♯13 聖者の帰還

 

 国連主導のもとにエネルギー支援が行われているアザディスタン王国で、対立していた保守派と改革派の内紛は保守派の宗教的指導者である幸村俊夫の拉致をきっかけに内戦へと拡大していき、そこにkanonが武力介入する事で事態は最悪の方向に転がりつつあった。

 ラグランジュ四から衛星軌道上に帰還する途上で、戦術予報士の美坂香里はそれを知る事となる。

 改革派の支援の名目で派兵していたAIRは首都周辺の制空権を確保し、内乱の鎮圧をはじめた。教義の果てに信心深さが暴走してしまったが故の結果に、対ガンダム調査隊の国崎往人は呆れともとれる溜息をつく。

 クーデターの勃発。Kanonの介入。アザディスタン王国第一王女、佐祐理=イスマイールは、自分がこの国のために良かれと思って行った太陽光発電システムの導入が、結局は国民の心に怒りの炎をともしてしまい、この国を内乱に導いてしまった事実に避難所で膝を落としてしまう。

「……立って、佐祐理」

 顔をあげると、そこには護衛兼侍女の川澄舞の姿がある。

「まだ、終わったわけじゃない」

 いうなれば、はじまったばかりなのだ。

 一部の軍属が引き起こしたクーデターはAIRの介入により鎮静化していたが、いまだに小規模なテロは起こっていた。

『アザディスタン王国第一王女、佐祐理=イスマイールです。皆さん、どうか落ち着いてください。神に約束された契約の地で、国民同士が争う事は決してあってはならない事です……』

 佐祐理はテレビ放送を通じて戒厳令下に置かれた市民達に呼び掛けるが、現実にAIRの制圧下にある自分達の苦労は、改革派が国連を連れてくるからこうなるのだという意識が強い。それは保守派の怒りの矛先が、無力な一般市民に向けられた結果でもある。

 AIRの野戦病院では多くの怪我人が苦しんでおり、それこそ神に祈るしかできない状況に嘆きの声が広がりつつあった。

「幸村先生の居場所はまだわからないの?」

「AIRと共同で鋭意捜索中。今のところ進展なし」

 アザディスタン王国の王宮で、舞は佐祐理の質問に簡潔に答える。受信アンテナは破壊され、クーデターの勃発により国連の技術団は撤退。そのうえ、Kanonの武力介入まで受けている。まさに、最悪の状況だ。

 ここで幸村俊夫が保護されればこの状況を打開する事が出来るのであるが、その行方は誰にもわからないでいた。

 

 幸村俊夫の誘拐に端を発する一連の動乱の中で、モビルスーツを使用した軍事クーデターにまで発展した段階でKanonはガンダムによる武力介入を開始した。

 しかし、戦術予報士の香里が不在であるために、祐一と名雪は有効なミッションを立てられないまま、介入行動を続けるしかなかったのである。

「第三勢力の介入、ですか?」

「うん。アザディスタン王国の要請を受けたAIRと、武力介入したわたし達の他にも内戦を誘発した勢力があると思うんだよ」

 ミッションを終えた後、シャワーを浴びてすっきりした名雪は茜から紅茶の入ったマグカップを受け取ると、そう口を開いた。

「じゃあ、名雪はその勢力が幸村氏を拉致したって言うの?」

 名雪の言葉に詩子が問う。アザディスタン王国から少し離れた荒れ地に着陸した茜の小型飛行機の中で、名雪達三人は今後の方針について話し合っていた。

「なんとなく、だけどね」

 詩子の問いに、名雪は紅茶の入ったカップを可愛らしく両手で持ったまま答える。名雪にとってはまったく根拠のないものであるが、どうにも引っかかるものを感じるのだ。

「ヴェーダもその可能性を示唆していたんでしょ? 茜ちゃん」

「名雪さんがそう思う根拠は?」

 茜は冷静に訊く。そこで名雪は、ミサイル攻撃を受けた受信アンテナ周辺部の地図を呼び出した。

「受信アンテナの建設現場で、遠方からのミサイル攻撃があったんだよ。この火力からしても、モビルスーツを使用した可能性が高いと思うよ」

「モビルスーツを運用できる組織、ですか……。それにしても、一体なんのために?」

「そんなのわかんないよ〜」

 香里ならなにかわかるかもしれないけど。と、名雪は思うが、自分の頭ではこれが限界だ。

 実のところ国連によって枯渇が宣言され、一部の国を除いて輸出が制限されている原油であるが、アザディスタン王国にはまだ手付かずの原油が豊富に埋蔵されている。二四世紀となった現在では、寒冷地の暖房用の燃料以外に原油の価値はほとんどないが、プラスチックや繊維をはじめとした化学製品の原料としてはいまだに高い価値を持つ。それ以外にも道路を舗装するためのアスファルトなど、意外と石油化学製品の用途は広いのだ。

