♯19 絆
「ここは……」
理樹が目を覚ますと、そこは知らない天井だった。窓にかかった白いカーテンが日の光を遮り、眩しさよりも暖かさが満ちる部屋。ここは病院の一室らしく、ベッドに横たわったまま、理樹は自分の体にこれといった以上がない事を確認した。
「……気がついたか、理樹……」
「鈴?」
まだ痛む体を動かし、声のしたほうに顔を向けると、体育座りのまま膝に顔をうずめた鈴の姿があった。どうやら鈴はそれほど酷い怪我はしていないらしい。咄嗟に理樹が自分の体を盾にして、爆風から鈴を守ったのだ。
「みんな、死んでしまった……」
快活さの消えた力ない響きの鈴の声が、静かに病室内に響く。生き延びたのは理樹と鈴の二人だけで、真人も、謙吾も、小毬も、クドも、来ヶ谷も、みんな粒子ビームの直撃を受けたせいで消えてしまった。
「ねえ、鈴」
人見知りの激しい鈴に、みんなは仲良く接してくれた。仲間を失ってしまった鈴の悲しみは、筆舌に尽くしがたいものがあるのだろう。だからこそ理樹は、出来る限り優しく話しかけるのだった。
「僕がいる。僕がずっと鈴のそばにいるから」
すると鈴は、涙にぬれた瞳でじっと理樹を見る。
「はは……なんだそれは。まるでプロポーズだな……」
「そうとってもらっても、僕は構わない」
「はは……」
再び、鈴は顔を膝にうずめてしまう。
「……それも、悪くないな……」
小さくだが、理樹の耳に鈴の嗚咽が届く。
「うん、悪くない……」
戦争根絶を謳い文句にしていても、戦えば人が傷つき死んでいく。しかもその大半は軍人では無く、なんの罪もない一般の民衆なのだ。いくら医学が進歩して体の傷は癒せても、心の傷までは癒やす事が出来ない。
悲しみが悲しみを呼び、憎しみを呼ぶ連鎖となる。ガンダムは悲劇を繰り返すものなのか。それとも、連鎖を断ち切るものなのか。
そのころ軌道上を周回するプトレマイオスでは、戦術予報士の美坂香里がミッションプランの修正に頭を悩ませていた。Kanonの武力介入は基本的にヴェーダの作成するミッションプランによって行われており、ヴェーダの指示に従うのがKanonのルールとなっている。
ヴェーダはKanonの作戦行動における生命線とも言える量子型演算コンピューターであり、このシステムがハッキングを受けている可能性もある以上、最悪の場合香里達はヴェーダ抜きで計画を実行していかなくてはいけなかった。
「そんなの、無理よ……」
誰に言うでもない香里のつぶやきが漏れる。その時香里は、ふとKanonという組織について思いを巡らせた。
Kanonとは音楽技法における繰り返しの表現としての意味の方が有名であるが、本来の意味はギリシア語における規律、規範といった意味である。美術の様式としての意味もあり、その場合は主に彫刻において使われるもので、左右の目の位置や腕の長さなどの比率を一定にするというものであるが、現在では廃れてしまった様式である。もっとも、ガンダムの意匠はほぼ同一であるので、広義にはKanonの様式であるといえるだろう。
それ以外にはキリスト教における正典と言う意味もあり、ガンダムが天使の名をモチーフにしているのはなんとも皮肉な事である。
ちなみに、エクシアはギリシア語におけるエクシアイが語源となっており、天使の位階では上から六番目に位置する能天使となる。デュナメスはギリシア語のデュミナスで、ヴァーチェはその英語読みとなるヴァーチュが語源で、いずれも天使の位階では上から五番目の力天使になる。
キュリオスはギリシア語のキュテリオスが語源で、天使の位階で上から四番目に位置する主天使となる。
そして、スローネは天使の位階では上から三番目になる座天使となるのだ。
「香里〜、大変なのよぅっ!」
突然の真琴からの通信に、香里は現実に引き戻された。
「どうしたの?」
「ガンダム同士が戦ってるの。それで、美汐まで出撃しちゃったのよ」
「なんですって?」
『エクシア、目標を駆逐するっ!』
GNソードを振りかざし、祐一のエクシアは三機のガンダムスローネめがけて突進する。いち早く最前列に立った鷹文のスローネツヴァイがGNバスターソードで、その攻撃を受け止めた。
『お前、なにするんだよっ!』
『あたし達は味方よっ!』
『違うっ!』
