♯24 終わらない詩

 

 祐一が名雪と再会するまでに、七年の歳月がすぎ去っていた。このときに祐一はあゆとも再会し、ガンダムマイスターとして美汐とも出会った。祐一は六年前にクルジスでゲリラをしていた時にOガンダムに助けられ、その後はKanonでガンダムマイスターとしての訓練を受けた。そんなわけでこの予期せぬ名雪とあゆとの再会には、祐一も大いに喜んだものだ。

 七年前に名雪とあゆと別れてから、その間になにがあったのかは守秘義務のために話す事は出来なかったが、それでも祐一は名雪に惹かれ、愛し合うようになる。

 祐一がエクシアで戦っている時は、いつでも必ず名雪のデュナメスの支援を受ける事が出来た。ある意味祐一がどんな無茶をしても、名雪はずっと見守っていてくれていたのだ。

 まばゆい光が過ぎ去ったあとで祐一が手にする事が出来たのは、名雪愛用の精密射撃用スコープ、ロックオントリガーだけだった。

「……名雪……」

 様々な思いが祐一の中をよぎる。名雪の家にお世話になる事が決まった時、お互いの母親の後ろから見つめあった事。雪が珍しくて、学校が長い休みに入ると名雪のところに遊びに行った事。家中を雪だるまだらけにして、秋子に怒られてしまった事。

 そして、別れ際の名雪の涙。

 だけど、もう名雪はいない。この世界のどこにも、名雪はいないのだ。

「名雪ぃーっ!」

 漆黒の宇宙に、祐一の絶叫だけがこだました。

 

「あなたのせいですっ!」

 帰還した祐一を待っていたのは、そんな美汐の涙交じりの怒声だった。

「相沢さんが地上に降りたばかりに、戦力が分断されてしまいました」

 その小さな手で祐一の胸倉をつかみながら、美汐は叫ぶ。

「どうして……名雪さんが死ななくてはいけないんですか……? どうして……」

 最後の方はもう言葉にならず、美汐は祐一の胸に泣き崩れてしまう。名雪の死は、プトレマイオスのクルー全員に深い悲しみを与えていた。いうなれば名雪はクルー全員の精神的支柱とも言うべき存在であり、いまさらながらに祐一は今まで自分がどれだけ名雪に依存してきたのかを思い知った。

「ごめん、美汐」

 祐一はそっと美汐の体を抱きしめた。確かにガンダムは最強のモビルスーツである。しかし、それは無敵でもなければ万能でもない、ただの戦争の道具であるにすぎない。扱う者の心ひとつで神にも悪魔になれるとはいえ、それでなんでもできるというわけでもないのだ。

 ただ、祐一の心には空白のような虚無感があり、それは美汐やあゆでも埋める事が出来そうになかった。

「敵はまだいるのよ。泣き言を言っている暇があったら手伝って」

 そこに入ってきた香里の言う事ももっともである。少なくとも今の祐一達には、名雪の死を悼んでいる余裕はない。とはいえ、親友を失った悲しみを、香里がこうしてまぎらわしているのが、祐一にはわかってしまうのであった。

 

『出撃した二七機中、帰還できたのはたったの一一機。鹵獲したガンダムを失ってしまった上、敵ガンダムの新たな能力……』

 唯一残存したバージニア級大型輸送艦のブリッジでONEの渡部茂雄中佐は、作戦指揮官となる相良美佐枝大佐にそう話しかける。

『このままではいたずらに兵力を消耗するだけだ。相良大佐には作戦宙域からの撤退を進言するが?』

『私も同意見ですが、国連の司令部はこちらに増援を送ると言ってきています』

『増援? まさかGNドライヴ搭載型がまだあるというのか?』

『それは、わかりません。到着次第、第二次攻撃を開始せよとの命令です』

 そんなとき、ブリッジにアラームが鳴り響く。

『本艦に向かってくるジンクスを捕捉』

『生存者がいたのか?』

 モニター画面には、頭部のなくなったジンクスが映し出されている。

『機体照合確認。パイロットはCLANNAD軍所属、春原陽平少尉です』

『すいません、美佐枝さん。やられちゃいました……』

『まったく、心配かけて……』

 そう言う美佐枝の表情は、どこか嬉しそうだった。

 第二次攻撃に向けて出撃準備が行われる中、ブリーフィングルームに集ったパイロット達は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 もともとこの部隊に配属されたのは各陣営の軍の中でも最高のエリートばかりであり、ジンクスを与えられるという事はトップエリートの証明ともいえるのだから。だが、はじめにいた仲間達は櫛の歯が抜けるようにいなくなっていき、残っているのはほんの十人くらいだ。

(あのハネツキめ……)

 そんな中で超兵一号の折原浩平だけは、いまだ闘志を失っていなかった。

(俺の脳量子波の影響を受けていなかった。どんな手品を使いやがったんだ?)

