♯22 トランザム
擬似GNドライヴ搭載型モビルスーツ『ジンクス』の活躍により、国連軍は急造の部隊ながらもガンダムを相手に高い戦果をあげた。これに気をよくした各陣営は、早速GNドライヴの解析と量産に踏み切るのだった。
ある意味、ガンダムを共通の敵とする事で、世界が急速にまとまりつつあると言えた。
『我々国連軍は、ガンダムに対抗しうる新型モビルスーツの開発に成功した。この新型機で、ガンダム掃討作戦を開始します。作戦名は、フォーリン・エンジェルズ』
「ついに公表したか……」
「まるで自分達で作ったかのような口ぶりやな……」
国連軍の行った正式発表を、イリノイ州にあるMSWAD基地で聞いていた国崎往人と神尾晴子は呆れたように口を開いた。極端な言い方をすれば、このGNドライヴ搭載型モビルスーツは敵から貰ったようなものであるというのに。
「ところで晴子、フラッグの状況は?」
「見ての通りや、居候。今突貫作業でやっているところや」
あくまでもフラッグに拘る往人のために、GNドライヴをフラッグに搭載する作業が進行中であった。元来フラッグはそのような改造に対応している機体ではないので、機体各部の補強やバランスなどのアライメントがすべて取り直しになってしまうので、その意味ではジンクスを使った方が早いと言えた。
「もうちょっと待ちいな」
「俺は我慢弱いんだがな」
「そんなんうちかて知ってるわ」
そして、ONEのロシア南部にある軍事基地では、Afterに対する三度目の攻撃が行われようとしていた。
「中佐、全GNドライヴの圧縮空間、臨海値で安定しました」
『よし、火を入れろ』
「了解」
ひときわ甲高い駆動音を響かせて、ジンクスのGNドライヴが稼働を開始する。赤い粒子を放つGNドライヴの反応炉部分が機体に挿入されると同時に、しっかりロックされた。
『ジンクス、起動っ!』
渡辺茂雄中佐の命令で、ジンクスのオペレーションシステムが起動すると、頭部のスリットがX字状に開き、センサーカメラが点灯する。
『これよりガンダム掃討作戦を再開する。全機出撃っ!』
茂雄のジンクスを先頭に、部隊の全機が次々に飛翔していく。目指すはAfterのガンダムだ。
『今度は逃がさねぇぞ、ガンダム』
ジンクスのコックピットで、何度も取り逃がしてきたガンダムに、折原浩平は闘志を燃やすのだった。
『プトレマイオスへ、こちらGNアームズ斎藤。これより、強襲用コンテナとのドッキングシークエンスに入る』
『了解よぅ』
プトレマイオスのそばに浮かぶ強襲用コンテナに、斎藤の操るGNアームズが徐々に接近していく。
『コンテナとの相対速度、軌道、レーザーロックオン』
ハッチを大きく開口した強襲用コンテナの後部から、ガイドビーコンとなるレーザーが発信される。斎藤はそれに合わせて、GNアームズをコンテナに収容した。
『GNアームズ、強襲用コンテナとのドッキング完了』
『ごくろうさま、斎藤君』
ドッキングシークエンスを完了させると、メカニック担当の岡崎直幸が労いの声をかけてきた。
『ところで直幸さん、水瀬の容態はどうなんですか?』
やはり斎藤も、名雪の容態が気になる様子だ。
『名雪ちゃんの体の怪我は大した事がないのが幸いだけど、利き目がやられちゃっているみたいなんだ。今は集中治療室で、休んでいるところだよ』
プトレマイオスの医務室では、集中治療室で名雪が精密検査の最中だった。
「どうなの? 美凪。名雪の再生治療までの時間は?」
「最低でも三週間は必要になります」
プトレマイオスでドクターを務める遠野美凪は、冷静に事実のみを告げる。
「わかっていると思いますが、一度再生カプセルに入ってしまうと、傷が癒えるまで出る事はできません」
