♯25 祐一

 

「茜〜、プトレマイオスから特殊暗号通信が届いたわよ」

「内容は?」

「国連軍の擬似GNドライヴ搭載型モビルスーツ部隊と交戦を開始したって」

「そう……」

 腹心の部下であり、親友でもある柚木詩子からそれをきいて、Kanonのエージェントである里村茜は物憂げな溜息をつく。

「世界はどちらに傾くのでしょうか。国連か、Kanonか……」

 宇宙にいる香里達は、苦しい状況に置かれていた。プトレマイオスは機能喪失し、北川と真琴が戦死してしまった。

『栞、マイスター達の状況を教えて』

『ナドレは大破。天野さんからの通信はありません……。キュリオスは機体の損傷が大、敵モビルスーツ二機と交戦中……』

 強襲用コンテナ内部の端末から送られる情報に、嗚咽の混じった栞の報告が響く。そのあまりにも絶望的な状況に、思わず香里は唇をかみしめる。

(みんな、無事でいて……)

 戦術予報士である香里は、いかなる場合でも弱音を吐く事が許されない。ただ仲間の無事を信じ、祈る事しか出来なかった。

 

『ハネツキはこの小惑星のどこかに隠れている。あの機体状況では遠くには逃げられまい』

 渡部茂雄中佐と折原浩平少尉は、あゆのキュリオスを探して周辺の索敵を行っていた。

 そのころあゆは半壊状態のキュリオスで、苦しい戦いを強いられていた。近くの小惑星に身を潜めているとは言うものの、いつ発見されてしまうかわからない状況だ。

『うぐぅ、失敗しちゃったよ……』

(ねえ、もう一人のボク)

『なに? 生きるか死ぬかの状況で、なにも出来ないキミに用はないよ?』

 ボクは違う、と羽根あゆは思う。どんな状態にあっても、目的を果たすまで死ぬわけにはいかないからだ。

(ボクも、生きるよ)

 しかし、羽根あゆの意識下に押し込まれたはずのあゆは、はっきりとそう言った。

(ボクはまだ、世界の答えを聞いていないからね。この戦いの意味だってわからない)

 Kanonに祐一がいるから戦うというのがあゆの目的の一つでもあるが、単にそれだけで希代の殺人者になるわけにもいかない。

(だからそれを知るまで、ボクは死ぬわけにいかないんだよ)

 名雪が自分の命を賭してまで変えようとした世界。秋子が残した計画の意味。それを知るためには、なんとしてもこの戦いを生き延びなくてはいけないのだ。

『……やっとキミも、その気になってくれたね』

 羽根あゆはおもむろにヘルメットを外すと、頭にまかれていた白いリボンを解き、赤いカチューシャを装着する。その後にきちんとヘルメットをかぶりなおしておくのも忘れない。

『じゃあ、あの人達に見せてあげようよ。本当の超兵ってやつをね』

 小惑星の影から勢いよく飛び出すキュリオス。

『出たかっ!』

 即座に攻撃を加える茂雄と浩平。

(直撃コース、くるよっ!)

『よけてみせるよっ!』

 キュリオスの機動性を活かし、直撃コースのビームをかわして一気に迫る。

(軸線を合わせて)

『足と同時攻撃っ!』

 まず、浩平のジンクスに残った右足であゆは蹴りを入れる。

『少尉っ!』

 すぐ近傍にいた茂雄のジンクスにはクロー状にした右腕のシールドで捕まえる。

『うぐぅぅぅぅぅぅっ!』

 そして、キュリオスの圧倒的パワーでジンクス同士を叩きつけ、そのはずみで茂雄のジンクスの左腕を破壊した。

『くっ!』

 茂雄はライフルを発射するが、あゆはキュリオスの脚部のみを飛行形態にする事によって、さらに機動性能を向上させて回避する。

『動きが違う?』

『今までのようにはいかないよっ!』

(そうだよっ!)