 しかし、この時代における原油の状況はあまり明るくない。理由は石油を燃料とする事で生じる炭酸ガスの排出が問題となるからだ。そこで改革派は自分達の土地に太陽光発電システムの受信アンテナを建設し、アザディスタンの近代化を行おうとしているのだが、それが保守派には面白くない。基本的に保守派は、神に約束された契約の地に異教徒や異民族が入ってくる事を好ましく思っていないのだ。

 地球温暖化の原因とされているのが炭酸ガスであり、二四世紀ともなると排出規制がかなり厳しくなっている。排出される炭酸ガスは地中に埋めてしまう技術は確立しているものの、それらにかかわる費用も膨大になる事から、どの勢力も敬遠しがちなのだ。また、AIRとONEは自前で原油を産出できるし、勢力圏内での需要もそれほど高くない事からも輸入をする必要もないのであるが、こうした資源を喉から手が出るほど欲している勢力があるのも事実なのだ。

 

 そのころ祐一は、ただ一人現地調査に赴いていた。

「名雪の話だと、このあたりからミサイルが発射されたそうだが」

 携帯端末を開き、情報を確認する。名雪のデュナメスに残されていたデータから割り出すと、このあたりでほぼ間違いないだろう。

「ふ〜む、残留反応があるな。ここにモビルスーツがいた事は間違いなさそうだ」

 モビルスーツは足跡もそうであるが、駆動する際にはどうしてもなんらかの痕跡をその場に残してしまう。つまり、そのデータからモビルスーツの種類まで割り出せてしまうので、どの陣営が介入しているのかまでもわかってしまうのだ。

 もっと詳しい位置を調べようと、祐一が丘の向こうに歩を運んだ時だった。

「あれは……AIRか?」

 崖下に一機のフラッグと一台の装甲車。それに移動基地にも見える航空機の姿を見つけ、祐一は素早く物陰に身を潜めた。

「回収したポッドの事なんやが、反応からしてもこのあたりで間違いないみたいやな」

 どうやら昨夜の事件をAIRも調査しているようだ。

「PMCトラストからの回答はどうなんだ? 晴子」

「モラリアの紛争時に、盗まれた機体やと言ってるで……」

 そこまで言った晴子を、往人は制する。そして往人はゆっくりと祐一の隠れている物陰を見た。

「立ち聞きはよくないな」

「見つかった?」

 往人の持つ洞察力に、思わず祐一は唇を噛む。

「そこに隠れているやつ、出て来いっ!」

 祐一は観念し、両手をあげて二人の前に姿を現した。

「なんや、まだ子供やないか。原住民か?」

「それはどうかな?」

「あ〜、え〜と。ぼく、このあたりで戦闘があったって聞いて……」

「なるほどなぁ。そういう事に興味がある年頃なのかもしれんけど、ここはまだ危険やで。わかったら、早く帰りや」

「あ、はい。そうします」

 それでは、と一礼して去ろうとする祐一ではあったが。

「待て、少年」

 二人に背を向けた祐一を、往人は呼び止めた。

「君は、この国の内紛をどう思う?」

「どうした? 居候」

「この国の内紛をどう思うのか?」

 重ねて往人は祐一に呼びかける。その質問は、祐一の心を鋭くえぐる。かつて内紛が原因で祖国と言える場所を失った祐一にとっては、アザディスタンの内紛は他人事とは思えないからだ。

「どう思う、って言われても。ぼくは……」

「客観的には考えられないか。では、君はどちらを支持する?」

 保守派は異教徒や異民族にこの地に入ってきてほしくないだけであり、一部の超保守派のように武装した過激派の存在が混乱を巻き起こしているだけである。一方の改革派は、これ以上国家の水準が他国より遅れたまま衰退していくの恐れている。そのために積極的に国連や他国に援助を求め、新しい技術を導入しようと考えており、第一王女の佐祐理はいうなれば改革派の象徴として扱われている。