「それじゃ、美凪。名雪の治療をお願いするわ。その間にあたし達はドックに戻ってガンダムの整備をするわよ」
「うにゅぅ、待ってよ香里……」
名雪を心配して医務室に来ていた祐一とあゆに向かって香里がそう指示を出したとき、集中治療室にいた名雪が起き上がる。
「敵がいつ来るかわからないんだよ? だから、治療は無しだよ」
「名雪……」
だからこそ香里は万全の態勢を整えようとしたのであるが、名雪にしてみればいつ来るかわからない敵を拠点にまで誘い込むような真似はしたくなかったのだ。
「うぐぅ、だけど名雪さん。その怪我じゃ精密射撃は無理だよ」
「もう、あゆちゃん。わたしとけろぴーのコンビは無敵だよ?」
このような状態になってもなお、笑顔を絶やさずにいる名雪の決意にあゆは言葉を失ってしまう。
「それにね、わたしが寝ていると気にする人がいるんだよ……」
どんなに強がっていても、やはり美汐もか弱い女の子でしかない。
(私のせいで、名雪さんの傷を負わせてしまいました……。ヴェーダに固執した、私のせいで……)
そのころ美汐は、ただ一人名雪を思って涙していた。星空の見える、プトレマイオスの展望室で。
『ガンダムの整備状況はどうなの? 直幸さん』
プトレマイオスの整備デッキで、あゆはそう直幸に聞いてみた。
『ヴァーチェの損傷は、なんとかなりそうだね』
名雪が身を呈して守ったおかげともいえる。
『うぐぅ、それじゃデュナメスの方は?』
『こっちの方が深刻だよ。コックピットまわりがひどく損傷しているからね、こればかりはカレルでも無理だよ。一度ドックに戻ってパーツごと交換するしかないよ』
丁度ジンクスのGNビームサーベルがデュナメスの右肩の上部分のフルシールドを水平に貫いたため、損傷部分は胸部のGNドライヴの上部分を削った程度である。しかし、サーベルから放出されたGN粒子は亜光速で機体内部を走り抜けたため、その一部がコックピットにまで影響を与えてしまったのだ。
結果として、出撃できるガンダムは三機。特に指揮官機となるデュナメスの退場は、祐一達にとっては致命的と言えた。
「なにがフォーリン・エンジェルズだよ……」
「あう〜、真琴達って堕ちた天使って事なの?」
そのころプトレマイオスのブリッジでは、国連軍の作戦名に斎藤が呆れていた。
「あ、そう言えば栞ちゃんはどこ行ったんだ?」
そこにまったく場の空気を読まない北川の声が響く。
「栞は、美凪の手伝いよぅ」
名雪の容態を心配した栞が医務室への道を急いでいると、行く手に名雪の姿を見えた。
「名雪さん?」
意外と元気そうな名雪の姿には栞も一安心というところだ。しかし、そうなるとどこに行くのかが気になってしまう。
「いつまでそうしているつもりなのかな? 美汐ちゃんは」
「名雪さん……」
片目に眼帯というのはまるで海賊のようではあるが、それでも名雪は笑顔を絶やさずにいつもの様子で美汐に話しかけていた。
「らしくないよ?」
「……失ってしまいました……」
窓辺で俯いたまま、美汐は口を開く。その重苦しいまでの口調は、物影で聞き耳を立てている栞にも届く。
「ヴェーダとの直接リンクが出来なくなってしまえば、私はもう……」
(ヴェーダとの直接リンクが? 新システムへの移行時にエラーが出てしまったのは、リンクしていた天野さん自身が障害となってしまったから……)
このあたりの飲み込みの速さは、流石は香里の妹だけの事はある。しかし、普通の人間にはコンピューターと直接リンクするなんて事が出来るはずがない。そうなると、その目的のために生み出されたデザインベイビー以外には考えられなくなる。
「私はもう、ガンダムマイスターにはふさわしくないんです……」
「いいんじゃないの? それでも……」