 迫りくるキュリオスの攻撃に、茂雄のジンクスはついに両腕を破壊されてしまった。

『中佐っ!』

 浩平は果敢に攻撃を加えるが、あゆのキュリオスに軽くあしらわれてしまう。まるであざ笑うかのようにあゆのキュリオスは飛び回り、浩平のビームをかわしていく。

『なぜだ? 俺は完璧な超兵のはずだぞ?』

 キュリオスのGNビームサーベルを、GNビームサーベルで受け止めながら浩平は叫ぶ。

『なに言ってるんだよ。キミが完璧な超兵のはずがないよ』

『なに?』

『脳量子波の調整で超反射能力を得ても、キミはそのスピードに考えがついていっていないんだよ。動物と一緒で、反射で動いているだけ』

『なにをっ!』

 浩平は頭部のバルカン砲を発射するが、すでにあゆのキュリオスの姿はない。

『だからすぐに攻撃が読まれちゃうんだよ。反射と思考の融合こそが、本当の超兵のあるべき姿なんだよ』

 トランザムを発動したあゆのキュリオスは、真紅の輝きに包まれる。その際に失われた左腕と左脚からは、ものすごい勢いでGN粒子が放出された。

『このぉっ!』

 浩平のジンクスは果敢に攻撃を加えるが、トランザムを発動したキュリオスの超スピードの前には手も足も出ない。シールドから突き出たブレードによって、機体の各部が切り裂かれていく。

『さようならだよっ!』

 そして、とどめの一撃が浩平に迫ろうとしたその刹那。

『少尉っ!』

 茂雄のジンクスが強引に割り込み、ブレードの一撃を受け止めた。

『ぬぅあぁっ!』

『中佐っ!』

『いまだっ! 浩平っ!』

 茂雄の叫びに答えるように、浩平はライフルを発射。トランザム発動後で、機能が低下したキュリオスのコックピットハッチを弾き飛ばす。

『うぐぅっ!』

 その時浩平は、モニター画面に表示された、相手側パイロットの姿を見る。キュリオスに乗った、少女の姿を。

『みさお? どうしてお前がガンダムに……?』

 だが、徐々に離れていくキュリオスよりも、今は傷ついた茂雄を救出する方が先決だ。浩平は機体から降りると、茂雄のジンクスのコックピットハッチを強制解放しようとするが、先程の衝撃で歪んでしまったのかうまく開かない。

『なにをしている、少尉。俺にかまわず戦えっ!』

『できるかよっ!』

 それでも体を割り込ませて機内に入ってくる浩平を一喝する茂雄であったが、それに浩平は叫び返す。いうなれば浩平にとって茂雄は父にも等しい存在だ。その大事な人を見捨てて戦闘を継続する事は、今の浩平には出来なかった。

『俺を一人にする気かよ、中佐』

『少尉。いや、浩平……』

 そして、浩平はすでに遠くになったキュリオスを見る。

(生きてりゃ、また会えるか……)

 

『ガンダムエクシア、相沢祐一。目標を駆逐するっ!』

 久瀬の操る大型モビルアーマー、アルヴァトーレ。右腕のGNソードを展開して果敢に戦いを挑む祐一であるが、アルヴァトーレの左右側面部に展開したビーム砲の間断ない弾幕の前では、容易には近づけない。

『相沢っ! コンテナを狙うんだっ』

 そんなとき、斎藤から通信が入る。見ると、確かにまだアルヴァトーレは引き裂いたコンテナをつかんだままだ。

『うまくいけば、あの腕くらいは吹き飛ばせる』

『よしっ!』

 祐一はGNソードを格納し、基部のビームガンで攻撃を加え、斎藤もGNアームズで攻撃を開始した。攻撃が集中し、大爆発を引き起こすコンテナ。

『やったか?』

『いや、ダメだ』

 しかし、爆炎の中から、アルヴァトーレは無傷で姿を現した。

『……無傷かよ』

 斎藤が舌打ちするのとは対照的に、アルヴァトーレのコックピットで久瀬は不敵に笑う。

『その程度の攻撃で僕のアルヴァトーレに対抗しようなんて、片腹痛いっ!』

 アルヴァトーレの苛烈な攻撃がなおも続く。強力なビームの弾幕とGNフィールドに阻まれ、エクシアとGNアームズの攻撃はほとんどが通用しなかった。そんな最中に祐一のエクシアは左腕のシールドを破壊されてしまう。

