♯14 決意の朝

 

 棗恭介の調査により、ここ二〇〇年の間に行方不明、あるいは謎の失踪を遂げた科学者や技術者は一三八人になる事が判明した。確かに、新型のモビルスーツを開発するだけでも一〇数年の歳月を必要とする事からも、これにはKanonがなんらかの関わりを持っているとみて間違いなかった。

 そうなると、Kanonの計画はすでに二〇〇年以上前から存在していた事になる。

 未だ推測の域を出ないが、個人レベルで調査できるのはこれが限界だろう。

 しかし、恭介はさらに水瀬秋子の調査を続けるつもりだった。そうすれば、戦争根絶と言う大義に隠されたKanonの真の目的が見えてくるかもしれないからだ。

 深みにはまると抜け出せなくなるかもしれない。しかし、恭介にとってはそのくらいのスリルがあるほうが面白いと感じていた。

 

 そのころ、ONE、AIR、CLANNADの間で、非公式会談が行われていた。それは、太陽光サミット以来の顔合わせであった。

 この三つの勢力でかわされた会談の内容が実現されれば、文字通り世界初の試みとなるだろう。そして、それだけの価値がガンダムにはある。それだけ各勢力では、ガンダムを必要としていたのだ。

 プロジェクトG。

 非公式ではあるが、ガンダムを鹵獲するための計画がひそかに進行していた。

「神奈様、この度の計画書には目を通されましたか?」

「うむ。タクラマカン砂漠とはな……」

 AIRの大統領官邸で、計画書に目を通した神奈は憮然とした表情で口を開く。

「ONEめ、旧世代の遺物ともいえる濃縮ウランの埋設地域を指定してきおった」

「あら」

 それを聞いた裏葉は、口元にたおやかな笑みを浮かべる。

「演習場所としては最適なのではないですか? あそこは四方を山で囲まれているうえに、砂漠化が進行している場所でもあります。まさかあのような場所に、好き好んで立ち入る者もおりませんでしょうに」

 しかも、外部からは遮断されているので、Kanonにとっては有利に働く立地条件だ。

「なるほど、もはやなりふり構わず。と、いうわけか……」

 そう呟く神奈の表情は、深く沈んでいた。

 今回の派兵について、CLANNADの議会は紛糾していた。なにしろモラリアでの一件以来、世論の支持が得にくくなってきていたのだ。しかも今回の演習場所は、あの呪われた土地である。正直、高官達は不安を隠せずにいた。

 だが、ここで派兵しなければ、またしてもCLAANADは他の勢力の後塵を拝する事になる。世論を納得させるためにも、この作戦で結果を残す必要がある。そのためにも、CLANNADはガンダムを必要としていたのだった。

「ようやく、足並みがそろいましたか」

 今回の作戦の発案者でもあるONEでは、代表者となる小坂由紀子が安堵のため息をついていた。この作戦が成功すれば、由紀子が所属する党の政権を今後十年は維持できるであろう。先の鹵獲作戦の失敗、それに超人機関の実態が明るみになった事など、ONEを取り巻く状況は優しくない。将来的にONEが世界をリードするためにも、ガンダムがどうしても必要なのだ。

 

 地球と月との重力が均衡する場所。そこは提唱者である人物の名をとって、ラグランジュ・ポイントと呼ばれている。地球を中心とした月軌道には大まかに五つの均衡点があり、そのうちのラグランジュ一にはいち早く宇宙進出を果たしたAIRのスペースコロニーがあった。

 そこからさらに三〇〇キロメートルほど離れた地点には、宇宙開発のために集められた資源衛星が巨大なアステロイド帯を形成していた。そして、その中に私設武装組織Kanonの秘密ドックがあり、そこでは母艦となるプトレマイオスが整備を受けていた。