あっけらかんとした口調でそう言い放つ名雪を、美汐は驚きの表情で見た。なぜなら、美汐にとってはそれが唯一の心のよりどころでもあるのだから。
「単にヴェーダとリンクが出来なくなっただけだよね? それなら、美汐ちゃんもわたし達と一緒になったって事だよ」
「ヴェーダは何者かによって掌握されてしまったんですよ? ヴェーダがなくなってしまったら、この計画は……」
「できるよ」
妙に確信を持った名雪の声は、不思議と美汐の耳に綺麗な響きを持つものとなった。
「戦争根絶のために戦うんだよ。ガンダムに乗ってね」
「ですが、計画の実現のためには……」
「美汐ちゃんは考えすぎだよ。とにかく、今は目標に向かって突き進むしかないの。わたし達のすぐそばに、お手本になる人がいるでしょ?」
確かに祐一は、典型的なガンダムバカだ。本気でガンダムになって戦争を根絶するんだと張り切っている。だからこそ名雪はその夢の実現のために、最大限の助力を惜しまないのだ。
自分の思った事を、我武者羅にやるバカ。今まですべての判断をヴェーダに依存してきた美汐にとって祐一は、まったく理解できない生き方をしていると言える。だからこそ美汐は祐一に魅かれもするし、反発もするのだ。
「それじゃあね、美汐ちゃん。休めるうちに、休んでいおいた方がいいよ?」
「待ってください、名雪さん」
展望室から出ていく名雪を、美汐は呼びとめた。
「その……ごめんなさい……」
そして、名雪は美汐に微笑みを返す。
「香里も言ってたでしょ? 誰だって失敗はするんだから。それが、人間なんだよ」
(やっぱり、優しいですね名雪さんは。本当に誰にでも……)
そんな二人のやり取りを物影で聞いていた栞は、どんなに苦しい時でも笑顔でみんなを鼓舞し続けた名雪に尊敬の念を抱く。だけどその優しさが特定の誰かに向けられているものではない事も知ってしまう。栞も祐一と名雪の仲がいい事は知っているが、名雪がこういう性格だと祐一も相当苦労するんじゃないかと、余計な心配をしてしまうのだった。
「また缶詰かよ……。もう飽きた……」
「アイスが食べたい〜……」
頂武ジンクス部隊の急襲によってアジトが破壊されてしまったAfterのメンバーは、どこに行くあてもなく逃避行を続けていた。脱出の際になんとか食糧は確保してきたが、缶詰ばかりの食生活に鷹文も河南子も飽きつつある。
「姉ちゃん、いつまで逃げ回っていればいいんだ?」
「せんぱ〜い、もう食べ物も残り少ないですよ〜」
そんな二人の喧騒を余所に、智代は茜と連絡をとっていた。
「……と、いうわけで。ガンダムと私達を宇宙に戻す手はずを整えていただきたい」
『喜んで。と、言いたいところですが、少し遅かったようです』
携帯端末のモニターに映る茜の表情は、いつもと変わらない無表情のままだ。
『すでにそちらへ国連軍が向かっています』
「なに?」
『早めに対処したほうが良いと思います』
「鷹文、河南子、スローネの起動だ。いそげっ!」
慌てて通信を切り、指示を出す智代。
『中佐、ガンダムを発見したぜ。ポイントはE‐八五九〇』
『よし、ジンクス部隊各機。迎撃フォーメーションだ』
浩平からの通信に、茂雄は即座に指示を出す。
『鷹文、河南子。GNドライヴの粒子発生率が低下している。無駄遣いはするなよ』
Afterが所有するGNドライヴはT(タウ)と呼ばれるもので、稼働時間が有限である事から祐一達のガンダムに搭載されているGNドライヴとは似て異なるものである。そのため、長時間の稼働には定期的なエネルギーチャージが必要となるので、相応の設備を有する拠点の存在が不可欠となってしまう。
ある意味拠点を失ってしまった智代達は、戦うたびに消耗していく運命にあると言えた。
『粒子残量三〇%か……。しかしっ!』