 そして、アルヴァトーレの背面部にあるスタビライザーが展開し、その中からミサイルのような攻撃端末が放出された。

『あの武器はスローネの?』

 アルヴァトーレ本体の機動性能はそれほどでもないが、ほとんど死角もないような強力なビームの弾幕と、完璧な防御を誇るGNフィールド、それにこの遠距離攻撃端末となるファングを装備する事によって、ほぼ完全無欠といっても過言ではないだろう。

『相沢、ドッキングだ』

 エクシアの後方より接近したGNアームズが変形し、ドッキングしてGNアーマーとなる。GNアームズにGNドライヴは装備されていないが、エクシアのGNドライヴと接続する事によって本来の性能を発揮するのだ。

 ちなみに、GNアームズはエクシア用のタイプEと、デュナメス用のタイプDの二種類がある。

『GNアーマーか……ファングっ!』

 四方八方より迫りくるファング。

『シールド展開っ!』

『狙い撃つっ!』

 祐一の射撃の腕前は、名雪のそれと比較しても格段に落ちる。だが、斎藤のアシストもあって、一基ずつ確実にファングを撃破していくのだった。最後の一基を機体背面部の大型ビームキャノンで破壊し、そのビームの余波はアルヴァトーレに命中する。

 そのエネルギーはアルヴァトーレのGNフィールドに弾かれてしまい、お返しとばかりに機首部分の大型ビームキャノンが発射される。なんとか祐一達はそのエネルギービームの回避に成功するが、強力なビームははるか彼方の小惑星帯に大爆発を引き起こすのだった。

『よくもかわしたものだ。しかしっ!』

 アルヴァトーレの周囲に設けられたビーム砲の弾幕が、再び容赦なく襲いかかってくる。

『突っ込むぞ、相沢っ!』

『馬鹿の一つ覚えとは、まさにこの事だっ!』

 突き出されたアルヴァトーレの左腕に当たるクローアームを、GNアーマーの左脚部クローで受け止める祐一。そして、一気に右腕部分の大型GNブレイドでクローアームを切り裂く。

『なにぃっ?』

『くたばれっ!』

 離れ際に斎藤は背面部の大型GNビームキャノンを発射、それはアルヴァトーレの右腕となるクローアームを破壊した。だが、その時にアルヴァトーレの機首上部にあるビーム砲によって、GNアーマーの左側にある大型GNビームキャノンが破壊されてしまう。

『まだまだ、もう一撃っ!』

 破壊の余波がコックピット内部にも到達し、斎藤は負傷しながらもアルヴァトーレに攻撃を仕掛ける。それによってアルヴァトーレの右側部分の攻撃が沈黙した。しかし、残る左側の攻撃は苛烈で、半壊状態で満足なGNフィールドが展開できないGNアーマーに集中する。

『後は任せたよ、相沢君……僕達の存在を……』

『斎藤?』

 だが、爆炎は容赦なく斎藤をのみ込んでいく。

『貴様ぁっ!』

 斎藤の思いも背負い、祐一はアルヴァトーレに突撃を敢行する。容赦ない攻撃がGNアーマーを破壊していくが、それでも残った大型GNブレイドがアルヴァトーレのGNフィールドを突き抜け、左側部分の攻撃を沈黙させた。

『くぅ……』

 爆発の衝撃がアルヴァトーレのコックピットを揺るがす。まさかここまで破壊されてしまうとは、久瀬も正直予想の範囲外だ。

『うおぉぉぉっ!』

『なにぃっ?』

 そのとき、GNアーマーをパージした祐一のエクシアが迫る。右腕に装備されたGNソードは容易くアルヴァトーレの装甲を貫き、容赦なく切り裂いていく。

『うあぁぁぁぁっ!』

『馬鹿な……たかがガンダム一機に、僕のアルヴァトーレが……』

 破壊の閃光が漆黒の宇宙に、一瞬の煌めきを残して炸裂する。戦いは、終わった。

 

