♯20 変革の刃
「ラグナ=宮沢? こいつが……?」
リニアトレイン事業の総裁にして、国際経済団のトップに君臨している宮沢家の人物だ。確かにこの男であれば、モビルスーツを開発するだけの資金力もあるし、なにより軌道エレベーターを自在に操れるので物資の流通にも融通がきく。
ようやっとつかんだ手がかりに、棗恭介はにやりとほくそ笑んだ。これで仲間の仇うちが出来るというものだ。
「みんな……」
恭介は、ディスプレイの隣に置かれた写真を見る。それはかつて、リトルバスターズのメンバー全員で撮った写真だった。
人見知りが激しく、親しい友人が出来ない妹を心配して恭介が作ったチーム。それがリトルバスターズだ。あらゆる日常をミッションとし、小さな悪を見つけて討伐する正義の味方。
最初は真人、謙吾、理樹をメンバーにしていた五人の集団だったが、後に小毬やクド達が加わって十人の集団となった。恭介が卒業してフリーのジャーナリストになった後は理樹が二代目のリーダーとなる。
だが、そのチームも残ったのは理樹と鈴の二人。他のメンバーは皆ガンダムの攻撃によって死んでしまった。
そんな仲間達の無念を晴らすために恭介はガンダムへの復讐を考えていたが、それは武器を手にして戦うという意味では無い。なんとしても、Kanonの目的を世間に知らしめる。
ペンは剣よりも強い。それが恭介の戦い方だった。
そんな恭介の決意とは裏腹に、世界は急速に動きつつあった。それは新たに現れた三機のガンダムによる武力介入が引き金となったもので、合計七機になったガンダムへの対応に各勢力は苦悩していた。
タクラマカン地帯における軍事行動で各陣営の軍事力はかなり疲弊してしまい、このままでは経済破綻をも引き起こしかねない状況に陥っていた。こうなってしまえば、Kanonの言うとおりに武力放棄する以外に方法はないが、それをしてしまえば各陣営のアイデンティティそのものが崩壊しかねない。
そんなとき、Kanonの関係者と名乗る人物がネットワークを通じて各陣営に匿名で接触してきた。それには組織の内部事情まで通じた人物しか知りえない情報が添えられていたため、各陣営の首脳部は信憑性の高い情報と判断したのである。
そして、情報通りに各陣営の首脳部が南極大陸にあるKanonの施設に行くと、そこにはガンダムと同じ動力ユニットが三〇基保管されていたのだった。
『Kanonによって度重ねて行われている凶悪なテロ行為に対して、AIR、ONE、CLANNADは軍事同盟を締結。国連の管理下でKanonに対する軍事行動を行っていく事を、ここに宣言いたします』
国連総長の宣言と、各勢力の代表者が共に手を取り合う姿を、会場内にいた人達は皆スタンディングオベーションで迎えた。Kanonを世界の悪とする事で、世界を一つに纏める。その記念すべき日を、アザディスタン王国第一王女佐祐理=イスマイールは、傍らに控えていた侍女兼護衛役の少女、川澄舞と共にリビングのテレビで見ていた。
『三つの勢力が国連管理下で、軍事同盟を発表しました。これにより、地上最大規模の国連軍が誕生する事になります』
「……どうやら、世界はKanonの思惑通りに進んでいるみたい」
「ここ最近の過激な武力介入は、そのためだったんですね……」
興奮した様子で中継するテレビのリポーターとは対照的に、佐祐理と舞は冷静に状況を見据えていた。世界を一つに纏め、戦争を根絶する。それがKanonの目的である。戦いを戦いで否定し、その先にある平和を勝ち取る。その思惑は佐祐理にもわかる。
(でも、本当にこれがあなたの求める世界の姿なのですか? 祐一さん……)
この放送は南海の孤島にあるKanonの秘密基地で、祐一達も聞いていた。
「ようやく、計画の第一段階をクリアしたってところだね」
Afterの人達のおかげっていうのがあれだけど。と、呟きつつも、名雪の表情はどこか嬉しそうだ。
