♯12 教義の果てに

 

 中東。そこに位置する多くの国々は石油輸出産業で経済を支えていたが、太陽光発電システムの建設計画により、その存在価値を失おうとしていた。

 国連の決議によって一部を除いて大幅な原油の輸出規制が採択され、これによって石油資源は事実上枯渇したも同然となった。しかし、その国連決議に反対する中東国家の一部が武力を行使した結果戦火は拡大し、実に二十年以上前から続き、今なお小規模な小競り合いが続く太陽光発電紛争となる。

 この紛争で疲弊し、世界中から見放された多くの中東国家は貧困にあえぎ、分裂や統合を繰り返している。それが、現在の中東の現実であった。

 カスピ海とペルシャ湾に挟まれたアザディスタン王国も、そうした事情を抱えた中東国家のひとつである。内政の悪化した隣国のクルジス共和国を六年前に武力制圧して吸収、新興国家として王制を復活させたが、国教の解釈の違いにより国民は大きく二つの教派に分かれ、政治的に不安定な状況が続いていた。

 

 アザディスタン王国の王宮内にある執務室では、国連大使のアレハンドロ=久瀬と王女の佐祐理=イスマイールの会談が行われていた。

「受信アンテナの建設作業が、予定より遅れているようですが」

「作業の妨害が、幾度か行われたようです。国民の中には、太陽光発電システムに反対する者達もいますから」

 太陽光発電システムは基本的に軌道エレベーターを通って各地域に有線でエネルギーを供給するものであるが、軌道エレベーターから離れた遠隔地にはマイクロウェーブを使って送電する。そのために必要な受信パネルの建設が国連主導のもとにアザディスタン王国でも始まったのだが、その作業は遅々として進まなかった。

「我々の派遣した技術者の安全を最優先にお考えください。万が一の場合、我々は国外に退去する事になります」

 技官の言葉が、佐祐理の耳に重く響く。CLANNADからの支援を片っ端から断られたのは、そうした国内事情によるものだからだ。

「軍にはそのように進言しています」

 そう佐祐理は言うが、状況は思わしくないのが実情だ。

「姫様」

 不意に久瀬が口を開いた。

「一度建設作業現場に、表敬訪問をなさってはいかがですか? そうすれば、兵や技術者の士気も上がりましょう」

「……それは、ダメ」

 佐祐理の脇に控えていた侍女兼護衛役の少女、川澄舞が静かに口を開く。確かに現在のアザディスタン王国の内部事情では、暗殺されに行くようなものだ。

「それよりも、私は大使に聞きたい。どうして、国連はこの国を助けてくれる?」

 佐祐理が不慣れな外交を行ってもその成果は思わしくなく、そればかりか邪魔者扱いされていた。中東情勢を考えれば、支援を行ったところでメリットは全くないからだ。かつて世界中が石油に依存していたころならまだしも、代替エネルギーが確保できるようになった現在ではまったくの無意味だからだ。

 しかも、中東にはアザディスタンだけではなく、他にも技術が立ち遅れている国家が無数にある。それなのに、なぜアザディスタン王国なのか。

「それは、あなた方の要請があったからですよ。国連としてはアザディスタン王国をモデルケースにして、中東全土に支援の輪を広げていきたいと考えています。それに、Kanonの存在も気がかりです」

「Kanon……」

 佐祐理の声がかすれる。確かにこのまま国内状況が悪化していけば、彼らが介入してくる事は必至だ。

「戦争根絶を唱える彼らが、小規模とはいえ紛争の絶えない中東に武力介入してくる事は時間の問題。紛争後の復興支援をするよりも、争いを無くしていく支援のほうが重要と考えたまでです」

 口先だけなら、どのようなご立派なお題目も唱えられるというものだ。

「久瀬大使。あなたのそのお気持ちを、あなた方の神に誓えますか?」

「誓えます。アザディスタンの未来を、あなたの神にも」

 