『斎藤。応答してくれ、斎藤』

 パージしたGNアーマーの残骸に向かって祐一は呼びかけるが、なんの反応もない。やはり斎藤は死んでしまったのか。だが、そんな感慨に浸っている暇もなくエクシアのコックピットに警報音が鳴り響き、一条の火線がエクシアを襲う。

 それは破壊されたはずのアルヴァトーレからの攻撃だった。祐一の見ている前でアルヴァトーレの前方部分が展開し、その中から一機のモビルスーツが姿を現した。実はこの機体こそがアルヴァトーレの本体であり、単体での攻撃も可能とするアルヴァアロンなのだ。モビルアーマー形態は言うなれば稼働時間が有限である擬似GNドライヴのチャージユニットも兼ねたものだったのだ。

 そして、万が一モビルアーマー部分が破壊されても、モビルスーツの部分が攻撃も可能な脱出ユニットとして機能するのだ。

『あれは?』

 本体を覆っていたカバー部分を翼のように背面部分に展開したアルヴァアロンは、右手に持ったライフルを放り投げると腰の後ろからビームサーベルを引き抜いてエクシアに切りかかってくる。それを右腕のGNソードで受け止めた祐一のコックピットに接触回線が開き、銀縁眼鏡をかけた男の映像がモニターに表示された。

『流石はオリジナルのGNドライヴを持つ機体だけの事はある。未熟なパイロットでよくもここまで僕を苦しめるとはね』

 単純な実戦経験の差では久瀬よりも祐一の方が上なのだが、それを差し引いても敵を圧倒できるだけの能力がアルヴァトーレには備わっていたのだろう。

『お前が、秋子さんの計画を歪めたのか?』

『計画どおりさ。ただ主役がこの僕に変わっただけの事』

『なに?』

『そうさ。主役はこの僕、アレハンドロ=久瀬なのさっ!』

 アルヴァアロンの圧倒的なパワーでエクシアを振り払い、さらに蹴り飛ばして間合いを広げる。

『なにが望みだっ!』

 祐一は右腕のGNソードの基部にあるライフルを撃つが、アルヴァアロンの背面部分に展開した翼状のユニットが前方に回り込み、機体の背面部より放出されているGN粒子を偏向させたGNフィールドを形成してビームをはじいてしまう。

『破壊と再生さ。Kanonの武力介入により世界は崩壊し、統一という名の再生がはじまった。そして、僕はその世界を、僕の色に染めあげるのさっ!』

『支配者になろうというのか?』

『正しく導くのさっ!』

 久瀬は左手に持ったライフルを発射するが、エクシアの機動性能が優れているのと、自分の射撃の下手さによって至近弾にもならない。

『だが、その世界に君の居場所はない。塵芥となりはてろっ! エクシアっ!』

 アルヴァアロンの持つ翼状のユニットを機体の側面部に展開し、GNドライヴのエネルギーをチャージする。すると機体の前方に高エネルギーが収束し、モビルアーマー形態時にも匹敵する高出力のビームがエクシアを襲う。

 漆黒の宇宙に一筋の光芒が過ぎ去った後、エクシアの姿は消え去っていた。

『残念だったな、水瀬秋子。世界を統合し、人類を新たな時代へ誘うのは、今を生きる人間だ』

 勝利を確信し、高笑いする久瀬であったが、それに水を差すようにコックピットに警報音が鳴り響く。

『なに? あれは……エクシア?』

 それはトランザムを発動したエクシアだった。アルヴァアロンはある程度は自動で防御をするため、エクシアの放ったビームは機体の周囲に展開したGNフィールドによってはじかれる。