「それにしては不可解です」
そう呟いたのは美汐だ。
「各国の軍事基地は、Afterの攻撃で甚大な被害を受けています。そんな状況で軍を統合しても、結果なんて出るはずがありません。世論の失望と反感を買うだけです」
「じゃあ、なにか裏があるって事だろう」
美汐の心配に対し、祐一は冷静に状況を判断した。確かに今のこの時期に各陣営がそうした行動に出るという事は、なんらかの思惑が水面下で動いているという事だ。これがヴェーダの計画通りの出来事であるのならいいのだが、他の思惑の介入によるものなのだとしたら。美汐の不安はまさにそこにあった。
「ヴェーダの情報に明示されていなかった、Afterの存在。そのヴェーダがデータの改竄を受けたという事実が、どうしようもなく私を不安にさせるんです……」
「美汐ちゃん……」
その気持ちは、名雪もわからないではない。美汐のヴェーダに対する信頼は、他の誰よりも強い。ある意味、決して間違えないヴェーダの指示に従って生きるのが、理想的な社会だと信じて疑わないのが美汐なのだ。
しかし、ここ最近の出来事はヴェーダの判断をはるかに上回る場合が多く、しかもヴェーダが何者かによってハッキングを受けている可能性があるとなれば、その信頼も揺らぐというものだ。
不思議な沈黙が辺りを満たす中、それぞれの携帯端末に着信を告げるアラームがなる。
「香里から暗号通信だね。マイスター達は機体と一緒にプトレマイオスに帰還せよ、だって。どうやら作戦会議をするみたいだね」
そして、地球の衛星軌道上を周回するプトレマイオスの艦内でも、この放送を受信していた。
「で? 美坂さん。僕達はどうすればいいんだい」
「国連軍の動きを見てからよ。そうしないとなにもできないわ」
斎藤の言葉に、香里はそう返事をするだけで精一杯だ。なにしろ開示されている情報が少なさすぎるし、ヴェーダがハッキングを受けている可能性を考慮すると、個人の判断ではなにも決められないというのが香里の本音だ。
ところが、そうとばかりも言っていられない。世界がこの状況になったという事は、いずれ遠からずいずこかの勢力がここにも攻撃を仕掛けてくるという事でもある。全員で生き残るためにも、香里が考えなくてはいけない事は山のようにあった。
「香里ちゃんの事だから、きっとなにかを考えているんじゃないかと思っていたけれど?」
「そのためにも、準備できる事はしておかないとね」
直幸の言葉に、香里の心はきまった。
「直幸さんは、斎藤君と一緒にGNアームズの受け取りに行ってください」
「GNアームズが完成したんですか?」
「まだ一機だけだから、エクシア専用になってしまうけどね」
直幸と斎藤がブリーフィングルームから出て行ったのを見送ってから、香里はさらに指示を出す。
「残りのメンバーは、あがってくるガンダムの回収作業よ」
「了解」
プトレマイオスから斎藤と直幸を乗せた連絡艇が発進し、艦はガンダムの回収へ向かう。最終兵器ともいえるGNアームズの投入は、状況がそこまで切迫している証拠ともいえた。
「晴子、新型のガンダムから奪取したビームサーベルの調査結果だが……」
アメリカ、イリノイ州にあるAIRの基地では、先日の戦闘でガンダムより奪取したビームサーベルの調査結果を訊きに国崎往人が訪れていた。
「あんな、居候。それどころの騒ぎやなくなってしもてん」
「なにかあったのか?」
「詳しい事はうちにもわからんけどな、なんでもKanonに裏切り者が出たらしいんや」
「うぬぅ、裏切り者?」
往人に同行していた霧島佳乃が、それを聞いて驚きの声をあげる。
「せや。おまけに手土産と言わんばかりにガンダムと同じ動力ユニットと、それを搭載するモビルスーツまで提供してきよった」
「なんだと?」
今度は往人が驚く番だった。
「それもなんと三〇機分もや。せやから、あんな剛毅な事も出来るんやで」
