第一話

 

「ああ……疲れた……」

 無限書庫での作業を終え、本局内に用意された個室へ戻る帰り道。ユーノ・スクライアはふとそんな事を口にした。労働時間は本局の定めるところの九時五時制だが、いかんせん書庫での作業は検索業務が多く、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が多い。

 それでなくても、長年放置されてきた書庫の整理もしなくてはいけない。あの闇の書事件以来、ユーノは司書として無限書庫に勤務してから三ヵ月くらいしか経過していないが、膨大な未整理区画が残されている現状には頭を抱えたくなる。無限書庫は『世界の記憶が眠るところ』と呼ばれるが、現段階で確かに眠ったままなのだ。

 そもそも無限書庫は時空管理局が創設されるはるか以前より存在しており、そこに収蔵されている最古の書物は約六五〇〇年前のものだ。それだけの期間にわたって数多の有形書籍が収集されつづけているのだから、ある意味において無限書庫もロストロギアであるのかもしれない。

 書庫の整理だけでも大変なのに、ただでさえユーノの様な結界魔導師は数が少なく、優秀な人材はどこの部隊でも重宝するという理由で、管理局嘱託魔導師として結界構築などの任務には現場出向もこなさいといけないのでは体が休まる暇もない。

 書庫の整理も司書としての権限で人を使って指示をしろとクロノからは言われているものの、司書長をはじめとした高年齢化の進む司書の皆さん達(大半は元管理局員で、定年退職後に嘱託という形で勤務している)や、たまにヘルパーで来てくれる遺失物管理班の局員にそこまでしてもらうわけにもいかない。

 結局、日がな一日を無限書庫の中でひたすら整理をして過ごしているユーノであった。

 この後部屋に帰って食事を摂り、一眠りしたら書庫勤務。未だ九歳という年齢でありながら、ユーノは中年サラリーマンの悲哀がよく似合う少年になっていたのである。

「ただいま……」

 俯き加減で重い足を引きずるようにして自室の扉を開き、誰もいない部屋に向かって声をかける。今にして思えば、この時彼は運命の扉を開いてしまったのだろう。

「あ、お帰りなさいませ。お疲れ様でした」

「はい……ただいま……」

 予期せぬ声に、半ば呆然としながら言葉を返すユーノ。見上げると、そこには見慣れない女性の姿があった。

 足をぴっちりとしたタイツの様なもので包み、裾の丈が長い前開きのジャケットの胸元は大きく開けられて谷間が露出して、帽子をかぶったはちみつ色のショートヘアで人懐っこい柔和そうな微笑みを浮かべている。

「すみません。どちらさまでしょうか……?」

 至極まっとうなユーノの質問に、女性はうっかりしていましたと言わんばかりに表情を変える。

「これは自己紹介が遅れました。私はプレシア・テスタロッサの使い魔で、フェイトの教育係を務めていたリニスです」

「リニス……?」

 その名前はフェイトの公判のときにも何回か耳にした記憶がある。しかし、その話によるとリニスはもうすでに消滅しているはずだ。だとすると、今ユーノの目の前にいるリニスは何者なのか。ユーノがそれを問いただそうとした時だった。