 どちらにしても、次の戦いで決着をつけてやる。そう浩平はにやりとほくそ笑む。完全体である超兵が、これ以上試作品に負けるわけにはいかないのだ。

 

 そのころプトレマイオスは、香里の指示で近傍の資源衛星にGN粒子を蓄積させたGNコンデンサを接続して飛ばしていた。

『香里ちゃんの指示どおりに、GN粒子を散布させつつ衛星を飛ばしたけど? これで敵が騙されてくれるかな』

『気休めです、この小惑星帯は監視されているでしょうから。今のうちに打てる手は全部打っておきたいんです。それで、直幸さん。ガンダムの状況はどうですか?』

『キュリオスは飛行ユニットを外せば大丈夫。ヴァーチェは外装を取り外して、ナドレで出撃してもらう。一応、専用のビームライフルとシールドを用意しておいたよ』

『出撃準備完了まで、どれくらいかかりますか?』

『最低、八時間は欲しいところだけど』

『六時間でお願いします』

『わかったよ』

 直幸との通信を終えた香里は、一人大きく息を吐く。現状で活用できる戦力はエクシア、キュリオス、ナドレの三機。半壊状態のデュナメスは強襲用コンテナの動力源として使用。万一の場合はこれをプトレマイオスの武装としなくてはいけない。

 無傷なのはエクシアと強襲用コンテナに格納されたGNアームズくらい。切り札といえるトランザムにも制限時間があるし、考えれば考えるほど絶望的な状況に陥っていく。

『香里さん』

 そんなとき、美汐から通信が入る。

『どうしたの? 天野さん』

『次の作戦プランを提示してください』

 それを聞いた香里ははっと息をのむ。

『まさか……戦おうっていうの?』

『もちろんです。敵の擬似GN搭載型を殲滅できれば、世界に対して私達の力を誇示する事が出来ます。そうすれば、計画の継続をしやすくなるはずです』

『リスクが大きすぎるわ。敵の増援が来る可能性だって……』

『わかっています。ですが、これは私一人の意見ではありません。ガンダムマイスターの総意でもあります』

『相沢くんと、あゆちゃんも……?』

 その決意の固さに、香里は圧倒されつつあった。そこには生き残る覚悟を決めた者だけが持つ、強さがあったからだ。

『お願いしますね』

 それだけ言って美汐は通信を切るのだった。

 そのころ祐一はけろぴーのデータバンクを携帯端末につなぎ、そこに残されていた名雪の最後の戦いを見ていた。

「このガンダムは……古川秋生?」

 いうなれば秋生は祐一と名雪の共通の仇という存在だ。この男が組織したKPSAに所属していた祐一は、その指示で名雪の母親を殺してしまう結果となる。それで祐一は名雪の仇にもなってしまったが、祐一が悪いわけではないと名雪は許してくれた。

「こいつが名雪まで殺したのか?」

 どれだけ自分から大切なものを奪えば気が済むんだ。と、祐一は思いつつ再生を続ける。

「自分の命を捨ててまで、敵討ちを果たしたのか、名雪……」

 死の果てに神はいない。それは祐一がクルジスの戦場で知った事だ。Kanonの行動に意味があったかといえば、たぶん意味があったのだろう。少なくとも世界はガンダムを共通の敵とする事で、まとまりつつあるからだ。その意味でいえば、Kanonは存在する事に意義があったのだろう。

 存在しているという事は、生きているという事だ。

「……俺はやるぜ、名雪」

 祐一は、秋子からガンダムを託された。名雪からは、戦いのない平和な世界の夢を託された。今こそ亡くなった者達の思いを背負い、世界と向き合う時だ。それは神に選択をゆだねるのではなく、祐一が祐一自身の意思で決めた事だった。

