第三話

 

 ひょんな事から始まったユーノの奇妙な共同生活は、日を追うごとに混迷の様相を呈してきた。

 なにしろ、ユーノに割り当てられた独身寮の六畳一間には、プレシア、リニス、リインフォース、トーマ、リリィ、アインハルトの大人組と、ヴィヴィオ、ユーノ、ディアーチェ、シュテル、レヴィの子供組に加え、不定期的にアミティエとキリエの二人が顔を出す。

 部屋のつくりは文字通りのウナギの寝床で、玄関から伸びる長い廊下の左手にバス、脱衣所つきの洗面台、トイレ、キッチンと順番に続いて奥のリビングへと至る。壁面には収納式の棚や埋め込み式のテレビなどが設置されているので、スペースを有効に使う造りではあるものの、居住空間そのものは一人用なので合計一三人の男女が出入りするともなると、その部屋の狭さゆえにプライベートもプライバシーもなくなってしまうせいか、少なからずのトラブルに直面する事もあった。

 ユーノやヴィヴィオ、アインハルトを除いては、ほとんどのメンバーが使い魔や魔導生命体であるが、結局のところその肉体を維持するエネルギーを得るには食事を摂るのが一番なのは言うまでもない。そして、食べるものを食べれば、出すものを出すのは道理である。

 特に女性が多いだけに、朝のトイレは順番待ちの行列が日常の光景となった。

「王様〜、まだ〜?」

 コンコンコン、とリズミカルにノックを響かせ、タンタンタンと軽く足踏みするレヴィ。その一連のアクションからは、かなり切羽詰まっている様子がうかがえる。

「うるさいぞ、今入ったばかりで急かすでないわっ!」

「早く、早く〜……」

 こんな感じのやりとりは、実のところまだ可愛い方だ。

 ユーノがトイレの順番待ちで、うっかりシュテルとはち合わせるとえらい騒ぎになる。

「……入ってはいけません」

「いやいやいや、そんな事言われても……」

「レディがトイレに入った後、殿方は一時間後に入るのがエチケットですよ? あなたにはデリカシーと言うものがないんですか?」

 普段あまり表情を変えないシュテルが、この時ばかりは形の良い眉を吊り上げて怒りの表情をあらわにする。自分とあまり年の変わらない、なのはそっくりな少女にそう言われてしまうと、ユーノとしてもどうしたらよいものか。

 どうして、シュテルはあんなに怒っているんだろうか。さっぱりわけがわからないと、ユーノがトイレの扉の前で立ち尽くしていた時だった。

「……あの」

 不意に背後から、おずおずとした声がかけられる。

「入らないのでしたら、先に入ってもよろしいでしょうか……?」

 そこには、顔を真っ赤にしてもじもじとした様子のアインハルトが立っていた。このとき、ユーノの待機時間の延長が決定した。

 後日ユーノの部屋のトイレには、フローラルな芳香剤が大量に置かれる事となる。

 こんな感じでユーノの部屋は次第にいい匂いに包まれるようになり、これまで固形栄養食とミネラルウォーターしか入っていなかった部屋に作りつけの冷蔵庫には、常に大量の食材がストックされる事となった。ハウスキーパーとしても優秀なリニスによってしっかり栄養管理はされているし、部屋は常に清潔な状態が保たれるようになった。そういう意味で、ユーノの生活環境は劇的な変化を遂げた。

 このように考えるといい事ばかりの様な気のする同居生活であるのに、なぜか釈然としないものを感じるユーノであった。

 

「仕事?」

「はい」

 大人も子供も一緒になって同じテーブルを囲み、みんなでワイワイと朝食に舌鼓を打つ光景に、なんだかスクライアのキャンプみたいだな、とユーノが現実から目をそむけていた時、突然リニスがそんな話を切り出してきた。

 確かに現在この人数の衣食住は、今のところユーノの収入に依存している。しかし、九歳と言う年齢に加えてまだ三ヵ月程度しか勤務していない状況では、それほど金銭的に余裕があるというわけでもない。

 とはいえ、年頃の女の子を着たきりすずめにしておくわけにもいかない。トイレットペーパーなど生活必需品の消費も増えているし、食費の方はレヴィがあの細い体のどこに入るのかわからないくらいの健啖ぶりを発揮しているので、いずれ財政を圧迫していくであろう事が予測されている。

 この状況を打開するには働いて収入を得るのが一番なのだが、未来からの渡航者や死んでいるはずの者が働ける場所などあるはずがない。

 いくら時空管理局が局の業務に対して前向きであれば、出自も過去の履歴も問わないというスタンスであったとしても、物事には限度と言うものがあるのだ。

「そう言われても……」

「なんでもいいんですよ。家庭教師でもレジ打ちのパートでも……」

 リニスはそういうが、生憎とユーノにそういったコネはない。困った事に現在の無限書庫勤務も、どちらかと言えば成り行きに流された結果ともいえるからだ。

 確かにプレシアが維持するのも大変というくらい優秀な使い魔であるリニスであれば、家庭教師としても引く手あまたであろう。しかし、ここが本局と言うところに問題があった。