 そんな佐祐理の思いとは裏腹に、アザディスタン王国に暗雲が立ち込めつつあった。

「ラザ、議会は神の教えに反している。この国の土地は神に与えられし場所、その契約の地に異教徒を招き入れるなど」

 アザディスタン王国の寺院には保守派の重鎮が集い、改革派の行っている太陽光発電システムの受信アンテナの建設を巡って意見が交わされている。

「改革派はいずれ、我らからこの土地を取り上げに来ますぞ」

「ラザ、あなたの言葉で多くの民が立ち上がるでしょう。今こそ……」

「お主ら、少しは落ち着かんか」

 ラザ、と呼ばれたその人物。幸村俊夫は一同を睥睨すると、静かに口を開いた。

「教えに背いた王女と議会には、いずれ神罰が下されるじゃろうて。わしらは黙ってそれを待っておればよいのじゃ」

 だが、事態は幸村が考えているほど楽観的ではない。今この瞬間にも、幸村達がいる寺院に向かって武装した謎の集団が迫りつつあるからだ。

「いつまでそのような事をおっしゃるつもりかっ!」

「このままでは我々も、クルジスの二の舞だっ!」

「我々が神の矛となり、改革派に神の罰を与えるのだっ!」

「異教徒をこの地から追い出すのですっ!」

「私腹を肥やす改革派に神の雷をっ!」

「すべての恵みを、我らの手にっ!」

 結局のところ、いくら保守派が神の名を口にしたところで、行き着くところは自分達の利権なのだった。それがわかっているだけに、幸村も不必要に国内を混乱させるべきではないと考えているのである。

 今アザディスタン王国が分裂状態なのは、そうした人も思惑によるところが大きい。そして、この結果としてもたらされる戦乱は、かつてのクルジスに行われたのと同じく、過酷な殲滅戦になる事は想像に難くない。

 もしそうなってしまえば、この地球の地図からアザディスタン王国の名が消えてしまう事だけが確実なのだから。

「教えを忘れた者達に、神罰をっ!」

 その時、外から乾いた銃声が鳴り響いた。あたりにざわめきが走る中、武装した集団が幸村達を取り囲む。

「お主ら何者じゃ? ここをどこと心得ておる?」

 幸村の問いに、武装した集団は乾いた笑いを浮かべるのみだった。

 

 幸村俊夫が何者かに拉致されたという情報は、瞬く間にアザディスタン王国全土を駆け巡った。これにより保守派は幸村拉致の真相がどうであれ、改革派の犯行によるものと断定するだろう。

 ある意味において国連の支援を受ける形での太陽光発電システムの導入は、国内に災いをもたらしただけなのかもしれない。いくら議会で可決されても、国民の全てがそれを認めているというわけでもないからだ。

 この事態の議会は治安部隊の出動を決定。これにより、保守派の中でも武闘派に位置する超保守派がどう動くかで国の今後が決まるだろう。

 これでもし、幸村がすでに殺されているとしたら。

 考えなくてはいけない。最悪の事態を回避するためにも、佐祐理は必死で考える必要があった。

 すでに街中では保守派の国民で構成されるデモ活動が、改革派の治安部隊と接触しており、いつ状況が悪い方向に転がるか見当もつかない状況だ。

「教えを忘れた者達に、神の雷をっ!」

 保守派の国民は口々に佐祐理を罵り、ポスターや国旗に火をつけていた。

 この事態に対し、Kanonは母艦となるプトレマイオスがラグランジュ四から戻ってきていないため、この内紛が内戦に発展していくようであるなら現行戦力で対応せざるを得ない。

 現地へ向かうエージェントの里村茜は、起こりうる最悪の事態を考えていた。

「私です。現在の状況を教えてください」

 するとそこへ、アザディスタン王国に出向いている久瀬から通信が入る。

『各所で小競り合いが起こっているようだが、大事には至っていないよ』

「では、早目に国外への退去を」

『ここに残るよ』

 久瀬の言葉に、茜は大きく目を見開いた。

「残る?」

『この国を行く末を見守りたいのだよ。それに、君達がどう行動するかをこの目で確かめたい』

 

