♯15 折れた翼
『走行型双方向通信システム、全予定ポイントに設置完了』
『CLANNAD二より入電。これより浮遊型双方向通信システムの散布を開始する』
作戦の舞台となるタクラマカン砂漠では、地上には走行型の双方向通信システムが、空中には浮遊型の双方向通信システムが所定のポイントに配置される。ガンダムの持つGN粒子が通信を妨害する特性を利用し、その位置を特定するための手段だ。
『AIR三からの通信も受信状況オールグリーンです』
『シュミレートプラン、オールクリア』
ONEのタクラマカン砂漠にある駐屯基地では各方面からの報告を、ヒゲの異名をとる渡辺茂雄が聞いていた。
『演習に参加する全部隊、通信網の位置を確認しました』
『全モビルスーツの配置状況、順調です』
「……まさかAIRやCLANNADと手を組む事になろうとはな」
この作戦の骨子は以前に茂雄がガンダムを鹵獲するのに失敗した経験を踏まえて作成されており、各勢力の協力もあって以前とは比較にならないほどの大規模な作戦となっていた。この作戦において茂雄は一部隊の作戦指揮官にすぎないが、これもやむを得ない事だ。
その時、基地の上空をCLANNAD飛行部隊が飛び去っていく。最新鋭機のイナクトを先頭に、二機のヘリオンを随伴した部隊だ。
「うかれおって……」
そう茂雄が呆れたような口調でつぶやく中、そのイナクトの中では自称CLANNADのエース、春原陽平がこれから始まる作戦に心を躍らせていた。
『少尉、機体の交信状況はどうか?』
『順調ですよ、大佐殿。見ていてください、この機体で必ずやガンダムを』
『それは、無理っていうものよ』
『すぉんなぁ〜……』
そして、沖縄近海の海洋上には、AIR軍の航空母艦部隊が展開していた。
『オーバーフラッグス隊は、命令があるまで待機です』
「了解した」
オーバーフラッグス隊飛行隊長の国崎往人上級大尉は、航空母艦内にあるブリーフィングルームで仲間のフラッグファイター達と待機していた。
「……部隊総数が五〇に、参加モビルスーツが八三二機。たとえ卑怯者と罵られようとも、軍の命令には従わせてもらうぞ、ガンダム」
ONE国家主席、小坂由紀子はこの大規模演習の報告を氷上シュンより受けていた。
「例の件は、どうなっていますか?」
「諜報部より報告がありました。情報通り、濃縮ウラン埋設現場にはモビルスーツが三機、人員輸送車が三台向かっています。後は彼らが網にかかってくれれば……」
モニター画面には三機のアンフと、三台のトラックが砂漠を移動しているところが映し出されている。その時、シュンに通信が入った。
「……わかった。主席、演習地域に配置した双方向通信システムに障害反応が発生しました」
「予定通りですね、作戦の変更を司令官に伝えるように。私達も世論の非難を浴びて演習場所を提供したのですから、最低でも二機は欲しいところですね」
『あゆちゃん、速度と高度を維持してね』
濃縮ウラン埋設現場に急行する二機のガンダム。名雪のデュナメスを乗せたあゆのキュリオスは、雲に突入した途端にわずかだが乱気流によって機体が揺れる。
『もう、あんまり揺らさないでよ』
『うぐぅ、無理だよ名雪さん』
わたし落ちちゃうよ、と唇をとがらせる名雪に、あゆもついつい苦笑してしまう。
「観測班、ガンダムの標的はどこか?」
「通信遮断ポイントのルート上に、駐屯する部隊はありません」
ガンダムの介入を察知したAIRは、その行動に疑問を抱き。
「なんですって? 濃縮ウラン埋設地域に向かっている?」
CLANNADのタクラマカン砂漠駐屯基地では、作戦指揮官の相良美佐枝大佐が事の深刻さを受け止め。
「どういう事だ? 施設にテロリストが向かっている事に、なぜ気がつかなかった?」
おなじく、ONEのタクラマカン砂漠駐屯基地でも、この報告に茂雄が声を荒げていた。
「中佐、司令部よりガンダムを鹵獲せよとの指示がでました」
オペレーターからの報告に、茂雄はすべてを理解する。
