第七話

 

「ふう……」

 自宅にいるのに、なんでこんなに疲れるんだろう。夕食を終えた後、ユーノはふとそんな事を考えた。

 シュテルやプレシア達との奇妙な同居生活がはじまってから、少なくとも食生活は豊かになり、いつもにぎやかで楽しい日々を送っている。レヴィにシュテル、ディアーチェにユーディの闇の書組を筆頭に、大人の魅力のプレシアに家庭的なリニス、いつも元気なヴィヴィオにもの静かなアインハルト、二人の世界に入っていくトーマとリリィに公私にわたってサポートしてくれるリインフォース。そして、今回の仕掛け人であるアミティエとキリエのフローリアン姉妹。

 いずれも負けず劣らずの美女や美少女に囲まれた生活と言う、ある意味ではものすごくうらやましい生活を送っているのだが、当のユーノにしてみればなぜか不思議と居心地が悪い。

 レヴィがユーノに幼くも積極的なアプローチをかけているのを見て、やきもちを妬いたシュテルが対抗意識からアプローチをかけてくる。その板挟みになるだけでも大変なのに、ディアーチェが呆れと羨望の入り混じった視線を向けてくるので気分としては針のむしろだった。

 おまけに最近では新たに加わったユーディが、レヴィの真似をしてユーノにアプローチしてくる。おそらくはマテリアル娘達のオリジナルであるなのは達の持つなんらかの感情が、彼女達に影響を及ぼしているのだろう。

 なのは達ではごく控えめであるその感情が、シュテル達では積極的になっているのだと考えられた。

 そんなわけで、先程の夕食の時間もユーノには大変な時間となっていた。

 

 この日のメニューはハンバーグにロールキャベツで、後は付け合わせの温野菜がお皿を彩っている。基本的にユーノの収入に依存している家計では、あまり食費に割くと言うわけにもいかない。おまけに人数が多いので毎日が大変なのであるが、それでも家族みんながお腹いっぱいになるようメニューを考えてくれるリニスには本当に頭が上がらない。

 また、少しでも安くて良い食材を吟味するディアーチェも、本当にご苦労様と言えた。

「それでは、みなさん。いただきましょう」

「いただきます」

 全員の声が唱和し、今日の夕食がはじまった。

「へえ、このデミグラスソース。いい味出てますね、リニスさん」

「あの……それは……」

 これだけのデミグラスソースを作るなら、かなり長い時間煮込む必要があるはずだ。それなのに、短時間で作ってしまうリニスの手腕にトーマは感心しているようだった。しかし、当のリニスはトーマの賛辞に、恥ずかしそうに俯くのみだ。

「実は……レトルトなんですよ、それ……」

 リニスの話によると、これは普通のハヤシライスのレトルトを水で薄めてロールキャベツをコトコトと煮込み、即席のデミグラスソースとしたものなのだそうだ。

「そうなんですか……」

 レトルトでこの味が出せるとは、第九七管理外世界の食文化はどうなっているんだろうか。自分でも料理をするだけに、トーマはそういう事に興味があった。こういうレトルト食品があれば、旅の途中でもリリィと出会った後の逃避行でも便利だったのではないかと。

 そんな感じでリニスとトーマがレシピ交換をしている間に、ユーノは少し困った事態に陥っていた。

「はい、ユーノ。あ〜ん」

 この日ユーノの右隣に座ったレヴィが、いつもの様にすごいいい笑顔でユーノにハンバーグを差し出してきた。

「え……え〜と、レヴィ?」

「ん?」

 こうまであからさまに好意を示されるのは、ユーノとしても悪い気はしない。それもレヴィの様なとびっきりの美少女ならなおさらだ。

 このままレヴィの好意を、素直に受け入れておくべきか。そうユーノが少しだけ悩んだその時だった。ユーノの左隣に座ったシュテルの方から、パキン、という乾いた音が響く。

「……あら、いけない。お箸が」

 恐る恐るユーノが隣を見ると、とてつもなくいい笑顔をしたシュテルの左手に、真っ二つに折れたお箸が握られていた。その背後からは嫉妬の炎がメラメラと立ち上っているかの様な雰囲気があり、とてもじゃないがユーノは生きた心地がしない。

