あなたが私で君が僕で(後編)

 

「なんだか、ここまで来るのが遠かったような……」

 フェイトが人々の注目を集める容姿の持ち主である事はユーノも理解していたが、まさか行く先々で視線を集める事になるとは思ってもみなかった。しかもその視線が、胸とかお尻とかに集中しているように感じたのも勘違いではないだろう。

 今までフェイトは良く平気だったな、と思いつつ、無限書庫にたどり着いたユーノはそこに最大の難敵が立ちはだかっている事に気がついた。

(フェイトのパスコードって、何番だったっけ……?)

 無限書庫は管理世界で刊行されるありとあらゆる出版物を収集管理する国立図書館としての機能を有し、時空管理局などの機関に資料を提供する議会図書館としての側面もあるため、入館に関しては厳重なセキュリティチェックが行われる。そのため、司書資格を持たない一般局員の入館はかなり制限されているのだ。

 通常は本人確認用のIDや声紋など、登録されている様々な項目でチェックが行われており、さらにパスコードの入力がないと入館できない仕組みになっている。普段ユーノは司書長としてフリーパスであるせいか、こうした事実を完全に忘れていた。

 すでに業務の開始時刻になっているため、フェイトの安否確認のために来たのだが、中に入れないのではどうしようもない。

 どうしようかと悩んでいると無限書庫の扉が開き、中から小柄な人影が飛び出してきた。

「アルフ?」

「フェイトじゃないか〜」

 アルフはフェイトに飛びつくと、喜びを表現するようにしっぽをぶんぶんと振る。

「もしかして、ユーノに会いに来たのかい?」

「あ、うん。そんなところ……」

 フェイトって普段資料請求に来てるんじゃなかったっけ。少なくともユーノは今までそうだと思っていた。しかし、単に資料請求するだけならクロノの様に通信で済ませるのが一番早い。それなのに、わざわざ無限書庫にくるのはどういう事だろうと、ユーノはつい考えてしまった。

「だけど残念だね。ユーノならまだ来てないよ」

「そうなの?」

「司書長が無断欠勤なんて珍しい事もあるもんだって、司書達がみんな噂してるよ。でもまあ、ここんとこ働き過ぎみたいだし、たまにはいいんじゃないかね」

 そう言ってからからと笑うアルフの姿に、そんなアバウトでいいのかと悩むユーノであった。

「これから様子を見に行ってみようと思ってたところなんだけど、フェイトがいるならいいか」

「どういう事?」

「様子を見に行っておやりよ。フェイトが行ったら、ユーノも喜ぶんじゃないかい?」

 アルフの言っている事はよく理解できなかったが、フェイトがまだ部屋にいるとしたらなにかと好都合だ。自分達の中身が入れ替わっている事をあまり関係のない人間にまで知られてしまうのは得策でないため、ユーノは曖昧な笑顔を浮かべてアルフと別れると、そのまま一目散に本局内の自分の部屋に向かった。

 

「フェイト、いるかい?」

 勝手知ったる自分の部屋。誰がいつ遊びに来てもいいように、フェイト達には合鍵を渡しといて良かったな、と思いつつ、部屋に入ったユーノは小声で呼びかけた。玄関に靴があったのでまだ部屋にいる事は間違いないが、どこにいるのかまではさっぱりだった。

 とはいえ、ユーノの部屋はさして広いというわけでもなく、玄関、キッチン、バス、トイレを除いては寝室と考古学の資料を置いた物置代わりの作業部屋があるだけでしかない。人を呼ぶには少々難があるが、一人で暮らすには十分な広さだ。

「ユ……ユーノ……?」

 寝室からか細い声が聞こえてきたのでそこへ向かうと、薄暗い部屋の中でベッドの上に膝を抱えて座り込んだ人影を見つけた。

「ここにいたんだね、フェイト」

「ユーノなの……?」

 部屋に現れた自分の姿を見て、驚愕に目を見開く見た目ユーノのフェイト。それに対し、えくえくと涙ぐむ自分の姿を見つめる見た目フェイトのユーノ。朝目が覚めたら別人になっていたんだからそうなってしまうのも無理はないが、ただでさえ美少女属性の強いユーノが涙ぐんでいる姿は、誰がどう見てもハマりすぎだった。