鷹文と河南子は口々に叫ぶが、祐一は即座にそれを否定する。
『お前達が……その機体が……ガンダムであるものかっ!』
祐一の攻撃は続く。しかし、エクシアのGNソードは強力であるが右腕に固定されている武装のため、どうしても攻撃範囲が狭くなってしまう。対するスローネツヴァイのGNバスターソードも大型の武器であるが、こちらは状況に応じて両手持ちと片手持ちを使い分ける事が出来るため、先程からの祐一の攻撃もすべて受け止めていた。
『どうするの? 先輩』
『聞こえるか? エクシアのパイロット。なぜ私達の行動を邪魔する? 私達は戦争根絶のために……』
『違うっ! お前はガンダムでは無い』
智代の呼びかけにも応じず、祐一は攻撃を続行した。
『……錯乱しているのか。やむをないな、応戦しろ鷹文』
『了解』
鷹文はGNバスターソードを一閃し、エクシアとの距離を離す。その隙を見逃さず、智代はスローネアインの右肩にあるGNビームランチャーでエクシアを攻撃。初弾、次弾とかわしていくが、三弾目にエクシアはシールドを破壊されてしまう。
『いけよっ! ファング』
スローネツヴァイのサイドアーマーから射出された六基の攻撃端末がエクシアに迫る。
『くっ』
すかさず祐一はGNソードを収納。両腰の後ろからGNビームダガーを引き抜いて投擲し、GNショートブレードも投擲してファングを破壊していく。さらにGNビームサーベルを両手に持たせ、二刀流で残りのファングを破壊した。
『まだあるんだっ!』
最後に二基残ったファングが背後からエクシアに迫るが、それは突如として飛来した高出力ビームによって破壊されてしまう。
『なにっ?』
『援軍か』
鷹文と智代が驚くのも当然である。エクシアの窮地に駆けつけたのは、美汐のヴァーチェだったからだ。
『美汐?』
『ヴァーチェ、目標を破壊します』
「戦っているのは、エクシアとスローネ?」
騒然となったプトレマイオスのブリッジでは、香里が状況の把握に努めていた。
「ヴァーチェも交戦に加わった模様です。お姉ちゃん」
「天野さんまで?」
戦術オペレーターの栞からの報告に、香里は驚きの色を隠せない。なぜなら、ガンダム同士で交戦するなんて、下手をすれば共倒れになってしまうからだ。とはいえ、それだけ智代達の行いが祐一には許せなかったのだろう。実際、プトレマイオスのブリッジでは、誰もが祐一の行動を支持していた。
「うぐぅ……あの人達の行動も計画の一部なんだとしたら……」
「あたし達がこういう行動に出るのも、もしかすると計画の一部なのかもしれないわね」
あゆの呟きを、香里が呆れたように続ける。
「名雪さんから緊急暗号通信、指示を求めています」
「できる事なら、戦いを止めてと伝えて頂戴」
栞の報告に、香里は即座にそう答える。
「ただし、現場の状況によっては名雪の意思を尊重するわ」
結局は名雪の好きにさせるという事だ。これでは香里の持つ戦術予報士の名が泣くというものである。
「あゆは出撃しなくていいの?」
「ボクは、ここに残るよ」
真琴の声に、あゆはそう答える。
「こうなっちゃったら、ここも安全じゃないと思う。だからボクはプトレマイオスを守るよ」
できる事なら、あゆも祐一の援護に駆けつけたい。しかし、それではプトレマイオスが無防備になってしまう。もし万一の事を考えた場合、GNドライヴを最低でも一基は残しておかないといけないのだ。
そして、地上では名雪がデュナメスの出撃準備を整えていた。
『祐一も、とんでもない事するよね』
祐一の取った独断行動に、名雪はデュナメスのコックピットで苦笑した。止めなかったのは名雪であるが、一応香里の許可を取り付けておくところがなんとも彼女らしいと言える。これによって香里の気持ちも固まったようであるし、なんとなくだがスローネを敵とする事でメンバーの足並みが揃いつつある事に、名雪は喜びを隠せなかった。
今更ながらに名雪は、ガンダムになろうとする祐一の気持ちがわかったような気がした。紛争根絶を体現するための、圧倒的な力を持つ存在としてのガンダムに。
『いくよ、けろぴー。デュナメス、水瀬名雪は撃ちにいくよっ!』
エクシアの行動は、即座にKanonを支持するエージェント達に報告される。
「そうですか。エクシアが新型のガンダムに……」
