あなたがわたしできみがぼくで(前篇)

 

 それは、ある晴れた日の朝の出来事だった。機動六課の隊舎内にあるなのはとフェイトが共同で使用している部屋から、けたたましい女性の叫び声が響き渡る。

「なんじゃーこりゃーっ!」

 目が覚めると、ユーノ・スクライアはフェイト・テスタロッサ・ハラオウンになっていた。

 

 そんなわけで今回のお話はTS要素を含みますので、苦手な人は読まずにお戻りください。

 

(落ち着け、落ち着くんだユーノ・スクライア。これは夢だ。きっと悪い夢なんだ。ほら、こうやって瞳を開ければ、いつもの平穏な日常の風景が……)

 戻ってきませんでした。

 相変わらず姿見に映っているのは自分を見つめ返す赤い瞳と、金色でサラサラロングのストレートヘア。黒のキャミソールを内側から押し上げているけしからんばかりに大きく膨らんだ胸と、ウソみたいに細くくびれた腰。七分丈のレギンスに包まれた、折れそうなくらいに細い足。どこからどう見てもフェイト本人である。

「なんでじゃーっ!」

「朝っぱらからうるさいで、フェイトちゃん」

 なぜか姿見に向かって指をさして大きな叫び声をあげているフェイトの姿に、はやては呆れたような感じで声をかけた。

「はやて? え? あれ?」

「鍵もかけんとそんな大きな声出してたら、誰だってはいってくるで?」

 言われてみると、確かにその通りである。朝早くから親友が大騒ぎしていたら、誰だって心配になる。

「一体どないしたんよ? フェイトちゃんがそんなに大騒ぎするなんて……」

 普段物静かで落ち着いた雰囲気のあるフェイトが朝も早くから声を荒げているとなると、珍しいを通り越して逆に心配になってくる。

「え〜と、あのさ……はやて……」

 なのはは早朝の教導で部屋におらず、ヴィヴィオもすでに起きていて部屋にいない事を確認し、ユーノはおずおずとはやてに話しかける。

「姿形はフェイトだけど、中身がユーノだって言ったら信じる?」

「信じるわけないやろ? なにを言ってるんや、フェイトちゃんは……」

 寝ぼけるのもいい加減にしい、とでもいいたげな態度ではやてはため息をつく。

「……やっぱり、そうだよね……。僕だって信じたくないんだから……」

 そう呟いて深くため息をつき、頭を抱えて左右に振る姿はどう見てもフェイトのとる行動ではない。

「もしかして……ほんまにフェイトちゃんの中身がユーノ君になってるんか?」

 実のところはやても半信半疑なのだが、本人が強硬にそう主張しているのだし、どちらかと言えばちょっとした仕草が男っぽいせいか、はやてはフェイトのいう事を信じてみようと思った。

「どうにも信じられんのやけど、どうしてそんなことに……?」

「そんなの、僕にもわからないよ……」

「心当たりはないんか?」

「そういえば……」

 ユーノはとりあえず思いついた可能性を、ぽつぽつと語っていく。

 

「……ロストロギア……?」

「それぐらいしか思いつかないんだよね……」

「えらくご都合主義やないか……」

「それは言わないでよ……」

 心当たりがあるとすれば、昨日フェイトからロストロギアの鑑定を依頼された事ぐらいだ。受け取った時には、なんか光ったかな、と言う程度だったのだが、まさかこんな事になるとは思っていなかった。

 未曾有の都市型テロと後世の歴史に記されるJS事件も終了し、首謀者であるジェイル・スカリエッティと計画実行者である戦闘機人ナンバーズが全員拘束されている現在、その対策部隊であった機動六課も無事に役目を終えて開店休業状態にあった所為か、どこかに気の緩みがあったのかもしれない。

 そんな最中に遺失物管理部からの情報でレリックかもしれないロストロギアが発見され、その対策としてフェイトに回収してもらったのだが、それがまさかこんな事態を引き起こすとははやても予想外だった。

 幸いにして当事者以外には知られていないが、事が公になってしまうとなにかとまずい事になるのは火を見るより明らかだった。それでなくても機動六課はJS事件を解決に導いた立役者としてマスコミの注目を集めているので、なるべくなら極秘裏に解決しなくてはいけない。

「なんにしても、早い事解決せんとあかんな……」

 そう言って真剣な表情で考え込むはやての横顔を、ユーノは不思議そうに見つめていた。

「どしたん? ユーノ君」

「いや、はやてがそんな真面目に考えてくれるなんて珍しいなと思って。いつもだったら、ここぞとばかりにいじりそうなもんなんだけど……」

「あのな、ユーノ君。そりゃ、ロストロギアの影響でユーノ君が女の子になってもうたー、とかならここぞとばかりにいじり倒したるわ。せやけど、これはそうやないんやろ?」

「どうやら、僕とフェイトの中身が入れ替わっているみたいだしね」

「せやろ? いくらわたしでも時と場合くらいはわきまえるわ。ええか? ユーノ君がフェイトちゃんになってる言う事は、フェイトちゃんがユーノ君になってる言う事や」

「うん」

「つまり、今のユーノ君にはあるはずのものがなくて、フェイトちゃんにはないはずのものがあるわけや……」

「あ」

「ユーノ君もショックやろうけど、フェイトちゃんの方がもっとショックやろうなと思うとな……」

 実のところフェイトは男性との接触がほとんどないまま成長してきているせいか、そっち方面にまったく免疫がなかった。小学生のころは男女共学であったが、中学生になってからは男女別になっているため、今までに親しくしている男性と言えばユーノにクロノ、それにエリオぐらいのものである。その中でもじっくり見た事があるとすれば、エリオのストラーダが待機状態の時ぐらいだろう。少なくとも、フォルムツヴァイに進化したところまでは見ていないはずだ。