智代はスローネアインのGNビームライフルを発射するが、ジンクス部隊は即座に散開してしまうので牽制にもならない。返事とばかりに三倍の粒子ビームの砲撃がガンダムスローネを襲う。
『姉ちゃんには悪いけど、こっちは出し惜しみはしない。いけよっ! ファング』
スローネツヴァイのサイドアーマーから攻撃端末が射出される。
『密集隊形』
ジンクス部隊は茂雄の号令のもとに集結し、九機のジンクスがお互いに背中同士を向けた隊形を取り、まるでドーナツのようなリングを形成して高速回転をはじめた。こうする事でお互いの死角をカバーし、常に正面のみに砲火を集中する事が出来る。
その攻撃の前には、流石のファングといえども通用しなかった。そこを狙ってスローネアインがGNビームランチャーを撃ちこむが、ジンクス部隊は即座に散開してしまう。
『落ちちゃえ〜』
『もう一度アタックだ』
河南子と鷹文が果敢にも攻撃を仕掛けるが、相手の巧みな操縦テクニックに翻弄されているせいか、無駄撃ちばかりが目立つ。頼みのファングは全滅し、こちらの攻撃はかすりもしない。
『数が多いからって〜』
果敢にもジンクス部隊に突進をかける河南子。
『そんな稚拙な攻撃が……』
それを見た浩平は、不敵な笑みを浮かべてGNビームサーベルを引き抜く。
『超兵に通用するかよっ!』
『あうっ!』
あっさりと河南子は左肩のシールドを切断されてしまい、足蹴にされて弾き飛ばされてしまう。
『止めだっ!』
その時、スローネアインの放ったスモーク弾が炸裂した。
『撤退するぞ』
『……了解』
智代の指示に力なく河南子が応じる。
『こっちはガンダムだってのに……』
しぶしぶという様子だが、鷹文もそれに従うのだった。
『逃がすかよっ!』
それを見た浩平は、そのあとを追おうとする。
『やめておけ、奴らのアジトは叩いてある。いずれは活動時間にも限界が来る』
『レベル六の掌握作業を完了したぞ。最終作業に入る』
『Afterもそろそろ限界のようだ。それなら、最後の余興を楽しむとしよう……』
そう言って久瀬は歪んだ笑みを口元に浮かべた。
「とうとう、国連軍がAfterに攻撃を仕掛けたね」
プトレマイオスのブリーフィングルームで、直幸は重苦しく口を開いた。
「ガンダムを倒す事で、世界はまとまっていく……」
そう言う香里の表情は沈痛そのものだ。
「うぐぅ、やっぱりボク達が滅びるのも計画のうちなのかな……」
あゆの声にも、普段の快活さがない。
「これが、秋子さんの目指したものですか……」
「だとしたら」
美汐の声を遮るようにして、祐一が口を開く。
「ガンダムは戦争を根絶する機体だ。だが、Afterは戦争を拡大させ、国連軍まで……。これがガンダムのする事なのか?」
「祐一、国連軍のAfterへの攻撃は紛争だよね。それなら、わたし達は武力介入をする必要があるよね?」
名雪の発言には、その場にいた一同が呆れてしまう。なにもこんな時にそんなお題目を掲げる必要はないだろう。軌道エレベーターが使えない以上、地上に降りたら宇宙へ上がるのも困難であるし、先日の襲撃もエクシアとデュナメスがトレースされたせいなのだ。
「Kanonの活動に、沈黙は許されないんだよ」
ね、と名雪は祐一に目くばせをした。
「二度と宇宙に戻れなくなるかもしれないんだよ?」
「だったらあゆ、俺は一人でも行くぞ」
祐一の決意の前には、あゆも沈黙せざるをえない。
「俺は確かめたいんだ。ガンダムがなんのためにあるのかをな」
「それならわたしも付き合うよ、祐一」
「怪我人は、おとなしくしてないと。それでなくても君は無茶ばかりする」
真っ先に名乗りを上げた名雪を制したのは斎藤だった。
「僕がつきあうよ。強襲用コンテナには大気圏離脱能力があるし、GNアームズのテストも兼ねて行ってくるよ」