「こんな事しちゃって、いいのかな?」
思わず本音が出てしまった詩子からの報告に、茜は興味なさげに呟いた。
「詩子、私はこの世界が変わりさえすればいいの。どんな手段を使ってもね」
あの人が否定した世界。あの人の存在を否定した世界。その世界の変革のために、茜はKanonの活動を支持しているのだ。
「聞いたか、久瀬。ガンダム同士が戦っているそうだぞ」
「思ったより早かったな」
石橋からの報告に、久瀬は計画が第三段階に移行した事を知る。こうなってしまっては、もはや後戻りも出来ない。後は行きつくところまで行った先にあるものを見届けるまでだ。
祐一と美汐の智代達を相手にした戦闘は、いよいよ佳境へと突入していた。
『フォーメーション、S‐三二』
『了解』
機体の周囲にGNフィールドを展開したヴァーチェを先頭に、祐一達は三機のスローネに突進していく。それを見た智代達はビームを発射するが、ヴァーチェのGNフィールドに阻まれて有効弾にはならない。
『GNフィールドか』
コックピットで智代が舌打ちできたのも束の間、その背後に回り込んでいたエクシアが飛び出してきて、GNソードでスローネアインに切りかかってくる。
『てめぇっ!』
なんとかその一撃を智代はかわし、すかさず鷹文のスローネツヴァイがエクシアに向かうが、エクシアが身をかわした間隙を縫うようにしてヴァーチェのGNバズーカがビームを放つ。この息のあった連携攻撃は、数の劣勢を補うのに十分な効果を発揮していた。
『まさか相沢さんと戦術フォーメーションを使う日が来るなんて、思ってもいませんでしたよ』
『同感だ』
ガンダム同士の交戦はなおも続き、祐一達は戦術フォーメーションのS‐三二、D−〇七、F−五二を使い、ほぼ互角の戦闘をしていた。
エクシアとスローネツヴァイが激しく鍔迫り合いを繰り広げる中、スローネアインとスローネドライは上昇を開始する。
『河南子、ドッキングだ』
『了解』
智代はスローネアインのGNビームランチャーを展開し、スローネドライとドッキングしたメガランチャーモードで決着をつけようとした。
『そんな時間は、与えませんよっ!』
そこへGNビームサーベルを構えたヴァーチェが突入してくる。ドッキングは阻止されてしまったが、重量級のヴァーチェでは素早い方向転換はできないはずだ。
『そんな機動性でっ!』
『いただきっ!』
スローネアインとスローネドライは、即座に銃口をヴァーチェに向ける。
『ナドレ!』
美汐の瞳が金色に輝くと同時にヴァーチェの外部装甲がパージされ、その内部に格納されていたガンダムナドレが姿を現す。ナドレとはかつて北米大陸に先住していたナヴァホ族に伝えられる神で、両性具有体をモチーフとした『性の中立者』としての意味がある。一気に軽量化したナドレから放出されたエネルギーが、スローネアインとスローネドライに襲いかかった。
『なんだ? 機体の制御が……』
そのエネルギーを浴びたスローネの機体が、なぜかシステムダウンしていく。制御不能に陥った機体は、真っ逆さまに地上へと落下していった。
『なにが起きたと言うんだ?』
『ヴェーダとリンクする機体をすべて制御下に置く、これがガンダムナドレの真の能力です。この私、天野美汐にのみ与えられた、ガンダムマイスターへのトライアルシステムなんですよ』
『姉ちゃん、河南子っ!』
鷹文は援護に駆けつけようとするが、エクシアと交戦している状態ではそれも出来ない。
『あなた達は、ガンダムマイスターにふさわしくありません』
美汐は、ゆっくりとナドレのニーアーマーに装備されているGNビームサーベルを引き抜いた。
『万死に値します』
グリップ部分にチャージされたGN粒子によって形成される光の刃を振りかざし、ナドレはコントロールを狂わされて地面にめり込む二機のガンダムスローネに突進する。
だが、次の瞬間ガンダムスローネのコントロールが回復し、智代と河南子は窮地を脱した。
『トライアルシステムが、強制解除された? 一体、なにが……』
そこで美汐はある事実に思い当たる。プトレマイオスでヴェーダのターミナルユニットとアクセスしていた際に、レベル七の領域にあるデータが改竄されており、美汐のアクセスが拒否された事を。
『やはり、ヴェーダは……』