「幸村先生……」

 そのころ佐祐理は、一人恩師である幸村の身を案じていた。

「そうか、佐祐理姫。ついに決意なされたか」

 かつてアザディスタンが新興国家として再生し、王制を復活させようとしていたころ。その神輿として担ぎ出されたのが、日系人である佐祐理だった。

「はい、佐祐理はこの国の王女になる事を決めました。たとえそれがただの象徴、お飾りの存在だとしてもです」

 佐祐理に出来る事があるのなら、やらなくては。そう強い決意を秘めた瞳で、佐祐理は幸村を見る。

「そうか、ならわしはそなたと反対の立場をとらせてもらうとするかの」

「は、はぇ〜。どうしてですか?」

「たとえ国が新しくなったとしても、この国に暮らす多くの民には歴史があり、家族があり、神の教えがある。わしもそうじゃが、戦火を嫌うものもいるんじゃよ。姫に反対する者が争いをおこさぬようにするためにも、彼らの思いを受け止めるものが必要なんじゃよ」

 今になって佐祐理はこの国の未来のために、あえて反対の立場を取った幸村の言葉が重くのしかかってくるように感じていた。もしかしたら、佐祐理がこの国ために良かれと思ってした事は、単に国を乱しただけなのかもしれなかった。

 そんなとき、議会の様子を見に行った舞が帰ってくる。

「どう? 舞。議会は佐祐理の意見を取り入れてくれそうですか? 双方の歩み寄りを……」

「そんな事を言っている状況じゃなくなった」

「え?」

「保守派は議会をボイコットした。改革派は秘密裏に打診されていた、AIRの軍事支援を受ける方向で話を進めている」

 佐祐理の思っていた以上に、事態は最悪の方向に向かいつつあった。

「そんな事をしたら、超保守派を刺激するだけです。それにどうしてAIRの軍事支援を?」

 アザディスタンに軍を派遣しても、メリットはないはずである。しかし、このまま内戦へと発展していけば、最悪の場合ガンダムがやってくる。彼らの狙いはアザディスタンの支援ではなく、あくまでもガンダムなのだ。

「久しぶりにガンダムに会えそうだね、往人さん」

「そうでないと困る」

 太平洋上空ではAIRの特務部隊がアザディスタン王国に向かって移動していた。その輸送機の機内で、往人は不敵な笑いを口元に浮かべていた。

「それにしても、アザディスタンに出兵なんて」

 暑そうなのだ、と佳乃がぼやく。

「軍上層部が、議会に働きかけた結果やで。うちらもONEの連中に、後れを取るわけにいかないんやからな」

 おなじころ、この知らせを聞いた久瀬は自嘲気味の笑みを口元に浮かべる。

「まさかな、AIRに支援を求めるとは。彼らは軍の中にも保守派がいる事を知らないと見える」

 

「内戦がはじまるまで、ここで待機していてね。狭いけど、お部屋も用意してあるから」

「ありがとう、詩子ちゃん」

 名雪はにこやかにお礼を言った後、真剣な表情で茜に訊く。

「それで、そっちの状況はどうなの? 茜ちゃん」

「アザディスタン王国の内紛を鎮静化するには、誘拐された幸村俊夫氏を保護し、全国民に無事を知らせる必要があります」

「と、言ってもこの国の人達は異文化を嫌ってるからね。それでどれだけの成果が出せるかが問題よ」

 ヴェーダの推測では、幸村俊夫を誘拐した組織は改革派では無い確率が高い。だとすると、保守派のマッチポンプである可能性もあるが、現時点では第三勢力の介入による可能性のほうが高い。いうなればここで戦乱を起こす事で、得をする連中がいるという事だろう。

「じゃあ、俺が動こうか?」

「祐一が?」

 そう言って立ち上がった祐一を、名雪は不思議そうな眼で見た。

「俺はもともとクルジスの生まれだし、アザディスタンだって行った事がないわけじゃないからな。この国に紛争をもたらす奴がいるとするなら、駆逐するまでだ」

「それはいいけど、祐一」

 部屋を出て行こうとする祐一を、名雪は呼びとめた。

「浮気なんかしたら、狙い撃つよ?」

「……わかっている」

 街を歩く祐一は、かつての光景に思いを馳せていた。小銃を片手に戦場を走り、モビルスーツを相手に絶望的な戦争をしていたあの時の事を。仲間といえる人達はあれで全員死んだ。祐一もガンダムの介入がなければ、確実に命を落としていただろう。

