第四話

 

「はい、いいですか? ユーノさん」

 今日もリニスの特訓は続く。無限書庫勤務を終えた後は少々だるいが、これも強くなるためだ。

「ユーノさんは格闘技に必要なものは、なにかわかりますか?」

「なにって……。やっぱりパワーとかスピードとかですか?」

「そうですね。確かにパワーもスピードも必要ですが、私がユーノさんに求めるのはパワーでもスピードでもありません」

「と、いいますと?」

「必要なのはただ一つ。テクニックです」

 なんだかよくわからないが、ユーノはとんでもなく難易度の高い要求をされたような気がした。

「テクニックですか……?」

 不敵な微笑みを崩さないリニスとは対照的に、ユーノの表情は懐疑的だ。そもそも格闘技なんてやった事もないのに、いきなりテクニックとか言われても反応に困る。

「リニスさん。用意できました」

(これでよろしいですか?)

 そこに現れたのは、リリィとリアクトして黒騎士モードとなったトーマがディバイダーを構えていた。全身にエクリプス・ウィルス感染者である事を示すタトゥーがはいったその姿は、正義の味方と言うよりは悪役であるようにしか見えない。

「では、今日の訓練に入る前に……はっ!」

 不意打ち気味のリニスのジェットスマッシャーがトーマに炸裂する。

 凄まじい衝撃音が鳴り響き、たちまちのうちに白い煙がたちこめる。事前にユーノが申請して外部と遮断する封時結界を構築しておかなければ、たちどころに管理局員が駆けつけてくるであろうレベルの攻撃だ。

「い……いきなりなんですか……?」

 かなりの魔力が炸裂したにもかかわらず、トーマは防御姿勢のままでちょっとびっくりしたような感じで佇んでいる。

「このようにトーマさんにはどういう理屈かはわかりませんが、魔力攻撃の一切が通じません。ですが、今回はポイント制のゲームですので、使用した魔力に応じてダメージがポイントされていきます」

 それなら、単純な魔力攻撃をするだけでも勝機はあるという事だ。

「この魔法無効化と言う能力は一見無敵のように思えますが、よく覚えておいてくださいね。実戦において、これさえあれば絶対無敵というセオリーは、実のところほとんどありません。どんなに完璧に見えても、意外なところに思わぬ落とし穴があるものです。例えば……」

 今度は軽いステップでトーマに近付くと、リニスは右拳を軽くトーマの顎先にヒットさせた。

「あぐっ」

 すると、いきなりトーマの体がぐらりと傾き、がっくりと膝をついて地面に倒れ伏した。実のところトーマはシューティングアーツをやっているギンガとスバル、ストライクアーツのインストラクターライセンスを持つノーヴェという具合に、義姉達が本格的な格闘技を習得しているので少しは心得があった。

 ところが、リニスはそんなトーマを一撃でダウンさせている。

「あの……今のはなにを……」

 一見無敵の様であったトーマが、女の細腕であっさりと意識を刈り取られた。目の前の現実に、ユーノの思考が追いつけずにいる。

「いくらエクリプス感染者に魔法が通じなくても、体の構造は普通の人間とあまり変わるところはありません。つまり、エクリプス感染者も人間の持つ体の構造上どうする事も出来ない弱点を内包しています。ちなみに、今のはてこの原理で顎先を急激に動かす事で脳を揺さぶり、脳震盪を起こさせました」

 リニスは事もなげにそういうが、そのテクニックの前にユーノは戦慄の念を禁じ得ない。確かにこの方法であるなら、パワーもスピードも関係ない。相手の急所に的確な一打をくわえる。ただそれだけのテクニックがありさえすればいい。

「肉体の方はいくらでも鍛える事が出来ますが、体の中身までは鍛えようがありません。それに魔法が通じないからと言って、痛覚までなくなるわけじゃありませんよ」

「僕に……出来るでしょうか……?」

「出来るか出来ないかは、やってみなければわかりません。それに出来たところで、今度のバトルではあまり意味がないですし……」

 ライフポイント制のゲームでは上手くポイントを管理して、いかに相手の隙を引きだすかの駆け引きの方が重要だろう。実戦であるならそういうテクニックも必要になるかもしれないが、先程リニスが披露したテクニックはゲームだとあまり関係がなさそうだ。

「どんな凄い能力の持ち主でも、体を使う事は訓練が必要です。基本的な体の動きをマスターするには、実戦で学ぶのが一番手っ取り早い方法でもあります。それを知るためにもユーノさん。どこからでもかかってきなさいっ!」

