帰ってきたヨッパライ

 

「ぷはぁっ……やっぱりハイボールは美味しいの」

「なのは、飲みすぎだよ」

「こういうときはむしろ前後不覚になるまで酔っぱらった方が、逆に好都合なのよね〜」

 教導官として日ごろのストレスがたまっているのか、結構なペースでアルコールを消費しているなのはを心配してユーノは声をかけるのだが、むしろなのはの方はどんと来いとでも言いたげな態度だった。陰で教導漢と呼ばれるだけの事はあり、その飲みっぷりは実に漢らしい。

 逆にユーノの方は、ちまちまとグラスを傾けているのでほとんど酔っていない。もっとも、なのはにしてみれば今日は冷静なユーノと一緒なので、安心して酔う事が出来ると考えているのだった。

 普段のなのはは仕事上の付き合いで飲みに行く事もあり、そういう場所では節度を守って飲酒を嗜むように努めているが、仲間や身内など気心の知れた相手だと羽目を外してしまう事もある。ちなみに、なのは、フェイト、はやての三人で飲む場合、なのはとはやては結構ストレスがたまっているせいか深酒になる場合があるので、そんなときに苦労するのが普段からあまり羽目を外さないフェイトだったりする。いつでもどんな時でも、常識人と言うのが一番苦労するものなのだ。

「それで、今回ユーノ君を呼び出した理由なんだけど……」

 ハイボールをかぱかぱ飲んでいるにもかかわらず、やけに冷静な目でなのははユーノを見た。

「フェイトちゃんとキスしたよね? ユーノくん……」

「僕がフェイトとキス? どうしてなのはがそれを? あ、わかった。ヴィヴィオだね? ヴィヴィオがなのはにそう言ったんだね? だったらそれは……あのその……事故みたいなものでっ!」

「ふう〜ん、事故?」

 慌てて弁明をはじめるユーノを冷ややかに見つつ、なのはは一枚の写真を取り出す。それを見た途端にユーノの顔面は蒼白となり、足元がぶるぶると震えだした。なぜならそこには、しっかりとフェイトを抱き寄せて口づけをかわすユーノの姿が映っていたからだ。

「なのは……どうしてこれを……?」

「本局のセキュリティを甘く見ちゃいけないの」

 本局は次元の海に浮かぶ時空管理局の次元航行部隊が本拠地とする関係上、次元犯罪者やテロリストの攻撃目標とされやすい。そこで個人のプライベートスペースを除き、本局内部にはワイドエリアサーチによる警戒網が敷かれているのだ。

「あ、でも安心していいよ、ユーノ君。これ知ってるのは一部のスタッフとリンディ提督だけだから」

 それはすでに墓場へリーチがかかってると言わないだろうか。背筋に冷たい汗が流れおちていくのを感じつつ、ユーノはそんな事を思った。

「それで話は本題に入るけど、フェイトちゃんにここまでしといて、ユーノ君はあくまでも事故だって言い張るの?」

「それは……」

「もしもそうなら……。私、ユーノ君の事絶対に許さない」

「なのは……」

「そうじゃなかったら、今までフェイトちゃんのガチレズ疑惑を流してきた意味がないのっ!」

「その噂流してたのなのはなの? なんでそんな事したの?」

「私が言うのもあれだけど、フェイトちゃんって綺麗な子だから男の子の人気も高かったんだよ。だけど、色々と事情がある重い子だからどう答えていいか困っていた事があって……」

「ガチレズだ、ってするのが手っ取り早かった、と?」

「ほら、フェイトちゃんって良くも悪くも天然さんでしょ? 天然って良く言えば素直ないい子なんだけど、悪く言うと世間知らずのアッパラパーな子なの」

「何気に親友相手に酷評だね、なのは」

「フェイトちゃんは母性本能が豊かな子だから、たとえ相手がダメダメで悪い男でも保護欲がかきたてられてお金とか貢ぐようになっちゃいそうだし、それでドメスティックな事されても逆に喜ぶようになっちゃいそうだし……」