「なにがあったかはあえて聞かないけど……。随分ショックだったみたいだね」

「……うん」

 半分涙声のまま、フェイトはぽつぽつと語りはじめた。

「だって……あんなに太くて硬くてものすごいなんて思わなかったんだもん……」

「フェイト?」

「おトイレに行きたくなって……行ったんだけど……ずっと上向いたままで……」

「あの、フェイト?」

「しょうがないから手で押し込んで……なんとか終わって小さくなったかなって思ったんだけど……」

「お〜い」

「拭いたら……また大きくなってきて……」

「いや、男の子は拭いちゃダメだから」

「そうなの?」

 実のところユーノもそうした部分でショックを受けたものだが、まったく同じショックを受けていたところに妙な親しさを感じる。

「ところで、フェイトはずっとそこにいたの?」

「うん」

 ベッドの上に座ったまま、フェイトはタオルケットを口元まで引き上げてはにかむように笑った。

「だって、ここってユーノの匂いがたっぷりするんだもん。私にとっては一番落ち着ける場所だから……」

 流石にこれは喜んでよいものかどうか、少しだけ悩んでしまうユーノであった。

 

「……とまあ、そんなわけでフェイトも連れてきたんだけど……」

「賢明な判断や」

 ぐずぐずめそめそとべそをかく男を連れてここまで来るのは、並大抵の事ではなかっただろう。しかも執務官に連行されているようにも見える司書長というシチュエーションは、さぞかし世間の注目を集めたはずだ。

 我が身の危険も顧みず、フェイトのために行動するその勇気。はやては改めてユーノの凄さを思い知ったような気がした。

「とりあえず、ユーノ君の方は無限書庫に連絡して六課に来てもらう手筈になっとる。フェイトちゃんはそれを迎えに行ったって事になっとるからな」

「なにからなにまで済まないね、はやて」

「それは言わない約束や。なんにしても、早いうちに事態を収束させんとな……」

 ユーノがフェイトのままでは無限書庫での検索ができないし、フェイトがユーノの代わりをするわけにもいかない。おまけに誰かに相談しようにも、可能な限り知っている人間が少ない方がベターであるためにそうする事も出来ない。

 三人寄らば文殊の知恵ということわざがあるものの、この場合は寄せる三人に問題があるのだろう。よい知恵が全く思い浮かばないまま、ただいたずらに時が過ぎていく事となった。どうにも八方ふさがりなこの状況には、はやてでなくてもため息をつきたくなる。

 わかっているのはロストロギアの影響でこのような事態に陥ってしまっている事なのだが、時間がくれば元に戻るのか、それともずっとこのままなのかがわからない。もしも、前者であるならこのままひっそりと息をひそめていればいいが、後者であるなら覚悟を決めないといけないという事だ。

(それにしても……)

 内股で俯いたまま椅子に腰かけ、愁いを帯びた表情のユーノをはやてはしげしげと見つめる。もともと美少女属性の強いユーノの中身がフェイトになっているせいか、いつも以上になよなよとして見える。下手な女の子よりも女の子らしく見える今のユーノを見ていると、なんとなくはやては女として負けたような気がしてきた。

(頭ではわかっていても、ユーノ君にこうまで女の子らしゅうされたらかなわんな……。この機会に少しだけ痛いの我慢しよ思ったけど、それは後回しやな……)

 親身になっているようでも、たぬきさんはどこまでもたぬきさんだった。

 

 太陽が西の空に大きく傾き、あたりを夜の帳が包むころ、六課隊舎に業務終了を知らせるチャイムが鳴り響く。

「ああ、もうこんな時間やな。とりあえず、今日はお疲れさんや」

 体が入れ替わってしまったとはいえ、普段フェイトが六課でやっている業務はやっておかなくてはいけない。そんなわけでユーノはフェイトのフォローを受けつつ、なんとか作業を終わらせた。

 ユーノの事務処理能力の高さはよくわかっているはやてであったが、不慣れな内容であるにも関わらず瞬く間に処理してしまった手腕には驚かされる。

 それはともかくとして、サポートのためにフェイトにぴったりと寄り添っているユーノという構図を見ていると、なんとなくだが居心地の悪さを感じてしまうはやてであった。

「ユーノ君もご苦労さんやったな。不慣れな仕事で今日は大変やったやろ?」

「そうだね。でも、フェイトのおかげで助かったよ」

「そ……そんなこと無いよ……」

 お互いに見つめ合った後、真っ赤になって俯いてしまう姿は、まるで付き合いはじめたばかりのカップルだ。ただ、見た目が男らしいフェイトと女の子らしいユーノであるだけに、かなりの違和感があるようにはやては思う。