今戦力を分断してしまうのは得策では無い。しかし、そんな中で香里はゆっくりと祐一に近づいていく。
「ミッションプランよ。不確定要素が多すぎて、あまり役に立たないかもしれないけど」
祐一にメモリースティックを渡しながら、香里はそういう。
「ちゃんと、帰ってきなさいよ。じゃないと、承知しないから」
「わかってる」
『エクシア、強襲用コンテナへの搭載完了しました』
『GNドライヴ、コンテナとの接続確認』
真琴と栞、二人の戦況オペレーターにより、発進手順が着々と進行していく。
『発進準備、オールグリーン』
そんなとき、香里から祐一に通信が入る。
『相沢くん、答えが出るといいわね』
『ああ』
祐一が追い求めてきた答えが、この戦いで見つかるかもしれない。
『ミッション、開始します』
『了解。強襲用コンテナ、斎藤行きますっ!』
栞の指示で斎藤がスロットルを開けると、強襲用コンテナは滑るように加速していく。
「行っちゃったね」
その様子をプトレマイオスから見ながら、名雪は能天気に呟いた。
「美汐ちゃんも、祐一が心配なら行ってもいいんだよ?」
「……名雪さんは、愚かです」
そう言ってその場を去っていく美汐の後ろ姿見ながら、名雪は首をかしげる。
「今の、どういう意味かな? あゆちゃん」
「う〜んと、ボクにはわからないよ」
後に残された二人は、ただ顔を見合わせるばかりだった。
大西洋上にある孤島。智代達Afterのメンバーは他に行くあてもなく、ここに身を隠していた。
「あ〜……あたしのドライが……」
浩平との交戦により損傷した機体は、アジトを失ってしまった事によって修理のあてもない。
「どうするんだよ、姉ちゃん」
「里村茜には、宇宙に上がる手はずを整えてくれるように頼んである」
「信用できるのか?」
鷹文の言う事はもっともであるが、智代にはそれにすがるしか方法がないのだった。
するとそこに、一機のモビルスーツが飛来する。それは、CLANNADの最新鋭機イナクトだ。
「光通信?」
「攻撃の意思はない?」
あいてはそう言うが、全く信用できない。智代は鷹文と銃を抜き、河南子をドライで待機させた。
「よう、世界を敵に回して難儀しているってのはあんたらか?」
やがてゆっくりと舞い降りたイナクトから姿を現したのは、一人の男だった。
「何者だ?」
「古川秋生。ごらんのとおり傭兵だ。スポンサーからあんたらをなんとかしてくれって頼まれてな」
「援軍って、一機だけかよ」
鷹文の憤りももっともであるが、秋生は特に気にした様子もなく大地に降り立つ。
「スポンサーって誰に頼まれたんだ? ラグナか?」
「ラグナ? ああ、ラグナ=宮沢ね。奴なら死んだよ」
突然、乾いた銃声が鳴り響き、鷹文は唖然とした表情のまま絶命した。
「俺が殺した」
ご臨終だ。と冷徹に言い放つ秋生に向かって智代は発砲するが、それより早く滑り込んだ秋生のスライディングによって足元を払われてしまう。素早く秋生は智代の銃を握る手を踏みつけると、左肩を撃ち抜く。
「逃げろ、河南子……」
『でも……』
「いいから、逃げるんだ」
「美しい姉妹愛だな……」
そう呟くと、秋生はなぜか智代を解放した。
「さっさと行ってガンダムに乗りな。これじゃ戦いがいがない」
『先輩、鷹文が……鷹文が……』
『仇は撃つ』
『はっはーっ!』
その時、上昇してきたスローネツヴァイの姿に驚愕する智代。
『そんな……スローネツヴァイは鷹文のバイオメトリクスがないと起動しないはず……。まさか、書き換えたとでも言うのか? ヴェーダを使って……』
スローネツヴァイのGNバスターソードをGNビームサーベルで受け止めつつ、智代はスローネアインのコックピットで呆然とした。