 つまり、全てはフェイトを守るための方便だったという事だ。逆にいえば、この壁を突破しない限りフェイトは口説けないという事だ。

「だから、ユーノ君の口からきちんと聞かせてほしいな。フェイトちゃんの事をどう思っているのか」

 酒に酔ってはいるが、なのはの目は真剣だった。だからこそユーノは、その真剣に対して真剣で答えないといけない。

「好きか嫌いかの二元論なら、嫌いはありえないから間違いなく好きになるよね? でも、好きという感情にも色々形があって、この前までは友達としての好きだったんだけど……」

「だったんたけど?」

「この間からなんだかすごくフェイトが可愛く見えてきてね。いや、元から美人だったけど、なんて言うかちょっとした仕草とか見てると余計にね。この前もフェイトが無限書庫に来た時なんだけど……」

「わかった、もういいの……」

 これ以上続けると惚気話になって、個人的に面白くない展開になりかねない。そう思ったなのはは途中で話を打ち切った。

 

「でも、なのははいいの? 僕とフェイトが結婚するとかいう話になったら」

「大丈夫だよ。いざと言うときは二世帯同居住宅にすればいいから」

「二世帯って……。もしかして、なのはもついてくる気?」

「ヴィヴィオだってフェイトちゃんの事はママって慕っているんだし、引き離すのはかわいそうだよ。私もフェイトちゃんとは離れたくないし、もし仮に私とユーノ君が結婚する事になったとしても、フェイトちゃんが一緒じゃないと嫌だし」

「いや、あのねなのは……」

「ユーノ君の相手がはやてちゃんだともれなくヴォルケンの皆さんがついてくるし、アリサちゃんを選んでもすずかちゃんがついてくるだろうし、すずかちゃんを選んでもなんだかんだでアリサちゃんを巻き込むだろうし……」

 いずれにしても、ユーノが知り合いの女性と結婚しようした場合、二人っきりで新婚生活を送るのは難しそうである。

「私としてはフェイトちゃんの相手がユーノ君なら安心だし、ヴィヴィオにパパが出来るのは大歓迎だよ。そうすればもうフェイトちゃんをヴィヴィオの乳親にしなくていいから」

「乳親って……。なんだかおかしなニュアンスの違いを感じるんだけど」

「ちなみに、私は覇破親だって……」

「覇破親ね……。でも自分が乳親だってフェイトが知ったら怒るんじゃないか?」

「……怒られるんならまだ良かったよ……。泣かれるんでもね……」

 その時なのはは、不意に遠い目をしてぽつぽつと語りだした。

「フェイトちゃん、部屋の隅で膝を抱えておちこんじゃったんだよ……」

「それくらいなら普通じゃないか?」

 フェイトがいじけておちこんでいる姿が、ユーノには容易に想像できた。

「それだけじゃないんだよっ! それ以来フェイトちゃんは一緒のお布団で寝てくれなくなったし、お風呂にも一緒に入ってくれなくなっちゃったんだよっ!」

 突然テーブルにバンと手をつき、なのはは勢いよく立ちあがった。

「落ち着いてよ、なのは。そんな事ぐらいで……」

「ユーノ君は知らないからそんな事が言えるんだよっ! すらっとした長身のフェイトちゃんが、夜寝るときはきゅっと私のパジャマの裾を掴んでちっちゃく体を丸めて身を寄せてきてねっ! それをぎゅっと抱きしめた時の心地よさときたらっ! どんな抱き枕でもあの感触は得られないんだよっ!」

「わかったからなのは、少しは落ち着いて……」

「ユーノ君は全然わかってないっ! フェイトちゃんのお肌ってすっごいスベスベなんだよっ! 髪だってさらさらでつやつやで、あんなに長いのに枝毛とかも全然なくてっ!」

 それだけは確かにまだわからないな、と思いつつ、フェイトの素晴らしさについて熱弁をふるうなのはを、ユーノはただ呆然としながら見つめていた。

 