 

「そうか、相沢達は闘う方を選んだのか」

 プトレマイオスのブリッジで、北川は感慨深げにそう呟いた。

「覚悟を決めておいた方がいいね」

「あう〜、やるしかないのよね」

 そう呟いた後で、真琴は栞がなにやら作業をしているのを見る。

「なにしてるの? 栞」

「手紙を書いているんです。天国にいるお父さんとお母さん。それと、名雪さんに」

「おいおい、栞ちゃん、縁起でもない」

 それを聞いた北川が、呆れたような声を出す。

「生き延びるためには必要な事ですよ?」

 しかし、栞はにっこりと微笑んでそう答えた。

「私はしばらくそっちに行けませんから、ごめんなさい、って」

 かつて栞は名雪とそう約束した。だから、栞は生き延びなくてはいけない。

「それなら、真琴もお手紙書こうかな?」

「真琴ちゃんは誰に出すんだ?」

「あう〜、コロニーにいるお母さん。と、いっても育ての親で、いい思い出なんてないんだけど……」

 逃げるように家を飛び出してあちこちを転々とし、気がつけばヴェーダに選ばれて沢渡真琴と名乗るようになる。人生いろいろで、なにがどうなるかわからないものである。

「それでも、家族がいるだけいいよ」

「そうだよな」

 そうしみじみと呟く斎藤と北川。

「あう、北川は家族とかいないの?」

「オレの両親は軌道エレベーターの技術者でね。まあ、オレがガキの頃に、二人とも太陽光紛争に巻き込まれて死んじまったけどな」

 今はこう明るく笑い話のように話している北川であるが、そうなるまでにはどれだけの辛酸をなめた事だろうか。おそらく、ここにいるメンバーは誰もがそうしたつらい過去を経験しているのだろう。

「みんな、いろいろあるんですね」

「そりゃ、いろいろなかったらKanonに参加する事もなかったしな」

 栞の言葉に、北川がおどけた様子で答える。

「そう言えば、こうしてお互いの事を話したのもはじめてだね」

「そりゃそうよ。だって、今までは守秘義務があったんだから。だけど、もういまさらよね」

 こういう危機的状況下だというのに、なぜかメンバー全員の結束が固まりつつあった。その様子を見ながら栞は、今のみんなを名雪がみたらどう思うのか考えてみる。もしかすると、これが名雪の望んでいたみんなの姿なのかもしれない。

 

 あゆがブリーフィングルームで待機していると、そこに美汐が入ってくる。

「うぐぅ、美汐さんナドレの整備は?」

「終わりました」

「トライアルシステムも使えないし、GN粒子のチャージ量も少ないナドレだと……」

「それでもやります」

 強い決意を秘めた声で、美汐はそう答えた。

「私は、名雪さんの仇を討たなければいけないんですから」

「あまり熱くならない方がいいと思うよ?」

「そういうわけにもいきません」

 それまでの美汐であれば、おそらくはこんな気持ちにはならなかっただろう。盲目的にヴェーダの推奨するミッションプランを遂行し、計画に支障があるなら仲間に対してもためらいなく銃口を向けていたからだ。

 今になって美汐は、誰かに死なれてしまう事の意味を知った。そして、それを知った上で微笑む事が出来る名雪の強さを知った。今の美汐がこんな気持ちになれるのは、きっと名雪のおかげなのだと信じた。

 自分でも信じられない事だが、今の美汐には仲間を思う気持ちが芽生えていたのだ。

 そして、祐一はけろぴーを連れて、名雪のデュナメスのところに来ていた。

『祐一さん?』

『栞か……どうした?』

 祐一は無重量状態の中でふわふわと近づいていてくる栞に手を貸して、デュナメスに降り立たせる。

『名雪さんに、お手紙を書いたんですよ』

 そう微笑んで栞はデュナメスのコックピットに入り込むと、シートに名雪宛の手紙を差し込んだ。

『祐一さんに、手紙を送りたい人はいないんですか?』

『いないな……』

 聞かれた時に祐一の脳裏には佐祐理の顔が浮かぶが、そう答えておいた。

『きっと、名雪は寂しがっているだろうな……』

 いつも明るく振る舞ってはいるが、名雪は結構寂しがり屋だという事を祐一は知っている。とはいえ、これで大好きな母親の元にも行けるだろうし、顔も知らない父親にも会えるのかもしれない。

