♯23 世界を止めて

 

 国連軍によるガンダム掃討作戦は苛烈を極めた。追うものから追われるものへ、狩るものから狩られるものへ。ガンダムの立場は変わっていった。

 もっとも、最初はたったの四機で世界に喧嘩を売ったKanonと比較しても、国連軍の行為は単なる数の暴力でしかなかったのだが。

 頂武ジンクス部隊によるAfterの掃討作戦は、メディアを通じて世界各地に放送されていた。それはガンダムを悪とし、国連軍を正義とするための行動でもあった。確かにAfterの行った武力介入は多くの民間人を巻き込んだものなので非難されて当然ともいえるが、数の優位でたった三機のガンダムに攻めかかる国連軍の行動は、まさしく正義の名のもとにおこなわれる虐殺であった。

「はえ〜、隣国のドールでガンダムが交戦ですか〜」

「……ガンダムの掃討作戦がはじまったみたい」

 アザディスタン王国では、自国の目と鼻の先でガンダムと国連軍が熾烈な戦いを繰り広げていた。その映像をモニターで見つつ、佐祐理は戦っているガンダムが祐一のものでないとわかり、ほっと安堵の息を漏らすのだった。

 その映像は、遠く直江理樹の病室まで届けられていた。理樹はその映像をうつろな瞳でじっと見続けている。

 恭介が死んだ。

 これと前後して届けられた訃報は、鈴の心を完全に壊してしまった。

 かつて鈴は猫を相手にしか心を開けない少女だった。それを心配した恭介が組織したのがリトルバスターズである。同じころ理樹も両親をなくし、悲しみにくれた日々を送っていた。それを救ってくれたのが恭介なのだ。

 井ノ原真人に宮沢謙吾。初期のメンバーは、みんなそうして恭介に救われた仲間だ。

 その後理樹が中心になって集めた新メンバーが全員女の子というのもあれだが、鈴のためにはその方がよかったのだろう。そんな今までに見た事もないようなくだけた笑顔を見せる鈴に、理樹は自分でも気がつかないうちに惹かれていた。

 だが、今はもう誰もいない。みんなガンダムに殺されてしまった。恭介も水瀬秋子の謎を追ううちに殺されてしまった。

 だから理樹は、テレビモニターを見ながらこう呟く。

「……やられちまえよ、ガンダム……」

 

 エクシアの発動したトランザムは、遠く月にいる久瀬の知るところとなる。

「なんだ? ガンダムに搭載されているこの機能は……」

「ヴェーダにも該当するデータはないな。おそらくはGNドライヴのブラックボックスに、あらかじめ組み込まれていたものだろうな」

 ヴェーダの端末を操る石橋も知らないようだ。基本的にスローネとジンクスのGNドライヴはヴェーダから基本設計図を引き出して開発されているため、解析できないブラックボックス部分は削除されている。一応、それでもGNドライヴとしての基本的な機能を有してはいるが、炉心の活動時間が有限であるために、定期的なエネルギーチャージを必要としてしまうのだ。

「それと、ヴェーダ内に記録されていたガンダムマイスター達のデータが完全に消失したぞ」

 おそらくは、コールドスリープで眠る水瀬秋子自身もヴェーダの一部だったのだろう。彼女の生体反応が消失した時の状態で、物事の善悪を判断するのだと思われた。そうなると、今まで二〇〇年以上の歳月を費やして計画への介入を行ってきた久瀬家も、所詮は秋子の掌の上で踊っていた事となる。

「まさか、水瀬秋子は僕の計画変更すら予測していたとでも言うのか? 神をきどる不遜な理想主義者に、これ以上踊らされてたまるものか」

 そして、エクシアのトランザム発動は、ラグランジュ一にある資源衛星群に隠された秘密ドックのプトレマイオスでも知るところとなる。

『強襲用コンテナ、トレミーへの接続を開始します』

『テールブースター収納完了』

『敵が来るまでに、整備を終えるよ』

『リョウカイ、リョウカイ』

 来るべき決戦に備え、プトレマイオスでは各機体の整備がおこなわれていた。GNアームズを搭載した強襲用コンテナの接続と合わせ、キュリオス用のテールブースターの搬入が行われていた。直幸も色違いのけろぴーを大勢ひきつれて、デュナメスの整備に奔走している。

