♯21 滅びの道
ONEの広州軍管区への智代達Afterによる武力介入が行われ、頂武ジンクス部隊が華々しく初陣を飾った頃、AIRが所有する軌道エレベーターの高軌道ステーションより、一隻の宇宙船が発進していた。
「わざわざお前まで来る必要はないと思うがな」
「せっかく石橋先生が苦労して手に入れてくれた情報だからね、僕としてもこの目で確かめたいんだ。なにしろこれは、我が久瀬一族にとっては悲願ともいえるのだからね」
「確かお前の一族は、何世代も前から計画への介入を画策していたんだったな」
「そのとおりだ。だが、ヴェーダがある限り僕達にはどうする事も出来なかった」
宇宙船の艦内で、久瀬はそう石橋に話しかける。それを石橋はサングラス越しに、興味さなそうに見ていた。
「でも、そんなときに僕は石橋先生に出会いました」
「まあ、俺を拾ってくれた恩返しはさせてもらうぞ」
「しかし、よもや本体の場所を突き止めてしまうとはね」
「時間はかかったがな」
やがて宇宙船は地球をはるか遠くに見る三八万キロメートルの彼方、月の裏側にあるクレーターに到達した。月面に宇宙船が降下していくと、その中が開いてゲートになる。
『こっちだ、久瀬』
その内部に降り立った久瀬は、石橋の案内で奥へと向かう。サングラスに隠された石橋の瞳が輝くと同時に扉が開き、そこに現れた部屋の中の風景に久瀬は思わず息をのむ。
『これがヴェーダ。水瀬秋子の……いや、Kanonの計画の根幹をなすシステム……』
感動している様子の久瀬とは裏腹に、石橋の口元は怪しく歪むのだった。
『できるか? 石橋先生』
さらに奥へと進んだ久瀬は、部屋の中央に置かれた端末の前へと進む。
『少し時間がかかるぞ?』
『かまいませんよ。このときのために、我が久瀬一族は二〇〇年以上も待ち続けてきたのだから……』
早速石橋はシステムの掌握を開始しはじめた。
『状況はどうですか? 石橋先生』
『現在レベル五をクリアしたぞ。もう間もなくレベル六の掌握に入る』
コンソールを操作しながら、石橋は淡々と返事を返す。
『退屈しているようなら、こんな情報はどうだ?』
石橋の操作で目の前に表示される情報に、久瀬は嬉しそうに眼を輝かせた。
『そうか、ジンクスの宇宙への配備が終わったか。じゃあ、もうあいつに用はないな……』
「真琴ちゃん。ヴェーダを経由して、Afterを退けた部隊の映像を出せる?」
地球の衛星軌道上を周回するプトレマイオスの艦内でも、戦術予報士の美坂香里が事態の把握に努めていた。
「できるなら、こっちのデータは……」
「ちゃんとブロックしてるわよぅ。栞、そっちは?」
「ダウンロード完了しました。映像出ます」
二人の戦術オペレーター、沢渡真琴と美坂栞の操作により、ブリッジにあるメインスクリーンに問題の部隊に配備されたモビルスーツの映像が映し出される。これがGN‐X『ジンクス』である。
「あれ? この機体って……」
モビルスーツの背面部分に搭載された動力ユニットを見て、名雪が声をあげる。
「やっぱり、擬似GNドライヴ対応型ね……」
それを見て香里も呆れたような声をあげる。
放出されている赤いGN粒子は、TDブランケットモジュールが装着されていないGNドライヴ特有のものだ。一般的にブランケットモジュールは核融合炉の炉心の周囲を取り囲むように装備されており、それによって炉心部分の熱を発電に転用したり、核融合の際に発生する中性子などの遮蔽を行ったり、燃料物質の再生を行ったりするのに用いられるモジュールである。
つまり、これが装着されていないGNドライヴは、燃料物質の再生ができない事から活動時間に制限が加わってしまうのだ。また、放出されるGN粒子は高密度状態にあると強い放射性を発揮し、人体の幹細胞に作用して細胞異常を引き起こしてしまうという問題があった。
まったくの余談ながら、このGNドライヴは一時期のアメリカが開発しようとしていた原子力飛行機のように、放射性廃棄物を垂れ流しにして稼働しているようなものだと言えるのだ。