『水瀬秋子のシステムか?』

 トランザム・システムはオリジナルのGNドライヴにのみ装備された特殊システムだ。これを発動した機体は、通常の三倍以上の高機動性能を発揮する。

『見つけたぞ、世界を歪ませた元凶っ!』

『体制はすでにはじまっている。まだ破壊を続けるというのか?』

『当たり前だっ!』

 とはいえ、祐一の攻撃はアルヴァアロンのGNフィールドによって阻まれてしまい、久瀬の攻撃はトランザムの高機動性能によって一発も当たらない。エクシアのトランザムには限界時間が存在するため、このままでは祐一が不利だ。

『あのGNフィールドさえなければ……』

 そんなとき祐一は、かつての名雪との会話を思い出した。

 

「ねえ、祐一。どうしてエクシアには実体剣が装備されているかわかる?」

「その方がかっこいいからだろ?」

「違うよ〜」

 ロールアウトされたばかりで、塗装も完了していないエクシアを見ながら名雪は微笑む。

「GNフィールドに対抗するためだよ」

 GNフィールドは、通常弾もビーム弾も防御してしまう究極のバリアシステムである。少なくともエネルギーの続く限りは、完璧な防御を誇るだろう。オリジナルのGNドライヴはほぼ無限の稼働時間を誇るため、それを突破するのは事実上不可能に近い。

「計画にはね、対ガンダム戦も含まれているんだよ」

 万一ガンダムマイスターが反乱をおこした場合、ガンダムとの戦闘も視野に入れなくてはいけない。そのためのブレーキとなるのが、ナドレに装備されたトライアルシステムなのだ。しかし、それだけではまだ不十分なので、いわば隠し的な要素としてのエクシアなのである。エクシアのGNソードはいうなればGNフィールドに包まれた実体剣であるため、展開したGNフィールドごと相手を切り裂けるのだ。

「だからね、祐一。もしものときには祐一が、わたし達の切り札になるんだよ。その時は、お願いね……」

 

『今がそのときだぜ、名雪』

 祐一は戦う事しかできない破壊者だ。だからこそ、争いを生み出すものを倒すために、この歪みを破壊するために戦うのだ。

 アルヴァアロンの一瞬の隙をついて急接近したエクシアは、右手に構えたGNショートブレイドでGNフィールドを貫き、ライフルを持つ左手を突きさして翼状のユニットに固定する。

『貴様っ!』

『武力による戦争根絶。これこそが秋子さんが目指した理念であり、それこそがKanonだっ!』

 続いて左手に構えたGNロングブレイドで、アルヴァアロンの翼状のユニットを切り裂いて右腕を固定すると、展開していたGNフィールドが消失する。

『GNフィールドが……』

 一気に丸裸にされ、絶望的な久瀬の声がコックピットに響く。

『ガンダムが、それを成すんだっ! 俺と共にっ!』

 さらに祐一は両脇からGNビームサーベルを引き抜いて、アルヴァアロンの両肩に突き刺す。さらに両腰の後ろに装着されたGNビームダガーも引き抜くと、黒ひげ危機一髪のように突き刺していく。

『そうだっ! 俺がっ!』

 最後にGNソードでアルヴァアロンを切り裂くエクシア。その時のアルヴァアロンは、あたかも十字架に磔にされるキリストのようにも見えた。

『俺達が、ガンダムだ』

 もはや絶体絶命。脱出すら困難になったアルヴァアロンのコックピットに、石橋からの通信が入る。

『石橋……先生……?』

『ご苦労だったな、久瀬。お前はなかなかいい道化になってくれたよ』

『なに? どういう事だ?』

『これは水瀬秋子の計画じゃなくて、途中から俺の計画になっていたのさ』

 結局、踊らされていただけだったという事実に、歯噛みする久瀬。

『統一された世界の行く末は、俺に任せてもらおうか』

『久瀬一族の悲願を、貴様っ!』

『そういう物言いしかできないから、お前は器量が小さいんだよ』

『石橋っ!』

 久瀬の怒りの拳がコックピットのモニターにヒットした直後、アルヴァアロンは爆散した。

 