「……機体に蓄積した高濃度の圧縮粒子を機体全体に開放し、一定の時間だけスペックの三倍近い高出力を獲得する」

 ブリーフィングルームでは、香里と名雪、あゆと美汐がトランザム・システムの検証を行っていた。

「うぐぅ、ボク達のGNドライヴだけの機能……」

「トランザム・システムですか……」

「お母さんが残してくれんだね。多分、わたし達のために」

 名雪達ガンダムマイスターは、それぞれに感想を漏らす。

「でも、いい事ばかりじゃないわ。トランザムを使った後は残量粒子の関係からも、機体性能が極端に落ちてしまうわ。使いどころを間違えるとかえってこっちが危険よ」

 まさにこのシステムは諸刃の剣である。そんなとき、ブリーフィングルームに祐一からの暗号通信が届いた。

『エクシア、トレミーへの帰還命令を受領』

 回線を開くと、聞きなれた祐一の声が響く。どうやら地上での介入行動は無事に終わったらしい。

『報告要件有り。地上に配備されていた、擬似GNドライヴ搭載型モビルスーツは全機宇宙に上がった。また、ガンダムスローネのうち一機は破壊、一機は逃亡。残る一機は敵に鹵獲された』

「なんですって、ガンダムが?」」

 それを聞いた美汐は思わず声を荒げしまう。彼女にとってそれは、あってはならない事だからだ。

『スローネを奪取したパイロットは、古川秋生。以上だ』

「……古川秋生」

 その名前を聞いた名雪の表情が険しくなる。自分と祐一の運命を狂わせたあの男が宇宙に上がってくる。しかも今度はガンダムに乗って。その事実に普段は温厚な名雪の全身に怒りがみなぎっていく。

「うぐぅ、その人は誰なの?」

「傭兵だという話ですが……詳しい事は私も知りません」

 あゆの質問に、美汐は歯切れ悪く答える。実のところ美汐も秋生については詳しく知らないのだ。

 いずれにしても擬似GNドライヴ搭載型モビルスーツが全機宇宙に上がったという事は、そのうちここへ国連軍が攻めてくるという事だ。補給が終わるのが先か、国連軍が攻めてくるのが先か。どちらにしても戦闘はラグランジュ一で行われる事になるだろう。

 それに向けて考えなければならない事が多い香里であった。

 

 そのころ、国連軍はKanonの拠点があるラグランジュ一に向けて、三隻のバージニア級大型輸送艦を派遣していた。

「ご丁寧に予備パーツまで用意してくれるとは、随分と気が利いてるじゃねぇか」

 その艦内で整備を受けているスローネツヴァイを見て、スポンサーの粋な計らいに秋生は喜びを隠せなかった。するとそこに一人の男が入ってくる。

「貴官がこのガンダムを鹵獲したのか?」

 それはONEの特務部隊頂武を率いる渡辺茂雄中佐だった。ちなみに今回の部隊を率いる総指揮官でもある。

「頂武特務部隊の、渡部茂雄中佐だ」

「ONEのヒゲから直々に挨拶していただけるとは。フランス第四独立外人騎兵部隊、古川秋生少尉です。ガンダム掃討作戦に参加させていただきます」

 二人はお互いに敬礼をかわす。

「聞かせてもらいたいものだ。貴官がどうやってガンダムを鹵獲したのか」

「それは、企業秘密というやつです」

『有視界戦闘領域まで、距離二〇〇〇。総員、第一種戦闘配備。繰り返す、有視界戦闘領域まで、距離二〇〇〇。総員、第一種戦闘配備』

「ついにこの時が来たのだ……」

 艦内にアラームが鳴り響く中、霧島佳乃中尉は一人気合いを入れていた。最愛の姉を殺したガンダム。大切な親友を殺したガンダム。今こそ復讐を遂げる時だ。

「見ていてほしいのだ。往人くん」

 しかし、それを行ったガンダムが鹵獲されて自軍にいるという事実に、全く気がついていない佳乃りんであった。

 