 つまり、双方の言い分にはそれぞれの正義があり、一概にどちらが悪とは言えない。もっとも、超保守派のように改革派を根絶やしにしようとする勢力がある事も否定できず、このあたりが民族宗教間における紛争の解決しがたい問題点なのである。

「ぼくは、どちらも支持しない。どちらの言う事も正義だから。でも、この戦いで人は死ぬ。たくさん死ぬ」

「同感だ」

 祐一の返答を聞き、往人は深くうなずいた。

「軍人のあなたが?」

「この国にきた我々はお邪魔かな?」

「軍人がたくさん来たら、被害が増える」

「君だって戦っているんだろう?」

「え?」

「背中に隠し持っているものはなんだ?」

 思わず、祐一が背中に隠し持った銃を握る手に力がこもる。

「怖い顔をしている」

 二人はわずかな距離をあけてにらみ合った。その時、往人は祐一の瞳に確かな決意が宿っているのを感じる。

「そういえば、晴子。一昨日ここから受信アンテナを攻撃したモビルスーツは、CLANNADの最新鋭機イナクトだったな」

「いきなりなんや? 居候」

 突然話題を変える往人に、晴子は戸惑いの表情を浮かべた。

「しかもその機体は、モラリアのPMCトラストから奪われたものらしいな」

 その会話は、しっかり祐一の耳にも届いていた。

「撤収するぞ」

「おい、居候」

 背を向けて歩き出す往人を、晴子は慌てて追いかけた。

「居候、お前どうしてあないな事を?」

「口が滑ったとしか言いようがないな」

「PMCトラストのイナクト? まさか……」

 二人の後ろ姿を見ていた時、祐一の脳裏になにかが閃く。PMCトラストのイナクトと言えば、あの男のモビルスーツで間違いない。

「あの男がこの内紛に関わっている? なぜ、今になって……」

 

 市街地の各所でテロによる爆発が起きる。車に仕掛けられた爆弾が、商店街などの人が大勢集まる場所で爆発したのだ。

「うぬぅ、またテロなのだ」

「このあたりは、改革派が多いところだからね」

 その上空を通過する二機のフラッグの中で、観鈴と佳乃が言葉を交わす。

「これだとモビルスーツじゃ対応が効かないのだ。早く対人用のオートマトンを出すように要請しないと」

「がお、それは無理だと思う」

 観鈴の声が沈む。

「観鈴ちん達が派遣されたのは、ガンダムが目的だから。上層部に掛け合っても、余計な戦力は出せないと思う」

「うぬぅ、世知辛い世の中なのだ」

 こうして上空から見る事しかできないというのは、なんとももどかしい気持ちでありながらも、軍人である以上命令に従わなければいけない二人であった。

 爆発の起きた現場では、混乱に乗じた強盗が頻発していた。改革派のとある店舗では、過激な保守派によって店番をしていた女性が殺され、めぼしいものが強奪されていた。泣きじゃくる子供をしっかり抱きかかえながらその女性は神の名を口にするが、神は誰も助けてくれなどしない。ただ、痛みも苦しみもない世界に連れて行ってくれるだけだ。

 そのころ佐祐理は執務室で、無力さをかみしめていた。静かなノックの音が響き、警備のSPが扉を開けるといつもの侍女が入ってくる。

「なんの用?」

 そう舞が呼びかけたその時だった。

「死ねっ! この改革派の手先がっ」

 突然その侍女は佐祐理に銃を向ける。

 鳴り響く銃声に佐祐理は目をそむけるが、体に痛みはない。視線を戻すと、SPによって射殺された侍女が静かに崩れ落ちるところだった。

「なぜ……」

 その侍女は、佐祐理が王女になってからずっとそばに仕えていた侍女だ。

「なぜ、佐祐理達はこうも憎み合わないといけないの?」

 あまりの無力さに、佐祐理の瞳からは涙があふれるのだった。

 