 トランザムが終了し、安堵の息をつく祐一。だが、そんな間もなくコックピットには警報音が鳴り響き、新たな敵の接近を告げる。

『まだ敵が……フラッグ?』

 赤い光跡は擬似GNドライヴ搭載機の証し。だが、その機体は見覚えのあるフラッグだった。

『会いたかった……会いたかったぞ、ガンダム!』

 そのフラッグのコックピットで、国崎往人は歓喜の雄叫びをあげる。なにしろ今回が第一期放送分の最終回。このまま出番がないかと思っていたので、この喜びもひとしおだった。

 機体はようやっとチューンが終了した擬似GNドライヴ搭載型フラッグ。あくまでもフラッグでガンダムとの決着をつける事にこだわった往人に応えるため、晴子が急ピッチで作業を完了させたのだ。

 背面部のGNドライヴが本体ごと右肩に移動し、右手に持ったGNビームサーベルを有線でエネルギー供給する事で使用可能にする。本来フラッグはこのような運用を想定された機体では無く、機体の容積にも余裕があるというわけでもないので、主要な装備はすべて外付けにする必要があるのだ。

 フラッグの攻撃を、かろうじてGNソードで受け止めるエクシア。

『ビームサーベル?』

『観鈴と佳乃の仇は撃たせてもらうぞ。このGNフラッグでなっ!』

 接触回線が開き、モニター上に相手のパイロットが表示される。見覚えのあるその男は、かつて祐一がアザディスタンに潜入していた際に、イナクトの存在を伝えたAIRの軍人だ。

『お前は……』

 そして、フラッグのモニターにも祐一の姿が表示される。

『まさかあの時の少年とはな。やはりお前と俺は、運命という名の赤い糸で結ばれていたようだ』

 こうして戦う運命にあった。気迫のこもったフラッグの一撃は、たやすくエクシアの左腕を肩から切り裂く。

『ようやく理解したぞ。その圧倒的な力に魅了された時から、俺は心を奪われた』

 再び、激しいつばぜり合いを展開しながら、往人は言葉を続ける。

『この気持ちは、まさしく愛』

『愛?』

 往人の妙な気迫に圧倒されているのか、祐一は思わず変な声を出してしまう。祐一にとって愛とは、名雪やあゆ達に向けるもの。あるいは彼女達から感じるものだ。優しく愛おしく、大切に守りたいと思う気持ちが愛であり、こうして誰かと争う事では無い。

『だが、愛を超越してしまえば、それは憎しみとなる』

 行き過ぎた信仰が、内紛を引き起こしてしまうように。

『それがわかっていながら、なぜ戦う?』

 祐一の怒りの一撃は、フラッグの右脚を切り飛ばす。

『軍人に戦いの意味を問うとは、ナンセンスだなっ!』

 そもそも軍人は、善悪の判断をするべき存在では無い。ただ、命令に従う駒でありさえすればいい。往人の一撃は、エクシアの頭部を切り飛ばす。

『お前は歪んでいるっ!』

 お返しとばかりに、祐一もGNソードでフラッグの頭部を切り飛ばす。

『そうしたのはお前だっ!』

 無意味に罵りあいながら、往人はフラッグの左手でエクシアをぶん殴り。

『ガンダムという存在だっ!』

 そして、一気に残る左足で蹴り飛ばす。そうなりながらもエクシアは、GNソード基部のビームガンを発射。それをかわしていく往人であるが、あまりにも無茶な機動を行っているせいか、口元から血をにじませてしまう。

『だから俺は、お前を倒す。世界がどうなろうと知ったこっちゃない、俺自身の意思で戦うんだっ!』

『お前だって、世界の一部だろうに』

『だったらそれは、世界の声だっ!』

『違うっ! お前はただ自分のエゴを押し通しているだけだっ! お前のその歪み、俺が断ち切ってやるっ!』

『よく言ったっ! ガンダム!』

 エクシアとGNフラッグはお互いの得物を構え、一直線に突き進んでいく。

『うあぁぁぁぁぁぁっ!』

『ぬあぁぁぁぁぁぁっ!』

 そのまま正面から激しくぶつかりあい、お互いの機体を同時に貫く。

『観鈴、佳乃、仇は……』

『俺が……ガンダム……』

 まばゆい光が、コックピットの内部を満たす。そして、漆黒の宇宙に赤と緑、双方の光の花が咲くのだった。

 