『だからけろぴー。お前は名雪のそばにいてやってくれ。俺はまだ、そこに行くわけにはいかないからな……』

『ナユキ、ナユキ』

 デュナメスのコックピットに放り込まれたけろぴーを、中にいた栞が受け止める。

『名雪さんのそばにいてあげてね、けろぴー』

『リョウカイ、リョウカイ』

 そうしているうちに、プトレマイオスの艦内にアラームが鳴り響く。

『Eセンサーに反応。敵部隊を捕捉しました。相対速度〇二三五』

『いくぞ、栞』

『はい、祐一さん』

 

『第三四観測班より通信。アステロイドから離れていく四つの物体を確認したようです』

『アステロイドの外周を哨戒している部隊に確認させなさい』

『……陽動だな』

『ええ、そうですね』

 それを聞いた茂雄は即座にそう断定し、美佐枝もそれに同意した。すると、ブリッジにアラームが鳴り響く。

『後方より、接近する機影があります』

 モニター画面には、見た事もない巨大な金色のモビルアーマーが表示された。一応大体の大きさなどは表示されるが、そのほとんどがアンノウンとなっている

『これも、Kanonから接収したのか?』

 そう呟く茂雄の表情は、呆れてものが言えないというようなものだった。

 

『敵部隊の総数は?』

『一三機だけど、そのなかにすごく大きいのがいるのよぅ』

『大きいの?』

 モニター画面に表示されたのは一二機の擬似GNドライヴ搭載型モビルスーツと、小型の宇宙用艦艇並みの大きさを持ったモビルアーマーだった。

『これは……擬似GNドライヴを搭載したモビルアーマーだわ……』

 合計七基の擬似GNドライヴを搭載した金色のモビルアーマーのコックピットで、久瀬は不敵な笑みを浮かべる。モビルアーマーの機首部分が突きだされると、その先端部に高エネルギーが集束していく。

『粒子ビームが来ますっ!』

『この距離から?』

『こなくそっ!』

 素早く北川は右に転舵して回避運動を試みるが、亜光速で飛来する粒子ビームはプトレマイオスの左舷エンジンブロックを掠めていく。

『第一粒子出力部に被弾しました』

『粒子供給を第二出力部に全て回して』

『了解』

 艦内に緊急警報が鳴り響く中、香里の指示が飛ぶ。北川の操縦で直撃こそ避けられたが、艦の能力はほぼ半減というところだろう。

『第二波接近』

『させるかよっ!』

 今度は左に転舵してうまく回避したが、それでも近傍を亜光速で通過する高密度粒子のプラズマは、艦を揺るがすのに十分な威力を持っていた。

『強襲用コンテナ発進。目標は敵大型モビルアーマー』

『了解』

『強襲用コンテナ、発進』

 プトレマイオスから分離した強襲用コンテナは斎藤の操縦で、敵モビルアーマーに向かう。

『北川くんはトレミーを近くの小惑星の影へ。キュリオスとナドレはコンテナから直接出撃。トレミーの防御を』

『了解』

 北川がプトレマイオスを近傍の小惑星の影に入れると同時に、コンテナから勢いよくキュリオスとナドレが飛び出していく。

『作戦通り、敵スペースシップに対して二方向から同時攻撃をかける。各機小惑星を盾にしつつ接近し、これを叩け』

『了解』

『見ていてくださいよ、美佐枝さん』

『前方より急接近する機影? 敵機だっ!』

 いち早く急接近する強襲用コンテナを発見し、攻撃を加える浩平であったが、それはものすごい勢いで飛び去って行った。

『逃がしたか』

『アルヴァトーレに任せればいい。今度こそ、この戦いに決着をつける』

 深追いせず、即座に茂雄は目標をプトレマイオスに切り替える。そして、六機ずつの部隊に分かれたジンクスは近傍の小惑星を盾にするようにして接近し、プトレマイオスを包囲するように攻め込んできた。