「え? なに、祐一。ポイントF‐三九八七? そこになにかがあるの?」

『ないかもしれないが、行ってみる価値はある』

 祐一からの通信に、名雪はこうして黙って待っているよりはましかな、と思う。

「うん、わかったよ祐一。わたしもすぐにそっちへ向かうからね」

「あ、待ってよ名雪。あたしもつれてって」

 出撃しようとした名雪を見て、詩子がはいは〜いと名乗りを上げる。

「要人救出でしょ? 絶対役に立つから」

 そのまま祐一はエクシアで出撃し。

「詩子ちゃん用意はいい?」

「もちのろんよ」

「じゃあ、デュナメスは目標に向かうよ」

 次いでデュナメスも出撃していった。

 祐一の指示したポイントF‐三九八七は、かつて祐一が秋生とともに潜伏していたアジトがある場所だ。そこでは武装勢力が拉致した幸村に食事を与えようとするのだが、幸村は食事どころか水まで飲まなかったのだ。

『隊長、このじいさん飯どころか水も飲みませんぜ』

『ほっとけよ。敵の施しは受けたくないんだろ?』

 それを秋生は近くに隠したイナクトの中で聞いていた。

『……ったく、この国の連中は融通が気かねぇったら……』

 幸村は回教徒であるために、教義に則って処理された食べ物以外は口にする事が出来ないのがその理由だ。

 いうなれば、その頑迷さがクルジスを滅ぼしたともいえる。PMCトラストの狙いとしてはアザディスタンに介入して保守派に政権を交代させ、原油資源を獲得しようという狙いがあったのだが、Kanonの武力介入によってその段取りがめちゃくちゃになってしまったのだ。

 挙句の果てには、AIRの介入まで許してしまう結果となる。この事実が秋生にとっては面白くなかった。

『隊長、こちらに向かってくる機影があります』

『AIRの偵察か?』

『違います。あのモビルスーツは……』

 イナクトのモニターに表示されたのは、夕日を背に向かってくるエクシアの姿だった。

『ガンダムか?』

 エクシアは目標上空に到着していた。

『エクシア、目標上空に到達。やはりここだったか……』

 エクシアのセンサーが、犯人が立てこもっていると思しき建物を発見する。そこはかつて、祐一が秋生とともに聖戦に参加していた時のアジトだった場所だ。

 その時、エクシアのセンサーがこちらに向かってくる機体を捉える。

『モビルスーツ? イナクトか』

『ガンダムはこっちで引き受ける。じいさんを連れて脱出しろ』

『了解』

 そのイナクトを見た途端、祐一はエクシアを急加速させる。

『あのガンダム……。そうか、やっぱりパイロットはクルジスの……』

 だとしたら、この隠れ家がわかっても不思議はない。秋生はイナクトのブレイドライフルを連射モードで乱射した。連射モードのブレイドライフルは、速射性は高いが威力は低い。その弾幕をかいくぐってGNソードを展開した祐一は、そのまま一気にイナクトに切りかかる。

『まさか、あの時の小僧がガンダムに乗っているとはな』

 その一撃をブレイドライフルに内蔵したプラズマソードで受け止めつつ、コックピットで秋生は呻く。

『お前の戦いは、終わっていないのか?』

『音声?』

 接触回線が開き、エクシアからの音声がイナクトのコックピットに響く。

『クルジスは、滅んだんだぞっ!』

 GNソードとプラズマソードの鍔迫り合いをいなし、即座にイナクトはエクシアを蹴り飛ばして距離をとる。

『そんなのわかってらぁっ!』

 間髪入れずにイナクトはブレイドライフルを連射。地表付近を縦横に飛び回って弾幕をかわすエクシアは上空に舞い上がり、イナクトに向かって突進しながらビームガンを連射。そのビームをイナクトは左腕のディフェンスロッドで受ける。

『お前はなんでここにいる?』

 再び距離が詰まると、GNソードとプラズマソードが激しくぶつかり合う。

『お前の神はどこにいるんだっ? 答えろっ!』

『そんな義理はねぇよ』

 一閃したエクシアのGNソードがイナクトのブレイドライフルを破壊するが、その爆炎にまぎれて急接近したイナクトがエクシアを地面に叩きつけた。

『ぐあっ!』

『お前にゃその機体はもったいねぇな。俺によこしな』

 イナクトはエクシアのコックピッチハッチを強引に引きちぎろうとする。

『誰がやるかよっ!』

 エクシアの左腰に装備したGNロングブレードをそのまま左手で半回転させ、イナクトの右腕を切り飛ばす。

『やってくれるじゃねぇか。だがな……』

 情勢が不利になったとみるが早いか、秋生は即座に撤退を開始する。ガンダムは鹵獲できなかったものの、幸村の身柄はまだ確保している。こうして秋生が時間稼ぎをしている間に、なんとか逃げ延びているだろう。ここまでは予定通りでもある。