何者かによってハッキングされている。そう美汐が確信した時、スローネアインとスローネドライはナドレの背後、絶好の攻撃ポジションについていた。
だが、そこに飛来した一条のビームにより、二機のガンダムスローネは回避運動を余儀なくされる。
『また、ガンダム?』
『……デュナメスか』
『これで三対三だよ。もっと正々堂々と戦おうよ』
こういうときでもフェアプレイの精神を持ち出すのは、なんとも名雪らしいところである。ガンダムという他のモビルスーツを圧倒する高性能機に乗っていながらも、出来る限り死傷者を出さないように配慮する彼女ならではの発想だろう。
『誰だろうとかまうものか。やってやるぜっ!』
『鷹文、河南子、後退するぞ』
しかし智代は、冷静に撤退を指示した。こんなところでガンダム同士が戦ってもつぶしあいになるのは誰の目にも明らかであるし、それが計画に支障をきたす恐れもある。
智代のスローネアインを中心に、右に鷹文のスローネツヴァイ、左に河南子のスローネドライが並び、祐一のエクシアの右に名雪のデュナメスが並び、さらにその右側に美汐のナドレが並ぶ。
『逃げるの?』
三機のガンダム同士が対峙する中、名雪が問いかける。
『お前には私達と戦う前に、戦うべき相手がいる』
そんな中、智代から通信が入る。
『ヴェーダを通じて調べさせてもらったよ。水瀬名雪』
ガンダムマイスターの個人情報は、ヴェーダでもレベル七に該当する最重要機密だ。そのため、同じ目的で行動していても、ガンダムマイスター同士はお互いの事についてはなにも知らないのだ。
『水瀬名雪。お前がガンダムマイスターになってまで復讐を遂げたいと思う相手は、お前のすぐそばにいる』
『どういう事?』
『クルジス共和国の反政府ゲリラ組織KPSA。その構成員の中にいたのが、相沢祐一だ』
『え?』
離脱しようと徐々に距離を開けるガンダムスローネに狙いをつけるのも忘れ、名雪は思わず祐一のエクシアを見る。
『彼は君の母親、水瀬秋子を殺した張本人さ。いわば相沢祐一は、お前の仇とでも言う存在だ』
『祐一が……? 嘘……』
衝撃の事実を前にして身動きが取れなくなる祐一達をしり目に、智代達は悠々と離脱していくのだった。
「本当なの? 祐一」
南海の孤島にある秘密基地に帰還した名雪は、いつものような穏やかな笑顔も浮かべぬまま、全身から研ぎ澄まされた氷の刃のような雰囲気を放ったまま祐一に問う。
「ああ、本当だ」
「KPSAに所属していたのは、祐一がクルジスにいたとき?」
「ああ」
ゲリラ組織の少年兵。そうしなければ祐一が生き延びる事は出来なったが、それがこんな事を引き起こしているとは、当の祐一も気がつかなかった事だ。まさか自分が叔母の殺害に加担していたとは。
「なあ、名雪。あいつらが言っていたのは……」
「事実だよ。あの事件でお母さんは……。ううん、あの日までお母さんだと信じて疑わなかった水瀬秋子は、テロに巻き込まれて死んだよ」
事の起こりは、太陽光発電システムの建設に伴う化石燃料の輸出規制がはじまってからにさかのぼる。代替燃料の開発に成功した先進国は化石燃料に依存する生活に終止符を打とうとしたが、そうなるとそれまで化石燃料の輸出に依存していた中東諸国が貧乏くじを引く事となる。他にこれといった産業もない国家にとっては、国連による原油の輸出規制は真綿で首を絞めるようなものだった。
結局、政情不安などを理由にしてそうした国家群は太陽光発電システムの建造に参加する事もできず、エネルギー供給権も得られぬまま世界から取り残されていく。そうした国家は国体の維持にも支障をきたし、武装勢力が乱立し、貧しきものは神にもすがる。そうした民衆は、神の代弁者を騙る連中の声にも耳を傾けてしまう。その状況を利用して富や権力を求める、あさましい人間の声を神のお告げとして受け止めてしまうのだ。
それが、二〇年以上にも及ぶ太陽光紛争の始まりなのだ。
「神の土地に住む者達の聖戦。自分勝手な理屈だよね。一方的に原油の輸出規制を決議した国連もそうだけど、神様や宗教が悪いってわけでもないよ。もちろん、太陽光発電システムが悪いんじゃないって事もわかってる。でもね……」
そこで名雪は、辛そうに唇を噛む。
「どうしてもそんななかで、世界は歪んじゃうんだよ。それくらいわかってる……」
