♯16 After

 

 中東、アザディスタン王国。この日佐祐理は窓辺で月を見上げつつ、前日の夜の祐一との逢瀬を思い返していた。

「……佐祐理、外交部に来た非公式の情報だけど」

 するとそこへ、佐祐理の侍女兼護衛役の川澄舞が入ってきた。

「ユーラシア大陸で行われている合同演習の最中に、Kanonが現れたらしい」

「Kanonが?」

 舞の話によると、すでに両者は交戦状態に入っているという。

「……でも、千機近いモビルスーツ部隊に、たった四機のガンダムで挑むなんて、無茶もいいところ」

 しかし、それでも彼らの理念を体現するためには、やらなくてはいけなかった事なのだろうと佐祐理は思う。

「祐一さん……」

 その微かな呟きは、舞の耳には届いていないようだ。ただ、舞は不意に表情を曇らせた佐祐理を、心配そうに見つめているだけだ。

(まさか……死を覚悟していた……?)

 

 タクラマカン砂漠のタクラマカンとは、入ったら生きて帰る事の出来ない、と言う意味がある。この地の合同演習によってガンダムは絶体絶命のピンチを迎えていた。当初のミッションプランでは、キュリオスの上部にデュナメスをのせ、高速で飛行しつつ上空からテロリスト達を狙撃し、そのまま一気に離脱するというものだった。しかし、予想以上に対応が早い敵の攻撃によって、キュリオスとデュナメスは敵中に孤立してしまったのである。

 敵の攻撃は双方向通信システムにガンダムが放つ特殊粒子が障害を引き起こす事に着目し、障害がおこったエリアを重点的に地上からのミサイルや長距離砲撃、高空からの絨毯爆撃を行うというものだった。ガンダムの機体の周囲にはGN粒子を用いたフィールドが展開しており、ある程度までのダメージを無効化してくれるとは言え、攻撃や防御などの基本動作をGN粒子に依存しているガンダムにとって、この物量作戦は致命的であると言えた。

 続いてのミッションプランは予定時刻が過ぎても連絡がない場合、キュリオスとデュナメスに脱出口を作るため、ヴァーチェによる長距離砲撃を行うというものだった。最初の砲撃でなんとかキュリオスとデュナメスは脱出に成功するが、今度はヴァーチェと護衛についたエクシアに敵の集中砲火が浴びせられてしまう。

 そして、渓谷沿いに脱出を図るキュリオスとデュナメスであったが、ONEの超兵一号折原浩平の脳量子波干渉によって、あゆが戦闘不能状態に陥ってしまう。それぞれのガンダムは分断され、単純計算で二〇〇倍にもなる敵の猛攻に丸一昼夜さらされ続けた末に、ガンダムマイスター達は徐々に神経をすり減らして力尽きていく。戦術予報士、美坂香里の予想通りに。

 エクシアがアグリッサのプラズマフィールドに封じ込められ、祐一の命が風前のともし火となったその刹那。突如として天空より飛来したビームに貫かれ、アグリッサは爆散する。

『ガン……ダム……?』

『ねえ、キミ。生きてる?』

 舞い降りてくるガンダムより通信が入る。それは女の子の声だった。

『大丈夫〜? エクシアのパイロット』

『……お前は?』

『あたしは坂上河南子。キミとおんなじガンダムマイスターなのさ』

『ガンダムマイスター? じゃあ、その機体は?』

『ふっふ〜ん。ガンダムスローネ三号機、スローネドライ』

『三号機?』

『他のお仲間のところには先輩と鷹文が行ってるから心配ないよ。今頃は……』

 ヴァーチェを確保した陽平達は、基地へ帰還する途上にあった。

『全機、フォーメーションを崩すなよ。このままガンダムを本部まで連行するぞ。指揮を執ったのはこの僕、春原陽平だからね』

 これで美佐枝さんも、僕の事見直してくれるだろう。と、陽平はイナクトのコックピットで小躍りするように喜んでいた。おそらく、その脳内では美佐枝との結婚にはじまる幸せな想像が駆け巡っているだろう。

『のわ〜っ!』

 だが、そんな幸せも束の間。突如として飛来したビームによりイナクトの脚部が破壊されてしまう。続く遠距離からの砲撃によってヘリオン部隊が破壊され、ヴァーチェを囲むバリアフィールドが解除された。

『なんですか? 今のは……』

 それは、謎のモビルスーツの右肩に装備された大型砲からの砲撃だった。

『目標ヘリオン部隊、大破確認』

 名雪にも匹敵する射撃能力により、ヘリオン部隊を一掃する謎のモビルスーツ。

『引き続き、ミッションを続行する』

『あの光は……』

 美汐の見ている前で、飛び去る機体からは赤く輝く粒子が放出されていた。

『総員油断するなっ! ハネツキがいつまた暴れだすやもしれん』

『了解っ!』

 キュリオスの鹵獲に成功した茂雄の声が、部隊の高機動型ティエレン全機に通達される。

(このガンダム……。超人機関の施設を攻撃し、俺の同胞を殺しやがった。なぜだ?)