 

 なんとか脱出を果たした武装集団は、予定通り秋生との合流地点を目指して車を走らせていた。日はすでにとっぷりと暮れ、月明かりが辺りを照らしだすころ、ゆく手に巨大な影が立っている事に気がつく。

「あれは……」

 それは月をバックにして立つ、デュナメスの姿だった。デュナメスは左手に構えたGNビームピストルを軽く一連射して、武装集団の車を止める。

「隊長、敵襲ですっ! 隊長っ!」

 しかし、無線機からはノイズが聞こえてくるばかりだ。

「誰か来るぞっ!」

 それは闇にまぎれて近づいてきた詩子だった。ボディラインをはっきり表すレオタードのような濃紺の衣装に身を包み、顔には黒い蝶のようなマスクをつけての登場だ。

「くそっ!」

 男達は一斉に小銃を乱射するが、その弾幕を詩子は難なくかわして男達に足刀を叩きつける。

「野郎っ!」

 一人の男が物陰から詩子を狙おうとするが、音もなく近づいた詩子の華麗なる足技によって蹴り飛ばされてしまう。このあたりは神出鬼没の異名をとる詩子の面目躍如といったところだ。

「動くなっ!」

 詩子の強さに恐れをなしたのか、残りの男達は幸村に銃を突きつけ人質にする。

「その人をこちらに渡してほしいんだけど?」

 詩子は可愛くおねだりしてみるが、男達の詩子を見る目はどうもいやらしい。そうしているうちに、男達の額には次々に風穴があいていく。

「本当は、こんな事したくないんだけど……」

 それは、デュナメスのコックピットからの名雪の狙撃だった。

「お主らは何者じゃ?」

「Kanonよ」

「Kanonじゃと?」

「アザディスタンの内戦に武力干渉する、私設武装組織なのよ」

「そうか、お前達がKanonか……」

 するとそこにひときわ甲高い駆動音が響き、彼方より飛来したエクシアが片膝をついて着陸する。

「乗ってください」

「なんじゃと?」

 コックピットから姿を現したパイロット。まだ少年と言っても過言ではない人物の言葉に、幸村は耳を疑う。

 同じころ、茜は香里からラストミッションを受け取っていた。

「ラストミッション、確かに受け取りました。香里さん」

 

「なんという作戦ですかっ!」

 プトレマイオスの艦内でそのミッションプランを知った美汐は、香里に詰め寄っていた。

「本当に、あのような指示を出したのですか? 香里さんは。一歩間違えればエクシアは……」

「これが、一番確実な方法なのよ」

「しかしですねっ!」

「ボクは、香里さんのプランに賛成するよ」

 その場に居合わせていたあゆはミッションプランに目を通すと、香里の支持に回った。

「世界のみんなに知ってもらわないと、ボク達の……ううん、Kanonの思いを。それに、祐一くんだったらきっとうまくやってくれるよ」

 祐一を心配する美汐の気持ちは、あゆにもよくわかる。美汐もあゆが祐一によせるゆるぎない信頼がよくわかるのだけに、それ以上なにも言えなくなってしまうのだった。

 

「佐祐理、Kanonからメッセージが届いた」

「Kanonから?」

「幸村俊夫氏の身柄を確保、王宮に向かう。王女には早期停戦に向けての会議を望む。以上」

 舞からの報告は、佐祐理にとっても衝撃的な内容だった。まさかあの凶悪な武装集団が人助けをするとは。

「わかりました。ただちに会談の準備を」

 即座に指示を出す佐祐理であったが、その表情には苦悩の色が濃い。確かに佐祐理は、Kanonの活動には疑問を抱いている者の一人だ。これがなんらかの罠である可能性だってある。しかし、それ以上に佐祐理は、Kanonの言葉を信じたかったのだ。