TDブランケットはこうしたGN粒子に対するフィルターの役割も果たしており、ここを通過する際に無害化されたGN粒子を武器や機体の稼働に転用し、それと同時に発生したGN粒子を回収して燃料物質への再生が行われている。
とはいえ、あまりGN粒子の近傍にいる事は、人体にとって好ましくない事には変わりない。大気中に散布する場合はすぐに拡散してしまうのでそれほど影響しないが、コンテナなどの密閉空間に格納している場合は常時稼働状態にあるGNドライヴより放出されるGN粒子が蓄積して有害物質に変化する恐れもあるので、常にベンチレーターを用いて外部に放出する必要がある。ちなみに、ガンダムマイスターである祐一達が操縦時にパイロットスーツを着用するのも、ガンダムの整備にカレルという整備ロボットが使われるのも、炉心付近で高密度状態にあるGN粒子の悪影響を避けるためだ。
AIRの高軌道ステーションで、霧島佳乃は自分が乗る事になったジンクスを見て物憂げな溜息をついていた。往人の対ガンダム調査隊に配属され、その後にオーバーフラッグス隊にも編入された。気がつくとこの間まで曹長だった階級も、いつのまにか中尉に昇進している。
しかし、その間に佳乃は多くのものを失ってしまっていた。親友の観鈴、最愛の姉。そして、あくまでもフラッグでのガンダム打倒に燃える往人と離れて宇宙の彼方。普段は明るい佳乃も、多少は暗くもなるというものだ。
「よぉ、あんたフラッグファイターだろ?」
その声に振り向いてみると、CLANNAD軍の制服を着た男が近づいてくる。一見いい男そうに見えるが、そのにやけた感じの顔はどう見ても頭が良さそうには見えなかった。
「誰なのかな?」
その言葉にその男は、無重量状態で器用にひっくりこける。
「……この僕を知らないとは……。CLANNADのエース、春原陽平だ」
「すのはら……?」
それを聞いて、佳乃はある人物の事を思い出す。
「知ってるのだ。一番はじめにガンダムに介入されて、すぐにやられた人」
「いきなり古傷をえぐらないでもらえますかねぇ?」
妙に明るい佳乃の声に、春原はやや落ち込んだ様子だ。
「それより、AIRのトップガンはどこだ?」
割とミーハーな春原であった。
「往人くんなら、今回の作戦には参加しないよぉ」
「なに? まさか、臆病風に吹かれたんじゃあ……」
「どすこ〜い!」
そこまで言ったところで、突然佳乃に突き飛ばされる春原。
「往人くんの悪口は、許さないのだぁ……」
「あ……あの、暴力反対で……」
佳乃の妙な迫力に、たじたじになる春原。口先で威勢がいい割には、相手が強気だとどうにも弱い。
「そこまでにしておいて」
その時、柔らかい感じの女性の声が響いた。
「うちの子が迷惑をかけたわね。大丈夫? 怪我はない?」
「美佐枝さ〜ん」
僕の心配は? と言いたいが、情けない姿ばかりが目立つ春原だった。
「これは失礼しました。AIRの霧島佳乃中尉です」
相手の階級章が見えたので、慌てて敬礼をする佳乃。
「CLANNADの相良美佐枝大佐よ。本作戦の指揮を任される事になったわ、よろしくね、可愛い中尉さん」
「はい。全力を尽くします」
厳しそうだが、優しいところもある人だと、佳乃は美佐枝に好意を持った。
「戦果を期待しているわよ。きなさい、春原」
「はい、美佐枝さん」
そのまま通路を去っていく美佐枝を追いかけ、春原もその場を去る。
「……戦果をあげるのは、当たり前なのだ」
そうでなければ佳乃はフラッグを降りた意味もないし、往人に合わせる顔もないのだった。
敵がGNドライヴ搭載型モビルスーツを投入してくるとなると、これからの戦闘はさらに激化するだろう。それにヴェーダがハッキングを受けているとなると、これからの作戦行動にも影響が出てしまう。
その事を見越した香里は、真琴と栞にシステムの変更を指示したのだった。
「二人ともごめんね、無理な事お願いしちゃって」
