第八話

 

 ここは無限書庫。この日の検索業務と書庫整理の担当となったリインフォースとリリィが、作業の合間に談笑していた。

「そうか。まだ見ぬ二代目が、お前の師匠と言うわけか」

「はい、リイン師匠から色々教わっています」

 夜天の魔導書とユニゾンデバイス。銀十字の書とリアクトプラグ。いずれも古代ベルカの負の遺産と呼べるロストロギアであり、主と融合騎、因子保有者とリアクターと言う関係からも両者にも共通性がある。

 リインフォースは最後となった戦いの後、自分の持つ再生能力がいずれ闇の書の防衛プログラムを復活させてしまう事を懸念して、自ら消滅の道を選んだはずだった。

 しかし、どういう理由かわからないがこうして復活を遂げてしまい、周囲の人達の記憶もはじめからいた事になっているのが不思議だ。もっとも、リインフォースが復活したと言っても、再生プログラムを走らせていない状態ではいずれ消滅してしまうのは時間の問題である。どうやらこちらの世界のリインフォースは、消滅までの僅かな時間を主や仲間達と共に生きる事を選択したようなのだ。

 その結果としてリインフォースは蒐集した魔導を行使する能力はともかくとしても、防衛プログラムを強引に切り離した影響で融合機能に少なからず影響を受けていた。ユニゾン出来なくもないのだが、はやてとリインフォースの双方に多少の悪影響を及ぼしてしまうというものだった。

 これははやてがミッドとベルカの双方に適性があるハイブリットタイプの魔導騎士である事にも由来している。古代ベルカの初期時代に創造されたリインフォースは夜天の魔導書に記載されている魔導を行使するならともかく、はやて自身が後に習得したミッド式の魔導には対応しきれないのである。そのため、はやての能力を最大限に活かすためには、ミッドとベルカの双方に適性のある新たなる融合騎をつくる必要があった。

 そこで古代ベルカとミッドチルダの最新技術を融合させたハイブリットタイプの融合騎が開発される事となり、それがリインフォースをアインスとしたリインフォース・ツヴァイなのである。

 実のところリインフォース本人にはまったく身に覚えはないのだが、自分の後継機となる新しい融合騎の名前をツヴァイにするように言ったのが彼女本人だという。

 はやてからその話を聞いた時は、自分の話ながら安易すぎないかと思ったものだが、こうして未来からきたリリィの話を聞くかぎりでは、ちゃんとリインフォース・ツヴァイと名付けられているようだ。

 こうして無限書庫でユーノの手伝いをしているのも、新たな融合騎の創造や自己の延命の方法を無限書庫で調べているのだろうとはやては思っている。それ以外はなるべくはやてと一緒にいてさみしがらせないように心掛けてはいるが、なんとなくみんなをだましているような気がして、あまり八神家には帰らずにユーノの部屋に入り浸っているリインフォースであった。

「でも、まさかこうして師匠の先代に出会えるなんて、夢にも思っていませんでした」

「それはこちらも同じ事だ」

 本来なら決して交わる事のない運命の道が、どうした事かこうして一つに交わってしまっている。自分の未来はもう先がないが、主達の未来はこれからもずっと続いている事にリインフォースは安堵していた。

「しかし、そうなると会ってみたいな。私の名を継承するツヴァイに」

「リイン師匠も、同じ事を考えていそうですね」

 リインフォース・ツヴァイの誕生はアインスの消滅から二年後の事なので、現段階ではお互いに出会う事はない。もしも、この先の未来でツヴァイに出会う事があるのなら、やはり主と共に天翔ける融合騎としてのあり方を教えていたのではないかと思う。

 それにしても、とリインフォースは思う。かつては夜天の魔導書の管制人格プログラムとして永劫の時を存在してきた自分が、こうして消滅までの時を迎えるまでの間に平穏な時を得られたのもさる事ながら、消滅してもその想いを受け継いでくれているものがいてくれる事に喜びすら感じている。

 永遠は失われてしまったが、そのおかげでなにか大切なものを得たような気がするのだ。

「本当に私は幸せものだな。こんな最後の最後になって、良き主に巡り合えてこんなささやかなひとときを過ごす事が出来たのだから」

 こればかりは、当のリインフォースも思ってもみなかった事だ。

 

「……はあ」

 リリィとリインフォースがそんな取り留めのない話に花を咲かせていた時、どこからともなく物憂げなため息が聞こえてきた。

 見上げる先にはディアーチェがいて、その視線の先にはユーノを可愛く奪いあっているかのようなレヴィとシュテルの姿が見える。背中側からなのでディアーチェの表情までは窺えないが、きっといつもの様に呆れと羨望の入り混じった瞳であの三人を見つめているであろうことは容易に想像できた。

「どうされた? 王よ」

「リリィとリインフォースか……。いや、なんでもない……」

 なんでもないという割には、ディアーチェの表情には諦観にも似た色が混じっていた。

 闇の書の防衛プログラムのマテリアルとして再生され、その際になのは達のデータをコピーして誕生した彼女達は、魔導の能力などの点においてはオリジナルとほぼ同等の性能を持つ。