 時空管理局の本局は次元の海に浮かぶコロニーであり、多くの局員がここを生活の場とするのだが、一般人の居住者はそれほど多くない。その理由は、完全閉鎖空間となる本局では、通常の電気や水道の料金に加えて空気の税金まで徴収される事にある。

 管理局員などの公務員であればそうした税制面での優遇措置が受けられるが、一般人では税制面での負担が大きくなりすぎて生活が大変になる。それならどこかの次元世界に居を構えた方が、税制面での負担が少なくなる場合もあるからだ。また、次元世界に住んでいても転送機を使えば、移動する手間も時間もそれほどかからないのでわざわざ本局に住むメリットがない。

 そんなわけで本局にはリニスが教えられるような子供が少なく、家庭教師をつけるよりはどこかの次元世界で普通に学校に通わせた方いい。欲しいものがあるときは本局の通販サイトに注文すれば部屋に転送してくれるので、わざわざ店に行く必要もない。少なくとも本局では、まったく需要がない職業なのだ。

 ユーノの口からプレシアに働けと言うわけにもいかないし、リインフォースもトーマもリリィも色々と問題がある。ディアーチェ達の実力ならすぐにでも武装局員になれそうだが、彼女達の存在は極秘事項であるし、アインハルトとヴィヴィオは学生の身だ。さて、どうしようかとユーノが思いはじめたその時だった。

「話は聞きました」

「あたし達にお任せにゃーっ!」

 リビングの扉を開け放ち、ばばーんと言う効果音と同時に飛び込んできた二人がびしっとポーズを決める。

「……なにしてるんですか? リーゼアリアさんにリーゼロッテさん……」

 それ以前にどうしてここに、というのがユーノ最大の疑問であるが。

「ふっふっふー、それはだね……」

「今度のゲームに参加が決まったから連れてきたのよ」

 リーゼロッテの言葉を途中で遮ったのは、いつの間にか帰ってきていたキリエだった。よく見るとみんなと一緒になって朝食を食べている。

「すいません。ピンクで不肖の妹が本当にすいません」

 ぺこぺこと頭を下げるアミティエの手にも、しっかり朝食のトーストが握られていた。こういう突然の来客にも、しっかり対応できるトーマの能力には驚かされる。

「それで、リーゼさん達はここへなにしに?」

 彼女達のマスターであるグレアム提督はすでに引退し、故郷で静かに余生を送っている。

「あたし達はまだ新人教育や教導予約が残ってるしね」

「それにユノスケもこのゲームに参加するって言うじゃないか」

 リーゼアリアは黙々と、リーゼロッテはもりもりとトーストを食べながらそういう。

「あれ? でもリーゼアリアさんは魔法専門で、リーゼロッテさんは近接格闘専門じゃありませんでしたか?」

「うん、だから〜……」

 リーゼロッテはなにか面白いおもちゃでも見つけたような猫の目をしたまま、すすっとユーノにすり寄っていく。

「あたし達は二人一組で参加するのよ」

「あ〜ん、アリアってば。あたしがユノスケにそう言おうとしてたのに〜」

「二人一組で?」

 一瞬ユーノはそれでいいのかと思ったが、よくよく考えてみればトーマもリリィとユニゾンして戦うのだから二人一組と言えなくもない。確かに闇の書事件では仮面をかぶって暗躍していたくらいだから、彼女達が結構な実力者である事をユーノは知っている。

「まあ、それは口実としてもクロノがどこまで強くなったのか知りたいしね」

「元師匠としては、教え子の実力を知りたいのさ」

 この時ユーノは、それは口実で単に二人は面白そうだから参加するんじゃないかと思った。

「事情はわかりました。ところで、リーゼさん達にお任せって……?」

「ユノスケは、そこの子達の働き口を探してるんでしょ?」

「ええ、まあ……」

「あたし達のコネなら、いいとこ紹介してあげられるんだけど」

「そうそ、いい方法があるのよ」

「いい方法ですか……?」

「ヒントをあげるわ。あたし達の父様は誰かって事」

 