その時晴子は、ついていたモニターで三つの勢力が軍事同盟を締結した映像を示す。それを見て往人も合点がいくった
「提供された機体のパイロットは、オーバーフラッグスから選出されるんやろな。そうなったら居候、あんたがその部隊の隊長やで」
「それは、断固として辞退する」
敵の施しは受けない。そう言う決意が往人からは見てとれた。
「俺はな、晴子。フラッグでガンダムを倒さなければいけないんだ。観鈴が愛した、このフラッグでな」
「居候、お前……」
フラッグのスペックでは、ガンダムには遠く及ばないだろう。しかし、それでも往人はフラッグでガンダムを打倒する事にこだわっていた。それは亡き観鈴への誓いもあるだろう。だが、それ以上に往人はこの機体提供に不審なものを感じていたのだ。
ロシア南部のONE基地にも、Kanonの内通者から提供されたモビルスーツの搬入が行われていた。
「これが、ガンダムの主要機関か……」
コンテナハッチを開いた時、茂雄は思わずそんな呟きを漏らしてしまう。
「資料によると、これはGNドライヴというそうだ」
現場に立ち会っていた氷上シュンは、提供されたモビルスーツに喜びを隠しきれない様子だ。なにしろこれまでONEで主力モビルスーツとなっていたティエレンは、他の勢力が主力としているモビルスーツと比較しても旧式化が著しい点は否めないところだ。そうした劣勢を補うためにティエレンは様々なバリエーションタイプが開発されているものの所詮は付け焼刃でしかなく、基本的なスペック不足はどうする事も出来なかった。
新型モビルスーツの開発にはどうしても一〇年単位での期間が必要となってしまい、今からでは到底間に合わないのは誰の目が見ても明らかだった。これというのも、ティエレンが開発された当時には破格のスペックを有していた事が今となっては仇となってしまったと言える。他の勢力はティエレンに対抗するために新型のモビルスーツの開発を行い、その間にONEがした事といえば泥縄的なバリエーションタイプの開発だけだったのだ。
とはいえ、それでも他の勢力が開発した新型モビルスーツに対抗可能であった事が、ティエレンの優秀性をなによりも雄弁に物語っている。
従来型のモビルスーツを圧倒するだけの高性能を誇るガンダムが登場する、その時までは。
「我がONEに割り当てられたGNドライヴは一〇基。パイロットの人選は中佐に一任する」
「はっ」
シュンの言葉に、茂雄は姿勢を正して返事をする。
「て、事は。俺の機体もあるって事だな」
その場に居合わせた折原浩平少尉は、なんとも嬉しそうに新型モビルスーツを見上げた。
「当然だよ。君の放つ脳量子波がガンダムのパイロットに影響を及ぼす事は聞いている。その利点を使わない手はないよ」
シュンはそう言うが、茂雄としてはこれ以上浩平を戦わせたくはなかった。こういう表現も適切ではないが、茂雄は超人機関の行為に対してひどい嫌悪感を抱いている。それに、浩平が妙に不安定である事も悩みのタネであった。
敵のパイロットとの間に奇妙な脳量子波干渉が起き、それによって浩平が暴走状態に陥ってしまった事を考えれば、当然の心配事といえるだろう。そして、その事実を浩平自身が特に気にもとめていないという事だ。
とはいえ、上からの命令には従わなくてはいけないのが軍人のつらいところである。それだけに、新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃいでいる浩平が不安要素をかきたてるのであった。
そして、提供された一〇機のモビルスーツの人選に頭を悩ませていたのが、CLANNADの相良美佐枝大佐であった。
「パイロットの候補は、各軍のトップガンを集めればいいけど……。あの男も入れるかどうかが問題よね」