『敵モビルスーツ部隊、左右より来ます』

『これ以上は行かせませんっ!』

 小惑星を盾にして接近した春原率いる部隊は、美汐のナドレと交戦を開始した。的確な美汐の射撃により、ジンクスが一機撃墜されてしまう。

 しかし、重装甲に覆われたヴァーチェと違い、装甲の薄いナドレでは機動性はともかくとしても、防御力に不安がある。そのせいか攻撃が集中してしまうと、満足な反撃も出来なくなってしまう。

『……トランザムにはまだ早いです』

 粒子残量の少ないナドレでは、トランザムの発動時間も短いのだ。

 同じころプトレマイオスの上空から、茂雄の率いる部隊が接近していた。その中の一機を、背後からシールドの先端部分が貫いていく。

『どうした?』

 振り向いた浩平が見たものは、右腕のシールドをクロー状に展開して高笑いするあゆのキュリオスだった。すかさず浩平はビームサーベルを引き抜いて応戦を開始する。

『また、貴様かっ!』

『ごめんねぇ、だってボクまだ死にたくないからねっ!』

 浩平が振り回したビームサーベルを、羽根あゆは器用にシールドのクローで腕ごとつかみ取る。

『試作体、E‐五七っ!』

『うぐぅ』

 GNビームサブマシンガンの銃口が浩平に向けられた刹那、横合いからの茂雄の攻撃によって羽根あゆのキュリオスは弾き飛ばされてしまう。

『ここは私に任せろっ! 少尉』

 ビームの火線が集中したせいか、後退を余儀なくされてしまう羽根あゆのキュリオス。

『よしっ! 射程に入った』

 そして、斎藤の強襲用コンテナはアルヴァトーレを射程に収めていた。

『攻撃開始っ!』

 強襲用コンテナの各部が開き、一斉にGNミサイルを射出する。しかし、アルヴァトーレの周囲に展開したGNフィールドによって、まったく通用しない。

『GNフィールド? いったいどうやってあんな出力を?』

 アルヴァトーレに搭載されている擬似GNドライヴは合計で七基になる。おそらくはそのうちのいくつかを機動用、防御用、攻撃用に振り分けているのだろう。それをするには、相応の機体寸法を必要とするが、基本的に無重量状態となる宇宙空間ではさしたる不利にもならないものと推測された。

『それなら、これはどうだい?』

 強襲用コンテナに搭載されたGNアームズの、大型ビームキャノンがアルヴァトーレを直撃するが、そのGNフィールドを突破する事は出来ず、エネルギーの余波が周囲の小惑星を破壊するのみだった。

 そんな最中、アルヴァトーレの機首部に展開した砲口から、再び高出力ビームが放たれる。それは祐一達の強襲用コンテナを狙ったものではなかった。

『トレミーかっ?』

 その高出力ビームはジンクス部隊と交戦中のあゆへと向けられていた。

『なんなの? うぐぅぅぅぅぅっ!』

 味方機がいるにもかかわらず行われた砲撃によって、友軍機のジンクスが何機か巻き添えになってしまう。あゆのキュリオスは小惑星の影にいたので直撃こそ避けられたが、そのエネルギービームの余波によって機体の左半分が損壊してしまう。

 そして、プトレマイオスの被害は甚大だった。小惑星の影に隠れていたのでこちらも直撃こそ避けられたが、味方機が多数存在している宙域に高出力ビームを撃ちこむのは正気の沙汰では無い。

