第五話

 

 シュテルの放った真・ルシフェリオンブレイカーはトーマのディバイドで分断され、なんとか被害を最小限にする事が出来た。ただ、異常な魔力の高まりを感知した本局の局員に対する説明はユーノの想像以上に困難を極め、全てが終わった時にはかなり遅い時間となっていた。

「それでは、ユーノさん。おやすみなさい」

「ああ、おやすみシュテル」

「わかっているでしょうが、夜中にこの敷居を一歩でもまたいだら……」

「真・ルシフェリオンブレイカーですね。わかっていますとも」

 ユーノの返事に満足したのか、軽く頷いてシュテルはリビングと廊下を仕切る引き戸を閉めた。それを見送って軽く息を吐いたユーノは、同じく廊下で寝るトーマに声をかけた。

「それじゃ、僕達も寝ましょうか」

「そうだね」

 みんながここに来た当初は、フェレットモードで寝る事にして寝場所の確保をしようと思っていたユーノであったが、とある事情によってそれは断念せざるをえなくなっていた。

 それはレヴィ、シュテル、ヴィヴィオら年少組が、フェレットモードのユーノと一緒に寝る権利をかけて一触即発の状態になってしまった事もある。だが、ユーノにとってそれ以上に切実な問題となったのが、アインハルトのデバイスであるティオの存在だった。

 ティオの正式名称は、アスティオン。シュトゥラの伝説にある、勇気を胸に諦めずに進む小さな英雄の名前がその由来となっている。

 古代ベルカの覇王流を継承するアインハルトは、一般的に真正古代ベルカ式のインテリジェントデバイスは作りにくいとされている事もあって、長らく自分専用のデバイスを所有していなかった。近代ベルカ式であるならミッド語でエミュレートしたシステムを組めばいいのだが、真正古代ベルカ式は現在では失われた古代ベルカ語でシステムを組む必要があるため、そうした作業ができる技術者がほとんどいないのがその理由となっている。

 そこでティオの製造には、真正古代ベルカの大家族である八神家一同が全面的に協力していた。ユニットベースをリインフォース・ツヴァイが組み、AIシステムの仕上げと調整を担当したのが八神はやて。そして、シュトゥラの雪原豹をモチーフに、ぬいぐるみ外装をアギトが手作りしたのである。

 そういう意味では真正古代ベルカの特別仕様機とも言えるティオなのであるが、その外見はどこからどう見てもネコそのものであり、その性格もネコそのものである。愛嬌たっぷりの仕草と感情たっぷりに鳴く彼は、何気にゲームでもフルボイスだったりするのだ。

 喧々諤々と議論をする少女達の足元で、嫌な視線を感じたユーノは恐る恐る振り返った。

「にゃあ」

 そこには、新しいおもちゃを見つけたかのように瞳を輝かし、しっぽをぶんぶんと振りまわすティオの姿があった。その途端、ユーノの脳裏にかつてすずかに招かれたお茶会での出来事がよみがえる。

「きゅ〜っ!」

「にゃにゃにゃ」

 ユーノが逃げるのを見たティオがその後を追う。いくら相手がぬいぐるみ外装のデバイスであっても、フェレットモードのユーノから見れば巨大なネコに追いかけまわされるのとあまり変わらない。とにかく必死になって逃げるユーノ。

「きゅきゅ〜っ!」

「にゃにゃにゃ」

 ティオに追いかけまわされて狭い部屋を縦横無尽に走り回るユーノの姿に口論をしていた少女達が唖然とする中、それを見ていたリニスはなぜか内側から湧き上がってくる衝動を抑えるのに必死になっていた。

(いけません、そんな……)

 逃げ回るユーノを見ていると、服の下に隠されたしっぽがうずうずと動く。それはリニスの素体となっているヤマネコの本能がそうさせるのだが、リニス本人は強靭な理性でそれをおさえこもうとしていた。

(だめです……。私は誇り高きプレシアの使い魔……。ああ……だけど……)

 帽子の下の耳はぴくぴく、服の下の尻尾はぴこぴこ。背筋には理性では抑えきれそうにもない衝動がぞくぞくと駆け上がってくる。

 やがて部屋の隅に追い詰められてしまうユーノ。今まさに飛びかからんと身構えるティオ。その時、クリスが振り回した猫じゃらしに反応して、ティオの気がユーノから逸れた隙に素早くアインハルトが確保。そして、ユーノが人間に戻った事でこの騒動は終わりを告げる。

(……ネコなんて嫌いだ)

 この一件でユーノは、もうこの部屋でフェレットになれないと悟るのだった。

 ちなみに、この時以来リニスはユーノを見る目が変わり、後の訓練で関節技を極めた時につい熱が入ってしまったのはまったくの余談である。

 

