘密を追う彼らがそうする以上、ここにはなにかがあるという事だ。

「ひいおじいさんの行方を捜している?」

 恭介はここに住む、松原という人物を訪ねていた。

「口止めはされているんですが、安全保障局の人は二〇〇年以上前に行方不明になった、私の曽祖父について調べているんです」

「そいつは、どういう人物だったんだ?」

「材料工学の権威だったと聞いていますが、詳しい事は……」

 そこで松原という人物は言葉を濁してしまうが、確かに二〇〇年以上昔の人物について知るはずもない。

 手がかりは途絶えてしまったかのように思えたので、とりあえずその場は辞した恭介であった。おそらく水瀬秋子はこの計画のために当時の科学者達をスカウトしていたに違いない。資材の流れや資金などのデータは改竄できても、人の流れまではそうはいかない。

 ここにきて恭介はやっと、二世紀以上も前の人物の影らしきものが見えてきたような気がした。

 

 地球衛星軌道上のプトレマイオスでは、先日のONE軍との交戦で受けた被害の補修作業に追われていた。船体の損傷はもとより、整備途中だったデュナメスの整備を完了させ、ナドレに再び装甲を装着する事でヴァーチェへと戻す。エクシア、キュリオスもあわせて整備を終了させ、次なるミッションに向けての準備が着々と進行していた。

「今回のONE軍による軍事作戦。キュリオスを鹵獲寸前にまで追い込まれ、ナドレの姿を敵に露呈してしまいました。香里さん、すべては作戦の指揮者であるあなたの責任ですよ?」

 ブリッジでは美汐が、香里に向って責任を追及していた。

「ごめんなさいね」

 それに対し香里は、特に悪びれる様子もなく素直に謝罪の言葉を述べる。

「でも、あたしも人間なのよ? 時には失敗する事だってあるわよ」

「そういう問題では済まされません。これで計画にどれだけの支障が出るか、わかっているんですか?」

「美汐ちゃんもそれくらいにしてあげて。ナドレを敵に晒したのは、美汐ちゃんなんだからね」

 その場に居合わせた名雪が、険悪な雰囲気になりつつある場をなだめるように口を開く。香里を糾弾したい美汐の気持ちもわからないでもないが、だからと言って香里にすべての責任を押し付けるわけにもいかない。

「そうしなければ、私はやられていました」

「だとしても、美汐ちゃんにも責任はあるよ」

 作戦指揮を失敗した香里、ナドレを晒した美汐、双方に非はあるというのが名雪の考えだ。

「香里ばっかり責めないでよ。生きていただけでも、ありがたいと思わなくちゃ」

「今後は、ヴェーダからの作戦指示を優先します」

 そう言い残して、美汐はブリッジから出て行った。

「あう〜……」

 緊張した空気から解放されたのか、途端に真琴が安堵の息をもらす。

「美汐ってば、あんな事みんなの前で言わなくてもいいのに……」

 これでも、一応美汐の事は心配している真琴であった。

「でも、美汐ちゃんも可愛いところがあるよね」

 そう言って名雪が微笑むと途端に、ブリッジの雰囲気が明るくなる。

「真面目だし、ああして他人に八つ当たりするところなんて」

 ある意味ヴァーチェは、美汐を体現するガンダムなのかもしれない。弱い自分の心を守るため、過剰なまでの装甲で覆われたガンダム。ナドレを晒すというのは、美汐にとっては弱い自分の心をさらけ出してしまう事と同じなのだろう。

 それだけに自分の失態が許せず、香里に八つ当たりをしてしまったのだ。

 

 同じころあゆは、ベッドの上で先日の戦闘の際に現れたティエレンについて考えていた。あの機体は超兵専用に開発されたティエレンの高機動仕様で、あれを扱えるのはあゆと同じで超兵としての調整を受けたものに限られる。