『答えは出たのか? 相沢』

『それはわからない』

 同じころ地球の重力を脱し、強襲用コンテナで戦闘空域へ向かう途中で、斎藤は祐一にそう問いかけた。

『だが、俺達は秋子さんにすべてを託された。だったら俺は、俺自身の意思で紛争根絶のために戦う。ガンダムと共にな』

『正直僕は、紛争根絶が出来るなんて思ってないよ。でも、僕達のバカげた行動は、良くも悪くも人々の心に刻まれたと思う』

 ほとんど呟きにも近い斎藤の声が響く。

『今頃になって思うよ。Kanonは、僕達は存在する事に意義があるんじゃないかってね』

『存在する事?』

『人間って言うのは、自分が経験してきた事の範囲内でしか物事を理解できないって事だよ』

 その時、エクシアのアラームが鳴り響く。

『トレミーが、国連軍の艦隊を捕捉?』

 

『接近する艦隊は、AIRの大型輸送艦バージニア級三隻と推定』

『有視界戦闘領域まで、あと四二〇〇です』

 二人の戦況オペレーター、沢渡真琴と美坂栞の報告に、プトレマイオスのブリッジに緊張が走る。

『資源衛星を利用しながら、トレミーは後退。キュリオスとヴァーチェは、防衛戦用意。デュナメスはトレミーで待機』

『う〜、それはないよ香里』

 艦内に通達される香里の指示に、待機していた名雪は機先を制された形となる。

『あれ?』

 名雪は扉を開けようとするが、なぜか開かない。どうやら外からカギがかかっているようだ。

『うぐぅ……少しやりすぎじゃないかな』

 ガンダムに向かって移動しながら、あゆはそう呟く。

『名雪さんは、口で言って聞いてくれるような人ではありませんから』

 多少の荒療治は仕方のない事だ。

『前回の戦闘で、私は名雪さんに救われました。ですから今度は、私が名雪さんを守る番です』

 今はじめて美汐はヴェーダの指示では無く、自分の意思で仲間のために戦う決意をしていた。

『キュリオスを、リニアフィールドに固定しました』

『了解。月宮あゆ、キュリオスは迎撃行動に入るよ』

 テールブースターを装着し、機動力と火力が強化されたあゆのキュリオスが、カタパルトモードのプトレマイオスから勢いよく飛び出していく。それに続き、両手にGNバズーカを装備した美汐のヴァーチェも射出された。

『敵輸送艦より、モビルスーツが発進しました。擬似GNドライヴ搭載型二六機、その中にスローネもいます』

『え?』

 その報告に、閉じ込められた名雪は部屋で唇をかみしめる。スローネがいるという事は、あの男もここにきているという事だからだ。

『全パイロットに通達。出撃したガンダムは二機だけだ。フォーメーション二四五で対応、包囲して殲滅する。各員の奮闘を期待する、以上』

『了解』

『見ていてくださいよ、美佐枝さん』

『やってやるのだぁ』

 茂雄の声に、浩平、春原、佳乃がそれぞれ答え、ジンクス部隊はガンダムを包囲殲滅するべく機動を開始する。

『おうおう、皆さんお元気なこって』

 最後方の位置からそれを眺めつつ、秋生は嘲るような声を出す。もともと傭兵には国家の大義も名誉も関係なく、ただ支払ってくれる金だけが重要であり、そのためにのみ戦っている。秋生にとって戦争とは生きる手段であり、金を稼ぐ方法でしかない。適当に戦って生き延びていればそれでいいのだ。