「……そうか、これはすべて仕組まれた事。ガンダムをおびき出すため、政府はテロリストの動きを察知しながら、わざと放置したというのか」
そういう事情を知ってか知らずか、テロリスト達のアンフは濃縮ウラン埋設現場に攻撃を加えていく。だが、それは上空より飛来するビームによって阻止された。
『デュナメスは、目標を狙い撃つよ』
キュリオスの上に腹ばいになった状態ではあるが、名雪の射撃は的確にアンフを撃ち抜いていく。その次は三台の人員輸送車だが、ここで名雪の指先にわずかながらの躊躇いが宿る。
モビルスーツであるならば動力ユニットや関節部分を正確に狙い撃つ事で無力化が出来るが、トラックだとそうはいかない。目標対象が小さいだけに、ガンダムのビーム攻撃でなるべく死傷者を出さないようにするのは、限りなくゼロに近い。
しかし、あのトラックには爆弾が満載されているだろうし、それが爆発すれば最悪の場合濃縮ウラン埋設現場にも被害が出るだろう。名雪は心を鬼にして、トラックを狙い撃つのだった。
『ゼンダンメイチュウ、ゼンダンメイチュウ』
『離脱するよ、あゆちゃん』
『了解』
その時、デュナメスのコックピットにアラームが鳴り響く。
『敵襲?』
ガンダムのセンサーが、飛来するミサイルをキャッチする。ミサイルは上空で無数の弾頭に分裂すると、傘のように広がってガンダムに襲いかかってきた。
『くぅっ!』
すさまじい震動が過ぎ去ると。
『テッキセッキン、テッキセッキン』
モビルスーツ形態と飛行形態の混成となったリアルド部隊が、二人を包囲するように展開していた。
『名雪さんっ!』
『わかってるよ』
名雪はGNスナイパーライフルを発射しつつキュリオスから離れると、腰部フロントアーマー内部のGNミサイルを射出。あゆもキュリオスの後部コンテナより空対空ミサイルを発射。この攻撃で何一〇機かのリアルドを破壊する事が出来たようだが、数が違いすぎるせいかその爆発を潜り抜けたリアルド部隊が迫る。
『うぐぅっ!』
あゆのキュリオスに急接近したリアルドは、あろうことかそのまま体当たりを仕掛けてくる。
『あゆちゃんっ!』
しかし、名雪もあゆにばかり気をとられている場合では無い。GNビームピストルで何機かの破壊には成功するが、その間隙をぬって接近してきたモビルスーツ形態のリアルドに、左右から挟み込まれてしまう。
『この人達……』
リアルドはデュナメスにしがみついた上半身部分を残し、腹部のコックピットブロックを含めた下半身部分だけになって離脱する。そして、残された上半身部分はそのまま自爆した。
『名雪さんっ!』
もちろんこの程度の攻撃で破壊されるようなガンダムではないが、なりふり構わないこの攻撃には、思わず名雪の背筋に戦慄が走る。なにしろGNフィールドで機体の防御ができても、コックピットに伝わる衝撃までは減殺できないからだ。
『大丈夫? 名雪さん』
『大丈夫だよ、あゆちゃん。それよりもくるよっ!』
地上に落ちたデュナメスのそばに、慌てて駆け寄るあゆのキュリオス。そこへ飛来する第二波のミサイル。すかさず名雪はデュナメスのフルシールドを機体前方に展開して防御。あゆのキュリオスもその後ろに身を隠す。
『砲撃の手を緩めるなっ!』
二機のガンダムを包囲するように展開した重砲型のティエレンが遠距離から間断無く砲弾を浴びせ、同じく下半身部分を戦車のようにした重砲型のリアルドもガンダムを釘付けにするべく砲撃を加える。この徹底したアウトレンジ攻撃の前には、流石のガンダムといえども手も足も出ない。さらに上空からは飛行形態のリアルドによる空爆が開始され、瞬く間にデュナメスとキュリオスは爆炎に包まれてしまうのだった。
ファーストフェイズの予定行動時間が過ぎても、ガンダムマイスター達からの報告はない。今回のミッションは単純にテロの防止だけではなく、そこに集結した各軍の包囲網を突破しなくてはいけないからだ。
それが罠だとわかっていても、飛び込んでいかなくてはいけないのがガンダムマイスター。このときばかりはKanonの理念が足枷となっていた。