 だとするなら、あの計画は今までずっと続いていた事になる。悪魔のような忌まわしき計画が。

 あゆの脳裏に、忌まわしき過去がよみがえる。両親が死に、天涯孤独の身の上となったあゆは超人機関の研究所に連れて行かれた。ここでは世界各国から被験者となる子供が拉致同然の状況で集められ、非人道的な実験が日夜繰り返されていた。

 脳量子波と呼ばれる特殊な脳波を放出するために脳神経系を調整され、強化された神経系に追従するために肉体も改造された。その結果としてあゆの体は、ほとんど成長しなくなってしまったのである。

 あゆは悩んでいた。自分の体に施された処置を香里に報告するべきかを。

(やる事は、一つだよね)

 あゆの脳裏に声が響く。それは、ダッフルコートに羽根付きのリュックを背負った、もう一人の自分の声。

(あの忌々しい機関が存続していて、ボク達のような存在が次々に生み出されている。これは戦争を幇助する行為だよね?)

 確かにそうであるが、そこにいる被験者達は、ある意味あゆの仲間でもある。

(優しいね、キミは。でも、戦闘用に改造された人間に、どんな未来があるっていうの?)

 それはあゆが一番良くわかっている。普通の生活ができないあゆは、Kanonのガンダムマイスターになるしか道はなかった。なぜならあゆは、戦う事しかできないから。

「あゆ」

「祐一……くん……?」

 ふと気がつくとあゆは、祐一の腕に抱かれていた。

「随分うなされていたようだが、大丈夫か?」

「あ……うん。大丈夫」

 七年ぶりの再会を喜び、今は祐一とこういう関係にある。それは名雪や美汐達も同じであるが、それだけにあゆはこの秘密を祐一には知られたくないと思った。

 たとえ祐一がこの秘密を知ったとしても、それであゆが嫌われてしまうというわけでもないと思うが、やはり余計な心配をかけたくないと思う。

「GN粒子のチャージが少なかったか?」

 そう言って祐一は、あゆの上に覆いかぶさる。今まで結構な量をチャージしてくれたが、まだエネルギーが有り余っているようだ。

「……ごめんね、祐一くん」

 心底すまなそうな表情で、あゆは祐一の下から抜け出す。

「今、そういう気分じゃないんだよ……」

 そしてあゆは服を着ると、そのまま部屋を出て行った。

「なんなんだ? まったく……」

 戦闘終了後、なぜかショックを受けているようだったあゆを慰めているうちにこうなってしまったが、祐一自慢の軌道エレベーターはまだまだエネルギーを放出したりないようであった。

(しかたない、あとで名雪にでも頼むか……)

 

『鹵獲中に収集したハネツキガンダムのデータ。ティエレン部隊のミッションレコーダーに残されていたKanonの移動母艦と、デカブツが外部装甲を外した映像。数一〇万基の探査装置と、二〇機以上のティエレンを失った代償としては少なすぎるね』

 ONEの軌道エレベーター、その低軌道ステーションで茂雄は今回の作戦についての報告を行っていた。

「弁明のしようもありません。いかなる処分も受ける覚悟です」

『こちらとしては中佐を外すつもりはないし、辞表を受け付けるつもりもないよ』

 ラオホゥは四隻が撃沈され、ティエレンは小破が一、撃墜されたのが二五機となり、この作戦に参加したティエレンのほぼ半数が失われた結果となった。その割には、モニター画面の向こうのシュンは、妙に楽しそうな表情だ。

『確かに本作戦は失敗した。だけど、中佐に対する評価は変わっていないよ。ガンダムの性能が、我々の予想を超えていただけだからね』

「お言葉ですが、ガンダムの性能はそこが知れません。鹵獲作戦を続ける事は、我が軍にとって……」

『それもわかっているよ。主席は極秘裏にAIRとの接触を図っておられるからね』

「AIRと?」

 ONEとAIRは、犬猿の仲といってもいいくらいの関係である。社会主義国家が中心になったONEと、資本主義国家が中心となっているAIRでは、お互いに相いれない存在なのである。だからこそ両者は今まで対抗組織として競争する関係にはなっても、共に手を取り合うというのは考えられない事なのだ。