ブリッジに入ってきた香里は、作業中の二人に持ってきた差し入れを投げ渡す。
「ありがとう、香里〜」
「はい、栞も」
「ありがとうございます」
それを受け取った二人は、少しだけ笑顔を香里に向けた。
「それでどう? システムの構築具合は?」
「あう〜、八割ってところ……。でも、いいの? ガンダムからヴェーダのバックアップを切り離しちゃって……」
真琴の心配ももっともだ。ガンダムはヴェーダとリンクする事によって、高度な情報管制が受けられるように設計されている。それによってモビルスーツの操縦時に生じるストレスの軽減なども行っており、ミッション時のデータもすべてヴェーダが管理する事で次のミッションプランを作成するようになっている。
このようにガンダムはヴェーダと密接な関係にあるため、ナドレに搭載されているトライアルシステムの介入で他のガンダムの動きをコントロールする事が出来る。しかし、Afterのガンダムに対して無効化されてしまった以上、同型のGNドライヴを搭載したモビルスーツに対しても有効とは限らない。
それに、ヴェーダに介入してくるような相手なら、まず確実に狙ってくるのはガンダムの無力化だろう。そうなってしまえばガンダムのシステムはフリーズし、戦闘継続すら困難になってしまう。そこで香里は、ヴェーダとリンクしない独自のシステムを構築し、ガンダムのバックアップをするつもりだった。
いつ敵が攻めてくるかもわからない現状では、作業は急務を要する。その意味で不眠不休の努力をしてくれている真琴と栞には、香里としても労いの言葉をかけるしかできないのが心苦しかった。
「それじゃ、二人とも。もう一頑張りお願いね」
ガンダムからヴェーダのバックアップを切り離す。そんな事をして大丈夫なのか不安に思っているのは、真琴だけではなかった。
「状況から見て、ヴェーダのシステムを何者かが利用している事は確実ですね……」
ブリーフィングルームで、新型のGNドライヴ搭載型モビルスーツの映像を見ていた美汐もその一人である。特に美汐はヴェーダへの依存が強いだけに、その不安は誰よりも強い。
「どうしたの? 美汐ちゃん。もしかして、悩み事?」
「名雪さん?」
するとそこに名雪が入ってきた。
「心配いらないよ。たとえヴェーダのバックアップがなくっても、わたし達にはガンダムと香里の戦術予報があるんだからね」
「名雪さんは知らないようですね」
にこやかに語る名雪とは対照的に、美汐の表情は硬い。
「香里さんが、過去に犯した罪の深さを……」
「それくらい、知ってるよ」
あっけらかん、とした感じの名雪の声に、美汐は思わず息をのむ。
「誰だって、失敗する事はあるよ。ただ、香里の場合はそれが少しだけ大きかっただけ……」
香里の事を語る時の名雪の目は、とても優しい色が宿っているように美汐には感じられた。
「香里は……その罪を払拭するために、戦う事を選んだんだよ」
折れそうになる弱い心を、お酒で紛らわせつつも。
「はじめから成功する人なんていないし、誰だって失敗する事だってあるよ。だけど、失敗を乗り越えた先で成長する。それが、人間なんだよ」
「人間ですか……。名雪さん、もしかしてあなたは……」
「ああっ! 二人ともここにいた」
「あゆちゃん?」
「あゆさん?」
そこにあゆが駆け込んでくる。
「香里さんからコンテナでの待機指示が出たよ」
「うん、了解だよ。あゆちゃん」
言うだけ言ってあわただしく走り去っていくあゆの後姿を眺めつつ、名雪は口を開く。
「これだけは言っておくよ、美汐ちゃん。状況が悪い方に流れていっている今だからこそ、四機のガンダムの連携が重要になるよ。だから、お願いね」
「それは、相沢さんにこそ言うセリフではありませんか?」
「それもそうだね」
名雪の笑顔につられると、美汐も不思議と表情が柔らかくなったような気がする。このあたりはやはり、名雪の人徳のなせる技だろう。
(ここは……?)