 そんな中浩平は、キュリオスのパイロットに興味を抱いていた。このパイロットは自分と同類のはずなのに、どうしてそういう行動に出たのか。

(なんだ? このプレッシャーは……)

 突然、浩平は何者かのプレッシャーを感じた。それと間を置かずして、一機のモビルスーツが飛来する。

『敵襲だと?』

 茂雄の叫びが響く中、そのモビルスーツは腰部のサイドアーマーからミサイルのようなものを射出した。一見それはミサイルのようであるが、自在に空を飛び、その先端部分よりビームを射出している。

『なんだ? この武器は』

『ミサイルじゃない?』

 瞬く間に寮機の高機動型ティエレンが破壊されてしまい、茂雄と浩平はなんとか迎撃を試みるが、その武器の動きが速すぎて全く対応ができない。

『他の部隊がしくじったのか?』

『いや、あの機体は……』

 先程の攻撃を行った、ミサイルのようなものが上空に佇むモビルスーツへと戻っていく。

『ガンダムスローネ二号機、スローネツヴァイ。坂上鷹文、エクスタミネート。いけよ、ファング!』

 鷹文の叫びに答えるように、再度ミサイルのような端末による攻撃が開始される。

『ぬあぁぁぁっ!』

 その先端部分より射出されるビームをかいくぐって攻撃をしようとする茂雄であったが、背面部分の動力ユニットを破壊されてしまい、茂雄の高機動型ティエレンは大地に倒れた。

『中佐っ!』

 だが、浩平の能力を持ってしても、その攻撃をかわすだけで精いっぱいだった。

 そして、オーバーフラッグス隊にもガンダムの脅威が迫っていた。

『なんだ?』

 突如として飛来したビームにより、一機のオーバーフラッグが爆散する。

『敵襲だと?』

 あわてて散開するが、その間にももう一機が破壊されてしまう。

『うぬぅ、この射程距離は……』

 これだけの砲戦能力を持つモビルスーツは、少なくとも佳乃が知る限りでは今目の前にいるこのガンダムくらいのものだ。

『まさか他にも機体があったとは……聞いてないぞ、ガンダム』

 そう往人は毒づくが、今は逃げる事のほうが先決だ。

『フォーメーションをズタズタにされた、一時撤退する』

『了解』

 往人の命令により、生き残ったオーバーフラッグは全機撤退した。

『う……うにゅぅ〜……』

 まだ覚醒しきっていない頭を振りつつ、コックピットで意識を取り戻した名雪は、モニター画面に見慣れないモビルスーツが映っているのを見た。

『この機体、誰だろう……。けろぴーは知ってる?』

『でーたナシ、でーたナシ』

 どうやらけろぴーも知らないらしい。

『間にあったようだな』

『あなたは誰?』

 そのモビルスーツより、通信が入る。どうやら乗っているのは、若い女性のようだ。

『スローネアインのガンダムマイスター。坂上智代だ』

『坂上智代……さん?』

『お前の仲間のマイスターのところにも、すでに私の弟達が救出に向かっている』

『どういう事なの?』

『せんぱ〜い。こっちのミッションはクリアーしたっすよ〜』

 名雪の疑問に答える間もなく、明るい声をした別の通信が入る。

『そうか。じゃあ河南子、GN粒子を最大散布。現空域より離脱する』

『おいっす、了解。じゃあ、いくよっ! GN粒子最大散布!』

 河南子の叫びに答えるように、スローネドライのGNドライヴがフル稼働を開始する。

『いっけ〜っ!』

 スローネドライの機体の各部が展開し、GN粒子が大量に放出されていく。それはヴァーチェがGNフィールドを展開する時以上の放出量であった。

『ステルスフィールド!』

 赤い光の粒子がスローネドライを中心に展開し、翼のように広がる。

『この光は……』

 祐一が見ている前で、空が真っ赤に染まっていく。

『GN粒子?』

 名雪の声がかすれる。

『うぐぅ……一体、何が起こっているの?』

 浩平の脅威が去る事で意識を取り戻したあゆは、激変した周囲の状況に戸惑い。

『……この、散布領域は……』

 そして、美汐はただただ圧倒されるばかりだった。

 