「あゆちゃん、状況はどうかな?」

 ブリッジに入ってきた整備主任の岡崎直幸が、オペレーター席で周囲の状況を確認していた月宮あゆに話しかけた。

「今のところ問題ないみたい。衛星周囲のGN粒子散布状況も基準値を示してるよ」

「ここは私達に任せて、あゆちゃんも皆と一緒に地球に降りたほうがよかったんじゃないかい?」

「大丈夫だよ。ボク、頑丈だから」

 そう言って微笑んだあゆは、小さくガッツポーズをしてみせる。もともと超兵として改造を受けているあゆは、宇宙という環境に強くできているのだ。

「それに、ちょっと考えたい事もあったからね……」

 その時、あゆは少しだけ寂しげな表情を見せた。実のところあゆも地球にいる祐一に会いたいと思っているのだが、どうしてかあまり乗り気ではなかった。あゆがお留守番役を買って出たのも、なんとなくそういう気分だったからだ。

「私達はもう事を運んでしまったし、後戻りはできない。後悔する事も出来ないからね」

「そうだね……」

 二人が遠い宇宙でプトレマイオスに待機しているころ、香里達をはじめとしたクルーは里村茜邸にいた。かなり広い敷地面積を持つ茜邸の庭には大きめのプールがあり、花壇には色とりどりの花が咲き乱れていた。

「ナノマシンの普及によって宇宙生活での人体への悪影響は激減したと言うのに、精神衛生上の観点から地上生活をする必要があるなんて」

 結局、人類は地球という環境から離れる事が出来ないのだろうか。そう思う茜の口調は、どこか呆れた様子だった。

「人間が整備されたコロニー以外の環境で暮らすには、まだまだ時間がかかるわよ」

 ナイスなバディを惜しげもなくさらし、戦術予報士の美坂香里は日光浴を楽しんでいる様子だ。

「香里さんは、人類が宇宙に進出するのはお嫌いですか?」

「どっちにしても、あたし達人類はまだまだ未熟な生命体なのよ。でも、いずれそうなるのも悪くないわね」

 そう言って香里は身を起こすと、サイドテーブルに置かれたグラスの中身を一口飲む。

「ん〜、重力下で飲むお酒って、やっぱりいいわぁ」

「昼酒は、体に毒ですよ?」

 人体の代謝の関係からいっても、酒は夕方から飲むのが一番体の負担が少ない。一応、茜も香里の体の心配をしている一人である。

「やめたくてもやめられない。まさに未成熟よね」

 その酒の味に、うっとりとしたような表情を浮かべる香里。その二人の様子を、北川はビデオにしっかりと収めていた。

「何話してるんだろうな、あの二人」

「どうでもいいけど、北川。それって犯罪よぅ」

 プールサイドで足を水につけながら、戦術オペレーターの沢渡真琴はデッキチェアでくつろぐ二人の水着姿をビデオに録画している、プトレマイオス操船士の北川潤をジト目で見る。北川が香里にちょっかいを出しているのは知っているが、これはどう見てもストーカーである。

「あっちはあっちで暑苦しいし……」

 反対側のプールサイドに目をやると、斎藤が黙々とトレーニングをしているところだ。確かにこういうトレーニングは、重力下でないとできないのだろう。無重量状態から来る筋力低下を防ぐために、プトレマイオスでは毎日定期的にトレーニングをする必要があるのだが、なにも地球に降りてきてまでトレーニングしなくてもいいのに、と真琴は思う。

「あっちもあっちだし……」

 花壇のほうでは、色とりどりの花を描こうと戦術オペレーターの美坂栞がスケッチに夢中。

「ねえ、祐一達はどこ行ったの?」

「相沢なら水瀬と一緒にいなくなった。天野ちゃんは地下に行ったみたいだぞ」

「あう〜、みんなバラバラよぅ……」

「まあ、四六時中べたべたしてるってわけにもいかないだろ?」

「あう〜……」

 そんなわけで、めちゃくちゃ退屈している真琴であった。

 

 そのころ美汐はただ一人ヴェーダの端末にアクセスし、これまでの状況を振り返っていた。

「Kanonが行動を開始してから、世界で行われている紛争が三八%低下。軍事関連企業の六三%が、この事業からの撤退を表明。このデータを見る限りでは、ほぼヴェーダの計画予測通りに進行していますね……」