 その時、スローネツヴァイのセンサーが、いち早く接近するキュリオスとヴァーチェの姿を捉える。

『きやがったぜ』

 どうやらジンクスのセンサーでは、まだガンダムが捉えられていないらしい。

 

『先制攻撃を仕掛けるよ、いっけぇーっ!』

 キュリオスのテールブースターに装備された、大型のGNビームキャノンが火を吹き、圧倒的な高出力の粒子ビームがジンクスを一機完全に破壊する。

『なに?』

 ガンダムがもつ予想外の新兵器の威力に国連軍は圧倒されるが、その程度で攻撃をあきらめる連中では無い。即座にキュリオスめがけて砲撃が開始された。

『テールブースターのおかげで、機動性能は上がっているんだよっ!』

 再びの砲撃で、その軸線上にいたジンクスがまた一機完全に破壊される。後続の美汐も、両手に構えたGNバズーカで砲撃を開始。

『各機、フォーメーションを崩すな。プランEで各個撃破を行う』

 一旦集結したジンクスが茂雄の指示で散開し、春原と佳乃に率いられた部隊がそれぞれガンダムに向かう。

 美汐のヴァーチェに向かったのは春原と佳乃が率いる部隊。果敢に攻撃を仕掛けるが、GNキャノンの砲撃で仲間が一機破壊されてしまう。

『攻撃がきかないのだ』

 ジンクスの攻撃は、ヴァーチェが展開したGNフィールドによってはじかれてしまう。打つ手なしかと思われたその時。

『まかせろっ』

 近傍にあった岩塊から、秋生のスローネツヴァイが飛び出してきた。

『スローネですか?』

 美汐の放った二丁のGNバズーカとGNキャノンの一撃をかわし、秋生は叫ぶ。

『いけよっ! ファング』

 スローネツヴァイのサイドアーマーから、無人の攻撃端末が放出される。基本的にファングはスローネツヴァイのセンサーにロックオンされた攻撃目標を自動的に攻撃する端末であるため、こうした乱戦状態でパイロットが回避運動に専念している状態でも攻撃が可能になる。おまけにボタン操作などを行わず、叫ぶだけで使えるというメリットもある。

 また、砲撃戦を行う場合には相応の空間把握能力を必要としていても、単純に直撃させるミサイルとしての運用なら、特にそうした能力も必要としないのだ。

 迫りくるファングのうち、何基かは迎撃に成功する美汐ではあるが、センサーに感知しにくく移動速度も速いファングを迎撃するのは、機動性能の低いヴァーチェにとってかなり難しい相談だった。

『きゃあっ!』

 ヴァーチェのGNフィールドを易々と突破したファングは、GNバズーカ一基とGNキャノンの粒子放出口を破壊する。

『後は好きにしな』

 そう言い残して、撤退を開始する秋生のスローネツヴァイ。一方ヴァーチェは粒子放出口を破壊されてしまった結果、出力の低下したGNフィールドを突破して、春原率いる部隊の砲撃が集中してしまう。

『天野さんっ!』

 あわてて救援に向かうあゆのキュリオスであるが、その途中でテールブースターにビームが直撃する。

『うぐぅ、直撃?』

 しかし、その直後にあゆを頭痛が襲う。

『被検体E‐五七、月宮あゆっ!』

『折原浩平?』

 即座にあゆは破損したテールブースターをパージし、機体を半回転させてモビルスーツ形態へと変形させ、切りかかってきた浩平のGNビームサーベルをGNビームサーベルでなんとか受け止めた。

 

『キュリオス、テールブースター破損。超兵と思われるモビルスーツと交戦中』

『ヴァーチェ、敵の集中砲火を受けています』

『ガンダムに後退命令を』

 真琴と栞の報告に、香里は即座に指示を出す。

『ブリッジ、聞こえるかい? デュナメスが……』

『デュナメスは出撃するよ』

 ブリッジに響いた直幸の声をさえぎるように、名雪の声が響く。

『GNアーマーで対艦攻撃を仕掛けるよ。これは香里の作戦通りなんだから、文句ないよね?』

『名雪、その体じゃ無理よ……』

 強引に通信を切り、名雪は相棒のけろぴーに微笑みかける。

『つきあってね、けろぴー』

『リョウカイ、リョウカイ』

 それまで柔和な微笑みに彩られていた名雪の顔が、不意に真剣なものへと変わる。

『許さないよ、古川秋生……』

 