無事に離脱できればいいのだが、そう簡単にはいかないだろう。茜の家で動向を確認しつつも、こうして待つ事しかできない真琴達の間に不安の色が濃くなっていく。
普段ならプトレマイオスから状況の推移に応じたオペレーティングが出来るのだが、ここでは設備が足りない。こうした大規模なミッションには、到底対応しきれるものではない。
一応、香里の作成したミッションプランは、想定しうるありとあらゆる状況を考慮して作成されている。状況の推移がまったくわからないという状況であるが、時間の経過に合わせた状況の推移に応じてプランB‐二に移行しているはずだ。
それは包囲されたデュナメスとキュリオスに脱出口を開くために、エクシアとヴァーチェを投入するというものであった。
「AIR三、初期攻撃に成功」
「ガンダム二機、GF‐四二ポイントです」
「遠距離砲撃続行」
「了解。遠距離砲撃を続行」
タクラマカン砂漠にあるCLANNADの駐屯基地では、美佐枝が各方面からの報告に指示を出していく。
「ピューマ一から、有視界暗号。TF‐二一二三へ、部隊の派遣を要請してきました」
それを聞いて美佐枝は、やはり手薄なところを狙ってきたかと思う。
「第二三モビルスーツ隊を出撃させなさい」
『第二三モビルスーツ隊出撃せよっ! 第二三モビルスーツ隊出撃せよっ!』
突如として基地があわただしくなり、モビルスーツ形態と飛行形態のヘリオン部隊が緊急発進していく。
「どうして僕に出撃させてくれないんだよっ! 大佐」
そんな最中、作戦司令室に陽平がやってくる。彼にとっては今度こそガンダムにラベンゾするチャンスなのだ。それなのに後方待機では、面白くもなんともない。
「今は待機していてちょうだい」
「あのですね、大佐」
「安心しなさい。あんたの出番は必ず用意していあげるから」
美佐枝にそう言われては、陽平も引き下がるしかなかった。
『ミッションプランを、B‐二に移行します』
待機モードに入っていた祐一に、美汐から通信が入る。
『了解。エクシア、外壁部迷彩皮膜解凍。ミッションを開始する』
エクシアとヴァーチェはミッションを開始するが、そこを飛行形態で索敵中のリアルドに発見されてしまった。
『ガンダム二機発見、本部に連絡』
それを見た祐一はただちにエクシアを離翔させ、GNソードの一閃で二機のリアルドを撃破する。
『ヴァーチェ、離脱ルートを確保します。GNバズーカをバーストモードへ』
その間に美汐はヴァーチェのGNバズーカを胸部ユニットに接続し、砲身部分を上下に開き、内部の粒子加速器を延長させたバーストモードへと変形させる。GNドライヴからエネルギーが注入され、GN粒子が高密度に圧縮されていく。これはヴァーチェが使える中でも最大級の破壊力を持つが、その半面使用中は全く身動きが取れなくなってしまう。そこで機動性の高いエクシアを直衛につける必要があるのだ。
しかもこの運用方法は強力であるが故に、再発射には相当な時間がかかるため、基本的に一回限りの使用が望ましいという諸刃の剣としての側面も持ち合わせている。
『粒子圧縮率、九七%。GN粒子、解放』
発射の反動で重量級の巨体が相当な距離を後退してしまうが、その絶大な威力は進路上に展開していた部隊を跡形もなく消滅させていく。
『あの光は美汐ちゃん? と、言う事はプランがB‐二に移行したみたいだね』
それを見た名雪は、即座に判断を下す。
『離脱するよ、あゆちゃん』
『了解だよ』
名雪とあゆは、美汐の開けてくれた穴から脱出を図る。
『ファーストシュート完了。GN粒子チャージ開始』
美汐はGNバズーカの再発射シークエンスに移行するが、そこへ間髪入れずにミサイルが飛来する。空中で分離した弾頭が、傘のように広がってエクシアとヴァーチェに襲いかかってきた。
『なんだ? この物量は』
『対応が早すぎます』
たちまちのうちにエクシアとヴァーチェは爆炎に飲み込まれてしまう。いくらガンダムのGNドライヴが半永久的に稼働してエネルギーを供給するユニットであるといっても、そこから放出されているGN粒子に攻撃や防御の大半を依存しているガンダムにとって、このような攻撃は致命的だと言える。