 だからこそ祐一は、あんな悲惨な出来事を起こしたくなかった。自分がガンダムとなる事でそれが起こらなくなるのなら、喜んでKanonの活動に身を投じるつもりだった。たとえその先にあるのが、絶望しかなかったとしても。

「ん?」

 不意に祐一は、誰かの視線を感じた。よく見ると街のあちこちにいる大人達から、鋭い眼光が浴びせられている。だが、祐一はこれも無理のない事だと思う。いくらクルジスの出身であるとはいえ、祐一は日系人である。異文化や異民族を排斥する傾向がある中では、祐一は奇異の目で見られても仕方がないのだ。

「お兄ちゃん」

 そんなとき、祐一の前に一人の少年が現れた。

「水、買わないか?」

「いや、間に合っている」

 砂漠の町で水は貴重品だ。だからこうして一杯いくらで売り歩く少年が居ても不思議ではない。特にこうした商売は旅行客を相手に行うものであるためか、少年は祐一が異民族であるにもかかわらず気軽に話しかけてくるのだった。

「ひょっとして、ここは初めて?」

「ずっと世界を旅しているからな」

 すると、少年の目がきらりと輝く。

「あ、ねえ。族長に聞いたんだけどさ、世界にはすっごくでっかい塔があって、宇宙にまで行けるって本当なの?」

「本当だ」

「もしかして、行った事ある?」

「ああ、まあな」

「すっげ〜」

 祐一の話に、少年は大喜びだ。

「佐祐理様が言ってたよ。いつかぼく達も宇宙に行けるようになるって」

「佐祐理?」

 不思議と聞き覚えのある名前だ。

「お兄ちゃん知らないの? ほら、あそこに張ってあるポスターが、佐祐理=イスマイール様だよ」

 少年が指さすポスターを見たとき、祐一はそれがいつかテロ事件の犯人を追っていた時に会った少女である事に気がついた。

「おい、なにしてる?」

 するとそこに、初老の男が話しかけてきた。

「お前、クルジスの者だろう? ここはお前がいていい場所じゃない。とっとと出て行けっ!」

 言われるまでもなくそうする。と言わんばかりに祐一はその場を立ち去るのだった。

 

(なんとかして、ここを逃げ出さんとな)

 そのころ幸村俊夫は、武装した集団に拉致されていた。早いうちにここを脱出しないと、アザディスタンは再び動乱の時代に戻ってしまう。それだけはなんとしても避けなくてはいけなかった。