 浩平のジンクスと激しいつばぜり合いを繰り広げていたあゆのキュリオスの背後から、茂雄のジンクスが迫ってくる。

『うぐぅぅぅぅぅっ!』

 そのビームの直撃を受けたあゆのキュリオスは大きく後退してしまう。

『今だっ! 少尉っ!』

『おちろぉっ! ガンダム』

 浩平の攻撃がキュリオスに迫ろうとしたその刹那。キュリオスのトランザムが発動した。急速に機体色が赤に変わり、通常の三倍以上の高機動性能を発揮するキュリオス。

『なんだ? あの動きは……』

 その豹変ともいえるキュリオスに、浩平は一瞬だが圧倒されてしまった。

『うぐぅ、トランザム……』

 その時あゆは、同時の自分の体に起きた変化に気がつく。

『あれ? 頭痛が……』

(脳量子波は、ボクが遮断してあげたよ)

 あゆの精神に宿る、もう一人のあゆのメッセージが脳裏に響く。

(さあ、反撃開始だよっ!)

『速ぇっ!』

 ほとんど残像を残す勢いで機動を開始するキュリオスの前に、浩平は反撃もままならなかった。すれ違いざまの一撃で、浩平のジンクスは片足を飛ばされてしまう。

『少尉っ!』

 そこへ割って入ろうとした茂雄のジンクスも、振り向いた次の瞬間に右腕を飛ばされた。

『うぐぅ、トランザムの限界時間が……』

 いくらトランザムがガンダムの潜在性能をフルに引き出すシステムであっても、限界時間が存在する。このままでは出力が落ちたところを狙い撃ちにされてしまう。あゆがそう考えた時、頂武ジンクス部隊はいち早く撤退を開始していた。進退風の如しを体現する、見事な用兵だ。

『撤退してくれた?』

(相変わらずキミは詰めが甘いね。でも、逃げてくれてよかったね)

 同じころ、敵の集中砲火を受けていた美汐のヴァーチェも反撃を開始しようとしていた。

『トランザム、発動』

 ヴァーチェの機体色が赤くなり、そのままでも敵のビーム攻撃をはじき返すだけの強度を発揮する。美汐はGNバズーカを機体の正面に構えると、胸部のGNドライヴに接続したバーストモードで砲撃を開始した。

 通常の三倍以上の破壊力を持ったビームの奔流が、その軸線上にいたジンクスをすべて消滅させていく。それは近傍にあった小惑星の影に隠れたジンクスも例外では無く、小惑星ごと破壊されてしまうのだった。

『な……なんだぁ……? 新兵器か……?』

 そのあまりの破壊力に圧倒されていた春原のジンクスに、小惑星の破片が直撃した。

『美佐枝さぁ〜ん……』

 そのまま春原は、頭部を破壊されたジンクスで宇宙をさまよう事となる。

『……粒子残量が……』

 やがてビームの放出もおさまったヴァーチェは、途端に出力が落ちてしまう。

『よくもやったなぁっ!』

 そこへ佳乃が率いる部隊が殺到してくるが、ヴァーチェは満足な機動すらも出来なくなっていた。しかし、その横合いから高出力の粒子ビームが放たれる。

『あれは、GNアーマー。なぜ名雪さんがここに?』

 それは名雪のデュナメス用に調整されたGNアーマーからの砲撃だった。右腕に装備された大型の二連装GNビームキャノンを連射し、急速に接近してくる。

『新手に砲撃を集中するのだっ!』

 佳乃が率いるジンクス部隊は即座に砲撃を開始するが、機体の周囲にGNフィールドを展開させたGNアーマーにはまったく通用しない。

『悪いけど、今は狙い撃つ事が出来ないんだよ。だから火力で圧倒させてもらうよ』

 左腕に装備されたコンテナユニットから無数のGNミサイルが射出され、ジンクス部隊に襲いかかる。GNミサイルは着弾するとその内側にGN粒子を放出して炸裂するため、それが命中したジンクスは装甲の内側から膨らんで爆発した。