 しかし、その性格に関しては真逆と言ってもよく、どちらかと言うと感情のままに動くなのはに対して理性的で冷静なシュテル。引っ込み思案で内向的なフェイトに対して明るく元気なレヴィ。素直な愛情で誰にでも優しく接するはやてに対して、あまり素直ではないディアーチェと言う感じだ。

 こういうときにはやてであれば、実に素直に自然な感じでその輪の中に入っていくだろう。しかし、ディアーチェでは王たるプライドがそれを許さない。なかなかに難しいジレンマであった。

「なんでもないという割には、浮かぬ表情であるが?」

「う……」

 リインフォースの指摘を受け、ディアーチェは沈黙してしまう。やがて、ポツリポツリと心情を語っていくのだった。

「我にもよくわからぬ……。ユーノを見ていると妙に心がざわめくし、あの者達がユーノと一緒にいるところを見ていると心が痛む……」

 どうしてこんな気持ちになるのか、ディアーチェには全く理解できなかった。確かに闇のマテリアルとして取るべき行動は、邪魔する者は排除してでも欲しいものは手に入れるべきだ。それなのに、もしそんな事をしてユーノに嫌われてしまったらと思うと、ディアーチェは怖くてなにも出来なくなってしまう。

 かといって、レヴィやシュテルの様なアプローチも出来ないし、王としてのプライドが邪魔をしてしまって素直にもなれない。唯一の取り柄といったら家事くらいだが、それもリニスやトーマがいると霞んでしまう。まさに八方ふさがりな状況だった。

「こういうときになにを言ったらいいものか、私にも全く見当はつかないのだが……」

 長く存在している経験から大抵の悩みには答えられる自信のあるリインフォースであったが、恋愛相談となると途端に自信を無くしてしまう。古代ベルカの戦乱時代にはそんな事をしている余裕などなかったし、蒐集したページが四〇〇ページを超えるまで起動できない自分が経験するはずもないからだ。

 そういう意味で言えば、むしろプレシアの方が経験者であるのかもしれなかった。

「……もう少し素直になってみてはどうか、と進言させてもらう」

「素直にか……。ふむ……」

 軽く腕組みをしたディアーチェは、なにか納得したようにうんうんと頷いた。

「そういえば、リインフォースよ。確かうぬはもうすぐ最後だと言っていなかったか?」

「ああ」

 リインフォースはディアーチェに事情を手短に説明した。

「だから、私は消えなくてはいけないんだ……」

「その話なのだがな、別にうぬが消える必要はないぞ?」

「……そうなのか?」

 その一言には、流石のリインフォースも目が点になった。

「我ら防衛プログラムの三基に砕け得ぬ闇も復活した今、闇の書の闇を統括する事も可能となった。そうなれば、かつての様に意味無く暴走する事もあるまい。……まあ、ゲームのシナリオ如何によっては皆に迷惑がかかる事になるかも知れぬがな。少なくとも今の我らにそのような意思はない」

「ならば、私も消える必要がない……?」

「我らが復活している以上、いまさらうぬが消えても意味はない。もっとも、シナリオ如何では消える事になるやもしれぬがな……」

 実はそれが目下最大のリインフォースの懸念事だった。あの冬の日に消えるのも、天寿を全うして半年たってから消えるのも大差ないと思っていたが、あれから半年後と言うと丁度はやての誕生日くらいになる。そうなってしまうと、はやての誕生日とリインフォースの命日が一緒という、どういう皮肉だ、と突っ込みたくなる状況にもなりかねない。

「まったく、あの子鴉めは……。あのとき、リインフォースを救済する方法もあったというのに、話も聞かずに襲いかかってきおって……」

 挙句の果てにはヴォルケンリッターからの集中攻撃だ。未だにそれがディアーチェのトラウマになっていたりするのだが。

「……それは、王の言い方が悪かったからでは……?」

「う……」

 常に上から目線の尊大な物言いは、いらない誤解を招きやすい。ディアーチェの性格についてよく知っているならともかく、少なくとも初対面の相手に対してする態度ではなかった。家族思いのはやてに対して、今のそ奴は抜けがらよ、などと言ってしまったのだから、逆鱗に触れて当然だといえた。

「……まあ、よい。それは後で考える事にして、今はどうやってユーノにアピールするかなんだが……」

「それなら王よ。良い方法がある」

 ユーノを見つめてなにやら頬を赤らめ、もじもじとしはじめたディアーチェに、リインフォースは自らのアイディアを告げる。その時、すぐそばでリリィがその話を聞いていた事を二人は失念していた。

 

「ふう……」

 今日もユーノは無限書庫勤務とリニスの特訓で心身ともにかなり疲労していた。しかし、その甲斐あってか、来たるゲームに向けてユーノは手応えの様なものを感じていた。

(まさか、僕にも射砲撃が出来るようになるなんてね……)