「さて、今回神はどっちを選ぶ? まあ、どっちにしても戦争だがな……」

 そして、その部隊を率いていたのは、あの古川秋生だった。秋生はそう呟くと自嘲気味の笑みを浮かべる。いずれにしても、彼にとってはこれから面白くなるのだから。

 その夜、アザディスタン王国に建設中の太陽光発電受信アンテナ施設を警備していたアザディスタン王国軍のアンフ。その中の一機が、突然唸りを上げて稼働を開始した。

『どうした?』

 その音に振り向いた一機を、背後から銃弾が襲う。

『この地を荒らす不信仰者どもに、神の雷をっ!』

 警備隊の中に紛れ込んでいた超保守派のメンバーが、突如として攻撃を開始した。

『往人さん、ポイントDで交戦みたいっ!』

『やはりアンテナを狙ってきたか』

 観鈴の叫びに、上空を警戒していた往人は軽く応じる。

『いくぞっ! 観鈴、佳乃』

『了解っ!』

 早速現場に向かう往人であるが、交戦している機体はどちらも同じアンフなので、迂闊に手が出せない。

『うぬぅ、味方同士でやりあっているのだぁ』

『裏切り者はどっちなんだ?』

 一応、往人達は改革派の援軍として派遣されてきている。しかし、保守派の機体が判別できなければ、支援すらままならない。

『レーダーが?』

 そんなとき、フラッグのレーダーが突然作動不良を起こす。そして、粒子ビームの光芒が、アンフを確実に撃ち抜いていく。それは敵も味方も関係ない砲撃だった。

『この粒子ビームの光は、ガンダムかっ?』

 遠く離れた高台では、名雪のデュナメスがGNスナイパーライフルのスタンドを立てた砲台モードで狙撃を行っていた。

『ゼンダンメイチュウ、ゼンダンメイチュウ』

『待機しといて正解だったね』

 デュナメスのコックピットで、名雪がほっと一息ついたその時。

『ところがぎっちょんっ!』

 近くに潜伏していた秋生のイナクトが、太陽光発電受信アンテナに向けてミサイルを発射した。

『えっ?』

『ミサイルだとっ?』

 名雪と往人が驚く中、発射された四発のミサイルは空中で無数の弾頭を分離する。

『数が多すぎるよ〜』

 名雪は即座にGNスナイパーライフルによる迎撃を試みるが、GNスナイパーライフルは破壊力に優れる半面、連射が出来ない。それでも半分以上は破壊に成功するが、残りの弾頭は受信アンテナを破壊するのだった。

 

『観鈴、佳乃、ミサイル攻撃をした敵を追え。俺はガンダムに向かう』

『了解なのだぁ』

『往人さんも気をつけてね』

 観鈴と佳乃は秋生のほうに向い、往人は名雪のデュナメスを目指す。

『う〜、AIRはアザディスタンの防衛が任務なんじゃないの?』

 接近してくるフラッグに向かい、名雪はそう呟きつつもロックオントリガーを引き下ろす。

『やっぱり、わたし達が目当てなのかな?』

 デュナメスの頭部が、ガンカメラモードに変形する。

『狙い撃つよ〜』

『ぐぅっ!』

 そのビームを、機体の変形を駆使した強引な荷重移動によりかわす往人。その際の負荷により、フラッグの関節からは火花が散り、往人の体に猛烈なGが加わる。

『人呼んでっ! 往人スペシャル!』

 そう叫ぶなり往人は左手のリニアライフルを一連射する。

『けろぴーっ!』

『リョウカイ、リョウカイ』

 けろぴーのアシストにより、左肩のフルシールドでその砲弾を回避する名雪。

『二度目はないよ』

 今度こそ本気の一撃を叩きこもうとした名雪であるが、往人は容易くその砲撃を回避していく。

『わたしが外した? なんなの、このパイロット』

『あえて言わせてもらうぞっ! ガンダムパイロット。俺が国崎往人だっ!』

 そのまま急接近した往人のフラッグは、名雪のデュナメスを蹴り飛ばす。

『蹴られたっ?』

 そして、右手でプラズマブレードを引き抜くと、一気に切りかかってくるのだった。

『くっ……』

 それに対して名雪も左手で腰部バックパックのGNビームサーベルを引き抜いて受け止める。

『流石に身持ちが固いな、ガンダム』

『わたしが剣を使う事になるなんて……』

 格闘戦は苦手なのに、と呟きつつも名雪は右手のGNスナイパーライフルを捨て、代わりにGNビームピストルを引き抜く。

『なにっ?』

 GNビームピストルは、連射性能に優れる火器だ。だが、それすらも往人は右腕のディフェンスロッドで回避してしまった。いくらそれほど威力がないからといっても、これには名雪も驚きの色を隠せない。

『受け止めたの?』

『やったな? よくも俺のフラッグをっ!』

『うう〜、しつこいよ、この人。けろぴー、GN粒子の散布を中止、全ジェネレーターを火器に回して』

『リョウカイ、リョウカイ』

 本能で名雪は悟る。この人は手加減をして勝てる相手じゃないと。今までは機体の圧倒的な性能差により、相手の関節部分などを狙い撃つ事で、なるべく死傷者が出ないように配慮してきた名雪ではあったが、とてもじゃないが往人はそんな悠長な事を言っていられる程度のパイロットではなかった。