 その最中にイレギュラーと言える要素と言えば、デュナメスの高高度砲撃能力とGN‐〇〇四ガンダムナドレを世界に晒してしまった事ぐらいだ。

「……残る問題は、相沢さんですか……」

 

 さて、一方祐一はと言うと、東京にあるセーフハウスで名雪と一緒にテレビでニュースを見ていた。

「アザディスタン王国で、国連の支援のもとに太陽光発電システムの受信アンテナの建設が再開されたみたいだな」

「よかったね」

 まだ国内の状況が安定したと言うわけではないが、改革派の佐祐理と保守派の幸村との共同声明により、かつてのような大規模な内戦には発展していない様子だ。国連としてもこのアザディスタン王国を皮切りに、中東全域に技術支援の輪を広げたいのである。

 そもそもこの地域は貧困からくる争乱が発展しやすい場所でもあり、そうした災いの芽は早期に積んでおく必要がある。その意味で国連大使の久瀬の言葉はかなりの重さがあるのだ。

 その時、名雪の携帯端末に北川から連絡が入る。

「どうしたの? 北川くん。定時連絡はしてるはずだけど?」

 この辺りは祐一がルーズなのだが、名雪がしっかりサポートしているので問題はない。その意味で名雪はよくできた女房だと言える。

『いやぁ、なんとなくね。もしかして、お邪魔だったか?』

「うん」

 モニター画面の名雪は笑顔だったが、それが北川にはとてつもなく恐ろしいものであるように感じられた。名雪のほうでも、モニターの隅で真琴が『最低』と呆れたように呟いているのが見え、元気そうな様子に安心していた。

「用がないんなら切るよ。じゃあね」

 モニターの向こうで北川がまだなにか話している様だが、それを無視して名雪は通信を切った。

「北川、なんだって?」

「ん〜、なんでもないみたいだけど……」

 祐一がのぞきこんでくる前に携帯端末のスイッチを切った名雪は、しばしの間考え込む。

「そうだ、祐一。お昼は何食べたい?」

「そうだな……」

 名雪の作るご飯はどれもみな美味しい。しかし、それよりなにより祐一には食べたいものがある。

「とりあえず、名雪」

「え……?」

 祐一は間髪入れずに、名雪をソファーに押し倒すのであった。

 

「オーバーフラッグス? それはなんなのだ?」

 アメリカに本部があるMSWADの基地で、往人の言葉に佳乃は目を白黒させて訊きかえしてしまう。

「対ガンダム調査隊の正式名称さ。公にはフラッグのみで編成された、第八独立航空戦術飛行隊として機能する事になる」

「それじゃ、パイロットの補充は来るのかな?」

 その言葉に、往人はにやりと笑う。

 フラッグはAIRが開発した最新鋭機であるが、いまだに各部隊への配備がいきわたっていないのが現状である。理由はフラッグ自体が高価である事もあるが、飛行形態とモビルスーツ形態を使い分けるフラッグの操縦が、比較的難しい事にも由来している。

 これ以前に配備されていたリアルドは可変機構を有しているものの、基本的にどちらか一方の形態で運用する事を前提としているため、パイロットは航空機か戦車の操縦のうち、いずれか一方の操縦訓練を受けていればよかった。しかし、フラッグは運用上想定されてはいないが空中での変形も可能としているため、航空機と戦車と両方の操縦訓練をする必要があり、パイロットに必要以上の負担がかかってしまう。それこそフラッグファイターと呼ばれるパイロットでもなければ扱いきれないために、配備がしにくいという理由があった。

「だからここに来たんだ」

 その時、遠くから爆音が響いてくる。往人に差し出された双眼鏡を受け取った観鈴は、上空を通過するフラッグの編隊に息をのんだ。

 V字の編隊を組み、高速で飛び去っていく一二機のフラッグ。

「がお、戦闘は高野聖だ……」

 それだけでなく、各部隊の精鋭中の精鋭を集めてオーバーフラッグスは編成されている。これだけでもAIRが、ガンダムの捕獲に本腰を入れている事がうかがえるのだった。

「驚くのはまだ早いぞ。聖の手で、所属するフラッグ全機がカスタム化させる予定だ」

「本当? 往人さん」

「嘘は言わない」

 本来往人の乗機のような、採算を度外視したカスタマイズは戦力の平均化を求める軍では敬遠される傾向がある。しかし、ガンダムとの交戦した往人が良好な結果を残したため、対ガンダムの切り札として少数生産が決定したという、異例の措置となったのだ。