実績そのものは悪いものでは無い。模擬戦闘の成績は各軍のトップガンに匹敵するか、下手をすればそれ以上。なにより二〇〇〇回負け知らずの実力は確かなものであり、ガンダムとの戦闘では機体の性能差から後れを取る事もあるが、撃墜されても必ず生還するという悪運の強さもあわせもっている。
しかし、一人の人間としてみた場合には、最悪の部類に入る存在だった。
そんなとき、チャイムが鳴る。美佐枝が出てみると、大きな赤いバラの花束を持ったその人物がいた。
「僕です、美佐枝さん。春原陽平です」
「なんの用かしら?」
「美佐枝さんを、食事に誘いに来ました」
不思議な沈黙が二人の間に横たわる。
「……あなたね、今世界がどうなってるかわかってる? 大きな変革期を迎えているというのに、なにか考える事はないの?」
「ありません」
即答する陽平。少なくとも美佐枝には、陽平が大人物なのか、ただのバカなのか全く判断がつかなかった。
「……全く、放っておけないんだから……」
「なんですか?」
美佐枝の呆れた呟きも、浮かれている陽平には届いていなかったようだ。
「支度してくるから、そこで待ってなさい」
そう言って美佐枝は再び家に入る。それを見て陽平は、思わずガッツポーズをとってしまうのだった。
世界が変革を見せはじめる中、リニアトレイン公社の総裁別荘では公社を統括するラグナ=宮沢とある男が会見していた。その男は古川秋生。果たして、彼の目的はどこにあるのか。
「機体の搬送は、順調に進んでいるな?」
「もらった代金の分は、きっちり仕事してやるぜ」
「で? なんの用だ?」
相変わらず腹の底が見えない男だ。そう思いつつも宮沢は話を進める。
「単刀直入に申し上げると、搬送中の新型を一機、俺に譲渡してもらいたんだ」
「なにをバカな事をいっとるんだ」
「それなら、AIRでもCLANNADでもかまわない。俺を軍に加われるように配慮してもらいたい」
「貴様は確か、外人部隊に所属していたはずではないのか?」
秋生はPMCに所属している傭兵だ。それが正規軍に入れるわけもない。
「確かに、貴様のセンスならどこへ行っても通用するだろうが、そうまでしてあれに乗りたい理由はなんだ?」
「……三度も借りを作った相手がいるからっていうのもありますがね」
そう言うと秋生は不敵に微笑む。
「これは俺の勘だが、将来傭兵なんてものが必要なくなる時代がやってくると思ってるんだ。そこで少しでも戦える場所へ行きたいと、そういうわけだ」
「貴様は……どこまで知っている?」
「ただの勘ですよ、ただの……。ご配慮頼みますよ、総裁」
一応、話すだけの事は話した。後どう転ぶかはこれからの状況次第だ。
「全く、Kanonのせいで……」
部屋を退出した後で廊下を歩く秋生は、体中から底知れないいらだちを発散させていた。KPSAを組織した事にはじまり、その後はPMCに所属する傭兵となった。秋生の目的がどこにあるのかはわからないが、少なくともKanonの登場によって彼の計画が狂ってしまった事だけは確かだった。
「ここが総裁の別荘か……」
そのころ、別荘の外では恭介がどうやって取材を申し込むか頭を悩ませていた。フリーのジャーナリストである彼にはこれといったコネがあるわけでもなく、ましてやアポもとっていない相手と会うとは思えなかった。
そんなとき、恭介は別荘から一台の車が出てくるのを見る。それを見たときに恭介は思わず走り寄っていた。
「あぶねぇな、なんだよお前」
「悪いな、ちょっと話を聞きたいんだがいいか?」
車の中にいた男に、恭介は話しかけた。
「まあ、いいけどよ。悪いが俺はちょっと急いでいるんだ。車ん中でよければだが?」
その時恭介は、この男からなにか危険な雰囲気を感じ取った。だが、多少の危険無くして真実には至らない。そう考えて恭介はあえて相手の誘いに乗る事にした。
「早速だが、あんたはなんでリニアトレインの総裁に会っていたんだ?」
ハイウェイを走る車中で、恭介はその男、古川秋生に話しかけた。