 あらあらとリニスが立ち上がり、キッチンから代わりのお箸を持ってきて食事が再開となる。

「はい、ユーノ。あ〜ん」

「いや、だからねレヴィ……」

 すると、再びシュテルの方から、パキン、と言う乾いた音が響く。そんな事を繰り返していたせいか、この日は夕食の味が全くしなかったユーノであった。

 

「はい、トーマ。あ〜ん」

「だからリリィ、よせってば」

 ユーノがレヴィやシュテルと微妙な空気を演出している中、レヴィの真似をしたのかリリィもトーマにハンバーグを差し出してくる。だが、こうまで大勢いる中では、流石にトーマも恥ずかしい。こういうときにアイシスがいればなんだかんだでストッパーとなってくれるのだが、現状ではそれは望めない。

 そんなわけで、なんとなくアイシスに会いたくなるトーマであった。

「む〜……はんばぐ、美味しい……」

「え〜い、眠りながら食べるでないわっ! しかも貴様、ソースをこぼしておるではないかっ!」

 なんだかんだで面倒見のいいディアーチェが、半分眠っているようなユーディの世話を甲斐甲斐しくしているのだが、その視線は時折ちらちらとユーノ達の方に向けられている。レヴィの様に積極的になる事も出来ず、シュテルの様に可愛い嫉妬が出来るというわけでもない。なんとなくみんなよりも出遅れているような気がする。それが目下最大のディアーチェの悩みだった。

「はあ……」

 そんなユーノ達のやりとりを見つつ、ヴィヴィオは物憂げなため息をついてしまった。そんなヴィヴィオの様子を不審に思ったのか、アインハルトが遠慮がちに声をかけた。

「どうかしましたか? ヴィヴィオさん」

「いえ、あの……」

 ユーノ達の方を気にしつつ、ヴィヴィオは言いにくそうに口を開いた。

「あの半分でもいいですから、ママ達もユーノさんに対して積極的だったらと……」

 今頃はパパと呼べていたかもしれなかった。そうは思うのだが、今この場でなんとかしようとしても意味がない。今ここで未来の改変を行おうとしても、自分達が本来所属している未来の時間軸とは異なる未来の時間軸になるだけだからだ。

 結局のところ黙って見ているしかないので、なんとも歯がゆい思いをしているヴィヴィオであった。

 

 そんな事を考えつつ、一日の疲れを癒そうとユーノが脱衣所の扉を開いた時だった。中で衣服を脱いでいた人物と目があってしまう。

「きゃあああああああああっ!」

「……それはこっちのセリフよ」

 大きな悲鳴を上げたユーノを、呆れたような視線でプレシアが見ていた。よくよく考えてみれば、脱衣所には明かりがついていたのだから、中に誰かがいることは明白である。まさかプレシアが入っているとは、考えてもいなかったユーノではあるが。

「すみません。すぐに出ますから」

「待ちなさい」

 いそいそと脱衣所から出ていこうとするユーノをプレシアは止めた。

「今から私が出るのを待っていたら時間がかかるわ。せっかくだから一緒に入ってしまいましょう」

「いやいやいや、それはなにかと問題がありますから」

「なに言ってるのよ。ちょっと歳が離れてれば問題ないわ」

 ユーノの見ている前でプレシアは黒いレースのブラを外し、ユーノとトーマは絶対に中を見てはいけないと厳命されている蓋付きの籠に入れてから、魅惑的な微笑みを浮かべる。確かに世間一般では問題がないのかもしれないが、母親と一緒に入浴した記憶もないユーノにとってはとにかく恥ずかしい。

「リニスとは一緒に入ったんでしょ? だったら恥ずかしがる必要もないじゃない」

「いやいやいや、そういう問題じゃなくてですね……。ちょっと、プレシアさん。服を脱がさないでくださいってばっ!」

「なんの騒ぎですか?」

 中の騒ぎに気がついたのか、脱衣所の扉を開けてシュテルがひょっこりと顔をのぞかせた。

「え? え〜と……」

 脱衣所に現れたシュテルが見たのは、パンツ一枚だけと言うあられもない姿でユーノの服を脱がそうとしているプレシアの姿だった。

 これがレヴィ達やリニス達なら『この破廉恥小僧め、呪うぞっ!』とか言うところであるが、相手がプレシアであるとシュテルとしてもどうリアクションをしていいものか。どうしてそういう事になったのかまるで状況を把握できず、シュテルは点になった目のままでなんとか現状を理解しようとしていた。