見渡す限りの荒野。破壊され、朽ち果てたワークローダーの残骸が散らばる風景。夕焼けの赤に染まる風景の中、祐一はただ一人小銃を手にして佇んでいた。
どこか見覚えのある風景。なぜならそれは、かつて祐一が戦っていた、クルジスの戦場そのものの風景だからだ。
「祐一さん……」
不意に優しい声が響く。
「佐祐理=イスマイール?」
見覚えのあるその顔に、思わず祐一の口からその名前がこぼれ出る。
「こちらへきてください、祐一さん」
場所が場所なら少し危ないセリフではあるが、佐祐理の笑顔に吸い寄せられるように祐一は歩を進めた。
「見てください、祐一さん」
ひざまずいた佐祐理は、祐一に足元に咲いた花を見せる。
「この場所にも、花が咲くようになりました。太陽光発電で、土地も民も戻ってきます。きっと、もっとよくなるでしょうね」
「佐祐理さん?」
「だから、祐一さん、もうあなたは戦う必要はないんですよ」
かつて佐祐理はたった一度だけ肌を合わせた相手だが、どうしてそんな事を言うのか祐一には疑問だった。その時、手にしていた小銃を落としたときの音で、祐一は気がつく。
「はっ?」
確か、香里の指示でコンテナに待機していたはずだ。そのわずかな間に祐一は、ついうとうととしてしまったらしい。
「夢、だったのか……」
それにしても、どうしてこんな夢を見たのか祐一には疑問だった。欲求不満かな、とも思う。そう言えば最近名雪とはご無沙汰だったし、ミッションが終わったら久々に、とかも考えてしまう。
戦わなくてもいい。そう佐祐理は言った。夢というのは本人の願望を見るものだともいう。そうなると、祐一は戦いをやめてしまいたいのかとも思ってしまう。
アフリカ大陸北西部にあるAfterの秘密基地では、ラグナからの指示が来ない事に鷹文が苛立っていた。
「ラグナからの指示は来ない。国連軍は新型を投入してきた。いったいなにがどうなっているんだ?」
「せんぱ〜い。あたしら一体どうすればいいんですか〜?」
そう河南子は智代に声をかけるが、智代は軽く腕組みしたまま動かない。
『中佐、間もなく目標ポイントへ到着します』
『了解した。頂武ジンクス部隊は、これよりKanonの施設に対して攻撃を開始する』
そんなとき、頂武ジンクス部隊がAfterの秘密基地に向かっていた。作戦通り、部隊の半数となる五機が高度を下げていく。
『ふたたび勝利の美酒を味あわせてもらうぜ……来るぞっ! 中佐』
『なにぃっ?』
山の斜面から突如として飛来した粒子ビームが、回避の遅れた一機を消滅させる。
『まさか、読まれていたのか?』
山腹を貫いてスローネアインのGNハイメガランチャーを放った智代は、コックピットで唇を噛む。
『私達を裏切った? いや、それともはじめから仕組まれていたのか?』
だが、智代は知らない。今までバックアップしてくれていたラグナ=宮沢が、すでに何者かの手によって暗殺されている事実を。
『スローネ、ドッキング解除』
スローネアインの右肩にあるランチャーの砲身を折りたたみ、智代はスローネツヴァイとスローネドライとのドッキングを解除する。
『部隊の中央を突破する』
地上でAfterが三対九の戦いをはじめたとき、衛星軌道上のプトレマイオスでも変化が起きていた。
「二人ともごくろうさま」
すべての作業を終え、それぞれのコンソールに突っ伏して眠っている二人の姿に、香里は温かな微笑みを浮かべつつ労いの言葉をかけた。
そんなとき、プトレマイオスのEセンサーが接近してくる機影を捉える。