「おかえり〜、ユーノ〜っ!」

「へぶっ!」

 突然奥のリビングから飛び出してきた青い影が勢いよく飛びついて来たが、ユーノは玄関に倒れ込むような形でなんとかその体を受け止める。

「痛た……。君は確か雷刃の……」

「うん、雷刃の襲撃者。でも、今はレヴィ・ザ・スラッシャーだよっ!」

 ほとんど騎上位とも取れる体制でユーノの上に跨ったまま、フェイトにそっくりな青髪の少女がニコニコと微笑んでいる。

「レヴィ、ユーノに失礼ですよ」

 冷静な声に顔をあげると、なのはによく似たショートヘアの少女が、ユーノに抱きついて甘えている様子のレヴィを冷ややかに見つめていた。

「え〜と、君は確か星光の……」

「はい、星光の殲滅者です。ですが、今はシュテル・ザ・デストラクターです」

「そして、我こそが闇統べる王、ロード・ディアーチェだ……って、どこにいくのだ? ユーノ。我は無視か? お〜い……」

 まだ何事か言っているはやてにそっくりな少女の脇を、レヴィをまとわりつかせながら通り抜けたユーノは、開け放ったリビングの扉の向こうに信じられない光景を見た。

「あら、お帰り」

「お帰りなさい」

「お帰りなさい、ユーノさん」

「お帰りなさいませ」

「お帰り」

「お帰りなさい」

「お帰り〜」

「お帰りなさい」

 部屋の一番奥にあるバルコニーに面した六畳のリビングでは、年齢もまちまちな七人の女性と一人の少年がテーブルを囲んでいた。

「な……なんなんだ? 君達はっ! ここは僕の部屋だぞっ!」

「まあまあ、落ち着いて。今から事情を説明するから」

 ぱっと見た目はクールな印象を与えるものの、どこか脱力するような感じの声をしたピンク色の髪の少女が口を開く。

「その前に自己紹介をするべきでは? 私は運命の守護者アミティエ・フローリアンです」

「それもそうね。わたしは時の操手キリエ・フローリアンよ」

「プレシア・テスタロッサよ」

「改めまして、プレシアの使い魔リニスです」

「夜天の魔導書管制人格のリインフォース」

「我こそは闇統べる王、ロード・ディアーチェだ」

「星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクターです」

「僕は雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャーさ」

「はじめまして、高町ヴィヴィオです。ミッド式のストライクアーツをやっています。こっちはわたしのデバイスでクリスです」

「覇王流カイザーアーツ、ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルトです。こちらは私のデバイスでティオと言います。よろしくお願いします」

「エクリプス・ウィルス感染者のトーマ・アヴェニールです」

「リアクトプラグのリリィ・シュトロゼックです」

「え〜と、無限書庫司書のユーノ・スクライアです」

 ヴィヴィオのそばでふよふよと浮かぶ白いウサギのぬいぐるみと、アインハルトの膝の上でじゃれているトラネコのぬいぐるみの姿にめまいをするものを感じつつ、自己紹介を終えたユーノはなんとか本題に入ろうとした。

「それで、君達はどうしてここに?」

「だって、もうすぐ劇場版の第二弾が公開されるっていうじゃない」とプレシア。

「対戦型格闘ゲーム第二弾の発売も間近に迫ってきていますし」とリニス。

「……ゲームの時間軸では、まだ私は消えていないらしくてな」とリインフォース。

「それにあわせて我らも無事に復活し」とディアーチェ。

「ゲームに参戦も決定した事ですし」とシュテル。

「王様が復活して、僕らが復活しない道理はないよね?」とレヴィ。

「これまでに鍛え磨き抜いた自分の技を試すいい機会ですし」とヴィヴィオ。

「ヴィヴィオさんが参戦するというので」とアインハルト。

「僕にはちょっと事情がのみこめないんですが……」とトーマ。

「はい。わたしもちょっと……」とリリィ。

「そんなわけで、みんな連れてきちゃいました〜」とキリエ。

「すいません、ピンクで不肖の妹がご迷惑を……。本当にすいません」とユーノに向かってぺこぺこと頭を下げるアミティエ。

 当のユーノにしてみれば、迷惑な話であった。

 

「それにしても、いいんですか? プレシアさん」

「なにが?」

「この時代に来たっていう事は、フェイトにも会わなくちゃいけないっていう事ですよ? ジュエルシードの事件からそれほど時間も……って、プレシアさん?」

 ユーノの言葉を受けたプレシアは、なぜか頭を抱えて部屋の隅にしゃがみ込んでしまった。

「わ……わかってるわよ、それくらい……」

「わかってるなら……」

「どんな顔してフェイトに会えばいいっていうのよ? あんなにひどい事してきたのに、今更あわせる顔なんてないわっ!」

「ああ……」

 確かにフェイトの体には親から受けたと思しき虐待の後があり、アルフの証言からもそれは証明されている。お腹を痛めて産んだ子ではないが、そんな虐待を娘に加えておいて、いまさらおめおめと顔を出せたものではない。