「新たなガンダムが出現したですって?」

 タクラマカン砂漠にあるCLANNADの駐屯基地では、オペレーターからの報告に美佐枝が声を荒げていた。あともう少しでガンダムを鹵獲できるという時に、ガンダムが増援に現れたのだ。

「本隊は増援のガンダムにより、ガンダムの鹵獲に失敗した模様です」

「こんな事が……」

 これだけの規模の人員、資材を投入して鹵獲に失敗したというのは、失態以外の何物でもない。

「大佐、双方向通信装置の遮断ポイントが、急速に拡大していきます」

 モニター画面を見ると、遮断領域を示す赤の表示が画面一杯に広がっていくところだ。

「……なんて事? まさかそのガンダムは例の特殊粒子を、広範囲にわたって放出する能力を備えているとでもいうの?」

「これではガンダムを直接視認する以外に、捕捉する事ができません」

 美佐枝はコンソールに拳を叩きつけるが、こうなってしまうとこれ以上の攻撃は不可能だった。

 まさかこの局面で、新たに三機のガンダムを投入してくるとは。この作戦の失敗を知った各勢力の首脳部は、頭を抱える事となる。それは四機だけでも脅威となるガンダムが、七機に増えてしまった事への苦悩の表れなのか。

 

「けろぴーからの暗号通信。ガンダムは四機とも健在、太平洋の第六スポットに帰投中みたいよ」

 真琴の報告に、茜邸に集ったプトレマイオスのクルー達に安堵の表情が浮かぶ。

「ミッションコンプリート、ですね。香里さん」

「どうして……?」

 茜はにこやかに話しかけるが、香里の表情はどこか浮かないものだった。それは戦術予報士として香里は、今回のミッションはかなりの高確率で失敗するはずだったからだ。的中率九割を超える香里の予報は、ガンダムマイスター達にも提示してある。彼らは覚悟の上でこのミッションに参加したのだ。

「どうかしましたか?」

「ううん、なんでもないわ」

 心配そうな表情の茜に、香里はあわてて笑顔を向ける。

(予想が外れて嬉しいい事もあるのね……)

『新しい、ガンダムか……』

『そんなの、聞いてないよ……』

『うぐぅ、あの機体は……』

『ヴェーダの計画プランに、あんな機体は存在していません。一体なんなのですか、あのガンダムは……』

 太平洋上を飛行し、自動操縦で秘密基地へと帰還するガンダムのコックピットで、祐一達は新たに出現したガンダムにそれぞれ思いを巡らせていた。

 

「監視者、アレハンドロ=久瀬」

『緊急とは、穏やかじゃないな』

 他の監視者が集う席上に、久瀬は列席していた。

『おそらく、タクラマカン地帯での戦闘に投入された、三機のガンダムの件であろう』

『あの機体、ヴェーダの計画には記載されていないようだが……』

『どうやらKanonには、極秘裏にセカンドチームが存在していると考えられる』

「全監視者にその是非について提言したい。新たに実動した、三機のガンダムを了承するか、否か」

 ちなみにその場で姿をさらしているのは久瀬一人で、それ以外はすべて代理の置物があるだけの音声のみだ。

『結論を急ぎすぎだ』

『その前に、Kanonの現在までの活動の成果を、再評価する必要があると思うが?』

『その意見に賛成だ』

『私もです』

 周囲から続々と賛成の声があがり、全員の一致をみた。

「了解しました」

 Kanonの活動は、CLANNADの最新鋭モビルスーツ、イナクトの発表会場への武力介入からはじまる。派遣されたエクシアはイナクトを圧倒、その戦闘能力を披露しつつ敵最新鋭機を牽制。また、エクシアはデュナメスとの連携作戦で、CLANNADが条約で規定されている以上の軍事力を、軌道エレベーターに駐留させている事を世界に示した。

 同時刻、ONEの軌道エレベーター天柱でのテロ活動を未然に防ぐべく、キュリオスとヴァーチェを派遣、ミッションを完遂させた。

『このミッションの趣旨は紛争に介入するのではなく、テロを未然に防止する事で世界の理解を求めた。と、言ったところか……』

 そして、Kanonの発案者であり、創設者でもある水瀬秋子の声明が、世界に向けて発信された。実に二世紀以上の時を経て、この計画は動き出したのだ。

『セカンドミッションは旧スリ=ランカ、セイロン島で起こっている民族紛争への武力介入だったな』

『この紛争を悪化させていたのは、ONEが太陽光発電のエネルギーチューブの安全を確保するためだ』

 以降ガンダムはチーム編成を変えつつ、さまざまなミッションをこなしていった。ヴェーダの推奨するプラン通りに。

 