『ガンダム……!』

 なんとかGNミサイルの回避に成功した佳乃であったが、部隊のジンクスが全滅という結果にコックピットで唇を噛みしめる。

『このまま対艦攻撃に移行するよ』

『名雪さん、無茶ですよ』

 できれば美汐も名雪の援護に行きたいところだが、トランザム発動直後でほとんど身動きが取れないヴァーチェでは無理な相談だ。

『ありがとう、美汐ちゃん。心配してくれて。でも、今は戦う時だよ』

 そのまま名雪は、一気にバージニア級大型輸送艦の殲滅に向かうのだった。

 

『キュリオスとヴァーチェはトランザムを終了。粒子の再チャージまで機体性能が低下』

『名雪は?』

『敵モビルスーツ部隊を突破して、対艦攻撃に突入したみたいです』

『そう……』

 名雪が無茶するのはよく知っている香里ではあった。だからこそあまり無理をさせないようにしていたのだが、どうやらそれは余計なお世話だったようだ。

(お願い、相沢くん。間に合って……名雪を助けてあげて……)

 親友の身を案じ、そう祈らずにはいられない香里であった。

『相沢、今ポイントを確認した。ドッキングを解除するぞ』

 斎藤の操作で強襲用コンテナの後部ハッチが開き、GNアームズに続いてエクシアが放出される。

『トランザムで、戦闘宙域に向かう』

 戦場宙域までは、まだかなりの距離がある。そこで祐一は、トランザムを使用して一気に戦闘宙域に向かおうとしていた。

(間に合ってくれよ……)

 その時、祐一の心を嫌な予感が蝕みはじめる。遠くに輝く光は、確実に人の命が奪われているという証拠だ。その命の煌めきを見るたびに、祐一の心にはなんとも形容しがたい不安が広がっていくのだった。

 

『敵、モビルアーマー接近』

『リニアキャノンで応戦しなさい』

 美佐枝の指示で、バージニア級大型輸送艦は一斉に砲撃を開始。

『一気に本丸を狙い撃つよ』

 だが、その弾幕を容易くかわした名雪の砲撃により、一番左のバージニア級大型輸送艦が爆散する。

『ノーフォーク撃沈』

『モビルスーツ部隊はまだなの?』

『到着まで、一八〇セコンド』

 そうしている間にも、右側のバージニア級大型輸送艦が撃沈されてしまう。今となっては、防空用のモビルスーツ部隊を残しておかなかった事が災いしていた。

『これで終わりだよ』

 そして、名雪が最後の砲撃を行おうとしたその時、横合いから飛来したビームが右腕のGNビームキャノンを破壊した。

『いけない』

 破損したGNアーマーからデュナメスが離脱した直後に、バージニア級大型輸送艦からのリニアキャノンが直撃する。そして、名雪はその攻撃を行ったモビルスーツの姿を見た。

『あれはスローネツヴァイ。じゃあ、あれに乗っているのが古川秋生だね』

 GNスナイパーライフルを乱射し、秋生のスローネツヴァイの追撃に入る名雪。だが、利き目が負傷しているために狙いが全く定まらない。やがて反転してきた秋生のスローネツヴァイのGNバスターソードの一撃を、右手で引き抜いたGNビームサーベルで受け止める。