「敵襲? ここまでEセンサーに反応しないなんて……」
今までKanonが使っていたGN粒子による隠蔽効果を、今度は敵も使ってくるという事だ。
「あう、香里……?」
「なにかありましたか? お姉ちゃん」
「二人とも、早くノーマルスーツに着替えて」
そう言いながら香里は艦内通話のスイッチを入れる。
『総員、第一種戦闘態勢。敵は擬似GNドライヴ搭載型一九機と判明。すでに相手はこちらを捕捉してるわ。ガンダム各機はコンテナから緊急発進。フォーメーションS−三四で迎撃』
『敵部隊、〇一三四まで接近してます』
栞の緊迫した声が響く。
『不意を突いたつもりでしょうけど、そうはいかないわよ』
『コンテナハッチ、オープン』
『ガンダム、発進します』
プトレマイオスのコンテナが開き、各ガンダムが発進していく。
『各機、フォーメーションS‐三四。油断しないでね』
『了解』
『了解』
『了解』
名雪の指示に、ガンダムマイスター達はそれぞれ返事を返す。こうして、宇宙と地上で戦闘がはじまった。
『ガンダム、視認しました』
流石にジンクスのセンサーは優秀であるらしく、フラッグやイナクトよりも遠くから敵影をキャッチできた。
『うぬぅ、こちらの動きが読まれているとは、向こうの指揮官はかなり優秀なのだ』
寮機からの報告に、佳乃はコックピットで気を引き締める。
『どっちいでもいいさ。機体性能が同じなら、模擬戦で負け知らずの僕に分があるからねぇ』
そう言いつつ春原は手にした短射程型GNビームライフルを軽く一連射。
『GNフィールド!』
美汐はヴァーチェの周囲にGNフィールドを展開するが、直撃を受けたGNフィールドはあっさり無力化されてしまう。
『フィールドを抜けてきた……? まさか、こちらの粒子圧縮率が読まれているんですか?』
ヴァーチェが回避運動に入った間隙を縫うように、あゆのキュリオスがGNビームサブマシンガンを連射する。だが、ジンクス部隊はいとも簡単にそのビームを回避してしまった。
『うぐぅ、速い』
しかし、散開した内の一機を素早く名雪が捕捉。
『狙い撃つよ〜』
しかし、そのビームはジンクスの左腕部に設けられたGNビームシールドではじかれてしまう。
『かすっただけ?』
前衛の一〇機がそれぞれ各個にガンダムへ向かうと、後衛に配置された九機のジンクス部隊が長射程型のGNビームライフルによる制圧射撃を開始。それによりガンダム達は回避運動を余儀なくされてしまう。
『やるわね……』
プトレマイオスで状況をモニターしていた香里は、敵の指揮官の作戦に感心した。長射程のビームライフルを利用して接近戦による乱戦に持ち込まず、あくまでも機動性能を生かした長距離戦を仕掛ける一方で、一部のエースパイロットには積極的に接近戦をしかけさせ、ガンダムを撹乱する。
相手が誰なのか香里は知らなかったが、なかなか見事な戦法だ。
『先行する二機が、エクシアに向かっています』
そう栞が報告するころ、祐一も二機のジンクスを相手に苦戦を強いられていた。なにしろ祐一は格闘戦はともかくとしても射撃がへたくそなので、右腕のGNビームガンや左腕のGNビームバルカンを駆使しても、接近してくる二機を操縦しているパイロットの巧みさの前では牽制にもならなかった。
『いくよぉっ!』
『おぅさっ!』
佳乃は寮機と見事に連携をしつつ接近し、GNビームサーベルを引き抜いてエクシアに切りかかってくる。
『くっ!』
それを祐一は両腰のGNロングブレードとGNショートブレードを引き抜いて受け止める。なんとか相手の力を利用して上方に回避しつつも祐一はGNビームダガーを投擲するが、ジンクスにあっさりとはじき返されてしまう。