「誤解しないでくれ、シュテル。僕がたまたまここに来たら……」

「一緒にお風呂に入ろうという事になったのよね」

「なってませんから」

「なにをぼやぼやしているの? ついでだから、あなたも一緒に入っちゃいなさい」

「わ……私もですか?」

「……しっかり着替えまで用意しておいて言うセリフじゃないわね」

 実はユーノと一緒に入る気満々だったシュテル。しかし、プレシアにはすべてお見通しだったようであった。

 

「……どうしてこうなったんだろう」

「あまりこちらを見ないでくださいね……」

「……流石に三人は狭いわね」

 恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、互いに相手を見る事も出来ないユーノとシュテルと違い、プレシアは落ち着いている様子だ。

「とりあえず、私は湯船につかるから、シュテルがユーノの背中を流してあげるといいわ」

 そう言ってプレシアは体に巻いていたタオルを外すと湯の中に身を沈める。緑色の入浴剤が入っているので全てが見えるというわけではないが、なぜかユーノとシュテルの視線はそのある一点に集中してしまう。

(浮いてる……)

(浮いていますね……)

 都市伝説で聞いた事はあるが、実際に目の当たりにするのはこれが初めてだった。

(そういえば、さっきプレシアさんは僕とはちょっと歳が離れているだけだって言ってたけど、プレシアさんって一体いくつなんだっけか……)

 ゆったりと湯につかるプレシアの姿をちらちらと見ながら、ユーノはふとそんな事を考えた。目尻のあたりには年齢相応の小皺が刻み込まれているものの、こうしてみる限りでは肌の色艶は良く、十分張りがあるように思えた。

(え〜と、確かプレシアさんは二三歳で結婚して二十八歳でアリシアちゃんを産んでいるんだよね……。それから二年後に旦那さんと別れて、アリシアちゃんが五歳の時に起きたヒュードラの暴走事故が二六年前だから……)

 無限書庫にあったプレシアのパーソナルデータからそこまで考えて、ユーノはある事実に気がついた。

(なんてこった……。ちょっと歳が離れているどころか、孫とおばあちゃんほども離れているじゃないか)

 それで四〇代女性とほとんど変わらない容姿なのだから、ミッドチルダの女性は化け物か、と思わなくもない。結局、怖い考えになってしまったユーノであった。

(ユーノってば、さっきからちらちらとプレシアの方ばかり見て……)

 確かに湯に浮かぶプレシアの豊かなバストを見ていると、シュテルは女としての格の違いを見せつけられたような気がする。

(やっぱり胸ですか? ユーノもやっぱりおっぱい星人なんですか?)

 シュテルはふと、自分の胸を見てみる。年相応と言えば年相応に慎ましい胸で、膨らみ加減と言う点では細身のレヴィの方が勝っているが、ディアーチェよりは大きいと思うのが密かな自慢だ。

 これで普通の人間であるならば将来に期待するところであるが、マテリアルであるこの身が成長するかはわからない。もしも、ユーノがおっぱい星人であるなら、いずれはヴィヴィオやアインハルトと同じく身体強化系の変身魔法で大人モードになるしかないのではないかとも考えてしまう。

 せっかくユーノの背中を流しているというのに、当のユーノがプレシアの方ばかり気にしているのではまるで意味がない。

 そんなわけで、シュテルのうれし恥ずかしお風呂イベントは、こういうグダグダで終わってしまったのである。

 

 この夜、ディアーチェは密かな野望を抱いていた。それは、ユーノの寝床にこっそり忍び込もうという計画であった。

 最大の障害となると思しきシュテルは、なにやら疲れた様子で早々に寝付いてしまったので、計画を実行に移すには今夜が最適である。

 しかし、思わぬ障害が、ディアーチェの前に立ちふさがった。

「むにゃむにゃ……。王様、大好き〜」

「うみゅう……。王様、あったかい」

「ええ〜い、貴様等離れぬかっ!」

 レヴィとユーディに左右からはさみこまれるように抱きつかれ、ディアーチェはまったく身動きが取れなくなってしまったのであった。

 

 そして、翌朝。トーマの布団でリリィが一緒に寝ているところが発見され、大変な騒ぎになった事は言うまでもない。

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