『KPSAの古川秋生だね?』

『ああ? クルジスの小僧に聞いたのか?』

 接触回線が開き、名雪と秋生はお互いに言葉を交わす。

『北の街で、爆弾テロを指示したのはあなたなの? どうしてそんな事をしたんだよっ?』

『俺は傭兵だからな』

 そのまま両者は激しく切り結ぶ。

『それに軌道エレベーターの建設を、中東が反対するのは当然の事だろっ?』

『そのために関係ない人達まで巻き込んだの?』

『お前だって一緒だろ? 紛争根絶を謳い文句にしたテロリストだろうがっ!』

『……その汚名は甘んじて受けるつもりだよ。あなたを倒した後でねっ!』

 そのまま名雪はデュナメスの腰部フロントアーマーに装備されたGNミサイルを全弾発射するが、秋生のスローネツヴァイはそれをあっさりとかわしてしまう。

『あなただけは、絶対に許さないよっ!』

 なによりも強く悪を憎む気持ちが、今の名雪を動かしていた。しかし、決して本調子とはいえない名雪の攻撃は、秋生に軽くあしらわれてしまう。

『あなたは、戦いを乱す権化なんだからっ!』

『お前だって、同じ穴のむじなだろうがっ!』

『あなたと一緒にしないでよっ!』

 激しくスローネツヴァイと切り結びながら、名雪はデュナメスの左手にも持たせたGNビームサーベルでスローネツヴァイの右腕を切り落とす。その間のGNスナイパーライフルは、肩のマウントラックに引っ掛けておくのも忘れない。

『わたしは、この世界を……』

『テッキセッキン、テッキセッキン』

 その時、けろぴーが警告を発する。

『そこにいたなぁっ! ガンダム。観鈴ちんと仲間達の仇っ!』

 乱入してきたのは、佳乃のジンクスだった。

『邪魔しないでよっ!』

 後、もう少しで秋生にとどめを刺す事が出来る。名雪は即座にデュナメスのニーアーマーに装備されたGNミサイルでジンクスを迎撃。命中したGNミサイルはジンクスを内側から破壊するが、それでも佳乃はデュナメスに突っ込んでくる。

『こう見えても佳乃りんは、AIRのフラッグファイターなのだぁっ!』

『いけないっ!』

 名雪の死角となる右側から突っ込んできた佳乃のジンクスは、デュナメスの右腕を破壊して爆発した。

『右側が見えてねぇのか……』

 それを見た秋生はコックピットでほくそ笑み、ファングを射出。名雪は残った左手でGNビームピストルを引き抜いて応戦するが、動きの速いファングに翻弄されてしまう。

『ナユキ、ナユキ』

『見えないっ!』

 けろぴーのアシストもむなしく、名雪の死角に回り込んだファングは頭部の右半分と両ひざに突き刺さり、爆発する。

『きゃあぁぁぁっ!』

『ソンショウジンダイ、ソンショウジンダイ』

 コックピットに響くけろぴーの警告を聞きながらも、名雪の目はまだ闘志を失っていなかった。

『仕留めそこなったか……しぶといな……』

 女はしつこいからな。と呟きつつ秋生は追撃に入る。

 

『トランザムの限界時間が……』

 戦闘宙域に急ぐ祐一の心に言い知れない不安が広がっていく。みんなは大丈夫なのか。名雪は無事なのか。そればかりが気がかりだった。

 すべての攻撃能力を失い、左腕だけが残るデュナメスのコックピットから、名雪は精密射撃用のロックオントリガーを外す。

『けろぴー、デュナメスをトレミーに戻しておいてね。これは命令だよ』

 携帯用のバーニアユニットを背中に装備し、デュナメスのコックピットから降りた名雪は、そうけろぴーに言い残していく。

『ナユキ、ナユキ』

『心配しなくてもいいよ。ちゃんと帰ってくるから』

『ナユキ、ナユキ』

 けろぴーはサポートAIが組み込まれた単なるペットロボットであるにすぎない。しかし、名雪にとっては、なによりも大切な親友なのだ。その頭を優しくなでてから、名雪はデュナメスを離れる。