「そんじゃ、ユーノ君」

 はやてはさわやかな笑顔を浮かべて、中身がユーノになっているフェイトの細い肩をぽんと叩く。

「風呂に入って今日の疲れを癒そうか?」

「そうだね……。って? ええっ!」

「そんな驚く事無いやろ? ユーノ君は、今フェイトちゃんになってるんやからな。女の子はいつでも体を清潔にしとかなあかんのやよ?」

 はやての言う事は確かにその通りなのだが、男であるユーノにはどうにも抵抗がある。かつて海鳴温泉でなのはやアリサ達と一緒に女湯に入った事はあるが、あのときはフェレットだったので半ば強制的に入れられてしまったものだ。

「ユーノ君には、女の子の体の洗い方をしっかりレクチャーせんとな」

 いつ元の体に戻れるかわからないこの状況では、そうした事もきちんと学んでおかなくてはいけない。確かにユーノも女の子の体について興味がないと言えば嘘になるが、だからと言って積極的になるのもはばかられる事態である事は間違いない。

 妙に嬉しそうなはやての姿を横目で見つつ、ユーノはフェイトに念話で話しかけた。

(ど……どうしよう、フェイト……)

(あ……あのね、私ユーノだったら平気だよ……)

(フェイト……?)

(こんなこと言うの、ユーノだけだからね? 特別だよ)

 僅かに頬を染め、俯いたフェイトにそう言われてしまうと、なんとなくだがもう後には引けないような気がしてくる。

(それに、私だってユーノの体を洗わないといけないんだし……)

(ああ……)

 忘れていたというよりは、思い出したくもなかった事実がそこにあった。ある意味では、二人の立場はおあいこともいえるものだからだ。

 とはいえ、なんとなく不利なような気がするのは、ユーノの気のせいなのだろうか。

 

(これはしかたのない事なんだよね……)

 そう自分に言い聞かせて男湯に入ったフェイトは、誰もいないことを期待していたのだがそこに見知った人物を見つける。

「あれ? ユーノさんじゃないですか」

「あ、エリオ」

「珍しいですね。ユーノさんがこっちのお風呂を利用するなんて」

「ちょっと汗かいちゃったからね」

 そう言っていそいそと服を脱ぎはじめるフェイトではあるが、その視線はなぜかエリオの方に向いてしまう。そしてフェイトは、最後の一枚を脱ぎ捨てたエリオのストラーダが、フォルムツヴァイに進化しているところを見てしまった。

 こういう形で息子の成長を見るのは、母親代わりの保護責任者として嬉しい気持ちがある半面、心のどこかでは寂しい気持ちもある。

「あれ? ユーノ先生じゃないっすか?」

 そんなことを考えながら服を脱ぎ終え、あまり見るわけにもいかないと腰に一枚タオルを巻いたフェイトに、意外な人物からの声がかかった。

「こっちの風呂を使うなんて珍しいっすね」

 そう言って風呂上がりの頭をタオルでわしわしと拭きながら、ヴァイスがゆっくりと近づいてきた。彼が一歩足を踏み出すたびに、ストームレイダーが風も無いのにぶ〜らぶら。

「ひ……」

 その光景に、一気にパニック状態となるフェイト。

「いやぁぁぁぁぁっ!」

 ドップラー効果の悲鳴を残し、そのまま脱衣所から飛び出してしまうのだった。

 

(これはしかたのない事だ……)

 そう自分に言い聞かせて女湯への侵入を果たしたユーノであったが、入った直後にまわれ右して帰りたくなった。ユーノとしては事情を知るはやて以外に誰もいない事を期待していたのだが、脱衣所にはシャーリー、ルキノ、アルトのロングアーチ三人娘に教導を終えたなのはがいたからだ。

「どしたんや? ユーノ君」

「いや、ちょっと……」

 海鳴温泉の悪夢が、ユーノの脳裏によみがえる。きゃっきゃっうふふと盛り上がる女子トークに耳をふさぎ、下着姿の少女達を見てはいけないと視線をそらすその姿は、どう見ても不審人物そのものであった。

 はやてとしてはいい機会なので、少しは女体に慣れてもらおうとしたのだが、やはりユーノにはまだ早過ぎたようだ。

「どうしたの? フェイトちゃん。もしかして、気分悪い?」

「ううん、なんでもないから。気にしないでね」

 単に目のやり場に困っているだけだ。ベージュの下着に包まれた意外と豊かななのはのバストから目をそらしつつ、ユーノはなんとかあたりさわりのない受け答えをする。普段のフェイトとは異なる反応に怪訝そうな表情を浮かべるものの、なのははそれ以上追及しなかった。