 そんなフェイトが、ユーノのフェレットが朝から元気なところを見る事になる。その時のショックがどれほどのものとなるか、ユーノ達には全く計り知れなかった。

「とにかく、早いとこフェイトちゃんの様子を見に行ってみんと」

「そうだね。まずは着替えないと……」

 服を着替えようとしたユーノであったが、はやての視線に気がついた。

「あの……はやて……? 僕、着替えるんだけど?」

 今は女の子同士なのだから気にする必要はないと思うのだが、なぜかユーノははやての視線が気になってしまう。

「そらわかってるわ。でもな、ユーノ君」

「なに?」

「ブラジャー、一人で着けられるか?」

「……お願いします……」

 

「うわ……」

「ちょっと、はやて。そんなのしげしげと見ないでよっ!」

「見るなと言われても、これは……」

 タンスから取り出したフェイトのブラジャーのサイズに、はやては、わたしとの差がまた一段と、と低く呻いた。

 確かにはやては普段家でシグナムにシャマルといった、比較的大きめな家族の下着を見慣れている。とはいえ、胸元のラインを強調するようなデコルテタイプのブラを愛用しているシグナムや、カップ面積が比較的小さい3/4カップブラを愛用しているシャマルと比べると、フェイトが愛用している黒いレースでフリフリのフルカップブラの大きさには驚いてしまう。

 普段から大きい大きいとは思っていたが、こうして目の当たりにするとなにやら敗北感のようなものがはやての胸中に湧き上がってくる。

 しかし、それはともかくとして、はじめてのブラに悪戦苦闘するユーノ(見た目はフェイトだが)の姿は、妙な初々しさもあってなにやら微笑ましい気持にもなる。

 最近ではメンズブラなるものも販売されているというが、少なくともユーノには関係のないものだろう。着けたら着けたで似合いそうやけどな、と思うはやてではあるが。

「え〜と、これでいいのかな……」

「ん〜、悪いなユーノ君。ちょっと手入れるで」

「え?」

 言うが早いかはやてはブラのカップに手を入れ、バストの形を整えていく。

「これでよし、おっぱいはちゃんとブラのカップに合わせんと。ユーノ君も今は女の子なんやから、身だしなみには気ぃ使わんとあかんで」

「はあ……女の子って大変なんだね……」

「それにしても、フェイトちゃんの胸は揉み心地が良くてえなぁ……」

「ちょっとはやてっ! どさくさにまぎれてセクハラするのはやめてよっ!」

「ええやんか、減るもんやなし。それにこれはセクハラやのうて、女の子同士やからただのスキンシップや」

「なにその強引な理屈?」

「それにわたしだって人は選んで揉んでるんや。シャーリーなんか、揉まれたら揉み返してくるんやで?」

 どうにもそのノリについていけそうにないユーノであった。

「それにやな、本当は自分でバストのずれとか直さなあかんのやよ?」

「え? それって……」

「ユーノ君が、フェイトちゃんのおっぱいを触るチャンスという事や」

「僕が……フェイトのおっぱいを……」

「フェイトちゃんのおっぱいは、色、艶、形、弾力、重さ、どれをとっても一級品やで? それを服越しやブラ越しやなくて、直に触れる機会なんてもうないかもしれんな……」

 悪魔の囁きだった。

「今やったら問題ないんやけどな……」

「うあああああああああ……」

 様々な思いがユーノの中を去来し、凄まじいまでの葛藤の末、ついに結論が出た。

「無理だーっ!」

「……へたれやなぁ……」

 予想通りと言えば予想通りの反応だが、心のどこかでユーノがこういう人物である事に安堵するはやてであった。

 

「冗談はこれぐらいにしてな、ブラジャーは女の子にとって大事なもんなんやで」

「そうなの?」

「フェイトちゃんは大きいから特にな……。あの裸で変身するシーンを脳内再生でもう一度見てみい」

「裸変身を脳内再生で? え〜と、確か六課制服のジャケットが脱げてスカートが脱げるんだよね?」

「そう。それでブラウスが脱げてストッキングも脱げて黒の上下になるわけや」

「そこからパンツ、ブラの順番で脱げていって、ブラが脱げるときに胸がプルンと揺れるんだよね?」

「細かいところまでよう見とんな……。そこからインナーが装着されていくわけやが、ここでちょお一時停止や」

「一時停止?」

「ほら、裸になったフェイトちゃんの上半身を包み込むようにジャケットが展開するやろ。実はあれがみんなブラやねん」

「そうなの?」

「女の子のバストはデリケートやからな。普通にジョギングしただけでも、乳首が上下に9センチも動いてしまうんよ。それが原因でクーパー靭帯が切れてバストが垂れてしまう事もあるくらいやからな。他にも激しく揺れる事で乳腺断裂なんかの危険性もある。やから、ああやってしっかり保護せなあかんのや」