『やるな……』
今までは圧倒的な機体の性能差でなんとか戦ってこれたが、同性能の機体が相手だと途端に分が悪くなる。しかも相手は正規の訓練を受けた軍人であり、豊富な実戦経験を積んできているので、小手先の技術だけではどうにもその差はつめられそうになかった。
ジンクス部隊の攻撃は苛烈を極めた。ほとんど逃げ場もないような状態で、名雪はデュナメスのフルシールドを前面に展開して防御に専念せざるをえない。
『ボク達の滅びも、計画のうちなの?』
飛行形態では回避に難があるので、キュリオスをモビルスーツ形態に変形させたあゆがコックピットで呟く。
『そんな事は……』
美汐はヴァーチェのGNビームキャノンを発射するが、それは散開したジンクス二機の、機体の一部を損壊させるだけにとどまってしまう。
『よくもやったなっ!』
寮機の被害に激昂した春原が、GNビームライフルを乱射しつつヴァーチェにせまる。
『まだまだです』
GNバズーカを構え、接近してくるジンクスに狙いを定める美汐であるが、ロックオン寸前に機体のシステムが突然フリーズした。
『ヴェーダからのバックアップが……?』
『うそでしょ?』
『やっぱり、ボク達は……』
『どうした? エクシア。ガンダム!』
突然のシステムフリーズに祐一達は驚きの声をあげるが、なにが起きたのか全く原因不明だ。
『やっぱりボク達は裁きを受けようとしているんだね……』
キュリオスのコックピットで、あゆはそう呟き。
『冗談じゃないよ。わたしはまだなにも成していないよ』
こんなところで終わるわけにはいかない。なんとか機体が回復しないか、名雪は必死でデュナメスを動かそうとしていた。
『……ヴェーダに見捨てられてしまいました……』
ヴァーチェのコックピットでは、美汐が絶望してしまう。
『ガンダムの動きが変です』
『なにかの罠なのかな? それとも……』
突然機能を停止してしまったガンダムに、佳乃はコックピットで首をかしげる。
『変わってねぇや……。あの時もそうだ……』
祐一の脳裏には、クルジスの戦場を駆け回っていた時の光景が思い出されていた。こうしてエクシアのガンダムマイスターになっているというのに、いまだにガンダムにはなれないでいる。
『ここまでなのか……?』
接近してくる機影を見つつ、祐一はそう呟く。そんなとき、なぜか祐一は佐祐理の幻影を見る。
(もう、戦わなくていんですよ。祐一さん……)
『違うっ!』
優しく響く佐祐理の声に、祐一は激しく首を振って叫ぶ。あの日祐一は誓った。名雪のためにガンダムになると。そのためにはこんなところで終わるわけにはいかない。
『動けっ! エクシア。動いてくれっ! ガンダム』
『いいのか? 久瀬』
『かまわないさ。世界統一のためには国連軍の勝利が必須事項だからね』
突然のガンダムの異常は、実は久瀬達の介入によるものだった。
『GNドライヴさえ無事なら、いつでもKanonは復活できる。意外と僕は欲が深くてね、地球とKanonのどちらも手に入れたいんだ』
窮地に陥るガンダムを見つつ、そう久瀬は歪んだ笑みを浮かべるのだった。
『ガンダム、システムダウン。ヴェーダからの介入を受けているみたい』
『予定通りよ。こちらのシステムに変更して』
『了解』
祐一の叫びに呼応するように、ガンダムのシステムが再び起動していく。その様子をモニターしていた久瀬は、ヴェーダとは独立して稼働し始めたガンダムに驚愕した。
