第六話

 

 この日ユーノは、不思議な寝苦しさで目を覚ました。まるでなにか柔らかいものに包みこまれてでもいる様な、そんな不思議な感触がすぐそばにある様な。

 多分きっと、またレヴィやシュテルが布団にもぐりこんできたのだろう。そう思ったユーノは騒ぎになる前に起きようと思い、静かに目を開けた。

「くー」

 ユーノの視界に飛び込んできたのは、まるで見覚えのない少女だった。自分と似たような感じの金色の髪で、フェイトみたいな感じのインテークを前髪で頭に作っている。背中の方ではふわふわとした巻き毛が、緩やかなウェーブを描いているのが特徴的だ。

「え?」

 その声に気がついたのか、少女はぱちりと目を開け、ぽーっとした表情でユーノを見た。

「きゃああああああああああっ!」

 突然起こった悲鳴に、何事かとシュテル達が部屋から飛び出してきた。そこで彼女達が見たものは、廊下の隅で口をパクパクさせながらがくがく震えているユーノと、ユーノの布団で安らかな寝息を立てている見知らぬ少女の姿だった。

「おお、そなたは……」

 この少女に見覚えがあるのか、ディアーチェがさっとユーノの布団に駆け寄る。

「し、し、し、知ってるの? ディアーチェ」

「うむ。彼女こそが我らが復活を目指していた。砕け得ぬ闇、アンブレイカブル・ダークそのものだ」

「……随分長い名前だね」

 なんとなく大変な事態の様な気もするが、ユーノの布団にくるまったままむにゃむにゃとしている砕け得ぬ闇を見ていると、とてもじゃないがそんな気にはなれない。

「あら〜、どうやら無事に復活できたみたいね」

「……もしかして、彼女の復活にはキリエが関わってるの?」

「うん。やっぱラスボスも必要かなって思って」

 また随分と余計な事を、と思い、ユーノは深いため息をついた。

「なぜだろう……。なんだかもう引き返せないようなところまで来てしまったような気がする……」

「すいません。ピンクで不肖の妹が、本当にすいません」

 ユーノの呟きに、アミティエがぺこぺこと頭を下げる、そんないつもの光景。おまけになのは達にはゲーム開始まで秘密と言われているから、なんとなく顔を合わせにくい状況が続いている。

「それにしてもだな……」

 砕け得ぬ闇が復活して嬉しい気持ちはあるものの、ユーノの布団で寝ているのは我慢が出来ないディアーチェ。そこには、自分だってまだユーノと一緒に寝た事が無いのに、と言う思いが渦巻いていた。

「ええ〜い、なにをいつまで寝ておるか。とっとと起きんかこの痴れ者めっ!」

「ダメ……」

 ディアーチェが引き剥がそうとする毛布を、砕け得ぬ闇は必死につかんで抵抗する。

「私を起こしたら、いけない……」

「なにを呑気な事を言っておるかっ! まだゲームははじまっておらぬぞっ!」

「む〜……」

 渋々と言う感じで砕け得ぬ闇は、眠い目をこすりつつ身を起こした。

「おふぁようごじゃいまふ……」

 そう言って砕け得ぬ闇はお辞儀をするのだが、お辞儀と言うよりは頭そのものがガクンガクンと揺れている感じだ。

「まったくこ奴ときたら……。いつまでも寝ぼけておるでないわ。顔でも洗ってとっとと目を覚ましてこい」

「む〜」

 まだ寝ているのか、布団から出た砕け得ぬ闇はふらふらと洗面所に向かって歩いていく。危なっかしい足取りで見ている方はハラハラするのだが、彼女自身は慣れているのか、器用に障害物を避けて歩いているようだ。

「まったく、相変わらずですね。あの子は……」

 それを見たシュテルが、呆れたように呟く。

「え〜と、知ってるのかな? 君達は……」

「当然です。だって私達は、ずっとあの子達と一緒に闇の中にいたのですから」

 その頃は今の様な姿があるわけではなかったが、それでもお互いの存在を感じ取る事は出来た。まさか闇の書に取り込んだリンカーコアから、このような姿になるとは思ってもみなかったシュテルではあったが。

 このような騒動で、ユーノの部屋に新たなる同居人が増える事となる。ちなみに、砕け得ぬ闇アンブレイカブル・ダークでは呼び方が長いので、彼女の略称であるU‐Dにちなんで、このSSではユーディと呼称する事にする。まるでどこかの錬金術師のようだが、まだゲームが発売されていないのだから仕方がない。