「ああ、俺は流通関係の仕事をしてるんでね。物資の流通確認のために総裁と会っていたんだ」
「その物資とは?」
「GNドライヴ」
「リニアトレインの部品かなにかか?」
聞き覚えのない名前に、思わず恭介は訊き返していた。
「いや、モビルスーツを動かすエンジンだ」
「モビルスーツ?」
この時代のモビルスーツは、基本的に内蔵されたバッテリーによって駆動する。無論CLANNADが開発したイナクトのように完全な太陽光発電システムからのマイクロウェーブ送電を受けて駆動する機体もあるが、大多数の機体は補助的なものに留まっており、内蔵したプロペラントの関係からも稼働時間に限界があるものとなっている。
そうした制限を受けないのは、現時点ではガンダムくらいなものなのだ。
「ガンダムだよ」
その名を聞いた時、恭介は自分の背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「お前だって知っているだろう? Kanonが所有して、クルジスの少年兵がパイロットをやっているあのガンダムだよ」
「クルジス?」
確か数年前に隣国であるアザディスタンの武力侵攻を受け、この地上から消滅した国だ。とはいえ、そこのKPSAが世界を相手にテロ活動を繰り返していたため、消滅してもどこからも同情されなかったのであるが。
「そいつを洗脳して戦闘訓練を受けさせ、ゲリラ兵に仕立て上げたのはこの俺さ」
「お前が……?」
「戦争屋だよ、俺はね。戦争が好きで好きでたまらない、人間の持つ本質的な衝動に準じて生きる、最低最悪の人間なんだよ」
ハイウェイをひた走る車中で、恭介はこいつこそが黒幕なのだという事を確信した。だが、最早恭介にはどうする事も出来ない。恭介の運命を握っているのは、この男なのだから。
「今まで散々働かせておいて、今度はいきなり連絡なしなんてどういう事よ?」
「そんなの僕が知るかよ」
アフリカ大陸北西部にあるAfterの秘密基地では、声を荒げる河南子に呆れた様子で鷹文が応じていた。
「難しい事考えるのは、苦手なんだからな」
「鷹文はそう言うタイプだよね〜」
「お前達、なにを騒いでいるんだ?」
するとそこに智代が入ってくる。
「ラグナからミッションプランが届いた。作戦はいつもの通り、決行は三日後だ」
待ってました、と鷹文が喜んだのも束の間。
「やっと見つけました」
その時に響いた少女の声に、河南子がまともに顔色を変える。ここに入るには厳重なセキュリティを突破しなくてはいけない。それなのに、このはちみつ色をしたおさげ髪の少女は、お供の少女を従えてなににも興味がないような視線を送っている。
「誰だかしらないが、ここを知られたからには生かしておけないな」
そう言って振動ナイフを抜き放つ鷹文を、智代が止める。
「待て、鷹文。確かその女性はヴェーダの資料の中で見た記憶がある」
「記憶に留めていただいて光栄です。私は里村茜、Kanonのエージェントをしています。こちらはパートナーで親友の柚木詩子です」
「よっろしく〜」
おとなしめの茜とハイテンションな詩子の組み合わせは対照的であると言え、それだけにこの二人はお互いに信頼し合える関係である事を示していた。
「この場所に着た事であなた方の能力の高さはわかった。それで、私達になんのようだ?」
「ごあいさつに着たまでです」
茜の言葉に、智代は眉をひそめた。
「チームAfterも私達と同じKanonのメンバーです。エージェントである私達があなた達を支援するのは、当然の事です」
「なに言ってるんだよ、お前」
「あたしらはそっちのガンダムの攻撃されたのよ?」
茜の言葉に猛烈に反発したのは、鷹文と河南子だった。この二人は祐一のした事にかなり頭にきているようだ。
「それに関しては私も聞き及んでいます。ですが、私はあちら側の人間というわけではありません」
「中立を保つ、という事か?」