『第三、第四コンテナ大破、トレミーの右側面部分の被害は甚大です』

『E‐二〇から六八までのシャッターを下ろして』

『了解』

『大変よ、香里。メディカルルームに直撃して、美凪が……美凪が……』

『そんな……』

 クルーの死を悲しむ間もなく、最悪の報告は続く。

『システムに障害が発生しました。GNフィールド展開不能です』

『強襲用コンテナに行くわ。まだ敵機は残っているから、そこで迎撃しないと。直幸さんにも連絡しておいて』

『了解』

 ブリッジから出た香里は、強襲用コンテナへと急ぐ。

『よくもトレミーを。トランザム、発動っ!』

 そのころ美汐はナドレのトランザムを発動させていた。機体が赤く染まり、通常の三倍以上の高機動性能を発揮したナドレは一機、また一機と的確にジンクスを撃墜していく。

『な……なんだぁ? こいつ……』

 突然動きの変わったナドレに戦慄する春原。とてもじゃないが、勝てそうにはない。

『ナドレ、目標を……なんですか?』

 残る敵が二機となったところで、一気に殲滅しようとした美汐ではあったが、その時突如として飛来した高出力ビームによってトランザムが解除されてしまう。

『こいつはラッキーだぜ』

 この機を逃さずに攻撃を加える二機のジンクス。一気に形勢が逆転したせいか、春原はコックピットで喜びを隠せない様子だ。

 装甲の弱いナドレはトランザム発動直後で満足な機動も出来ず、防御力の低下した装甲は攻撃によってあちこちが損壊し、脚部、左腕部と破壊されていく。

『まだです……まだ、私は死ねません……』

 名雪の犠牲によって生かされているこの命。こんなところで無駄にしては、あの世で名雪にあわせる顔がない。

『……計画のためにも、名雪さんのためにもっ!』

 とどめを刺そうと近づいてきたジンクスに向かい、美汐は残る右腕のビームライフルを連射。だが、同時に春原もライフルを発射していた。

 交差するビーム。

『へ……?』

 美汐のビームは的確に二機のジンクスを破壊し、春原が最後に撃ったビームはナドレの頭部を破壊する。すべての戦闘能力をうしない、右腕だけが残るダルマの状態で漂流を開始するナドレのコックピットの中で、美汐はすべてをやり遂げたかのような達成感に包まれていた。

 このときに美汐は、自分の命を投げ出してでもやるべき事を成し遂げる名雪の強さの意味を知ったような気がした。そんな満足感に包まれたまま、美汐は静かに瞳を閉じるのだった。

『うぐぅ、美汐さん早すぎ……』

 半壊状態のキュリオスで三機のジンクスを相手にしながら、羽根あゆはコックピットで毒づく。美汐の気持ちもわからないでもないが、今はそんなおセンチな感傷に浸っている場合では無い。そんなとき、プトレマイオスからの砲撃がジンクスを襲う。

『まだ生きていたか……』

 ここまで破壊されていながら、まだ戦いをやめないとは敵ながら天晴れ。そう思う茂雄であったが、後の事を考えればここで母艦を沈めておく必要がある。国連の正義を世界に知らしめるためにも、茂雄はそうする必要があった。

『お願い、あたって』

 強襲用コンテナから砲撃を続ける香里であったが、モビルスーツと違って艦に固定された砲台では射角に制限が加わってしまい、縦横無尽に飛び回る事が出来るモビルスーツ相手には不利となってしまう。しかし、それでも弾幕を張らなくてはいけないのが頭のいたいところだ。