『慣れねぇと、ちと扱いづらいな。まあ、武装さえわかれば後はなんとかなるってもんだっ!』
『なぜだ? なぜ私達を?』
『生贄なんだとよ』
『そんな事がっ!』
『同情すんぜ。かわいそうになっ!』
『私達は、ガンダムマイスターだっ!』
とはいえ、秋生の卓越した操縦テクニックの前では、智代はまさに子供同然。スローネツヴァイのポテンシャルをフルに引き出す秋生に、智代は翻弄されっぱなしだった。
『この世界を変えるためにっ!』
『ごたくはいいんだよっ!』
スローネアインのGNビームランチャーの砲撃をあっさりとかわし、GNバスターソードをシールド代わりに使って急接近し、すれ違いざまにGNビームランチャーを切り落とす。
『いっちまいなっ!』
そのまま秋生は、GNハンドガンを乱射する。
『馬鹿な……私達はガンダムマイスターになるために生み出され……そのために生きている……』
やがて集弾しはじめた粒子ビームが、スローネアインのGNドライヴを直撃した。
『先輩……』
爆散するスローネアインを、河南子はスローネドライのコックピットで見ていた。飛び散るGN粒子が、漆黒の闇夜に一瞬の光をともす。
『綺麗なもんだな、GN粒子ってやつはよ。そうだろ? お嬢ちゃん』
その爆炎を目くらましに使った秋生はGNバスターソードを盾代わりに使って接近し、そのまま一気にスローネドライを蹴り飛ばした。
『あうっ!』
地面にたたきつけられた河南子に秋生の魔の手が迫ろうとしたその刹那、強襲用コンテナがスローネツヴァイを弾き飛ばす。そのコンテナの後部から飛び出したエクシアは、そのまま一気にGNソードで切りかかった。
『邪魔するんじゃねぇよ、クルジスの小僧が』
『その声は古川秋生。どうしてお前がガンダムに?』
『レベル七クリアだ。これでヴェーダを完全に掌握したぞ』
『そうか、ついにこのときが』
するとコンピュータールームに異変が起こり、棺のようなカプセルが久瀬と石橋の前に現れた。その中におさめられていたのは、一人の女性。水瀬秋子その人だった。
『やはりいたか、水瀬秋子』
久瀬はゆっくりとそのカプセルに近づいていく。
『世界の変革見たさに、よみがえる保証もないコールドスリープで眠りにつくとは……』
そう言いながら久瀬は、ゆっくりと黄金の銃を引き抜くと、遊低をスライドさせて初弾を薬室に送り込む。
『しかし、あなたは世界の変革を目にする事は出来ない……。あなたが目指した統一世界も、その抑止力となるKanonも、すべて僕が引き継がせてもらう。そう、世界を変えるのはこの僕、アレハンドロ=久瀬さ』
まったく躊躇せずに、久瀬は秋子が眠るカプセルに向かってトリガーを引く。その執拗ともいえる発砲は、狂喜の笑いと共に弾倉におさめられた銃弾がなくなるまで続けられた。
久瀬の高笑いが響く中、コンピュータールームに異変が起きた。何事かと驚く久瀬達の目の前で、巨大なディスプレイに水瀬秋子の姿が表示された。
『この場所に、悪意を持って現れたという事は……どうやら私の求めていた世界にはならなかったようですね……』
水瀬秋子の口調は、諦めとも失望ともとれる色を宿していた。
『水瀬秋子?』
『そうか、システムトラップ……』
「人間はいまだ愚かで戦いを好み、世界を破滅に導こうとしています……」
淡々とした秋子の言葉が響く中、地上では祐一が秋生との戦闘に突入していた。
『どうした、どうした? ガンダム』
『貴様のような男が、ガンダムに乗るなんてっ!』
『お前の許可がいるのかよっ!』
流石に秋生は強い。性能的に劣るイナクトでも祐一を追いつめるほどの実力を持つ男がガンダムに乗っているのだから、その攻撃はまさしく鬼に金棒だ。
「ですが、私はまだ人類を信じ、力を託してみたいと思います」