『ユーノ、先日依頼した暫定ロストロギア鑑定用資料の進捗状況は?』

「それならもう上がってるよ。今から送るから」

『ふぅ〜む……』

 送られてきた資料に一通り目を通したクロノは、彼にしては珍しく感心したように深く頷いた。

『どうした? 期日まではまだ三日以上あるし、いつもなら書庫の整理でいっぱいいっぱいだと怒鳴り返してるところじゃないか』

「まあね。この前依頼された裁判記録のデータも近いうちになんとかなりそうだよ」

『そうか……』

 最近は声変わりが辛いのか、多少かすれたような声が痛々しい。そのせいか、いつものからかい口調がない。自分もいずれああなるのかと思うと、大人になるのも考えものだと思ってしまうユーノであった。

『やっぱりあれかい? 新しく入った司書達のおかげか?』

「それはまあね。クロノも知ってたんだ」

『一応ね。グレアム元提督の紹介状とリーゼ達の推薦状があれば、レティ提督だって文句は言わないさ。それに君が面接をした相手なら安心だ』

 今の無限書庫は情報の墓場にすぎないが、本来の機能を取り戻せば時空管理局では最大のアナログデータベースとなるはずだ。それなのに、そこに勤務する人材の選抜がそんなにアバウトでいいのだろうか。ユーノにはそこが不安だった。

『それにしても、どこでそんな優秀な人材を見つけてきたんだ? レティ提督も君がどんな魔法を使ったのかって不思議に思っていたぞ』

「あ〜……そこのところは、企業秘密と言う事で。それにほら、スクライアは発掘が得意な民族だからね」

『ふむ、それならいいか。そういう部分も含めて君には期待しているんだ。じゃあ、早速ですまないが先日新しいロストロギアが発見されたんだ。それでその鑑定用資料を……』

「わかったから一覧をくれ。そうしたら捜索ヒット率の一覧を送るから、優先順位を決めたうえで送り返してくれ」

『了解』

 心配して損した。相変わらずなクロノの様子に、ユーノは心の底からそう思った。

「ユーノ〜、通信終わったのか〜?」

 するとそこへ、レヴィがひょっこりと現れた。

「ああ、今終わったところだけど。もしかして、もう本を届けてくれたの?」

「ボクのスピードがあれば簡単さ。さあ、次はなにを持っていけばいいんだい?」

 レヴィはフェイト並みのスピードがあるし、なにより結構力が強いので専ら本の移動と片付けを頼んでいる。

「とりあえず、今はいいや。用事があったら念話で呼ぶから、それまではディアーチェとシュテルの作業を手伝ってあげて」

「わかった〜」

 言うが早いか、レヴィはぴゅーと書庫の奥へと飛んでいく。

「ユーノ、ちょっといいか?」

 レヴィの後ろ姿を見送っていると、今度はリインフォースが話しかけてきた。

「とりあえず、書庫に納入されてきた新刊目録を年度別にまとめておいた。確認をお願いする」

「ありがとう。後で確認しておくよ」

 長年放置されてきて整理もままならない有り様なのに、無限書庫には各次元世界で発行された新刊が毎月納入されてくる。もっとも、納入といってもそれは元となった書籍から複製されたデータが、書庫内で本という形で保存されているにすぎない。そのため、書庫内であれば通常の本として閲覧が可能なのだが、そこから持ち出してしまうと雲散霧消してしまう。そういう意味で無限書庫は、門外不出の知識の宝庫と言えた。

 通常の書籍であれば長期(最古は約六五〇〇年前の物)にわたって保存し続ける事は不可能だが、プログラムデータという形であれば長期の保存は可能だし、バックアップさえ取っておけば破損した際の復旧も可能だ。そんなわけでユーノは、最初に無限書庫に搬入されたであろう新刊の日付にめまいがするような思いをしたものだ。

 収集というよりも、むしろ蒐集に近い納入方法から、なんとなくユーノは規模こそ違うものの、無限書庫と闇の書にはある種の共通点でもあるんじゃないかと思った。

 そこでリインフォースにはそうした書籍の整理から、すでに搬入されている書籍の確認を担当してもらった。流石に夜天の魔導書の管制人格だけあって、こうした作業はお手の物のようだ。また、意外な事にディアーチェとシュテルもこうした作業を得意としており、彼女達には本棚の整理をお願いしている。

 未来から来たヴィヴィオは司書資格を持っているので、アインハルトと一緒に率先して書庫の整理を手伝ってくれているし、プレシアとリニスも流石の領域で活躍している。トーマは本の移動など力仕事が専門だが、リリィの事務処理能力は流石の領域で、彼女には受付などの対外折衝を担当してもらっている。

 そんなわけで今の無限書庫には、恐ろしく優秀なスタッフが集っていた。

 はじめて無限書庫に足を踏み入れ、その後も司書として足を運ぶようになってから、あまりの荒廃ぶりに一時はどうなる事かと思ったが、気づけばこんなに大勢の人達がユーノを助けてくれている。それに感謝しながら、検索業務と書庫の整理の合間に新人司書のための育成マニュアルを作っておこうかと思うユーノであった。

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