『栞っ! デュナメスのGNドライヴに不具合がでてるの。接続状況が思わしくないみたい』

『そんなデータは……』

『急いで確認して、このままだとやられちゃうわ』

『はい』

 釈然としない気持ちを抱えたまま、栞は強襲用コンテナに向かう。それを見送った後、真琴は少しだけ安堵の息を漏らした。

『今のウソだろ? 真琴ちゃん』

『あう、わかる?』

 姉妹が別れてしまうよりはいいだろうと、真琴は思う。ああ見えて香里も結構シスコンだからだ。

『一機こっちに向かってくるっ!』

 だがしかし、息をついている暇はない。一機のジンクスが、急速にプトレマイオスに向かってくる。

『生き延びるぞ、真琴ちゃん』

『わかってるわよぅ。ここで死んだら、名雪に怒られちゃうもの』

『GNミサイル!』

 強襲用コンテナから香里が砲撃を開始するが、それはジンクスの左腕を破壊するにとどまってしまう。

『死角に回り込む気ね』

『コンテナをトレミーから切り離すよ』

『お姉ちゃん、状況はどうなってますか?』

 直幸がコンテナを切り離した直後に、栞が強襲用コンテナのブリッジに飛び込んでくる。それに驚く香里だったが、状況は刻一刻と切迫していく。

 プトレマイオスの正面に回り込んだジンクスは、残る右腕のビームライフルでブリッジを撃つ。

『真琴ちゃんっ!』

 高出力ビームがかけぬけようとしたその瞬間、北川はその身を呈して真琴に覆いかぶさった。

『北川くんっ! 真琴ちゃんっ!』

 ブリッジに直撃を受けるのを見た香里の悲痛な叫びが響く中、強襲用コンテナからの高出力ビームによってジンクスは破壊された。

『応答してっ! 北川くんっ! 真琴ちゃんっ!』

 破壊されたプトレマイオスのブリッジでは、北川がしっかり真琴の体を抱きしめている。

『……北川……?』

『無事か……真琴ちゃん……』

 その時に真琴は気がついた、北川の体の半分が機械で出来ている事に。

『オレなら平気さ……昔、親と一緒に吹き飛ばされて、体の半分が……こんな感じなんだ……。生きているんだか、死んでいるんだか……オレにもわかんねぇんだ……』

『北川……どうして……?』

『似てるんだ……オレの妹に……』

『妹?』

『ああ、生きてれば真琴ちゃんくらいだ……』

 北川は体の半分を機械にする事で生き延びる事が出来たが、両親と妹は残らず消し飛んでしまった。そのせいか北川は、真琴や栞を妹のように思っていたのである。理不尽な暴力によって失われてしまった妹の未来を、真琴達に見ていたのだ。

『無事で……よか……』

『北川……』

 そのまま動かなくなってしまった北川の体を、思わず真琴は抱きしめていた。祐一と同じくらいバカで、不器用な生き方しかできないのに優しかった北川。香里の事が好きっぽかったのに、まったく相手にされていなかった北川。

『北川くんっ! 真琴ちゃんっ! 応答してっ!』

 GN粒子の影響で、ノイズの混じった通信が入る。

『香里……?』

『無事なの? 真琴ちゃん。北川くんは?』

 真琴の返事がない事に、香里はすべてを察した。

『栞……そこにいるの?』

『いますよ、真琴さん』

『ごめんね……約束守れなくて……。お願い……世界を変えてね……』

『真琴さん?』

 爆発の衝撃で、真琴も無傷というわけでは無かった。ものすごいスピードで跳ねまわった破片の一部は、真琴の背中に深々と突き刺さっていたのである。不意にせきこんだバイザーの裏側に鮮血が交る。その時真琴は、自分の体から急速に力が抜けていくのを感じていた。

『栞は……生きるのよぅ……。名雪のためにも……生きて……』

 そして、最後の光がプトレマイオスのブリッジを包み込んだ。

『真琴さぁーんっ!』

『北川くぅーんっ!』

 姉妹の悲痛な叫びが、漆黒の宇宙に響く。主を失ったプトレマイオスは、爆発の衝撃でゆっくりと軌道を離れていくのだった。

 

 さて、一方祐一達はアルヴァトーレを相手に苦戦していた。なにしろ相手は強力なGNフィールドを展開して完璧な防御を誇っており、強力な攻撃は遠距離からプトレマイオスを半壊状態にまで追い込めるのだ。迂闊に近づけば強襲用コンテナなど、たやすく破壊されてしまうだろう。

『攻撃がきかない?』

『それなら懐に飛び込んで、直接攻撃するしかないね』

 そう言うと斎藤は強襲用コンテナのGNフィールドを展開して、一気に突撃をかける。GNフィールド同士が派手に干渉しあって火花を散らす中、斎藤はアルヴァトーレの側面部から展開したクローアームに驚きの声をあげた。

『忌々しい水瀬秋子の亡霊どもめ……この僕、アレハンドロ=久瀬が貴様らを新世界への手向けにしてやろう』

 接触回線が開き、相手のパイロットからの音声が通じる。いきなり高笑いからはじめるその男の性格には、思わず祐一も引いてしまうのであったが。

『冗談じゃないよっ!』

 そう叫びつつ斎藤は至近距離からビームを発射するが、アルヴァトーレの装甲表面には耐ビームコーティングが施してあるらしく、小口径のビーム砲などまったく通用しない。そればかりかアルヴァトーレのクローアームは強力で、掴まれた強襲用コンテナの先端部分が徐々にひしゃげていく。

『いくよっ! 相沢くん』

 状況が不利と見てとるや、斎藤はシートをコンテナの後部にドッキングさせてあるGNアームズに移動させて分離させると同時に、祐一のエクシアを分離する。その次の瞬間に、強襲用コンテナは真っ二つに引き裂かれてしまった。

『ガンダムエクシア、相沢祐一。目標を駆逐するっ!』

 これが世界を歪ませた権化との、最後の戦いだ。

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