「いいえ」
智代の問いを、茜は即座に否定する。
「私は水瀬秋子が提唱する理念に従う者です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「なるほど、そう言う事か」
鷹文と河南子にはわからなかったようだが、それを聞いて智代は軽く微笑んだ。
「わかった。もしものときにはそちらの援助を期待させていただく」
「それではよしなに」
「この場所を彼らには?」
「伝えない事を約束します」
それだけ言って、茜はその場を後にした。あっさり帰してしまっていいかとも思われたが、出来る限り使えるカードは多い方がいいと言うのが智代の判断だった。
AfterはKanonと敵対する存在であるが、茜は彼らが世界に変革を誘発した存在として認識していた。茜はこの世界が嫌いだ。もしも変わらないのであれば、滅んでしまってもいいと思うくらいに。
『エクシア、着艦しました』
コンテナに収容されたエクシアの固定作業が行われる中、ブリッジに名雪以下のガンダムマイスター達が入ってくる。
「香里、状況はどうなってるの?」
「今のところ変化なしね」
「Afterの人達も動いていないみたいだよ」
名雪の問いに、香里とあゆが簡潔に答える。
「命令違反を犯した罰をお願いします」
そんな中で美汐が口を開くが、それを聞いた香里は軽く微笑むのみだ。
「そんなの、誰がしたの?」
「ですが……」
そんな美汐を、名雪が止める。
「そう言う事みたいだよ」
「うぐぅ、なにかあったの?」
妙に仲良くなっている雰囲気の三人に、あゆが至極当然の疑問を投げかけた。
「内緒だよ〜」
そう言う名雪の笑顔にごまかされている気がしないでもないあゆであったが、喧嘩をしているよりかはずっといいと考えていた。
「大変よ、香里。Afterが動き出したみたいなのよ」
「栞、彼らの攻撃目標は?」
「侵攻ルート上にある軍事基地は、ONEの広州軍管区です」
そのONE広州方面軍駐屯基地では迫り来るガンダムを迎撃するべく各部隊が出動を開始する。
『観測班から総員に通達。新型ガンダムと思われる三機の機影が、F‐九七八八方面より当基地に飛来。当基地に対する軍事介入行動と思われる。くりかえす……』
警戒警報が鳴り響く中、出撃してきたモビルスーツ部隊を上空から眺めつつ、コックピットで鷹文は毒づいていた。
『こっちはこの前の鬱憤がたまってるんだ。先に行かせてもらうぞ、いいよな姉ちゃん』
『作戦行動上は問題ない』
『そうこなくっちゃ。行くぜっ!』
先陣をきった鷹文の攻撃により、ティエレン部隊は果敢に応戦するもその機動性の違いからなすすべもなく破壊されていく。
『もう一機来るぞっ!』
『当たれ、当たれ〜っ!』
そのあとに続くスローネドライの攻撃も苛烈だった。
『ひるむなっ! 集中砲火を浴びせろっ!』
ティエレン部隊はスローネドライの背後から攻撃を加えるが、背面に展開したGN粒子の光によって砲弾は阻まれてしまう。
『後ろからなんてずるいっ!』
『雑魚がふざけやがって!』
すかさず鷹文がフォローに入り、ティエレン部隊を破壊していく。
『……悪鬼め……』
ティエレンのパイロットはそう毒づくが、空の飛べないティエレンではどうにも対抗できない。
『そろそろかたをつける。ドッキングするぞ』
『了解』
GNメガランチャーで一気に決着をつけようとした智代のスローネアインを追い、鷹文のスローネツヴァイと河南子のスローネドライが急上昇していく。
だが、そこに飛来した一発の粒子ビームにより、ドッキングは阻止されてしまう。
『なに?』
『またエクシアか?』
『いや、違う。一〇機のモビルスーツの編隊だと?』
スローネアインのセンサーに捉えられたのは、隊長機を先頭にV字型に展開したモビルスーツ部隊だった。
『これはガンダムじゃない……』
『どういう事だよ?』
『でも、GN粒子は放出してる』