 これまでユーノは自分には適性がないものと思い込んでいたが、リニスの指導を受けた事で射砲撃が出来るようになった。とはいえ、今のところ最大二発の誘導弾が放てるだけというかなりしょぼい状態であるが、それでも以前に比べると格段の進歩だといえる。

 確かになのはのディバインシューターやシュテルのパイロシューターに比べるとかなり地味だが、このあたりはリニスに言わせると、一度に一二発もの高速誘導弾を個別に操作するほうがどうかしている、との事だ。

 いずれにしても、これでユーノに射撃魔法はないと思いこんでいる人達に対していい牽制の方法が出来た。このあたりはリニスに感謝というところだ。

 また、ユーノの懸念事であった第九七管理外世界における魔力不適合も、通常の魔法戦闘が問題ないレベルにまで改善されていた。これに関してリニスは一体どんな魔法を使ったのかユーノは疑問に思う。リニスによると今回の舞台となる第九七管理外世界の食材を使った料理を食べる事で、ユーノの体質そのものの改善を行ったのだそうだ。つまり、リニスは食餌療法でユーノの体質を改善したのである。

「それにしても……」

 この時、ユーノはふと浴室の入り口を見た。

 一日最後の入浴タイムは、誰もが心を落ち着ける至福の一時となるのだが、ここ最近のユーノはどうにも落ち着かない。レヴィの浴室乱入に感化されたのか、誰もがユーノとお風呂に入りたがるからだ。

 今日は一体誰が乱入してくるか。そんな事を考えていると、浴室の折戸がおずおずという感じで開かれた。

「じゃ……邪魔をするぞ、ユーノ」

「お邪魔するぞ、スクライア」

 顔を真っ赤にして妙にどもったような感じのディアーチェと、あまり表情を変えていないリインフォースがゆっくりと浴室内に足を踏み入れる。

「今日は君達なんだね」

「不服なのか?」

「いえ、別に……」

 その後も細かい問答をした後、軽くかけ湯をしたリインフォースは湯船につかり、ディアーチェがユーノの背中を流す事となった。

「それで、どうするのだったかな? リインフォース」

「先ず、王の体を泡立てるのです」

「こうか?」

「それから、ユーノの背中に抱きついて」

「こうだな」

「そのまま、上下に動く」

「ああああああああっ!」

 ちっぱいとかステイタスとか言う以前の平坦なボディラインであるが、それでもその頂で自己主張している突起の感触は本物だ。それがディアーチェの動きに合わせて上下に動いているのだから、思わずユーノは変な声で叫んでしまう。おまけに素肌と素肌が直に触れ合っているので、あまりの恥ずかしさにユーノの顔が真っ赤に染まる。

「ディ、ディ、ディ、ディアーチェ! 君は今自分がなにしてるかわかってる?」

「わかっているとも。こうして裸でユーノの背中に抱きついてだな……」

 そこでディアーチェの動きがピタリと止まる。

「はは……裸で……。ユーノの……背中に……」

 その時ユーノは、背後で『ポン』という音を聞いたような気がした。

「大丈夫か? 王よ。……スクライアは、こちらを見てはならぬぞ」

 ユーノの背後でザバザバ、バタバタと音がして、リインフォースとディアーチェは浴室から撤収していった。

 

「う〜ん、う〜ん……」

「ねえねえ、シュテル。王様大丈夫? 死んじゃったりしない?」

「……ディアーチェの顔真っ赤っか」

「羞恥のあまり寝込んだだけですから、心配はいりませんよ」

 ユーノにアプローチしようと頑張ったところまでは良かったが、リインフォースの提示した方法にディアーチェの神経が耐えられなかったようだ

 顔を真っ赤にして寝込んでしまったディアーチェをレヴィとユーディが心配しているすぐそばで、シュテルは呆れたように溜息をついた。

(普段は偉そうなのに、いざとなるとウブですね……)

 同じころ、リインフォースはプレシアとリニスに正座をさせられていた。

「まったく、ディアーチェになにをやらせているのよっ!」

「そうです、いくらなんでもまだそれは早すぎですっ!」

「はあ……。しかし、歴代の主の中には……」

「確かに、それで喜ぶ男もいるけど……」

「流石に……それはちょっとまだ……」

 お説教の内容も、経験者と未経験者の差が出てしまっている。その意味で、澄ました表情のプレシアと顔を真っ赤にしたリニスは対照的だ。

 そんなとき、浴室の方からトーマの叫び声が聞こえてきた。

「リリィ? 頼むから、ちょっと落ち着こうか……」

「どうして?」

 リビングから飛び出した一同が見たのは、腰にタオルを巻きつけたトーマが、同じく体にタオルを巻きつけただけのリリィに迫られているところだった。

「私はただ、トーマに気持ち良くなってもらいたいだけなのに……。初めてだから上手く出来ないかもしれないけど、トーマのために精一杯頑張るから」

「いや、それはちょっと意味が違うんじゃないかな?」

「ねえ、リインフォース。あなた一体リリィになにを吹きこんだのかしら?」

「それは……その……」

 プレシアの冷ややかな視線に、リインフォースはひきつったような笑顔を浮かべるしかなかった。

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