「単なる調査隊に一二人の精鋭が加わって正規軍に昇格したんだ。かなり大掛かりな作戦があると俺は見ている。気を引き締めていけよ、観鈴、佳乃」

「了解っ!」

 おなじころ、ONEの砂漠地帯にある基地にも、渡辺茂雄中佐率いる『頂武』の精鋭パイロットが集められていた。

「出撃か? 中佐」

「おそらくな」

 その格納庫で、超兵一号の折原浩平と、茂雄が話していた。

「まだ私にも作戦の内容は知らされていないが、我々だけでなく他のモビルスーツ部隊にも指示があったようだ」

「そうか……。任せてくれよ、中佐。今度こそ作戦を成功させてやるからよ」

「あまり気負うなよ、少尉」

「ああ、わかってる」

 そして、CLANNADの空中基地では、自称エースの春原陽平が、いきなりブリーフィングに遅刻していた。

「CLANNADのエース、春原陽平。ただいま……」

 最後まで言い終えないまま、陽平の左頬にいきなり鉄拳がぶち当たる。

「遅刻だぞ、少尉」

「な……なんだよ、いきなり」

 口答えをしようとした陽平の右頬に、同じく鉄拳がぶち当たる。

「に……二度もぶった……」

 親父にもぶたれた事無いのに、と言おうとした陽平の眼に、巨大なおっぱいが飛び込んでくる。

「相良美佐枝大佐、モビルスーツ部隊の作戦指揮官よ」

 よく見ると、かなりの美人。それを見た途端にすっくと立ち上がる陽平。よく見ると、美佐枝を見る陽平の目はハートマークになっている。

「遅刻して申し訳ありません、大佐殿」

 そのとき、陽平は恋におちた。

 フランスにあるCLANNADの外人部隊基地にも、ある極秘任務が下っていた。

「失礼します。我が隊に極秘任務ですか?」

「詳しくは指令書を読んでくれ。私に与えられた任務はこの指令書を君に届ける事と、アグリッサを預ける事だ」

 このような傭兵を使うという事は、表ざたにしたくない場合が多い。いざと言う時にはトカゲがしっぽを切るように使い捨てる必要があるため、必要以上に接触するわけにいかないのだ。

「アグリッサと言えば、第五次太陽光紛争の機体ですか?」

「機体の受け渡しも、その指令書に明記されている。

「了解しました。第四独立外人騎兵連隊は、只今を持って極秘任務に着手します」

 基地を出たところでその男、古川秋生は口もとに歪んだ笑みを浮かべる。

「楽しくなってきたじゃねぇか、こいつはもう戦争だぜ。それもとんでもない規模のな」

 

 香里がのんびりとシャワーを浴び、一日の穢れを洗い清めていた時、メールの到着を告げるアラームが鳴り響いた。

「一般回線にメッセージ?」

 誰からだろうとメールを開いた香里の眼に、見知った人物の姿が飛び込んでくる。

「晴子さん?」

『香里〜元気か? うちは元気やで。ちょっと香里に見てほしい資料があってな、よかったら意見を聞かせてもらいたいんや。ほな、返事期待してるで』

「これって……まさか……」

 その内容は、香里を驚かせるものだった。

 各国家群に動きがある。それはAIR、ONE、CLANNADといった三つの勢力が共同で、合同軍事演習を行うというものだ。まだこれは確定情報では無く、真偽のほどは定かではないが、数日後には公式発表があると思われた。