 約束の時刻。王宮前には四機のアンフが並び、Kanonの到着を待っていた。

「Kanonが王宮に向かっているのは、本当の事なのかな? しかも人質まで乗せているなんて」

 フラッグのコックピットで佳乃が呻く。

「もしそうなら、絶好のチャンスだよね、往人さん」

 観鈴の明るい声に、思わず往人の口元の笑みがこぼれる。

「見せてもらうぞ、ガンダム」

 ガンダムが王宮に現れるというニュースは、マスメディアを通じて直ちに全世界に放送された。

『こちら王宮前です。幸村俊夫氏が保護され、王宮に向かっているというニュースを聞きつけた市民達が続々とこの場所に集まっています。未確認情報ですが、幸村氏を保護したのはKanonであるという情報も入ってきました。果たして、本当にこの場所にKanonが現れるのでしょうか? ともかく、改革派の象徴である佐祐理=イスマイール王女と、保守派の宗教的指導者である幸村氏との会談が実現すれば、アザディスタンが内戦終結に向けて動き出す事は、間違いないと思われます』

 その時、空の彼方から一機のモビルスーツが飛来する。それは、祐一のエクシアだった。

『ガンダムですっ! ガンダムが上空から降下してきました』

 アナウンサーの興奮したような声が、全世界に放送される。ゆっくりと王宮前の広場に降り立ったエクシアを見て、往人は愕然とした。

『武装を解いているだと?』

 右腕のGNソード、左腕のGNシールド、左右両肩部のGNビームサーベル、腰部後方のGNビームダガー、左右両腰のGNロングブレードとGNショートブレード。すべての武装が解かれた非武装のエクシアに、あたりにいた人達は騒然となる。

 なぜなら、これはガンダムに戦う意思がない事の証明でもあるからだ。

「ガンダムに攻撃をしないように、これは命令です」

 即座に佐祐理は命令を下すが、数名の市民がエクシアに向けて発砲を開始した。しかし、エクシアはその銃撃を意に介する事無く、ゆっくりと王宮に向けて歩を運ぶ。

『保護した人質を解放せよ。繰り返す、保護した人質を解放せよ』

 王宮を守るアンフがエクシアに砲を向けるが、それでもその歩みは止まらない。

『往人さん?』

『黙っていろ、観鈴』

 こうなると往人も迂闊な介入はできない。黙って事の成り行きを見守るしかなかった。やがて四機のアンフが歩みを止めないエクシアに向けて攻撃態勢を整える。

(今度こそ、俺はガンダムになる)

 エクシアに向けて、一斉に発砲を開始するアンフ。しかし、直撃を受けたにもかかわらず、エクシアは黒煙の中から両腕でしっかり頭部を保護した状態で姿を現した。

 それでも歩みを止めないエクシアを、市民達は呆然と見送っていた。その行動はアンフのパイロット達にも伝わったのか、次々に砲を下してエクシアに道を開くのだった。

 やがてエクシアはゆっくりと王宮前に片膝をつく。

『王宮へ』

 コックピットハッチが開き姿を現したパイロットに続いて、幸村が姿を現す。

「あまり良い乗り心地ではなかったのう」

『申し訳ありません』

「まあ、礼は言わせてもらうとするかの」

『お早く』

 幸村俊夫が無事に王宮に移送されたニュースは、直ちに全世界に報道される。そんな最中佐祐理は、思わずエクシアに駆け寄るのだった。

「祐一さんっ! 本当にあなたなんですか?」

『佐祐理=イスマイール、これからしだいだ。俺達がまた来るかどうか』

「祐一さん……」

『だから戦え、お前の信じる神のために』

 そして、エクシアはゆっくりと大空高く舞い上がっていく。

『追いかけよう、往人さん』

『うむ、今ならガンダムを捕獲できるのだぁ』

『できるかっ!』

 コックピットで、往人はスティックを握りしめる。

『そんな事をしてみろ、俺達は世界中の嫌われ者になるぞ』

 

「ふう〜、なんとかこれで一件落着だね」

 この一部始終を見ていた名雪は、とりあえずミッションコンプリートになったので大きく息を吐いた。

「でも、これでこの問題が解決するわけじゃないよね」

「たしかに、これだけでは無理ですね」

 相変わらず、茜の口調はどこか冷たい様子だ。

「ですが、争いをやめるために歩み寄る事は出来ると思います」

「うん、そうだよね」

 それには名雪も同意だ。

 

 幸村俊夫は誘拐の首謀グループが傭兵部隊であり、この内紛が仕組まれたものである事を公表した。黒幕はアザディスタンの近代化を阻止しようとする勢力との見方が強いが、犯行声明などは出されていない。

 その後、佐祐理=イスマイールと幸村俊夫は共同声明で内戦、及びテロ活動の中止を国民に呼びかけるが、アザディスタンでの内紛はいまだに続いている。

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