『あれもまた、Kanonだとでもいうのか?』
今まで有利に戦闘を進めてきた智代達であったが、GN粒子を放出させている謎のモビルスーツ部隊の来襲に戦慄していた。
『頂武ジンクス部隊、攻撃行動に移る。虎の子の一〇機だ、大破はさせるな』
一番先頭のモビルスーツを操る、隊長の茂雄からジンクス部隊の各機に通信が入る。
『かかれっ!』
手にしたライフルより、ガンダムと同じ粒子ビームが放たれてスローネを襲う。スローネも果敢に応戦するが、同程度の機動性能をもつ機体が相手では、途端に劣勢になってしまう。
『なによ、この機体……』
『なんという機動性能だ……。やはりこの機体はすごいっ!」
茂雄のジンクスは河南子のスローネドライの砲撃をかわしつつ急接近し、一気に左手でGNビームサーベルを抜き放って切りかかる。
『なにすんのよ、あんたっ!』
それをなんとかGNビームサーベルで受け止める河南子。
『これなら、ガンダムなど恐れるに足らん』
『冗談じゃないわよっ!』
河南子は右肩のシールドからミサイルを発射するが、それは僅かに身をかわした茂雄のジンクス脇を通り抜けていくだけだ。
『うそっ!』
『でぇぃっ!』
そのまま一気に反転したジンクスの後ろ回し蹴りを受け、スローネドライは弾き飛ばされてしまう。
『きゃぁぁぁぁぁっ!』
『河南子っ!』
すかさず鷹文は援護に入るが、その前に立ちふさがったのは浩平のジンクスだった。
『お前の相手は、この俺がしてやるよっ!』
『なめるなよっ! ファング!』
スローネドライのサイドアーマーから六基の攻撃端末が放出される。だが、その攻撃を浩平はいとも簡単に回避していく。
『なんだと?』
軽いライフルの一連射で、浩平は的確にファングを破壊する。
『この機体、俺の反応速度についてきてるじゃないか。これがガンダムの力ってわけか?』
そうとわかれば、浩平にはもう怖いものない。頭部に内蔵されたバルカン砲とライフルによって残りのファングもすべて破壊してしまった。
『よくもファングを』
『撤退するぞ鷹文』
『なんでだよ、姉ちゃん』
智代からの通信に、怒鳴り返す鷹文。
『反論は聞かない』
そうなると鷹文も逆らうわけにもいかない。悔しいが、これ以上の戦闘は消耗戦になってしまう。
『今日はここまででいい』
ガンダムが撤退していくのを見て、茂雄は攻撃の中止を命令した。
『なんでだよ、中佐』
『眼下の光景を見て見ろ』
そう言われて浩平が眼下の基地を見ると、生き残った兵達が盛んに歓声を上げていた。
『これは?』
『そう言えば少尉は初めて味わうんだったな。これが勝利の美酒というものだ』
そのころ、宇宙でこの戦いの様子をモニターしていたプトレマイオスは、Afterが攻撃を中止して撤退していった事を知る。
「Afterは、戦闘空域から離脱した模様」
「まさか、撤退したの?」
栞からの報告に、あゆは信じられないと言う感じで口を開いた。
「なにがあったの?」
「おそらく、ONEがGNドライヴ搭載型のモビルスーツを投入してきたのよ」
そうなると、今まであった機体性能による優位性が失われた事になる。機体性能に差がなくなった結果、各陣営のエースパイロットの技量によっていくらAfterのガンダムといえども撤退を余儀なくされてしまったのだろう。名雪の問いに、香里は沈痛そうな面持ちでそう答えるのだった。
「GNドライヴがですか? やはり、ヴェーダから情報が……」
そう言って、美汐は唇をかみしめる。
「これからは、ガンダム同士の戦いになるわ……」
「ガンダムと……」
その祐一の呟きは、ブリッジにいたクルー全員の心に深い影を落とす事となる。
こんなにも早く世界は変革していく。その向こうには果たしてなにがあるのか、それは誰にもわからない。
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