「よしっ! やるぞっ!」

 意外とノリやすいユーノは、リニスに向かって拳を突きだした。リニスは突き出された拳を軽く身をひねってかわすと、そのまま小脇にかかえるようにして関節を極める。

「うああああああああっ!」

「これがアームロックですよ、ユーノさん」

 ユーノの叫びは肘の関節を極められた事によるものか。それとも、密着したリニスの意外と豊かなバストのせいか。たまらず膝をついたユーノの背中に跨るようにして、リニスはもう片方の腕も極める。

「これがチキンウイングロックです」

 両腕を極められた痛みもよりも、ユーノの体に密着するリニスの太腿の感触がすさまじい。それからもリニスは次々と関節技を極めていき、そのたびにユーノは苦痛と快楽を同時に味わう事となる。

 こうして少年は大人の階段を一歩上っていき、その間中トーマはリリィの膝枕でいちゃいちゃしていた。

 

 勤務明けの訓練が終わると夕食の時間となる。作るのはリニスとリインフォース、それとトーマが日替わりで担当し、そこにディアーチェが加わるという布陣だ。シュテルもアシストとして参加しており、この豪華メンバーが成長期の子供の健全な育成を妨げないように配慮しつつ、技術と根性が身につくように考えられたメニューが食卓を飾る。

 一人だったころは適当に済ませていた食事も、大勢でわいわい食べるようになるとなにかが違う。単純な味だけではないなにかがあるようにユーノは感じた。

 食事が終わると入浴タイム。人数の増えたユーノの部屋では、お風呂に入るのも一苦労だ。特に女性が多いので、とにかく時間がかかってしまう。

 そんなわけで一人ずつ入っていくと、いつになったら入り終わるのかがわからないし、一人暮らしの部屋に設置されたさほど大きくない浴槽では大人数が一度に入るというわけにもいかない。そこでユーノ、トーマ、プレシアの三人は一人で入る事にして、残りのメンバーは髪の短い子が髪の長い子が洗うのを手伝うという形で、リニス×レヴィ、リインフォース×ディアーチェ、シュテル×アインハルト、ヴィヴィオ×リリィの二人一組と言う形になった。当初はヴィヴィオ×アインハルトと言う組み合わせだったのだが、それはちょっと、と言うアインハルトの申し出によってパートナー変更となったのである。

「あ〜……やっぱり生き返るな……」

 たっぷりお湯の張られた浴槽の中で、ユーノは大きく伸びをする。大人用と考えると少々小さめの浴槽であるが、ユーノには思いっきり手足が伸ばせる大きさだ。

 一人だったころは適当にシャワーで済ませていたが、こうしてたっぷりのお湯につかるのは実に気持ちがいい。いきなり大人数がやってきた時はどうなる事かと思ったが、家に帰るとお帰りなさいと声がして、食事とお風呂の支度ができている。そんななんでもない事なのに、なぜか幸せを感じてしまうユーノであった。

「う〜ん……」

 ユーノはふと自分の腕を見てみた。相変わらずの細くて白い腕で、ちょっとは筋肉がついて来たかなと思う程度でまったく変化しているようには見えない。

 今までは後方支援が専門で直接戦闘はほとんどした事はなかったが、ここ最近はリニスの訓練を受けて本格的な実戦稽古をするようになった。リニスは筋がいいとほめてくれるのだが、どちらかと言うと地味な訓練ばかりなので、実のところ本当に強くなっているのか実感はわかなかった。

 まあ、強くはなっているんだろうけど、とユーノはリニスを信じる事にした。よくよく考えてみればリニスはフェイトの魔法の師匠で、ヴィヴィオ達の面倒もしっかり見てくれている優秀な使い魔なのだから。

 だいぶ体も温まってきたし、そろそろ上がろうかとユーノが思ったその時だった。

「ユーノーっ! 一緒にはいろーっ!」

 バーンと入口の折戸を開け、凄い勢いでレヴィが浴室に入ってきた。普段ツーテールにまとめている髪を下ろし、タオルも巻かずに仁王立ちしているレヴィの堂々とした姿に、一瞬ユーノはなにが起きたのか理解できずにいた。

「うあああああああっ!」

 あまりのインパクトに足を滑らせたユーノは、そのまま湯船に沈んでしまう。これがテレビで放送されているなら湯気で隠すとかの演出もあるのだが、生憎とそんな気のきいたものはここにはなく、レヴィの透き通るように真っ白な素肌はもちろん、膨らみかけた胸の頂にあるピンク色の突起や、産毛すら生えていないお臍の下まではっきりと見えていた。