 そして、まったくの余談ながら、この騒ぎの間中ずっと寝こけていたレヴィであった。

 

 そんなこんなで砕け得ぬ闇も復活し、後はゲームの開始を待つまでとなったそんなある日の事であった。

「ね〜、ね〜、リニス〜」

「はい。なんですか? レヴィ」

 パタパタと駆け寄ってきたレヴィに、洗い物を終えたリニスはにこやかに対応した。

「なにかお手伝いする事無い?」

「はい?」

 突然の出来事に、リニスの目は点となる。それはレヴィが自分からお手伝いがしたいと申し出てきたからであったが。

「一体どういう風の吹きまわしですか?」

「うん、あのね……」

 この日ユーノはアミティエとキリエ、ヴィヴィオとアインハルト、トーマとリリィと一緒に第九七管理外世界のオキナワと言うところに出かけていた。

 季節は冬から春へ移り変わろうとする時期でまだまだ肌寒い日が続いているが、オキナワと言うところではもうすでに海水浴が出来るところもあるらしく、そこでGODBOX購入者特典用の撮影が行われる事となったのである。なんでもこの日のためにアミティエとキリエは水着を新調したらしく、一体何のためにここへ来たのやらと言った感じだった。ついでに予約特典のPRカードの撮影もしておこうと、ヴィヴィオ達も同行しているのだ。

 この撮影でカメラマンを担当するのがユーノで、キリエの話によるとユーノの前だと彼女達は実に生き生きとした表情になるのだそうだ。ちなみに、まだ温泉での集合写真は撮っていないので、それを知った時のユーノの反応が今から楽しみなキリエなのであった。

 と、いうわけでプレシアとリインフォースはユーノの代わりに無限書庫で検索業務と書庫整理をしており、リニスはその能力を活かしてヴィヴィオやディアーチェ達の家庭教師兼ハウスキーパーをしていた。

 レヴィが言うには、ディアーチェとシュテルはミッドチルダで人気の漢流ドラマに夢中で、ユーディはお昼寝中。そんなわけでなにもする事がなくて退屈だったレヴィが、暇でしょうがないからなにか手伝う事はないかと聞いてきたのだった。

「う〜ん、そうですね……」

 リニスは可愛らしく口元に指を一本当てて、こくんと首を傾げて考えた。レヴィの申し出は嬉しいが、あまり彼女に複雑な事をさせるわけにもいかない。しかし、レヴィの意向を尊重するうえでは、なにか用事を言いつけた方がいいだろう。

「それでは、レヴィ。今から買い物に行きますので、お手伝いしてくれますか?」

「うんっ!」

 

 二人仲良く手をつなぎ、海鳴市のスーパーへ買い物にやってきた。なにが嬉しいのかよくわからないが、妙にハイテンションではしゃいでいるレヴィを見ていると、ついついつられてリニスも笑顔になってしまう。

「それでは、レヴィ。私は買い物を済ませてきますから、あなたは……そうですね、好きなお菓子を一つ選んできていいですよ」

「わかったーっ!」

 元気よくお菓子コーナーに向かうレヴィを笑顔で見送り、リニスは精肉コーナーへと向かう。今日はひき肉が安いようなので、ハンバーグとかロールキャベツにしてみると面白いかと思う。とにかく家族が多いので、みんなでお腹いっぱい食べられるようなメニューを考えないといけないから大変だ。

 おまけに栄養のバランスまで考えないといけない。今夜のメニューを考えつつ、リニスが野菜コーナーへ移動した時だった。

「リニスーっ!」

 パタパタと駆け寄ってきたレヴィが、リニスの買い物かごにかかえていたお菓子をドサドサと落とす。

「もう、レヴィ? お菓子は一つと言ったはずですよ?」

「うん。だからね、これが僕でこれが王様でこれがシュテル……」

 さっさっさとお菓子を出してレヴィは一個ずつ解説をはじめた。ちなみにシュテルのお菓子がおせんべいなのは、これが最近の彼女のひそかなマイブームらしいからだった。

「これがヴィヴィオで、これがアインハルト。こっちがトーマで、こっちがリリィ……」

 どうやらレヴィは、一緒に暮らしている全員に一個ずつお菓子を選んだようだった。

「だって一人でお菓子食べてもすぐになくなっちゃうし、みんなで食べたほうが色々なのをいっぱい食べられるじゃないか」

 そのレヴィの言葉に、なぜか深く納得するもの感じるリニスであった。

 