 名雪の気合いに呼応するように、GNビームピストルを両手に構えるデュナメス。

『相手はただのフラッグなのに』

『ガンダム!』

 双方の機体が、再度交錯しようとした刹那。

『アザディスタン軍ヴェイル基地より、モビルスーツが移動を開始。目的地は王宮の模様、ただちに制圧に向かってください』

 突如として入った緊急通信により、デュナメスとフラッグは対峙したまま動きを止める。

『アザディスタン軍が?』

『おそらくは他の基地からも、なんらかの動きがあると思われます』

 まったく同じ通信を茜から聞きながら、名雪は急を告げる事態に唇をかみしめるのだった。

『クーデターが起きちゃったみたいだけど、フラッグのパイロットさんはどうするのかな?』

『……やっとガンダムと巡り合えたというのに』

 今回もまた、口説き落とせなかったか。と往人は自嘲気味の笑みを浮かべる。

『口惜しさは残るが、俺も人の子と言う事だ』

 往人はフラッグを上昇させると、そのまま飛行形態に変形して首都の防衛に向かう。

『観鈴、佳乃、首都防衛に向かうぞ』

『了解』

『ミサイルを発射したものは?』

『モビルスーツらしき機影は見かけたんだけど、特殊粒子のせいで確認できませんでした』

『そうか。ガンダムの能力も考えものか……』

 

「太陽光発電受信アンテナが破壊された? いったい誰がそんな事を?」

「警備に当たっていたモビルスーツのパイロットの中に、超保守派のメンバーが紛れ込んでいたみたい」

 舞からの報告に、佐祐理の顔面は蒼白となる。まるで幸村が拉致された事を、あらかじめ知っていたかのような行動だ。

 さらにそこへ、ゼヒール基地よりモビルスーツが無断で発進したという報告が佐祐理のもとに届く。全部で五機のモビルスーツがまっすぐ王宮に向かっているという。まさしくこれはクーデターだった。

『我々は神の矛である。我々は蜂起する。神の教えを忘れた者達に、神の雷をっ! 契約の地に足を踏み入れた異教徒達を排除せよっ!』

 市街地をまっすぐ王宮に向かって歩く超保守派のアンフの足元では、同じく超保守派のメンバー達が銃を乱射している。その前に改革派のアンフが立ちふさがり、激しい攻防戦が繰り広げられた。

「避難しなくてよいのか?」

「ちょうどいい機会だ、石橋。君も見ておくといい、ガンダムという存在を」

 そこに現れる、祐一のエクシア。

『相沢祐一、エクシア。目標を駆逐する』

 市街地に展開したアンフを、祐一は切り裂いていく。

「あれがガンダムか……」

 近くのホテルからそれを見ていた石橋は、率直な感想を口にする。

「……無様な戦い方だ」

 しかし、久瀬の口調は呆れた様子だ。

「ガンダムの性能に頼りすぎだ。パイロットは確か、相沢祐一だったか?」

 エクシアの祐一のもとに、茜から連絡が入る。

『カズナ基地からもモビルスーツが発進したわ。現在ケヒ地区を通過中よ』

『了解』

『も〜、次から次へと』

 その連絡を受けた祐一と名雪は即座に現場へと向かう。そこへ向かった祐一は、眼下の光景に見覚えがあった。なぜならそこは、かつてはクルジス共和国だった場所だからだ。

 町中を縦横に走りまわり、小型の火器でモビルスーツに対抗する子供達。教義の果てに、幼いころの祐一も参加した戦闘だ。それでモビルスーツを破壊しても、その爆発になすすべもなく巻き込まれていく。

『エクシア!』

 叫ぶなり祐一はエクシアをアンフの部隊に踊りこませ、縦横に駆け巡りながら一機ずつ破壊してゆく。だが、祐一の目の前に広がる光景は、破壊された街並みと、もう動く事のない子供達の姿だった。

 残りのアンフが、執拗にエクシアへ攻撃を加える。

『うあぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 名雪が現場に到着した時には、すべてが終わっていた。破壊されたアンフの残骸の中で、エクシアは呆然と立ち尽くしているかのようだ。

『祐一……』

 その時祐一は、コックピットで唇をかみしめていた。自分にできたのは単なる破壊。だれも救えなかった。

『俺は……ガンダムになれないのか……?』

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