「リインフォースは? はやてのところに行かなくていいの?」

「私の身勝手で主に別れを告げたというのに、いまさらおめおめと顔を出せるものか……」

 そう言ってリインフォースもプレシアと同じく、部屋の隅で頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。そこでさっとあたりを見回してみると、マテリアルの三人娘は言うに及ばず、なのはの娘を自称するヴィヴィオやその友達のアインハルトはもちろん、さらにその先の未来からやってきたというトーマとリリィも、その存在を公にするわけにはいかない。そもそもエクリプス・ウィルスってなんだ、という状況だ。

 アミティエとキリエもこの時代の人間ではなさそうだし、ユーノは全員揃ってここに匿うのが無難な様な気がしてきた。

 

「まあ、プレシアさんはフェイトさんのお母様なのですか?」

「そういう事になるわね……」

「それでは、プレシアさんはヴィヴィオさんのお婆様なのですね……」

 多少天然の入ったアインハルトの一言にプレシアが固まる。

「どういう意味かしら?」

「ヴィヴィオさんは、なのはさんとフェイトさんのお二人がお母様なんですよ。ですから、そのお母様でいらっしゃるプレシアさんは、ヴィヴィオさんのお婆様です」

「にゃあ」

 同意するように、アインハルトの膝の上でティオが鳴く。それ以前に女同士でどうやって子供を作ったのか疑問に思うユーノであったが、ヴィヴィオが養女という事で少しだけ安心するのだった。

「良かったですね、プレシア。こんな形で孫の顔を見る事が出来て」

 キッチンから響いて来た多少いじわるっぽいリニスの言葉に、僅かに頬を染めて顔をそむけるプレシアであった。

「こっちのヴィヴィオと僕はまだ出会っていないのかな?」

「どうでしょうか。聞いた話だとわたしにとってここは14年前の世界みたいなので」

「僕にとってここは16年前の世界だしね……」

 トーマとヴィヴィオの会話に、すぐそばでリリィが微笑みながら耳を済ませている。

「ここは……こうすればいいのか……? リニス」

「そうですよ。流石ですねリインフォース」

 キッチンではリニスとリインフォースが仲良く食事の支度をしている。

「なるほど、あの管制人格……リインフォースと子鴉めが一緒にいるところに我が現れる。そこにキリエが乱入するという手はずだな?」

「そうそ、そこでわたしが王様に話しかけるから。この時代、この世界じゃないと出来ない事があるのよね」

「とりあえず、僕はフェイトを挑発して夜の街中を飛べばいいんだね?」

「これでどちらが強いか、やっと決着がつけられそうです」

「そして、私が高町なのはと相対すると……。この時代、この世界の人達に迷惑をかけたくはないけど……」

 そして、夕食が出来るまでの間、ああでもないこうでもないとマテリアル達とフローリアン姉妹が仲良く話しているのを見て、ユーノも幸せだなあと……。

「思うかあっ!」

 突然大声を出したユーノに、その場にいた一同は何事かと顔をあげる。

「どうして僕のところなの? なんでみんなが僕の部屋にいるの? どうして誰もこの状況をおかしいって思わないんだよっ!」

「まあまあ、落ち着いて。同じゲームに登場する仲間じゃない」

「これが落ち着いて……って、なに? ゲーム?」

「そうです。ユーノさんも今回のゲームには参戦が決定していますよ?」

「いやいやいや、ちょっと待ってよ」

 キリエとアミティエはそう言ってなだめようとするが、ユーノにとってはいきなりすぎて寝耳に水もいいところだった。

「僕は結界魔導師だよ? 攻撃魔法なんて使えないし、そんな僕が対戦格闘だなんて……」

「自信がないなら……」

 そう言って、プレシアがゆらりと立ち上がる。手には愛用のデバイスを杖からムチに変化したものを持っていた。

「今から特訓ね。頼んだわよ、リニス」

「はい、プレシア」

「あの……お手柔らかに……」

 その圧倒的なまでの迫力に、消え入りそうな声で身を震わすユーノであった。

 

 かくして、ゲーム発売日に向けたユーノの特訓と、この奇妙な同居生活がはじまりを告げたのだった。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送