確かにGN粒子を防御に回せば形成されるGNフィールドによってある程度までダメージを軽減できるとはいえ、その間は攻撃も移動もできなくなってしまう。こうして圧倒的物量による波状攻撃を仕掛けられてしまうと、全く身動きが取れなくなってしまうのだ。
これではガンダムの機体はともかくとしても、着弾時の衝撃は容赦なく中のパイロットを襲う。そして、それこそが敵の狙いなのだった。
作戦開始から二時間が経過。香里の作成したミッションプラン通りにB‐二に移行しているのなら、デュナメスとキュリオスは合流ポイントに向かっているはずだ。しかし、遠く離れた真琴達にはそれを知る術がない。
せめていつも通りのGNアームズが使えれば的確なアドバイスができるのだが、それすらも望めない状況にその場が暗く沈みこんでしまっている。
時間からするとプランB‐二からE‐五に移行しているころだが、それはあの機体が投入されるという事を意味していた。
あゆにとって、最悪となるあの機体が。
『うぐぅぅぅぅぅぅっ!』
『どうしたの? あゆちゃん』
狭い渓谷を高速で駆け抜けていくい途中で、突如としてあゆは頭を抱えて苦しみだした。
『うぐぅ……頭が……。くるよ……超兵が……』
『超兵が?』
あゆにとっては天敵となる相手。詳しい事情は名雪も知らないが、それが報告にあったONEの専用機である事は、名雪もすぐに気がついた。
『テッキセッキン、テッキセッキン』
二人がいる崖の上からは、折原浩平のティエレンタオツーを先頭に、五機の高機動型ティエレンが急接近してくるところだ。中でも浩平は、先の雪辱を果たそうと、気合十分だった。
『うぐぅ、来るよぉ』
崖を飛び越えて舞い降りてくるティエレンタオツーに向かい、名雪はGNビームピストルを発射する。だが、それを軽くかわしたティエレンタオツーは高速でデュナメスの脇を駆け抜け、一気にキュリオスにタックルをするとそのまま運び去ってしまった。
『あゆちゃん?』
名雪はあわてて後を追おうとするが、残りの高機動型ティエレンの攻撃に阻まれ、身動きが取れなくなってしまう。
『まさか、これが作戦なの?』
ガンダムを分断し、一機ずつ相手をする。そして、高機動型ティエレンの攻撃がおさまった次の瞬間に、圧倒的物量のミサイルがデュナメスを包み込むのだった。
エクシアとヴァーチェも容赦ないミサイル攻撃の只中にあった。
『美汐、GN粒子のチャージ状況は?』
『あと一七〇です』
『長すぎる……』
祐一はエクシアのコックピットで唇を噛むが、こうして攻撃を受けている最中では、GN粒子を防御にも回さなくてはいけないため、どうしてもチャージが後回しになってしまう。
結局、今はこうして嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。
『うぐぅぅぅぅぅっ!』
そのころあゆも浩平の容赦ない攻撃を受けていた。ただでさえ浩平の放つ脳量子波があゆを苦しめているうえに、先程からの攻撃によってすっかり疲弊しきっていた。
しかも浩平のティエレンタオツーはあゆのキュリオスを踏みつけ、至近距離から砲撃を加えている。
『今度こそ年貢の納め時だな、ガンダム』
『うぐぅぅぅぅっ!』
『そうだ、お前死ぬ前に名前教えろよ。なんだったら、俺がたっぷりと可愛がってやってもいいんだぜ』
『うぐぅ、あゆ……』
『あゆ? じゃあ、俺は超兵一号の折原浩平だ。人は俺を、美男子星のビダンシーと呼ぶ』
『……自己紹介は終わったね。じゃあ、そろそろ死んでよ』
キュリオスの右腕に装備されたシールドがクロー状に変形し、ティエレンタオツーを襲う。
『いったん離れろっ! 少尉』
『中佐か』
茂雄の援護射撃を受け、浩平は一時撤退する。
『……つまんないの』
後は任せたよ、とあゆの別人格は再びあゆの意識の奥におさまるのだった。
「戦闘開始から五時間が経過したか……」