『Kanonへの対応が、次の段階に進んだという事さ』

 

 超人機関の低軌道ステーションにある研究室では、今回のミッションレコーダーの解析が急ピッチで行われていた。

『来ないで、来ないでよぉ。うぐぅぅっ!』

「折原浩平少尉のタオツーが近づけば近づくほど、ガンダムのパイロットが受ける苦痛が増加している……。やはり、ガンダムのパイロットは脳量子波の影響を……」

 そこで技官は端末を操作し、過去のデータを検索する事で該当者を探しはじめた。実のところこうした脳量子波の研究は表には出ていないものの、ONEが一番進んでいるという自負がこの技官にある。したがって、脳量子波の影響を受けるパイロットといえば、超人機関の研究所の関係者以外にあり得ないのだ。

「……いる」

 検索に引っかかったのは、E‐〇〇五七試験体。

「脳量子波処置後、突然恐慌状態となり暴走を開始。新たな人格が形成されたと思われるが、詳細は不明。データ収集後、処分……」

 高いレベルの脳量子波を放出するには、左右の大脳新皮質を連結する脳梁部分の神経伝達速度を高め、左右の大脳同士の情報連絡の密度を高める必要がある。一般的に女性脳はこの脳梁部分や前交連、視床下部が男性脳より大きいので活発に情報伝達が行われており、被験者としてあゆはうってつけの存在だったのだ。

 しかし、一度に大量の情報が伝達されるとそれを処理しきれずに、たやすく恐慌状態に陥ってしまう。男性脳では一度に大量の情報が伝達されても、神経伝達回路の情報量そのものが少なく制限されるため、恐慌状態に陥りにくくなる。

 あゆは確かに優れた被験者ではあったが、こうした点が兵士として問題視され、そこで新たに開発されるデザインベイビーである浩平は男性体とされたのである。その背景にはどちらかといえば受動的である女性よりも、支配的である男性のほうが兵士として理想的であるとされたのも理由である。

 しかし、それでも情報伝達量の増加から恐慌状態に陥る場合も懸念されたため、浩平は普段から暴走気味に調整されており、余計な事を考えずに命令を忠実に実行するように処置が施されているのだ。

「これはいかんな、このような事実が上層部に知れたら……」

 あわてて技官はデータの改竄を行う。このようなずさんな管理が上層部に知れたら、超人機関で行われている非人道的な実験の事実が明るみに出てしまう。自己の保身のためにも、事実は闇に葬る必要があった。

『タオツーのミッションレコーダーから、なにかわかった事は?』

 するとそこに、茂雄から通信が入る。

「今のところは、なにも」

『私はガンダムのパイロットを、折原浩平少尉と同類と見ている』

「我々以外にも、脳量子波処置を研究している国がある可能性を否定できません」

『そうだとすれば、この世界は歪んでいるな』

「その意見に賛同させていただきます。中佐」

 

「どうしたの? あゆちゃん。もしかして、怒っているのかしら?」

 あゆの見ている前で、香里はグラスを傾ける。プトレマイオスの艦内には、コンテナのローリングを利用した重力ブロックが設けられているが、低重力環境のせいかグラスの酒は球状になり、外に飛び出さないように飲み口も小さい作りになっているのだ。

「そうねぇ、散々な目にあわされたんだものね。ごめんなさいね、ダメな戦術予報士で……」

「うぐぅ、香里さん酔ってるの?」

「あら、いけない?」

 少し大人びた雰囲気で、自嘲気味の笑みを浮かべる香里には妖艶という言葉がよく似合っていた。逆立ちしても自分には真似できない大人の魅力を持つ香里に、あゆは少しだけコンプレックスを感じてしまう。