 その後リビングは女の子が寝るスペースとなり、男の子であるユーノとトーマは廊下の壁面に設けられたクロゼットを開き、そこに布団を敷いて寝る事となった。なのは達の住む第九七管理外世界では季節が冬から春へ移り変わろうかという時期であり、廊下で寝ると寒いのではないかと心配する諸兄もいるかもしれないが、次元空間に浮かぶコロニーである時空管理局の本局は内部の空調が管理されており、どの場所でも常に一定の温度が保たれている。例えミッドチルダの夏が灼熱地獄であろうとも、冬が極寒地獄であろうとも本局には関係なく、部屋で寝ても廊下で寝ても気温に差はないのだ。

 女性陣はリビングに布団を敷き、ある者は一人で、またある者は適当にペアになって雑魚寝となっている。人間の住むスペースは、立って半畳寝て一畳あればいいという。こういう雰囲気をヴィヴィオはお泊まり会みたいだと評したが、どうにもディアーチェ達にはなじみが薄い。しかし、こうしてみんなで和気あいあいと寝転がり、眠りにつくまでの間まで取りとめのないトークに花を咲かせるのも悪くはないと思いはじめていた。

 特にレヴィには寝ている間に誰かれ構わず抱きつく癖があり、夜が開けた時にプレシアに抱きついて寝ていたときなど、その恐れを知らぬ豪胆さに誰もが目を見張ったという。

 そして、この夜。トイレに起きたレヴィは部屋に帰るのが面倒になったのか、そのまま廊下で寝ていたユーノの布団にもぐりこんだ。

 夜中に部屋を出て行ったきり戻ってこないレヴィを不審に思い、廊下に出てきたシュテルは驚きに目を見張る。

「……この手がありましたか」

 確かにシュテルはユーノに夜中この敷居をまたぐなと言ったが、レヴィの方からユーノのところに行くのではその限りではない。

 流石は力のマテリアル。その行動力には目を見張るものがある。シュテルはあたりを見回すと、そのままレヴィが寝ている反対側にもぐりこんだ。

 ユーノはなんだかいい匂いと心地良い暖かさに包まれている一方で、磔にでもされているかのようにまったく身動きが取れない寝苦しさを感じていた。まるで両側からなにか柔らかいものに挟み込まれているような違和感で目を覚ました翌日の朝、うすらぼんやりとした視界の向こうでなぜかディアーチェが冷ややかな視線で見下ろしているのに気がついた。

「女性に夜這いをかけるならまだしも、まさか自らの寝所に引っ張り込むとはな……」

 そこでようやくユーノは事態に気がついた。お互いにユーノの腕を枕として足をからめ、右にレヴィ、左にシュテルが挟み込むようにして抱きついて寝ていたのだ。これでは寝返りも満足に出来ないのも道理である。

「な、な、なんで君達がここで寝ているんだーっ!」

「あ……おはよう、ユーノ……」

「おはようございます」

 まだ半分寝ぼけているようなレヴィの笑顔と、なにか意味深な微笑みを浮かべているシュテルを見ているうちに、ユーノはある事実に気がついた。レヴィは半分寝ぼけてもぐりこんできたのだろうけど、シュテルは完全に確信犯でここにいるのだと。

 まるでさげすむかのようなディアーチェの視線を浴びながら、ユーノの朝はいつもの騒動と共にはじまりを告げるのだった。

 

「なるほど……そういう事ね」

 この日無限書庫で検索業務と整理を行っていたプレシアは、作業の片手間にやっていた検索結果を見て満足そうにうなずいた。

「あのヴィヴィオって子、私の孫とか言う話だったけど……。まさかこういう裏があったなんてね……」

 聖王の身体資質を持つヴィヴィオは覇王の身体資質を継承しているアインハルトとは違い、聖王教会に保管されている聖骸布より得られた遺伝子情報によって構成されたクローン体である。ヴィヴィオにはかつてプレシアがアリシアを復活させる一環として研究していたプロジェクトFによる人造魔導師開発の技術が流用されているので、それにより開発されたフェイトが娘ならヴィヴィオは孫と言っても過言ではない。

 遺伝子情報は肉体の姿形を決定するものなのであり、複製母体となった者の記憶や蓄積された経験まで継承するものではない。そのため、アリシアと同じ遺伝子を使用したフェイトは全く同じ容姿を持つが、アリシアの記憶や経験までは持ち合わせていない。そこでプロジェクトFではそうした記憶を継承したクローンの製造を目的としていたが、それにより生み出されたフェイトは結果としてアリシアの記憶を持つ別人となってしまった。

 アリシアのクローンを作成する。優れた人造魔導師を創造する。記憶の継承を行うという点では成功したが、結局のところアリシアが復活したわけではないため、プレシアにとってフェイトは失敗作となってしまったのである。