「ここまでは順調だったんだけどね」

「そして、彼らは南米タリビア共和国への武力介入を行った」

 時を同じくして、智代達Afterのメンバーもプトレマイオスのガンダムマイスター達の再評価を行っていた。このモラリア紛争はいうなれば翼人の支配するAIRとタリビアの茶番であり、Kanonはそれに付き合わされただけだ。

 だが、これと前後してKanonの活動にはさまざまな支障が出てきた。

 ミッションにはなかったキュリオスによる人命救助。これはパイロットである月宮あゆの独断専行によるものだ。この突発的なミッションのためにデュナメスの高高度砲撃能力を世界に晒してしまい、後日ヴェーダによる計画プランの修正を余儀なくされた。

 次のモラリア共和国での武力介入でも、エクシアのパイロットである相沢祐一が戦闘中にコックピットから出てしまい、敵にその身をさらしてしまう。これに関して祐一は報告を拒否しているが、ミッション自体は無事に完遂出来た。問題を起こした祐一に対して除名を進言する意見も出たが、監視者達の意見がそろわずに不問となった。

 監視者達は全員の意見が一致しない限り、Kanonの行動に対する拒否権を発動できないのだ。

 そして、ヴェーダの予測通りに世界の反発が起きる。Kanonの行動に対する、国際テロネットワークによる無差別報復。もっとも、これに関しては世界各国の情報機関の協力もあり、速やかに解決できた。事の是非はともかくとしても、これによって世論はKanonの存在を現実のものとして受け止めたのだ。

 だが、大国はKanonの存在を受け入れなかった。ONEの編成した特務部隊『頂武』によるガンダム鹵獲作戦が発動する。ガンダムの持つ圧倒的なまでの戦闘力が解析できれば、他の勢力に先んずる事ができるからだ。

 この戦闘で超人機関の実験体であった月宮あゆは、超兵一号折原浩平の脳量子波干渉を受ける事で戦闘不能状態に陥り、キュリオスを鹵獲寸前にまで追い込まれてしまった。また、ヴァーチェも敵の鹵獲を避けるため、最重要機密であるガンダムナドレの存在を敵に晒してしまう。なんとか敵から逃れたキュリオスも、機密であったシールドのクローギミックを晒す結果となる。

 この一件で戦術予報士である美坂香里の能力を疑問視する声も上がったが、祐一の時と同様に管理者達の意見が一致せずに不問となった。月宮あゆのパイロット適性についても意見が出たが、超人機関技術研究所の所在とその破壊をミッションプランとして提案したために不問となる。ただ、彼女はこれからも脳量子波の影響を受け続けてしまうため、それが今後の課題となる事は容易に予測できた。

「やはり、彼らのやり方は甘いんじゃないか?」

 ここまでを振り返って、鷹文はそう断言した。プトレマイオスのガンダムマイスター達は、緊急時以外には極力敵兵の命を奪わないように心掛けている。やり方に関してはそれぞれの方針があるので一概には言えないが、熟練パイロットの数が減ればそれだけKanonの理念を遂行しやすくなる。

 世界に喧嘩を売っている割には、人目を気にしているようにも見えてしまう。鷹文にはそこが不満なのだ。

 確かにアザディスタン王国での一件を見ても、非武装のエクシアを派遣してミッションをコンプリートさせた。しかし、そのスタイルがタクラマカン地域で、ガンダム鹵獲寸前にまで追い込まれてしまう結果となってしまう。

 

『そうして、今回のタクラマカン地域での一件か……』

 大国はガンダムが極力敵兵を殺さないように心掛けている事を逆手にとり、数の暴力で追い込んだのである。智代達セカンドチームが増援に来なければ、ガンダムは鹵獲されていた事は必至であった。

『ヴェーダからの報告は完全ではないが、セカンドチームが現れなければガンダムが鹵獲されてしまう確率は高かったように思う』

『同感だ』

『しかし、セカンドチームのガンダムが持つGNドライヴはどこで作られたのか。現在稼働しているGNドライヴは五基しかないはずだ』

『その件に関しては、ヴェーダから確定情報が明示されるでしょう』

『我々にも知らされていない情報があるとは……』

『なに、かまわんさ。我々は監視者、世界がどのように動こうとも、我々にあるのは総意によるKanonの否決権だけなのだから』

「意見が出そろったところで、改めて監視者に問いたい。新たに現れた三機のガンダムの存在を、了承するか否か」

『私は、了承する』

『受け入れよう』

『賛成する』

 次々に上がる賛成の声に、監視者達の意見は一致する。

「それでは」

 閉会となったその時、久瀬の口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

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