夕日の沈む海岸を眺めつつ、久瀬はなんともつまらなそうに呟いた。
「どこへ行く? 久瀬」
「他の監視者達の意見を聞きにね。僕の仕事もこれで最後かも知れませんしね」
「そんな気もないくせに。これだから子供は……」
久瀬の後ろ姿を見つつ、石橋はそう呟くのだった。
夜になっても、ガンダムへの執拗な攻撃は続いていた。
「第七モビルスーツ隊、活動限界時間です」
「第一六モビルスーツ隊に引き継がせなさい」
タクラマカン砂漠にあるCLANNADの駐屯基地では、活動限界時間の迫った部隊の交代を美佐枝が指示している。
「そろそろ出番よ? 出撃準備を整えておいて」
「はっ!」
いよいよ出番だ。と言わんばかりに気合を入れる陽平であった。
『うぐぅ……いつまで続くの? この攻撃……』
地上からの遠距離砲撃、そして空爆。いつ絶えるともしれない攻撃に、あゆの体力は切れる寸前だった。せめて誰かがそばにいれば状況も違うのかもしれないが、あゆも名雪も孤独な戦いを強いられている。
『シャワーくらい浴びたいな……』
もはや反撃すらもままならない、絶望的な状況。
『ガンダムを渡すわけには……』
美汐はGNバズーカを発射するが、エネルギーチャージすら追いつかない状況では虚しい光が伸びるのみ。そんな中で祐一のエクシアはついに片膝をついてしまう。
格闘戦に特化したエクシアの装甲は薄く、着弾のダメージによるパイロットにかかる負担も半端ではない。しかも敵はエクシアの砲戦距離の外から一方的に攻撃を加えてくるために、一方的な消耗を強いられてしまっているのだ。
ついに各陣営は虎の子の部隊を投入する事を決断した。
『オーバーフラッグス隊、ミッションタイムクリア』
『了解した。国崎往人、出るぞ』
往人のカスタムフラッグを先頭に、オーバーフラッグス隊が順次発進していく。
『各機に通達。僕達の目標は、デカブツのガンダムだ。砲撃に中止と同時に作戦を開始する。敵さんのビームに当たるなよ』
CLANNADの駐屯基地からは陽平が発進した。
『戦闘開始から一五時間が経過しましたか……』
ヴァーチェのGNフィールドでエクシアを守りながら美汐が呟く。そうしているうちに、なぜか砲撃が止んだ。
『砲撃が止んだ?』
『今のうちに離脱しますよ、相沢さん』
『了解だ』
GNフィールドを解除した美汐は即座に撤退を開始し、祐一も上空へと舞い上がった。
『見つけたぜ、ガンダム!』
しかし、ヴァーチェの行く手に、陽平のイナクトが飛来する。
『くぅっ!』
すかさず美汐はGNバズーカを発射するが、うまく狙いが定まらない。そのビームをひらりとかわし、陽平はコックピットで嬉しそうに高笑いする。
『どうした? 動きがのろいぞ、ガンダム』
そこへ特殊装置をつけた四機のヘリオンが舞い降り、バリアフィールドを展開して四方からヴァーチェを取り囲む。
『きゃあぁぁぁぁっ!』
『ガンダム確保!』
『よぉ〜し、よくやった』
同じころ、あゆのキュリオスも大地に崩れ落ちていた。
『中佐、ハネツキを鹵獲するぜ』
『注意しろよ、少尉。以前のように、突然動きだすかもしれん』
『了解』
そして、名雪のところへはオーバーフラッグス隊が向かっていた。
『コマンダー、目標を視認。作戦行動に入る』
この状況になりながらもまだ戦いを続けているパイロットに、往人は内心賞賛した。できればもっと正々堂々と戦いたかったが、軍の命令である以上これもいたしかたない事だ。
『オーバーフラッグス、フォーメーションEでミッションを開始する』
だが、一機のカスタムフラッグが、往人の命令を無視して急降下していく。
『フォーメーションを崩すなっ!』
『隊長面するなよ』
そのパイロットは空中でカスタムフラッグを変形させると、一気にデュナメスに襲いかかる。
『こいつはあんたの、専売特許ってわけでもないんだ』
確かにフラッグの空中変形はスペックノートに記載されていないが、できないというわけでもない。単にそれをやると関節部分のモーターの劣化が激しくなるので、整備にかかる手間を考えるとやらないほうが無難と言う程度だ。