「いけなくはないと思うけど、少しは控えたほうがいいと思うよ。名雪さんも心配してるし……」

「やぁ〜よ。だってあたし、これがないと生きていけないもの」

 最近香里の酒量が増えているようで、親友として名雪も心配なのだが、香里の苦悩もわかるために強くも言えないのであった。

「用がないんだったら……」

「香里さんとヴェーダに、進言したい作戦プランがあるんだよ」

「作戦プラン?」

 あゆは小さくうなずいた。

「紛争を幇助する、ある特務機関に対する武力介入作戦なんだよ。その機関は、ボクの過去にかかわっている。詳しい事はデータにまとめたから、酔いがさめたら見てほしいんだ」

 あゆはデータの入ったスティックを香里に渡すと、部屋を出て行った。そのデータをヴェーダに転送した香里は、その内容に思わず目を見張る。

「ONE軍超兵特務機関……これって……」

 

「作戦プラン、見させてもらったわよ。あゆちゃんの過去もね……。確かに武力介入する理由があるし、ヴェーダもこの作戦を推奨してる。でも、あゆちゃんはそれでいいのかしら? 相手はあなたの同類……」

「それはいいんだよ。香里さん」

 その言葉を途中で遮り、あゆは強い決意を秘めた瞳で香里を見た。

「もう一人のあゆちゃんは?」

「それは、ボクと同じだよ」

「本当に、それでいいのね?」

 念を押すように、香里は訊く。それはあゆを心配しての事なのだが、あゆ自身は自分の過去ぐらい自分で決着をつけるつもりだった。

 あゆの決意が変わらないとわかり、香里はミッションの開始をクルーに告げた。

『エクシア、デュナメスは予定通り、南アフリカ国境紛争地域への武力介入を開始。両機発進後、トレミーの針路をラグランジュ四に変更。スペースコロニー『全球』にあるONE特務機関に武力介入を行います』

 プトレマイオスの艦首部分が開口し、カタパルトモードに移行する。コンテナのローリングが終了し、エクシアが所定の位置につく。

『射出準備完了。タイミングを、エクシアに譲渡』

『相沢くん。あたしがいないからって、浮気したら許さないわよ?』

『わかっている』

『あんまり無茶な事して、名雪に嫌われても知らないからね』

『エクシア、相沢祐一。出る』

 その場から逃げるように、プトレマイオスから飛び出していく祐一。

『引き続き、デュナメスの発進シークエンスに入ります』

 栞に続いて、真琴がデュナメスの発進シークエンスを担当しているころ、美汐は一人ヴェーダにアクセスしていた。

『コンテナローリング開始。デュナメスはカタパルトデッキに移動』

 美汐は先程の香里とあゆのやり取りを、ヴェーダを通じて見ていた。

(そうですか、あゆさんは……。人類とは、こうまで愚かになれるものなんですね……)