「それが本当なら、すごい規模の作戦になるぞ」

 普段あまり表情を変えない斎藤が驚いているのだから、投入されるモビルスーツの数も半端じゃないものになるだろう。

「それにしてもAIRやONEがいきなり仲良くなるなんてな。いったいどういう風の吹きまわしだ?」

 もともとAIRとONEは犬猿の仲と言ってもいい間柄だ。それだけに北川の疑問ももっともだと言えた。

「私達のせいかな、お姉ちゃん」

「そうね……」

 栞の言葉に、香里は小さくうなずいた。

「そう考えるのが妥当でしょうね。鹵獲作戦を失敗したONEが、他の陣営と協力する事であたし達を牽制しようとしている……」

「それなら、ぼく達が介入する必要もないんじゃないか?」

 そこまで、斎藤が言った時だった。

「なにかがある。そう私は思いますが」

 いつからいたのか、美汐が口を開いていた。その言葉に全員の注目が美汐に集中した。

「軍の派遣には、莫大な資金がかかります。ただの牽制で、大規模な演習を行うなんてありえないでしょう」

「それには同意するわ」

 香里は茜に演習場所の特定を急がせると同時に、出撃する事になる前に休暇を楽しむように指示を出す。

「それじゃ、栞。お買い物に行こう」

 元気に立ち上がった真琴が栞の手をひっぱる。それは今までの場の重さを払拭してくれるような明るさだった。

「こうも早く世界が動くなんて……」

 ただ一人、美汐は窓辺で空を見上げる。ヴェーダにも予測できない状況に、美汐は感心とも呆れともとれる溜息をつく。

 そして、その報を受けたプトレマイオスは秘密ドックから発進し、地球の衛星軌道に向かっていた。

「少し急ぐよ。加速Gに注意してね」

「あゆちゃん、私の心配なら無用だよ」

 

 その日の夜、香里はとあるバーでAIRの技術顧問を務める神尾晴子と会っていた。

「いや、悪いな香里。わざわざ来てもらってな」

「あんな物騒なファイルを勝手に送っておいて、よく言うわね。晴子さん」

「それはすまんかったな」

 晴子は謝罪の言葉を述べるが、どうもその表情には誤っている様子がない。いつもの事ね、と思いつつ香里はテーブルの上にファイルの入ったメモリースティックを置く。

「それで? 晴子さん。このファイルって本物なのかしら?」

「軍のシュミレーションプランっちゅう事で、納得してくれんか?」

「現行戦力における、ガンダム鹵獲の可能性……」

「せや。ぜひ香里の意見を聞かせてもらいたんや。香里個人としても、戦術予報士としてもな」

 呆れたように香里は軽く息を吐く。このところ失敗続きの自分の意見など聞いて、参考にもならないだろうに。

「ガンダムの情報が少なすぎるわね。性能面もそうだけど、四機しかいないと断定できているわけでもないでしょ?」

「悪いけどな香里、いくらなんでもガンダムの量産は無理や。人員や資材の確保でルートが割れてしまうで」

「そうね」

 それには香里も同意見だ。

「香里がこの作戦の指揮官やったらどうする?」

「あたしだったら、わかってるでしょ?」

「そら確かに現行戦力でガンダムを倒すっちゅうんは、うちも無理やと思う。けどな、圧倒的な物量で包囲して消耗戦に持ちこんで、なかに乗ってるパイロットを疲弊させれば……」

「機密を保持するためにオートで動くって事もありうるわ。最悪、自爆だってするかもしれないじゃない」

「流石やで、香里。Kanonを分析してたんやな」

「やめてよ」

 香里は静かに席を立つと、晴子に背を向けた。

「ごめんね、用事があるから帰るわ。それと、そのファイルはコピーをとっていないから安心してね」

 そこで、香里は晴子に向き直る。

「こんな情報をあたしに開示するなんて、軍人失格よ? 晴子さん」

 そう言い残して店を出ていく香里の後姿を眺めつつ、晴子はメモリースティックを手でもてあそんでいた。

「まあ、ええか。生きてさえいれば、また会えるっちゅうもんやからな」

 

『最新情報です。AIR、ONE、CLANNADは三軍合同による、大規模な軍事演習を行うと発表しました。AIR軍報道官の公式コメントによりますと、この軍事演習は軌道エレベーターの防衛を目的とし、各陣営が協力して様々な状況に対処するための訓練を行うとしています。現在日程や演習場所については公表されておりません』