 すべての力を使い果たし、宇宙を漂うガンダム達。ナドレのコックピットに鳴り響く警報音で、美汐は意識を取り戻した。

『ここで……終わりではありません……。まだ、計画は継続しています……』

 相当なダメージを受けているが、美汐は気丈にも最後の力を振り絞ってコンソールを操作する。

『せめて……GNドライヴだけでも……』

 機体やガンダムマイスターは失われてもかまわないが、GNドライヴを失うわけにはいかない。オリジナルのGNドライヴは機体やマイスターと違って、代わりがあるというものでもないからだ。いわば、ガンダムマイスター達にとってGNドライヴは、自分達の命よりも大切なものなのである。

 ナドレの背面部のカバーが外れ、その中からGNドライヴの本体が放出される。それはナドレに向かって接近中の強襲用コンテナでも知るところとなる。

『ナドレから、GNドライヴが放出されました』

『天野さん……』

 それの意味するところは、香里には痛いほどよくわかっていた。

『これで、思い残す事はありません。ようやく、あなたのところに行けそうですね……名雪さん……』

 すべてをやり終えた。再びそうした達成感に包まれたまま、美汐は意識を手放すのだった。

(みさお……いったい誰だろう……)

 そのころあゆは漂流するキュリオスのコックピットで、最後にジンクスから降りたパイロットの言葉が気になっていた。あゆには聞き覚えのない名前だが、向こうのパイロットには重要な存在なのだろう。

(ねえ、キミはどう思う?)

 だが、もう一人のあゆからの返事はない。

『あれ? まさか……』

(先にいってるよ……もう一人のボク……)

 電源が切れて真っ暗になったモニター画面に映る、もう一人の自分が別れを告げている。そう、これからあゆは自分自身の意思で困難に立ち向かっていかなくてはいけないのだ。

『そんな……もう一人のボク……』

 そして、フラッグとの交戦で大破したエクシアも虚空をさまよっていた。半分破壊されたコックピットで、祐一は意識を失っている。

 そのころアザディスタン王国では、一通のメールが佐祐理当てに届けられていた。

 

親愛なる佐祐理=イスマイール。突然のメールで失礼する。

あなたがこれを読んでいるときには、俺はもうこの世のものではないかもしれない。

武力による、戦争根絶。Kanonは戦う事しかできない俺に、戦う意味を教えてくれた。

あの時の、ガンダムのように。

俺は知りたかった。なぜ、世界はこんなにも歪んでいるのかを。

その歪みは、どこからきているのか。

なぜ、人には無意識の悪意というものがあるのか。

なぜ、その悪意に気づこうとしないのか。

なぜ、人生すら狂わせる存在があるのか。

なぜ、人は支配し、支配されるのか。

なぜ、傷つけあうのか。

なのになぜ、人はこうも、生きようとするのか。

俺は、求めていた。佐祐理に会えば、答えてくれると思った。

俺と違う道で、俺と同じものを求める佐祐理なら。

人と人がわかりあえる、その道を。

その答えを、俺はずっと求め続けていたんだ。ガンダムと共に。

 

「祐一さん……」

 佐祐理がそのメールを読んで一人静かに涙を流していたころ、戦いの終わった世界は静かに変革をはじめようとしていた。

 茜と詩子のところには、逃げのびた坂上河南子が身を寄せ。

 ヴェーダの本体では、石橋が自分の忠実な教え子の解凍作業に入り。

 旗艦となるバージニア級大型輸送船のブリッジでは、未帰還機の多さに美佐枝が涙し。

 その艦内では傷ついた茂雄に浩平がつき添っていた。

 