「はあ……。ユーノ君に、もう少し甲斐性があればよかったのにな……」

「悪かったね、甲斐性なしで」

「お前達が俺の翼だ、と言わんばかりにティアナとアルトの二人をゲットしたヴァイス君のバイクみたいに」

「ヴァイス君の……? え? バイク?」

「うん。ヴァイス君のバイク」

 持ち主はヴァイスなのだが、なぜかティアナがミッドの地上を移動するための手段として活用しており、その整備をアルトが担当している。JS事件時はゆりかご内部に取り残されたなのは達を救助するためにも使われているので、ある意味では持ち主よりも大活躍しているバイクなのだ。

「大体ね、ユーノ君が優柔不断なのがいけないのよ」

 それからも二人の宴は続き、お互いに結構出来上がってきていた。そんな中でなのははトロンとした瞳のままで話を続けていた。

「僕が優柔不断でなにが悪いんだい?」

「優柔不断って言えば聞こえはいいけど、それって自分の意思じゃ何も決められないダメな男だって事……」

「何気に辛辣だね、なのは……」

「だって、ユーノ君。私が友達だって言えば、友達だって言うでしょ? それなら恋人だって言えば、恋人だって言ってくれるのかな?」

「え〜と、それは……」

 ユーノは否定できなかった。良くも悪くも、そうした主体性の無さを自分でも感じているからだ。

「フェイトちゃんがユーノ君に好きって言えば、ユーノ君もフェイトちゃんに好きって言ってくれるだろうし、それは相手がはやてちゃんでもアリサちゃんでもすずかちゃんでも同じだと思うの」

 こだまでしょうか? いいえ、誰にでも。

「女の子の方から告白されてオーケーするなんてヘタレもいいところだし、複数の女の子から好意を寄せられたので妥協してハーレム作るなんてのは童貞丸出しの発想なの」

 今日のなのは、なんか冷たい。と思いつつ、ユーノはなのはの言葉に耳を傾ける。

「だから、ユーノ君が五人くらいに増えてくれると都合がいいの」

「増えないからっ! どうしてそういう発想になるの?」

「スカリエッティあたりに頼めば、喜んで増やしてくれそうなの」

「いい? なのは。僕は一人、一人だけだからねっ!」

「一番目がヤーノ君。すっごいテクニックではやてちゃんをメロメロにしちゃうの」

「いや、しないから。って、まだ話続いてたの?」

「二番目がイーノ君で、こっちは力任せにフェイトちゃんをものにしちゃうの」

「力任せって……いいのかな、それで……」

「多少強引じゃないとフェイトちゃんは口説けないよ。言葉よりも態度ではっきりと示したほうがいい時もあるから」

「言葉よりも態度ね……」

「三番目のユーノ君が私で、彼はすっごいテクニックと力の持ち主なの」

「何気に自分が一番いいポジションだね、なのは」

「四番目のエーノ君は左手がフェレットさんで、すずかちゃんを和ませるの」

「和むのかな、それ……」

「そして、五番目がヨーノ君。この子は凄いよ。戦闘機人の技術を使って深海一万メートルの水圧に耐えられる、頑丈なボディの持ち主だから」

「耐えてどうするの?」

「それぐらい頑丈じゃないとアリサちゃんの相手は務まらないかなって……」

「何気にアリサに失礼だよね、それって……」

「……と、まあ冗談はこれぐらいにして……」

「冗談だったんだ」

「フェイトちゃんの気持ちはユーノ君もわかっているでしょ? だから、できればその気持ちを無碍にしないでほしいの……」

「なのは……」

 相変わらずなのはは友達思いだな、とユーノは思う。もしもなのはに好きだと言えていたなら、別の未来もあったのではないかとも考えてしまうくらいに。

「フェイトちゃんとユーノ君が結婚する事になっても、子種さえくれれば後はこっちでなんとかするから……」

「いや、そこはなんとかしないでよ」

 前言撤回だな、と思いつつ、酔いつぶれてしまったなのはを微笑ましく見守るユーノであった。

 

「ユーノもごめんね。大変だったでしょ?」

「大丈夫だよ。なのは軽かったし」

 女の子一人背負って歩いてへこたれるようじゃ、スクライアの男は務まらない。おまけに歩くたびになのはの素敵な感触が伝わってくるので、ちょっと遠回りしてしまったくらいだ。