 上手くごまかしきれたかと、ユーノが安堵したその時である。勢いよく開いた脱衣所の扉から、勢いよく一人の人物が飛び込んできた。

「ユ……ユーノ君?」

「え? あ……なのは……?」

 女の子達が和気あいあいと服を脱いでいるところに、全裸の男が飛び込んでくる。このシチュエーションに、一瞬であるがその場にいる一同が凍りついた。

「おかしいな……。ユーノくんったら、どうしちゃったのかな……?」

 静寂を打ち破るように、なのはの静かな声が響く。

「子供の頃なら悪戯ですむけど……大人になってからやったら犯罪なんだよ……?」

「ちょっと待った、なのはーっ!」

「少し、頭冷やそうか……」

 なのはの右腕に形成されたクロスファイアーがユーノに命中する寸前に、間一髪でフェイトは飛び込む事に成功するが、結局二人まとめてなのはの砲撃の餌食となってしまう。

「フェイトちゃんどいてっ! これじゃユーノ君とお話しできない……」

 話し合い以前の問題じゃないだろうか。全身に走る魔力ダメージの痛みに顔をしかめつつ、ユーノはすぐそばになんだか柔らかいものがあるのを感じた。

「あれ? フェイト……?」

「ユーノ……?」

 見つめ返す瞳の中に映るもの。ユーノの中にはフェイトがいて、フェイトの中にはユーノがいる。

「元に戻ってる……。そうか、強い魔力ダメージを受けると元に戻れるんだっ!」

 そう言って、勢いよく立ちあがったユーノの腰からタオルがはらりと落ちる。女性陣の視線が集中するなかで、あらわになるフェレットさん。

「ユーノ君の……」

「いや、ちょっと待ったなのは。落ち着いて話し合いを……」

「バカーっ!」

 再度解き放たれたクロスファイアーが、ユーノに迫る。咄嗟に防御魔法を展開して対抗するユーノであるが、片手でフェイトを守りながらではなのはの魔法に押し切られてしまいそうになる。

 それでもなんとか攻撃の方向をそらし、直撃コースだけは避けたのだが、そこでユーノは力尽きて倒れてしまう。方向をそらされたクロスファイアーはそのまま天井をぶち抜いて虚空の彼方へと消え、脱衣所にはもうもうと立ち込める煙と天井から崩れ落ちてきた瓦礫の山だけが残された。

「あの……部隊長? どうしてユーノ先生はこんな事を……?」

 あまりの惨状にかけていた眼鏡がずり落ちそうになるのを押さえながら、はやての展開した防御結界の中からシャーリーがおずおずとした感じで訊いた。

「まあ、シャーリー達も言いたい事が山ほどあるんやろうけどな……」

 そう言って、はやては瓦礫の山を見る。

「先ずはこいつらをしょっぴいてからや」

 瓦礫の中にまじって、カメラを構えた男達が折り重なるようにして倒れていた。彼らの持つカメラには六課女性局員の着替えなどの盗撮映像が記録されていたため、その場で現行犯逮捕となる。

 

 このところ六課では、女性局員を狙った盗撮と思しき被害にあっていた。相手はよほど魔力感知を回避する手段に長けているのか、これまで全く足取りをつかめずにいた。そこではやてはユーノと協力し、事態の収集に努める事とした。

 パパラッチの存在を感知したユーノは勇気あるストリーキングを敢行し、自らを犠牲として彼らの耳目を集める囮となった。そして、全裸で女湯の脱衣所に飛び込むというスキャンダラスな出来事を演出し、なのはとの見事な連携で彼らを一網打尽としたのである。

 多少強引な説明ではあったものの、なんとかはやてはシャーリー達女性局員の了解を得る事に成功し、とりあえずユーノに対する罪は問わない事となったのだが、どうしても納得できない人物が一人いた。

「どうしてはやてちゃんは、ユーノ君の中身がフェイトちゃんと入れ替わっているって言ってくれなかったの?」

「言ったら言ったで、どうするつもりやったんや? なのはちゃんは?」

「それは……少しだけ痛いの我慢しようかなって……」

「なに考えとるんや?」

「はやてちゃんだって、少しだけ痛いの我慢するつもりだったくせにっ!」

 その後も部隊長室からは、喧々諤々と言い争う声が夜通し響いたという。

 

 そんな機動六課の、いつもの日常であった。

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