『名雪、相沢くんが浮気しないようにしっかり見張ってるのよ』

『大丈夫だよ、香里。祐一がそんな事したら、いつでも狙い撃つから』

 そして、デュナメスも飛び出していき、プトレマイオスはラグランジュ四に進路を向けた。

 南アフリカ国境地帯の紛争に武力介入した祐一と名雪は、敵モビルスーツが時代遅れのアンフのためか、特に問題なく介入行動を行っていた。

『こっちは大丈夫だけど、あゆちゃん達は大丈夫かな……』

 そんな名雪の心配を余所に、あゆ達も介入行動に入っていた。

『キュリオス、ヴァーチェ、射出完了』

『ミッション開始時間まで、〇〇四二です』

 目の前に迫るスペースコロニーの大きさに、思わずあゆは息をのむ。

『うぐぅ……まさかここに戻る事になるなんて……』

 せっかく脱走したのに、と思ったのも束の間、コロニーから防衛隊のモビルスーツが緊急発進してくる。

『ミッション通り、ここは私が引き受けます。あゆさんは目標を叩いてください』

『ここはお願いね、美汐さん』

 あゆはキュリオスを加速させ、一気にコロニーへ迫る。

『過去があゆさんを歪ませているというのなら、それは自らの手で払拭する必要があります。それでこそ、ガンダムマイスターなのですから』

 そのためになら、美汐は最大限の助力を惜しまない。攻撃をかいくぐったキュリオスに振り向いたティエレンを、美汐は背後からGNバズーカで破壊した。

 一気にコロニー内部への入り口にたどりついたあゆは、キュリオスを飛行形態からモビルスーツ形態に変形させると、指先から放たれるレーザーで施設のセキュリティを制圧していく。

『セキュリティシステムの制圧完了』

 あゆの見ている前で、コロニーのハッチが次々に開口していく。

『ここから先は、出たとこ勝負だね』

 スティックを握るあゆの手に力がこもる。そしてキュリオスは、ゆっくりとコロニー内部への進攻を開始した。

「なんだ? ガンダム?」

 まず、ハッチ付近で作業をしていた作業員がその接近に気がつき。

「Kanon?」

「防衛隊はなにをしている?」

「外で他のガンダムと交戦中です」

「ハッチの緊急封鎖を」

「ダメですっ! データが書き換えられました」

「ガンダム、コロニー内部に侵攻します」

 内部への侵入を果たしたあゆであるが、キュリオスはコロニーの回転と大気の流動にあおられ、バランスを崩してしまう。

『風に流されちゃう。コロニーの回転に、キュリオスを同調させないと……』

 そのころコロニー防衛隊作戦司令室では、突然のガンダムの襲来に大わらわだった。

「Kanonだと?」

「奴らはコロニー内での戦闘行為の禁止を知らんのか?」

「テロリストにそんな理屈が通用するか。しかし、なにが目的だ?」

 だからこそあゆは内部に侵入してしまえば、不用意な攻撃を受ける事がなかった。このあたりは香里の予想の範囲内だろう。だが、その時あゆを激しい頭痛が襲う。これは、脳量子波の干渉によるものだった。

 あゆの脳に、被験者となった者の悲鳴が直接流れ込んでくる。あゆの目指す先、超人機関研究施設では、実験途中でガンダムの接近を知り、大慌てで研究所員が逃げ出すところだった。彼らは苦しんでいる被験者を放ったまま、研究資料を持ち出す事を優先していた。

『もう、ためらわないよ。だってボクは、ガンダムマイスターなんだから』

 あゆはキュリオスの両手に持ったミサイルポッドを構えるが、脳量子波の被験者となった者の苦しみが直接脳に伝わってくるせいか、トリガーにかかる指先にためらいがのこる。

 はたして、本当に彼らを殺す必要があるのか。出来るなら保護してあげたい。

(甘いよ、キミは……)

 そのとき、あゆはもう一人の自分の声を聞く。

(保護してどうするの? どうやって連れて帰るの?)

 確かに施設から脱走したあゆは、まともな人生を送ってきたとは言えなかった。祐一と出会わなければ、もしかしたら死んでいたかもしれないのだ。あゆの場合はたまたまヴェーダによってガンダムマイスターに選ばれたため、Kanonに保護されただけなのだ。

 しかし、このままでは被験者となった者達が不幸だ。

(あれ? 施設にいる人達って、自分が不幸だなんて思ってたっけ? そんな事考えるはずないよ、だってそういう風に改造されているんだから)

 被験者達は、あのティエレンに乗っていたパイロットのように、必要以上の事が考えられないような処置が施されている。だけど、それが不幸なのではないだろうか。

(独りよがりな考えを、相手に押し付けちゃダメだよ。どんなに良い言葉を並べても、キミのやっている事は偽善っていうんだよ。ただの自己満足)

『うぐぅ……』

(それとも、またボクにやらせるの? 自分じゃなにもしないくせに、大変な事はみんなボクに押し付けてさ)

『そんな事は……』

(じゃあ、どうしてキミはここに来たの?)