 西暦、二三一二年。あの戦いから四年の歳月が過ぎ去った。地球を遠く離れた月の向こう側にある重力均衡点、ラグランジュ二で建造がはじまったスペースコロニー。そこでは、宇宙開発の夢をかなえた直江理樹が勤務していた。

 

鈴へ、久しぶりにメールを出します。

君から返事が来なくなってから、もう二年が経ちました。

でも、どうしても伝えたい事があったから。

僕は今年から、宇宙で働く事になったんだ。

悲しい事がいっぱいあったけど、小さい夢を一つだけ叶えたよ。

だから、もう一つの夢を叶えさせてほしい。

宇宙で待ってるよ、鈴。

 

 あの悲劇のあと理樹は、鈴と離れ離れになってしまっていた。いまだ学生であった彼らは、結局運命には逆らえなかったのだ。鈴は親族のほうに引き取られる事になり、天涯孤独の身の上であった理樹は後見人の手前、学業に専念せざるを得なかったのである。

 別れてからしばらくの間はメールでやり取りをしていたが、二年ほど前から鈴へ送ったメールの返事が来なくなってしまう。しかし、それでも理樹は、かつて鈴と交わした約束を果たしたいと考えていたのだ。

『あれは……?』

 はるか遠くのスペースコロニーから青く輝く地球を見た時、理樹はそこに緑色に輝く彗星のような光を見る。

『GN粒子の光か、どこの機体だ?』

『あれは、連邦のものじゃない。粒子の色が違うよ』

 連邦製の機体なら、粒子の色は赤くなるはずだ。だが、理樹はその粒子の輝きに見覚えがある。

(あの光は、ガンダムだ……)

 Kanonによる武力介入から多くの戦いを経て、世界は一つに統合される事となる。国際連合が地球連邦という一つの組織になってから、一年が過ぎようとしていた。

 そして、地球連邦加盟国三二八カ国の賛同を経て各国の軍隊を解体して再整備し、地球連邦平和維持軍を設立する事となる。そうなる事で世界は一つにまとまり、真の平和が得られる事になると思われた。そのメンバーの中にはあの激戦を生き抜いた勇士の姿もあり、真の統一を目指して邁進していく事となるだろう。

 しかし、それを歓迎しないものがいる事も、また然りである。

 新しい世界に馴染めない者。

 新しい世界を見守ろうとする者。

 人類が試されるのは、まさにこれからなのだ。

 

『すまないね、茜ちゃんにはわざわざ来てもらっちゃって』

 ラグランジュ一にあるKanonの秘密基地へやってきた茜と詩子を、直幸はいつもの柔和そうな笑顔で出迎えた。なにしろ茜はKanonにとって重要なスポンサーであり、大事なエージェントなのだから。

『状況はいかがでしょうか?』

『一機目は無事にロールアウトしたよ。今は実戦に向けてのテスト飛行に出払っているけどね』

『他の機体はどうですか?』

『順次ロールアウトする予定にはなっているよ』

『よかったら、第一世代の機体を見せていただけませんか?』

 茜の声に、直幸は気軽に応じる。ガンダムにもいくつかの世代があり、第一世代のOガンダムを基幹機種として、戦闘状況に応じたデータを収集するために開発されたのが、第二世代のガンダムである。第三世代のエクシアやデュナメスは実戦向けの機体で、現在開発中の機体は第四世代に該当するガンダムだ。

 直幸がコンソールを操作すると、第一世代のOガンダムが姿を現す。最初期に開発され、かつてのクルジスで祐一の命をすくったガンダムである。

『これが、Oガンダム。はじめてGNドライヴを搭載して、稼働した機体……』

『GNドライヴは取り外してすでに装着してあるんだが、これでもダメだったよ。エクシアのGNドライヴでも、うまくいくかどうか……』

『世界を変える機体、OOガンダム……』

 その様子を、じっと見つめる河南子。ヴェーダのレベル七に介入可能な彼女がそれを見ている事に、果たしてどのような意味があるのか。

 

Mission Incomplete

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