また、機体制御系のOSをモードチェンジのたびに変更する必要があるため、それらの操作をすべてマニュアルで行わなくてはいけない。その意味では、単に操縦技量の問題ともいえる。
『なにぃっ!』
だが、急接近したのが仇となったのか、デュナメスのGNビームピストルによってカスタムフラッグは撃墜されてしまうのだった。
『フォーメーションをGに変更するっ!』
往人は機体を急降下させると、デュナメスの砲撃をかわしつつ急接近してくる。
『もう、指先の感覚が……』
『抱きしめたいな、ガンダム!』
名雪の射撃をかいくぐり、超低空を高速で侵入した往人はそのまま一気に機体を変形させ、勢いを殺さぬまま体当たりをかけた。
『きゃあぁぁっ!』
コックピット内部で激しく揺さぶられ、名雪は意識を失う。
『まさに、眠り姫だ』
ぐったりと倒れるデュナメスの頭部を鷲掴みにしつつ、往人はそう呟くのだった。
「栞、祐一達から連絡は?」
「まだです」
東の空に太陽が昇り始めても、ガンダムマイスターからの連絡はない。重い雰囲気が真琴達の間に走り抜けていく。
「消えていく……ガンダムマイスターの命が……」
香里が予想する中でも、最悪のシナリオに突入しつつある。そんな中、ただ一人離脱に成功した祐一は、合流予定ポイントに到着していた。
『他のみんなは……? 名雪、あゆ、美汐……』
その時、エクシアのコックピットにアラームが鳴り響く。
『三時の方向に敵影?』
上りゆく朝日を背景に、異形のシルエットが浮かび上がる。
『モビルアーマー? いや、あのイナクトは』
カラーリングは赤に変更されているが、それはまぎれもなくあの男、古川秋生の機体だった。
『この前の借りは返してもらうぜ。ええっ? ガンダムさんよぉっ!』
リニアライフルを乱射しつつ、下半身部分をアグリッサと呼ばれる浮遊ユニットで構成されたイナクトが急接近してくる。祐一はなんとか回避しようとするのだが、疲労がピークに達しているせいかその動きは鈍く、ついには激しい体当たりによって地面にたたきつけられてしまう。
その上空に回り込んだイナクトはアグリッサから六本の脚を伸ばし、エクシアを鳥籠のように入れるようにして取り囲んだ。
『いっちまいな』
アグリッサの脚部より激しい電磁パルスが放出され、エクシアに襲いかかる。
『うあぁぁぁぁっ!』
『どうだ? アグリッサのプラズマフィールドの味は? 機体だけ残して消えちまいな、クルジスの小僧っ!』
アグリッサの脚部からは高周波の電磁波が放出され、六本の脚部をそれぞれ対角線になるように配置し、その交点となる中心部分に高熱のプラズマを発生させるものである。このときの温度は四〇〇〇℃にも達し、機体の電装系やパイロットにダメージを与えるのだ。
いうなればこれは人間を生きたまま電子レンジに放り込むようなものであり、しかも展開したフィールド以外には影響を及ぼさないというクリーンな兵器であった。ただし、使用中は全く身動きが取れなくなってしまうために、運用が限られてしまう側面も持ち合わせている。
『うあぁぁぁぁっ! あぁぁぁぁぁっっ!』
アグリッサのプラズマフィールドに封じ込められ、コックピットで蒸し焼きにされていくときに祐一は死を意識した。歪んだ世界の中で、なににもなれないまま。
名雪、あゆ、美汐、それに多くの仲間達。手に入れたと思ったのも束の間、すべてを失って朽ち果ててしまうのか。
幼き日に見たガンダム。祐一にとっては、神の如き輝きを持つガンダム。祐一は、ガンダムになりたかった。
『ガン……ダム……』
祐一がその名を呼んだ時、上空より飛来したビームがアグリッサを打ち抜いた。
『なにぃっ?』
素早くイナクトを分離して、秋生はアグリッサの爆発より逃れる。
『あれは……?』
祐一の目に映るのはかつての光景。背面部より翼のようにGN粒子を放出し、ゆっくりと舞い降りてくるモビルスーツ。
『ガン……ダム……?』
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