『ボクは、Kanonの一員として……』

(殺しに来たんだよね?)

 もう一人の自分の背中に生えているかのような羽が、妖しい輝きに満ちる。ある意味人を殺すのは悪魔ではなく、天使の役割のようであるように見える。

『違うよ、ボクはガンダムマイスターとして……』

(立場で人を殺すの? 引き金くらい、自分で引きなよ。感情のままにね)

 エゴのために、無慈悲なまでに。

『……撃ちたくないんだ……』

 もう一人の自分の、真紅の瞳があゆを射抜く。

『撃ちたくないんだぁっ!』

 あゆの絶叫と共に、キュリオスから発射された弾頭は、超人機関研究施設を瞬く間に火の海に変える。そして、すべては灰になっていくだろう。あゆの過去も、人類の未来も。

 すべてが灰燼と化し、超人機関研究施設が瓦礫の山に変わった時、あゆはただ一人コックピットで泣いていた。これでいいんだと、何度も自分に言い聞かせながら。

『センサーが、キュリオスとヴァーチェを捕捉しました』

『ミッション終了です』

 戦況オペレーターの真琴と栞が、ミッションの終了を告げる。

『真琴ちゃん。手筈通りに超人機関の情報を、マスコミにリークさせて』

『了解よぅ』

 軍による兵士の人体改造、これが世間に知れたら大スキャンダルは間違いない。だが、これは興味本位で扱っていい情報では無い。Kanonには、あゆという悲しい実例が存在しているのだから。

 

「Kanonが全球を襲撃した。目標は貴官が所属する超兵機関だ」

「そ……そんな……」

 突然の報告に、技官は声も出ない。

「私も知らされていない研究施設への攻撃。ガンダムのパイロットの中に、超兵機関出身者がいる。そして、貴官はそれを知っていた。違うか?」

「いえ……知りませんでした」

 つい技官は茂雄から視線をそらしてしまう。それが茂雄の疑念を確信に変えさせた。

「私の権限でこの研究施設は封鎖。貴官には取調べを受けてもらう」

「ま……待ってください」

 技官は両脇を兵に拘束され、手錠がはめられる。もはやどんな言い逃れもできない状況だ。

「この事件はすでに世界へ流れている。報告を怠り、わが陣営を不利な状況に置いた貴官の罪は重いぞ。連れて行け」

 Kanonに花を持たせる事になるとはな。連行される技官の後ろ姿を見つつ、茂雄はそう呟いた。

 

 そのころあゆは、眠れぬ時を過ごしていた。こういうときに祐一がいれば、なにもかも忘れさせてくれるのだが、ミッション中で不在ではそれすらも望めない。

「どうしたの? あゆちゃん。新しい作戦でも立案したのかしら?」

「ねえ、香里さん。ボクにも一杯、もらえないかな?」

 そこであゆは、一人でグラスを傾けている香里のもとを訪れた。

「どうして?」

「今日はそういう気分なんだよ」

「ダメよ。あゆちゃんにお酒飲ませたら、名雪に叱られちゃうもの」

 実のところ名雪は、怒ると結構怖かったりするのだ。

「いいじゃない。だってボク、香里さんと同い年なんだし」

 小柄な体形と子供っぽい容姿のためにそうは見えないが、実のところあゆは香里よりも年上なのである。なので飲酒も特に問題はないのであった。

「しょうがないわね……」

 軽く微笑んで、香里はあゆの分のグラスも用意する。

「名雪には内緒よ?」

 軽くグラスを合わせてからあゆは一口飲んでみるものの、すぐに眉をひそめてしまう。

「うぐぅ……香里さん、どうしてこんな苦いの飲んでるの?」

「そのうちあゆちゃんにもわかる時が来るわよ。きっとね……」

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