「……それで買ってきちゃったの?」

「う……」

「リニスは少しレヴィに甘いんじゃないかしら?」

 そういうプレシアも、なぜかレヴィには甘い。かつてフェイトに辛く当っていた記憶がそうさせるのかもしれないが、ゲームで会ったときにどう接すればいいのか悩んでいると、よく似た容姿のレヴィが持つ天性の資質であろう天真爛漫さに癒されてしまう事もあるからだ。

 こういうところは改善するべきかもしれませんね、と小さく呟いて、リニスは夕食の支度に入る。丁度その頃、リビングでもちょっとした騒動が起きつつあった。

「……随分とたくさんのお菓子だね」

「ユーノも食べる? ポッキー」

「あ、うん。いただこうかな」

 いくら転送機があると言っても、本局と地球を往復するのは辛い。そのせいか、体が妙に甘いものを欲しているようだ。レヴィの差し出したポッキーにユーノが手を伸ばそうとした時、なにを思ったか彼女はポッキーを口にくわえてユーノに差し出した。

「ん」

「いや……レヴィ。それは……」

 このまま二人で両端から食べていけば、その途中でエンゲージする事となる。

「ん?」

 ポッキーをくわえたまま、可愛らしく小首を傾げるレヴィの仕草には妙に胸が高鳴るのを感じるユーノであるが、果たしてこのまま流されていっていいものかどうか。

「なにをしてますか、あなたはっ!」

 しばらく二人で見つめ合ったまま固まっていると、シュテルが背後からレヴィの頭をひっぱたいた。

「痛いな〜、なにするんだよシュテル」

「そういうあなたこそ、なにをしてるんですか?」

「なにって……男の子と女の子が一緒にお菓子を食べるときはこうするんでしょ?」

「そんな事は、しないさせないやらせないっ!」

 ものすごい三段論法だった。それ以前に、シュテルはレヴィがどこでそんな知識を仕入れたのかが気になる。

「なんだよ、もう……。文句があるならシュテルもやればいいじゃないか」

「私が……ユーノと……ポッキーを……」

 短い逡巡の後、シュテルはレヴィからポッキーを受け取ると口にくわえ、僅かに頬を赤く染め、静かに目を閉じてユーノに差し出した。

「ん」

「ん」

 ミイラ取りがミイラになる。不意にそんな諺がユーノの脳裏に閃いた。こういうときに男であれば、二人いっぺんに抱きしめて二本同時に食べるだろう。しかし、それが出来ないのがユーノ・スクライアと言う少年だった。

「え〜い、うぬらはなにをしておるかっ!」

「王様もやろうよ」

「なに……? 我もか……」

 レヴィの提案に、ディアーチェは少し考えた後にポッキーに手を伸ばす。

「ん」

 そして、口にくわえると熟れたトマトよりも真っ赤な顔でユーノに差し出すのだった。

 タイプの異なる三人の少女からの魅力的な提案であるのだが、そのうちの誰か一人を選んでも、三人同時に食べても角が立つ状況だ。そんなとき、ユーノの袖を誰かがクイクイと小さく引っ張った。

「ん」

 そこにはポッキーを口にくわえて差し出したユーディが、相変わらず眠そうな感じのトロンとした目でじっとユーノを見ていた。

「ん」

「ん」

 さらにそこへ、ヴィヴィオとアインハルトがポッキーを口にくわえて差し出してくる。目元が笑っているヴィヴィオは完全に悪ふざけのようだったが、それに付き合うアインハルトもアインハルトだった。

 そして、よく見るとクリスとティオの口にもポッキーがくわえられている。

(どうしろと言うんだ……?)

 たまらずユーノは一歩後ずさる。すると、少女達もそれに合わせて距離を詰めてくる。そんな事を繰り返しているうちに、ユーノの背中が壁についてしまう。そのまま壁伝いに移動して脱出を試みるユーノであったが、逃げる方向を間違えたのかついには部屋の隅に追い詰められてしまった。

 静かに迫るポッキーの砲列に、もはや絶体絶命となったまさにその時。

「ごはんですよ〜」

「はぁ〜い」

 リニスの一言で、窮地を救われるユーノであった。

 

 そんな騒動が繰り広げられていたその陰では。

「はい、トーマ。ん」

「よせって」

 イチャラブするバカップルの姿があったそうな。

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