祐一がKPSAに利用され、望まない戦いをしていた事も、名雪には痛いほどわかっている。そして、その歪みに巻き込まれる形で、名雪は唯一ともいえる家族を失ってしまったのだ。
「だから、名雪さんはガンダムマイスターになる事を受け入れたんですね」
二人のやり取りをそばで聞いていた美汐に、名雪は静かにうなずく。もっとも、この事によって名雪は、知りたくもない真実を知る事になってしまう。まさか自分の母親が本当は二〇〇年以上も前の人物で、それまで母と思っていた存在が、それに似せて作られたデザインベイビーだったなんて。
「わたしのやっている事は、テロと同じで矛盾しているっていうのもわかってるよ。暴力の連鎖を断ち切らずに、戦う方を選んだんだからね。だけどそれは、あんな悲劇を二度と起こさないため。だから、世界そのものを根本的に変える必要があるんだよ」
だからこそ名雪は母の理念を受けつぎ、ガンダムマイスターとなる事を選んだのだ。世界の抑止力となりうる、圧倒的なまでの力を手に入れるために。
「それが、名雪さんにとってのガンダムというわけですか」
「今まで人を殺した罪は、世界の変革を見届けた後で受けるつもりだよ。でも、その前にやっておかなくちゃいけない事がある」
そう言って名雪は、静かに銃口を祐一に向けた。
「名雪さん?」
美汐は驚きの声をあげるが、祐一は冷静にその銃口を見ていた。
「ごめんね、祐一。もうわたしはこうするしかないんだよ」
乾いた銃声が鳴り響くが、祐一は微動だにしなかった。それは名雪を信じていたからであり、その意味では名雪には無理だという確信があったからだ。
「俺はな、名雪。神を信じていた。いや、そうしなければ生きられなかった」
「だから、祐一は自分が悪くないって言うの?」
「この世界に、神はいない……」
クルジスでの辛く厳しい日々。それでも境遇を同じくする仲間がいたから、今の祐一がある。
「俺は神を信じた。そして、神がいない事も知った。あの男がそうしたんだ……」
「あの男って?」
「KPSAのリーダー、古川秋生だ」
名雪もはじめて聞く名前だ。そばで話を聞いている美汐にも心当たりはないらしい。
「あいつはモラリアで、PMCに所属していた」
「ゲリラの次は民間軍事会社の傭兵? それじゃただの戦争キチガイじゃない」
祐一に銃口を向けたまま、名雪は呆れたように口を開く
「モラリアの戦場で、俺はあいつと出会った」
「まさか、相沢さんが戦闘中にコックピットハッチをあけてしまったのは……」
「あいつの存在を確かめたかったんだ」
美汐の声に、祐一は小さく首肯する。
「俺は、あいつの神がどこにいるのか知りたかった。もしも、あいつの中に神がいないのだとしたら、俺は今まで……」
「これだけは聞かせて。祐一は、エクシアでなにをするつもり?」
「戦争の根絶だ」
「今ここでわたしが祐一を撃てば、それも出来なくなるよ?」
「かまわない」
揺るがぬ瞳で、祐一は名雪を見た。
「名雪が代わりにやってくれれば、俺はそれでいい。お前がこの歪んだ世界を変えてくれるのなら」
その時、名雪は祐一に秘められた決意の重さを知る。
「だが、生きているのなら俺は戦う。相沢祐一としてではなく、Kanonのガンダムマイスターとして」
「ガンダムに乗って?」
「そうだ。俺が、ガンダムだ」
「そう……」
名雪はすっと銃口を下ろす。
「ごめんね、祐一……」
名雪の瞳から、大粒の涙があふれ出す。
「わたしが弱いせいで、祐一に迷惑かけちゃったね……」
「名雪……」
「わたし、やっぱり強くなれなかったよ。ガンダムにもなれなかった……。だから祐一の事、支えにしてもいいかな。頼りにしてもいいかな?」
「名雪は女の子なんだ。だから強くなくていいんだ」
祐一は、そっと名雪の体を抱きしめた。こうしてみると名雪の体は驚くほど華奢で、小さく感じた。
「俺が、お前のガンダムになってやる」
「祐一らしいね、それ」
(これが、人間というものですか……)
雨降って地固まる。それを地で行く光景ではあるが、なんとなく一人取り残されてしまったかのような気分になる美汐であった。
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