「ヴィヴィオはその技術が使われて生み出されているみたいだけど……。なるほどね。あの男が考えそうな事だわ……」

 自らの目的のためなら生命すらその手段とする。プレシアは無限の欲望とも言われるあの男の、ある意味狂気とも取れる笑顔を思い出してしまった。

 単純にゆりかごの駆動キーとして用いるためなら聖王の身体資質が継承されていればよく、聖王としての記憶や経験は必要ない。ある意味でヴィヴィオはそういう割り切った理念のもとに製造されているらしかった。

 そして、ヴィヴィオの存在以上にプレシアの興味を引いているのが、現在のこの状況である。

「はじまりの少年ユーノ・スクライアを筆頭に、闇の書事件に関わった全てのメンバー。マテリアルの少女達。私とリニス。聖王の身体資質を持つヴィヴィオ。覇王の身体資質を持つアインハルト。それに銀十字の書のゼロ因子保有者であるトーマ……。よくもまあ、これだけのメンバーを集めたものだわ……」

 そう言ってプレシアは自嘲気味の笑みを浮かべる。はるかな未来の時間軸にあるエルトリアからの来訪者であるフローリアン姉妹。一六年後の世界からの来訪者であるトーマ。一四年後の世界からの来訪者であるヴィヴィオとアインハルト。未来からの来訪者である彼らは元の時間軸の歪みを引きずった特異点となっており、その存在そのものがこの世界に歪みを与えている要因となった結果、本来接するはずのない並行世界のゲーム時間軸との融合をもたらした。

 異なる二つの世界が融合しているという複雑な状態である以上、迂闊なアクションはこの世界そのものの崩壊を誘発しかねない。未来に起きるであろう事がわかっていてもどうする事も出来ないという意味では、実に巧妙な仕掛けをキリエはしたものだ。

「実に大したものね、キリエ」

「あら、バレちゃってた?」

 いつの間にかプレシアの背後に回り込んでいたキリエは、気付かれているにかかわらずシニカルな微笑みを浮かべている。

「でも、さすがプレシアだわ。まさかこんなに早く気付かれちゃうなんてね」

「気付いたところでなにも出来ないわ」

 そう言ってプレシアはある情報をウィンドウに表示した。

「あなたがこの時代、海鳴市という場所で必要とするものは……。おそらくは完全稼働状態にある夜天の魔導書ね」

「どうしてそう思うのかしら?」

「管制人格プログラムであるリインフォース。防衛プログラムの構成体であるマテリアル三人娘。闇の書の闇を破壊した際に欠けてしまった夜天の魔導書を構成するピースが、今のこの時代には揃っている。そして、それを端的に示すのが、私とリニスの存在よ」

 自分がなぜこの世界に存在しているのか、意識がはっきりしてきたあたりからプレシアは疑問に思っていた。本来であれば肺病に侵された体は余命いくばくもないはずなのに、なぜか今は全くそんな様子が見られない。

 ほんの三ヵ月前に起きた闇の書の闇の欠片の残滓事件では、夜天の守護騎士やリンカーコアを蒐集されたメンバーが闇の書の欠片によって再生され、各所に結界を張って闇の書の闇を復活させようとしていた。しかし、この事件の対処に当たった管理局執務官クロノ・ハラオウンは、闇の書にリンカーコアを蒐集されていないにもかかわらず、再生された自らの思念体と交戦した記録が残っている。

 それはクロノの心の内側に存在する表に出す事のない負の感情が顕在したものと言え、そういう強い想いが闇の欠片を使って再生されたものと推測された。ある意味においては、なんらかの強い想いを抱いてさえいれば、闇の欠片の再生能力によって顕在化しうる事を示したと言える。

 プレシアやリニスは闇の書との直接的な関係があるわけではないが、闇の書に取り込まれたフェイトの記憶から再生された事がある。それは闇の書がフェイトに見せたなによりも幸せで、なによりも残酷な夢だったのかもしれない。つまり、プレシアとリニスが再生されているこの状態こそが、夜天の魔導書が完全稼働状態にある事の証左とも言えるのだ。

 それは確かに厳密な意味での復活とは違うのかもしれないし、所詮は闇の書の欠片がもたらす一時の夢なのかもしれない。しかし、ある意味でそれはもうすでに失われてしまった人との邂逅を果たす、唯一の手段なのかもしれなかった。

「仮にキリエの目的がそれだとしても、現状で私に取りうる手段はなにもなし。ちゃんと運命の歯車役として、台本通りに演じてあげるわ」

 それを聞いて、キリエの表情に安堵の色が灯る。

「結局のところ、これだけははっきりと言えるわね。これほど大掛かりな仕掛けを用意しているのに、やっている事はただの姉妹ゲンカなんだから」

「それは言わないで……」

 出来れば、それにだけは触れてほしくなかった。

 そんな人々の思いと裏腹に、運命の歯車は回り続ける。物語がはじまり、終わりに至るその時まで。

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