 それはともかくとして、酔いつぶれて帰ってきたなのはを着替えさせてベッドに放り込むフェイトの手際は見事の一言に尽きるし、その間にリビングで待つユーノへのもてなしも忘れない。すでに就寝しているヴィヴィオに配慮してか、一連の行動は素早く静かに行われた。

「だけど、ユーノは大丈夫? もう本局への転送ポートは動いていないんじゃないの?」

 保安上の理由もあって転送ポートは遅い時間には動いていないし、ミッド地上の治安を考えると夜中に一人で出歩く事はあまり推奨できない。

「それなら心配はいらないよ。どうせ男一人だし、なんとでもなるから」

 そう言ってユーノは笑うが、フェイトは心配でならない。ユーノの実力はよく知っているが、だからと言って一人で帰して事故にでも遭われたらと不安になる。

「だったら、家に泊ってく?」

「迷惑じゃないなら、お言葉に甘えようかな」

「じゃあ、待っててね。すぐに準備するから」

 そう言っていそいそと客間に布団を敷いていくフェイトの後ろ姿を、ユーノはじっと見つめていた。

「どうしたの?」

 布団を敷き終えたフェイトの笑顔を見た時、ユーノはその体を押し倒していた。言葉よりも態度で。なのはに言われた一言が、今のユーノを動かしていた。

「ユ……ユーノ?」

 しかし、ここで行為に及べるようであれば、ユーノは今頃女をつかみ取りにしている事だろう。フェイトを押し倒したところまでは良かったが、その前に摂取したアルコールによって、豊かなバストに顔をうずめたまま安らかな寝息を立ててしまったユーノであった。

 そのヘタレっぷりに思わずため息を吐いてしまうフェイトであったが、そんなユーノのダメっぷりを見ているとなぜだか微笑ましい気持ちになってくる。もともとフェイトはエリオとキャロの保護責任者になるくらい母性の豊かな女性であったのだが、二人ともあまり手がかからないうちに独立してしまったので少しだけ寂しい思いをしていた。そのせいかユーノにこういう態度をとられると、なぜだか無性に保護欲がかきたてられてしまう。

「もう、今日だけだからね……」

 そして、ユーノに抱きつかれたまま、眠りにつくフェイトであった。

 

「うう……流石に昨夜は飲み過ぎたの……」

 二日酔いには至らないまでも、かなり最悪の目覚め方をしたなのはであった。しかし、昨日あれだけユーノを焚きつけておけば、なんらかの形で進展があるに違いない。アリサやはやて達とかわした協定でユーノに直接告白する事は禁じられているので、ユーノの方から告白させるように仕向けるというのが絶対の約定なのだ。そんな中で起きたフェイトとユーノのアクシデントは、なのはにとってはまさに天の配剤と言えるものだった。

 上手くいけば、ユーノとフェイトの両方を同時にゲットできる。そんなバラ色の未来を描きながらなのはが廊下を歩いていると、キッチンの入り口付近で中を覗き込んでいるヴィヴィオとクリスの姿が目に入った。

「おはよう、ヴィヴィオ。どうしたの?」

 なのはの声に振り向いたヴィヴィオが、口元に指を一本当てて『静かに』のジェスチャーをした。不審に思ってなのはが覗き込んでみると、そこではフェイトとユーノが仲良く言葉を交わしながら朝食の準備をしているところだった。

 昨日の今日でこの進展ぶりには驚くが、二人の仲睦まじい様子はなのはにとっても好都合だ。

「ねえ、ヴィヴィオ。ヴィヴィオはユーノ君がパパになってくれたら嬉しい?」

「嬉しいけど……。なのはママと結婚するわけじゃないんじゃないの?」

「大丈夫だよ。私とフェイトちゃんのツインマザーなら、ユーノ君をゲットする確率が二倍じゃなくて二乗化されるから」

「されないってば……」

 愛娘の突っ込みのなんのその。あまりにも計画が順調に進行しているせいか、思わず満面の笑みを浮かべてしまうなのはであった。

 

 そんなわけで、高町家は今日も平和です。

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