『システムが?』
『これならいけるよ』
キュリオス、デュナメスも無事に再起動を果たす。しかし、ヴァーチェだけが再起動していなかった。
『美汐ちゃん?』
名雪は呼びかけるが、ヴァーチェの反応はない。しかもコックピット内部で美汐は、ヴェーダのバックアップが受けられなくなってしまった事にショックを受け、茫然自失状態にあった。
ヴァーチェはナドレへの変身機構があり、ヴェーダと密接にリンクしている機体でもあるため、システムの変更にエラーが生じてしまったのだ。真琴も美汐をすくべくシステムの復旧に全力を務めるが、一瞬たりとも気の抜けない戦場では、それは致命的なロスタイムとなってしまう。
しかし、システムの変更が滞りなく行われたエクシア、デュナメス、キュリオスの三機はなんとか戦線に復帰した。
『えやぁぁっ!』
『こいつ、いきなりなんなのだ?』
祐一は右腕のGNソードで、一気に佳乃のジンクスに切りかかる。
『うぬぅ、今なのだ』
佳乃はなんとかその一撃を左腕のGNビームシールドで受け止めつつ、寮機に攻撃を指示。
『させるかよっ』
だが、そのジンクスは祐一が投擲したGNビームサーベルによって撃墜されてしまった。
『デカブツの動きが鈍い。いただきだっ!』
システムの復旧に時間がとられているヴァーチェを見た、春原のジンクスが一気に迫る。それを名雪はデュナメスの右フロントアーマー下部のGNミサイルで迎撃した。
『よくもやったなっ!』
それを左腕のGNビームシールドを展開してかわした春原の攻撃は、空間戦闘時におけるデュナメスの死角ともいえる下方向からとなり、その内の一発がGNスナイパーライフルにヒットする。
『美佐枝さんのキスはいただきだ。積年の恨み、晴らさせてもらうぞ』
そのまま一気にヴァーチェに向かう春原のジンクスの動きは早く、名雪はGNビームピストルで迎撃を試みるが、距離があるせいかかすりもしない。
『そうはさせないよっ!』
『名雪さんっ?』
春原のジンクスが握るGNビームサーベルがヴァーチェに届くその瞬間、進路上に名雪のデュナメスが割り込んだ。
『きゃあぁぁぁぁっ!』
GNビームサーベルの粒子ビームは、容易くデュナメスのフルシールドを貫いていく。
『名雪……さん……?』
その叫びに気がついた時、美汐は自分を守るために傷ついたデュナメスの姿を見る。
『もう一丁っ!』
間髪入れずに春原が攻撃を仕掛けたその時、一条の光芒がジンクスの右腕を破壊した。
『な……なんだぁ?』
『新手なのかな?』
『残量粒子は少ないが、いけよっ!』
それは、GNアームズを駆る斎藤の一撃だった。再度放たれた粒子ビームは、ジンクスのGNビームシールドをものともせずに消滅させる。その時、撤退を知らせる信号弾が漆黒の宇宙に輝いた。
『うぬぅ、これでは往人くんにあわせる顔がないのだ……』
『美佐枝さんのキスが……』
それぞれに後ろ髪ひかれる思いながらも、ジンクス部隊は撤退していく。
『みんな、無事か?』
『でゅなめすソンショウ、でゅなめすソンショウ』
しかし、けろぴーからの通信に、斎藤は驚愕に目を見開く。
『ナユキフショウ、ナユキフショウ』
『名雪が?』
『わ……私をかばって……名雪さんが……?』
『ガンダム各機、デュナメス、ヴァーチェの回収急いで。真琴、美凪に連絡して』
途端にプトレマイオスの艦内があわただしくなる。そして、誰もが名雪の身を案じていた。
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