「そうなんだ……」

 このあたりは、はやてがおっぱいマイスターと呼ばれる所以であろう。意外とまともなはやての言葉に、思わずユーノは感心してしまった。

「フェイトちゃんの裸変身で思い出したんやけど、わたしストライカーズ本編で一度も裸変身をした事がないような気がしてな……」

「あれ? はやてって確かストライカーズで最初に変身シーンを披露したんじゃなかったっけ?」

「あんなん、たっと走ってぴかっと光ってパパっと変身終了やっ! 色気もなにもあったもんやないやろ? なのはちゃんにフェイトちゃん、それにシグナムにシャマルやスバルまで裸で乳の揺れるお色気たっぷりの変身シーンを披露しとるのに……」

「そう言われても……」

「揺れんなら揺れんでティアナも裸変身しとるし、揺れるもんの無いヴィータやキャロまで裸変身しとるんやで? それなのに、どうしてわたしだけ……」

「いやぁ、僕は7話と8話くらいしか出番なかったから……」

 この場合はどっちがより不幸なのだろうか。少なくともほとんど毎回出番があっただけはやての方がましであろう。それに、OPではやてはリインと一緒に裸で回転しているのだし。

「ところでな、ユーノ君」

「今度はなに?」

「おパンツはどうするんや?」

 そう言ってはやてがぴらりと広げた黒のレースでフリフリのスケスケを見た途端、ユーノは言葉では言い表せないような脱力感に襲われた。

「……勘弁してください……」

 そんなこんなでわたわたしながらも、なんとか着替えを終了するユーノ(フェイト)であった。

 

「こんなもんかな?」

 鏡に映った制服姿を色々な角度から眺め、おかしなところがないかどうかをチェックしていく。自分の体ならここまで入念にチェックしないし、着るものに関してもかなり無頓着なのだが、体はフェイトなので身だしなみには気をつけなくてはいけない。

「まあ、そんなもんやろ。それにしても、あれやな……」

「なに?」

「フェイトちゃんの顔と声で自分の事僕言ってると、マテリアルのアホの子みたいやないか」

「放っといてよっ!」

「さて、本番はこれからやで〜」

 そう言ってにんまりとした笑顔と共に差し出された化粧品の数々に、めまいのするような感覚を味わうユーノであった。

「フェイトちゃん素材がいいから、ベースにUVケアしてナチュラルにメイクするのがいいかもしれんな」

「……お任せします……」

 インナーからアウターまで着るものに気を使った挙句、出かける前にはこうして何枚も化けの皮をかぶって、おまけにネコまでかぶる。そして、そんな苦労は微塵も感じさせずにおほほうふふと笑いあう。なんだかんだで出かける準備を整えるのに二時間近く使っているのだから、女とは大変な生き物であるという事をユーノは実感した。

 ユーノ自身は一刻も早くフェイトのところへ駆けつけたいと思っているのだが、体がフェイトではそうもいかないところがなんとも煩わしい。下手にだらしない恰好で表に飛び出て、フェイトの評価を下げる様な事にでもなったらどう責任を取っていいのかわからないからだ。

「よっしゃ、こんなもんやろ」

「うわぁ……」

 ほんのちょっとお化粧しただけなのに、この変わりようはユーノ本人もびっくりだ。ユーノもフェイトが綺麗な子だという事は知っていたが、まさかここまで綺麗になるとは思いもよらなかった。

「そんじゃ、気ぃつけてなフェイトちゃん。ユーノ君にもよろしゅうな」

 そんなこんなで出かける準備も整い、ユーノははやての用意してくれた公用車に乗り込んだ。機動六課の隊舎があるミッドチルダ中央区画の湾岸部は交通の便が悪く、本局への転送ポートのある地上本部への移動には車かバイクが不可欠であった。

 フェイトはマイカーがあるのだが、肝心のユーノが運転免許を所持していないので運転ができず、公務という事で車を用意せざるを得なかったのだ。

「あれ? フェイトちゃん、どこかへお出かけ?」

 次第に小さくなる公用車を見送っていると、はやては背後から声をかけられた。

「なのはちゃんか……。いやな、ちょうフェイトちゃんに無限書庫までお使いを頼んでな……」

「あんなにお化粧して?」

(しもた、やり過ぎてもうたか……?)

「それに、フェイトちゃんの勝負ぱんつもなくなってるし……」

「そんなとこまでようチェック入れとるな……」

「そのくらい出来ないと、フェイトマイスターは語れないの」

 やはり最大の障害となるのはなのはちゃんか。そう思ったはやては、なんとかなのはに気づかれないうちに事態を収束させようと心に誓うのだった。

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