『ナユキ、ナユキ』

 名雪を呼ぶけろぴーの声だけが漆黒の宇宙に響く。

『さよなら、けろぴー。GNドライヴをお願いね』

 去りゆくデュナメスを見送った後、ゆっくりと振り向いた名雪の視線の先にあったのは、破壊されたGNアーマーのビームキャノンだった。

『あいつめ、どこに行きやがった?』

 こうも残骸が多いと、破壊されたモビルスーツを発見するのは難しい。特にガンダムは機体の排熱量が低いので隠蔽率が高く、GN粒子の影響で発見しにくい特徴がある。

『なにをやってるんだろうな、わたし……』

 ロックオントリガーを直接ビームキャノンに接続し、その上に立った名雪は残った左目でスコープを覗きながらスローネツヴァイに狙いを定める。

『だけど、お母さんの仇を取らないといけないんだよ……。そうしないとわたしは、世界とも向き合えない……』

 それがたとえ作られた存在であったとしても、親子として過ごした日々は本物だ。その大切な思い出のために、名雪は戦っているのだ。

『生体反応? そこかぁっ!』

『だから、狙い撃つんだよっ!』

 迫りくるスローネツヴァイに向かい、高出力ビームが放たれる。そのビームはスローネツヴァイの下半身部分を吹き飛ばして爆散させるが、その刹那に放ったビームがビームキャノンに直撃する。

『……これでいいんだよね、お母さん……』

 爆発に吹き飛ばされながら、名雪は楽しかった日々に思いをはせる。母親と二人きりだったとはいえ、幸せだったあの頃に。

 本当は名雪にもわかっていた。こんな事をしても世界は変えられないかもしれない。もう二度とあの楽しかった日々には、戻れないのだという事を。

『それでも、明日は来るよね……』

 その時、宇宙を漂う名雪のバイザーに、一筋の光跡が映る。それは、祐一のエクシアだ。

『祐一……答えは見つかったのかな……』

 もしも祐一が答えを見つけたのなら、名雪にはもう思い残す事はない。短い間だったが祐一にも再会できたし、愛し合う事も出来た。

『あれは……』

 戦場宙域に向かうエクシアのモニターに映るのは、今にも大爆発を起こしそうなくらいに破壊されたGNアーマーのビームキャノンと、そのすぐそばを漂流する名雪の姿だった。

『名雪?』

 祐一はエクシアを加速させるが、トランザム発動直後のエクシアは思うように動いてくれない。

 その時、名雪の視線の先には、青く輝く地球が見えていた。ここから見る青い惑星には、国境線なんて言うものがない。みんなこの大地で生まれ、そこで暮らしている人達だ。

 それなのに、どうしてみんな争ったりなんかするんだろうと、名雪は思う。

『ねえ、こんな世界で満足?』

 まるで宝石をつかむように地球に向かって手を広げた後、名雪は狙い撃つように人差し指を突き出す。

『わたしは、嫌だよ……』

 その次の瞬間、ビームキャノンがついに大爆発を起こし、広がる爆炎に名雪の体が飲み込まれていく。

『名雪ーっ!』

 後もう少し、祐一が手を伸ばせば届くところに名雪はいた。だが、それをあざ笑うかのように真っ白な光が広がっていく。漆黒の宇宙に、祐一の絶叫だけが響いていた。

 

『キュリオス、ヴァーチェ、共に健在です』

『デュナメスも確認。トレミーへの帰還軌道にはいりました』

『よし、全員無事だな』

 真琴と栞の明るい声に合わせて北川が軽口をたたくと、プトレマイオスの艦内は安堵の息に包まれる。

『ナユキ、ナユキ』

 しかし、名雪の名前を呼び続けるけろぴーの声が響いた時、そこにいた一同は愕然とした。

『まさか……名雪が……?』

 香里はただ呆然と呟き。

『そんな……』

 キュリオスのコックピットで、あゆは涙し。

『うそでしょう……名雪さんが……』

 ヴァーチェのコックピットで、美汐は自分の耳を疑った。

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