 その報道に茜邸に集ったKanonメンバーは、自体が風雲急を告げている事を感じ取るのだった。

 AIR軍は太平洋を横断し、ユーラシア方面に向かっている。そして、CLANNAD軍もまた、ONEとの軍事境界線に向けてモビルスーツ部隊を集結させているだろう。

 その意味で香里の戦術予報の正確さは流石と言えるだろう。逆に的確すぎるが故に、失敗もしてしまうのであるが。

「どうですか? 香里さん」

「あたしとヴェーダの意見が一致したわ」

 地下のコンピュータールームでシミュレーションを行っていた香里のところに、美汐が現れる。

「紛争が起こるとおっしゃるのですか?」

「確実にね。場所は中国奥地のタクラマカン砂漠、濃縮ウランの埋設地域よ」

「濃縮ウラン?」

 そこは過去の核開発の遺物で、いうなれば産業廃棄物の集積地だ。それだけに呪われた地として、誰も立ち入る事がない場所となっている。

「どこの組織か知らないけど、この施設をテロの標的にしているわ。AIRかCLANNADがこの情報をリークして、演習場所に選んだのよ。施設が攻撃されれば放射性物質が漏出し、その被害は世界規模に及ぶわ」

「すぐに武力介入を」

「敵の演習場の真っ只中に飛び込む事になるわよ? そうなれば、演習部隊はすぐに防衛行動をとるわ。ガンダムを手に入れるために、なりふり構わず攻撃してくるでしょうね」

「それでもやるのがKanonです」

 決意に満ちた瞳で香里を見る美汐。その眼光には香里も少しだけたじろいでしまう。

「天野さん?」

「ガンダムマイスターは生死よりも目的の遂行、及び機密保持をなによりも優先します。それはガンダムに乗る前から決まっていた事ですから」

 その覚悟がなければ、ガンダムに乗る資格はない。その美汐のゆるぎない決意が、香里を後押しした。

 

「うん、わかったよ。すぐにアジトに戻るね」

 連絡を受けた名雪は、その内容に唇をかみしめる。今まで以上にハードな内容に、もう手加減はできないと思う名雪だった。

『あれ、ところで祐一は?』

 携帯端末の向こうから、真琴の声が響く。

「祐一ならなにか用事があるんだって。予定時刻に合流ポイントに行くからって」

 それを聞いた真琴は、携帯端末で祐一の居場所を呼び出してみる。すると祐一のエクシアはアザディスタン王国に向かっているところだった。

 あまりに勝手な祐一の行動に、真琴は怒られても知らないから、と呟いていた。

 宇宙では、プトレマイオスから発進したキュリオスが、地球に向かっていた。

『これが世界の選んだ道……』

 キュリオスのコックピットで、あゆは寂しげに呟く。

『GN粒子最大散布、機体前方に展開。大気圏に突入するよ』

 そして、大気圏に突入していくキュリオス。

 そのころアザディスタン王国では、眠っていた佐祐理が何者かの気配を感じて目を覚ます。ゆっくりと近づいてくる足音。

「そこにいるのは誰ですか?」

 月明かりの中からゆっくりと姿を現した人物。佐祐理はその人物に見覚えがあった。

「祐一さん? どうしてここに……」

「どうしてこの世界は歪んでいるんだ?」

「え?」

 唐突な祐一の質問に、佐祐理は答える術を持たない。

「人のせいか? それとも、神のせいか?」

「神は……平等です。だから人も……わかりあえるはずです。ですがどうしようもなく、世界は歪んでしまうんです。だから、佐祐理達はお互いの事を、もっとよく知る必要があると思うんです」

「そうか……」

 少し上を向いた佐祐理の唇を、祐一は優しく奪う。あまりの突然の出来事なので、佐祐理は抵抗する事も悲鳴をあげる事も出来ずにされるがままになっていた。

「じゃあ、俺達はわかりあおう……」

 祐一は優しく佐祐理の体をベッドに横たえると、再び唇を奪う、

 そして寄り添う二人のシルエットは、やがてゆっくりと一つになるのだった。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送