「もう、ダメですよレヴィ。ちゃんとタオルを巻かないと」

 その後ろから現れたリニスが、レヴィの体にタオルをきゅっと巻きつける。そのおかげでようやくユーノの騒ぎが静まった。

「なんでレヴィがここに?」

「一一歳以下なら一緒にお風呂に入っていいって聞いたぞ」

 どこの情報だ、と突っ込みたくなるユーノであったが、下手に突っ込むと藪蛇になりそうだったのでやめた。

「すみません、私も止めたんですが……」

 頭の猫耳を下げ、リニスもすまなそうに謝罪する。レヴィがこの調子なので、心配になってついてきてくれたのだろう。本当に優秀な使い魔だ。しかし、いくらタオルが巻いてあるとはいえ、その豊かな胸の膨らみやスタイルの良さまでは隠せるわけもなく、とにかくユーノは目のやり場に困ってしまう。

「いや……あのね、レヴィ……」

「袖すりあうも……多少のなんとかで、一宿一飯の恩義が……なんだっけ? とにかく僕はユーノに感謝してるから、背中を流しに来たっ!」

 そのあまりにも堂々とした宣言に、ユーノはただ唖然とするしかなかった。

 

「どうだ? ユーノ気持ちいいか?」

「あ、うん。上手だよレヴィ」

「そうかー。嬉しいぞ」

 たっぷり泡を含ませたスポンジで一生懸命に背中をこするレヴィの力加減が絶妙であるせいか、実に背中が気持ちいい。一人のときは適当にすませていたが、こうして誰かに洗ってもらうというのも格別だ。

「よし、これでおしまいっ!」

 高らかに宣言して勢いよく背中の泡を流したレヴィは流れてきた泡で足を滑らせてしまい、大きくバランスを崩してしまう。

「わわっ!」

「えっ?」

 レヴィはユーノの背中にしがみつくように倒れ込み、そのはずみでレヴィのおでことユーノの後頭部が激しくぶつかり、鈍い音が浴室内に響き渡った。

「痛たたた……。大丈夫? レヴィ」

「うん、なんとか……」

 バスタオルを一枚挟んでいるとはいえ、レヴィの柔らかな感触がユーノの背中に伝わってくる。そればかりか小さな突起が背中に二つ押し付けられているような感触もあった。

「それじゃ、交代だ。今度は僕がレヴィの背中を流してあげるよ」

「……うん」

 長い髪を真ん中から二つにわけたレヴィの白い背中がユーノの目の前に広がる。フェイトもそうだが、レヴィもこんな細い体であんな大きなデバイスを振り回しているのかと思うと、改めてすごいと思う。

「それじゃ、いくよ」

「うん……」

 さっきまでは元気いっぱいだったのに、なぜか今は妙に小さく縮こまっているように見える。それを不審に思いつつ、ユーノはレヴィの背中をスポンジでこすりはじめた。

「あ……」

「どうしたの?」

「大丈夫、ちょっとくすぐったかっただけ……。もう少し強くても…」

「そう?」

 今度は少し強めにこすってみると、レヴィがピクリと背中を震わせる。

「ごめん、強かったかな?」

「大丈夫……」

 レヴィはそういうが、こすった部分が赤くなってしまっている。予想以上のデリケートさにユーノは力加減の難しさを痛感した。まるで取扱注意のロストロギアを扱っているような緊張感がユーノを支配する。

「よし、おしまい」

 洗い終えたユーノは勢いよくお湯を浴びせて泡をとるが、レヴィの背中はところどころに赤くこすれた後がのこる痛々しい姿になっていた。無論この程度であればすぐにでも治るかもしれないが、それでもこの傷をつけたのは自分なんだとユーノは激しく後悔した。

「はい、ユーノさんはそこまでで結構ですよ。後は私がやりますから」

 二人が背中を洗いあっている間、リニスは湯船につかりながら微笑ましくその様子を見守っていた。がっくりと肩を落とした様子のユーノが浴室から出ていくのを見て湯船から出ると、リニスはレヴィの背中にまわった。

「さて、髪を洗いましょうか……。どうかしましたか? レヴィ」

 動かないレヴィを不審に思ったリニスが顔を覗き込んで見ると、レヴィは顔を真っ赤にしたまま固まっていた。

「……ねえ、リニス」

「なんですか?」

「もしかして僕って……ユーノととんでもなく恥ずかしい事をしてたんじゃ……」

 ようやくその事に気がついたレヴィであったが、時すでに遅かったようだ。

 

 その後風呂から出たユーノは、ばったりとシュテルと出会った。

 レヴィ達が入っているはずなのに、どうしてユーノがお風呂から出てくるのかと問い詰めるシュテル。それに対してユーノが返答に困っていると、さっぱりとした笑顔でお風呂から出てきたレヴィがきっぱりと言った。

 お風呂でユーノを気持ちよくしてあげたら、ユーノも僕を気持ちよくしてくれた。ちょっと痛かったけど我慢した。と。

 そして、顔を真っ赤にしたシュテルによって、ユーノの部屋は真・ルシフェリオンブレイカーの紅い光に包まれた。

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