『相沢っ!』
斎藤が援護に入ろうとするが、秋生の正確な射撃の前には介入すらおぼつかない。
『最高だぜっ! ガンダムってやつはよ。そろそろ覚悟しなっ!』
祐一は両腰のGNロングブレードとGNショートブレードを引き抜くと、そのグリップでスローネツヴァイを引きはがす。
『ガンダム、こいつはとんでもねぇ兵器だ。戦争のしがいがあるってもんだぜ。お前の機体だってそうだろ?』
『違うっ!』
東の空から姿を現した太陽が二人の機体を染める中、再び両者は激しくぶつかりあう。
『絶対に違うっ!』
祐一は叫ぶが、その圧倒的なまで実力の前では虚しい響きだ。
『俺のガンダムはっ!』
瞬く間に両手の武器を落とされてしまい、エクシアは丸腰となってしまう。
『こいつで終わりだっ!』
「世界は、人類は、変わらなければならないのだから……」
とどめを刺そうと秋生がスローネツヴァイを反転させたその時、エクシアのGNドライヴの出力が急上昇していく。そして、真紅に染まったエクシアの機体が、目にも止まらぬ速度で機動を開始する。
『なに? どこだ?』
わずかな駆動音を残して、あたかも残像を残す勢いで高機動を開始するエクシア。流石の秋生も、その動きには翻弄されてしまう。
『なんだ? この動きは……そこかっ!』
だが、その攻撃は虚しく空を切るのみだ。おそらくエクシアは機体が赤くなったので、通常の三倍以上の高機動性能を発揮しているのだろう。
『あたらねぇ……?』
ところが祐一の攻撃は的確で、ついには秋生のスローネツヴァイは大地に叩きつけられてしまう。
『な……なによあれ……』
『エクシアが真っ赤に……?』
それを見ていた河南子と斎藤も、なにが起きているのか全く理解できず、ただ呆然と呟くのみだった。
『このガンダムは……』
両手にGNビームサーベルを構えたまま、機体が真紅に染まったままのエクシアのコックピットで、祐一も突然の変化になにが起きているのかさっぱりだ。
『GNドライヴを有する人達へ……』
『秋子さん……?』
その時、モニター画面に表示される人物に、祐一は見覚えがあった。
『あなた達が私の意思を継いでくれる人達がどうかはわかりません。ですが、私は最後の希望を、GNドライヴの全能力をあなた達に託したいと思います』
「お母さん……」
それは万一の事を想定して、あらかじめ秋子が残しておいたのだろう。このメッセージはプトレマイオスのクルーにも届けられていた。
『愛しい子達よ。私はあなた達が真の平和を勝ち取るため、戦争根絶のために戦い続ける事を祈ります。決してKanonのためでは無く、あなた達自身の意思でガンダムと共に……』
『ガンダム……』
その秋子の意思を、確かに祐一は受け取った。今こそ戦争根絶のためにガンダムになる時だ。
『どんな手品かしらねぇがっ!』
背後からの秋生の攻撃を、エクシアは残像を残す勢いで回避する。そして、エクシアの動きを、秋生は全く捉える事が出来ない。
『なんだ? なんなんだ、あれはっ!』
常識を凌駕するエクシアの高機動に翻弄され、なんとかGNバスターソードを盾にして回避し、その爆炎にまぎれて離脱する最中に、秋生はコックピットで吠える。悔しいが、あのエクシアにはまるで勝てる気がしない。
『トランザム・システム? これが、トランザム……』
普段は出力にリミッターがかけられているが、パイロットの意思によってそれを強制的に解除する。これが祐一達のガンダムに搭載されたGNドライヴに隠されている、トランザム・システムの概要である。これによって祐一達は、秋子からガンダムのすべてを託されたのだった。
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